選考レースが終わった後、筋肉の限界を迎えた脚はプルプルで歩くのもやっとだった。
解散する頃には、すでに筋肉痛が起きていて、茶川と脚ヤバいやん、なんて言いながらプロテインを飲んだ。
90kmの選考レース。終わったあと柴さんから「みょうじ、予選で負けたら意味ないで。ついてこいよ」と声を掛けられた。
「みょうじは柴のアシスト役決定やな。柴の脚となりこき使われる…。恐ろしや…。あ、その前に練習で俺がこき使うわ」と笑う秋田部長にゾッとしながらも、柴さんの隣で走れることが嬉しかった。
「今日の倍返しや」と楽しそうな秋田部長に恐怖を覚えながら、部活メンバーで遅くなった昼飯を帰り道に寄って食べた。寮に帰ったのは夕方だった。
明日は休み、レースで出し切った疲労から睡魔が襲ってきてベッドに横になるとあっという間に意識が落ちた。
目を開けると窓の空は暗くて時計を見ると22時前だった。
急に襲ってくる空腹感。
22時には食堂は閉まる。晩御飯を食べ損ねてしまった。夜食を作ったりする時に使うキッチンルームでラーメンでも作るしかないか。
部屋にある収納棚から袋麺をまるごと手にして部屋を出る。
1階のキッチンルームは誰もおらず照明は消えている。
ドアを開けて照明をつけた。
小鍋を出してお湯を沸かす。
腹減ったなぁ、とキッチンルームの中でお湯の沸騰を待っていると、ドアを開けた廊下側から足音が聞こえてきた。
誰だろう。
廊下を通り過ぎる人をみようとドアに目を向ける。ポケットに手を入れて稲荷崎ジャージを来ている金髪頭が見えた。傍から見ても高身長。侑だ。
ジャージ姿にスポーツバッグを斜めがけにしている。
まさか、今帰ってきたばっかりなのか?さすがに休日の部活とはいえ夕方には終わるんじゃないのか。
侑はキッチンルームで腰掛けている俺に気づいたのか足を止めてドアに近づいた。
キッチンルームの入口で突っ立ったまま見てくる侑。その表情はよく分からない。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
「…遅くね」沈黙を破ったのは俺だった。
「…自主練」
自主練…。こんな時間になるまで?朝から部活だったんだろ?それなのに、その後も自主練?
どんだけバレーが好きなんだよ…。
有力セッター、県内最強、全国レベル。そんな言葉がついてまわっている侑。
その侑を作り上げたのは他でもない誰よりもバレーが好きで、ボールを触っている本人だ。
純粋にすごいなと思った。こんな時間まで練習して極めようとしている。こんな奴からしたら昨日の俺の話なんて、確かに甘えた話だな、と納得した。
お湯がぐつぐつと湧いていることに気づき、袋麺を手に取り、開ける。麺を投入して箸でつつくと、ぐぅぅと腹の音が聞こえた。
俺のかと思ったけど、侑のだった。
「は?飯食べてないのか?」
「忘れとった」
これだからバレーバカは…。手元にあるもう一つの袋麺を見る。
「…食う?」
侑がキッチンルームの入口から動いて中に入ってきた。
キッチンを挟んで向かい側にカバンを置いて椅子に座った。
「……」
「……」
また流れる沈黙。
「…選考レース、勝った」
「知っとる。昼、見とった」
「…先輩、悔しそうだった」
「本気でやっとって悔しくない奴がおるわけないやん。…悔しくないなら、それは本気でやってないだけや」
「うん」
「本気の奴らを踏みつけて上がっとんや。全力で闘うしかないやろ」
「うん…。足が動かなくなるまで走る…俺にできるのはそれだけだけだ」
「…気づくの遅いわ。昨日から言うとるやん」
「侑の言い方。この人でなしが」
「…俺は、いつでもストレートど真ん中やねん」
「開き直んなよ」
「…言い過ぎとはよく言われるケド」
「分かってんならオブラートに包めよ」
「……」
「いや侑の言うことも分かってたし、反論はないけど!…次はもっとオブラートに包んで言ってくれたらなって俺は思いましたけど」
次は、という言葉に侑が目を逸らしてラーメンを見る。
「…覚えとったらな。俺はプリント投げてきた恨みは忘れん」
「投げてはないだろ!投げては!ちょっと強く後ろに渡しただけじゃん」
「うっわ、自覚あんのが腹立つわ!」
「わざとじゃないわ!そっちだってひったくっただろ」
「投げてくるからやろ!」
ギャーギャー騒いでいると、ラーメンが視界に入り、 あ、と声を出た。
「…伸びてる。こっち侑のな」
「はぁ?なまえのせいやん」
「俺の袋麺なんだから文句言うな」
「いやや。ちゃんと固めのがええ」
わがままめ。適当に取った皿にラーメンを入れて追加で作る。
自分のラーメンが出来上がるまで待っている侑。
じいちゃんちのゴールデンレトリバーと被る。ご飯を食べる前にまて、をするとしっぽを振りながらちゃんと待つんだよなあ。
「あの柴サンにも勝てたやん、今日」
「ああー、いや柴さんも秋田部長もあれ、山一本登った後だからな」
「はぁ?レース前にやり合っとんのかいな」
「すごいだろ、すごいんだよ柴さんは」
俺のことじゃないけど得意になって笑う。柴さんも秋田部長もレース前にひとっ走りした状態だったからこそ、勝てた様なもんだ。
「追いかける背中があるって楽しいよなあ…」
あの2人の背中に追いつきたい、いつも走ってる時に思うことだ。
そんな俺をじっと見る侑。
「なんだよ」
「別にぃ。今度こそ伸びひんうちに上げてや」
「あ、そうだった」
「飯の匂いがするー」
キッチンルームの入口から部屋着の治が入ってきた。
「治…お前もか…」
まぁそうだよな。侑が自主練でこんな時間までやってるなら治もだろうな。
常に競い合う2人だ。
「何なん2人だけラーメン食べよるんか」
「はぁ…食う?」
残り一つの袋麺を上げて見せる。
「食う!」
満面の笑みで頷く治に吹き出す。
「あ、その伸びたやつならすぐ食べれるぞ。失敗作」
「ほな俺これ食お」
治は伸びたラーメンも気にせずいただきます、と豪快にはじめの一口を食べた。
「はぁ…美味い…」
「文句言ってたどっかの誰かさんに食べられるよりは、伸びたラーメンも本望だろうなー」
「うっさい。俺は固めのほうが好きやねん」
「飯は食べられるだけでありがたいねん」
美味しそうに食べる治を見て少し食堂の寮母さんの気持ちが分かった気がする。
「今度昼飯奢れよ。学食のハンバーグパスタスペシャルBな」
「覚えとったらな」
「はぁァ??」
3人でラーメンを食べた後、食べ足りない俺達はまた部屋から持ち寄って夜食を食べた。
馬鹿なことを言いながら爆笑していると、昨日までの険悪な雰囲気なんか遙か昔のことのように思えて俺は満たされた腹で一日を終えた。