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(宮侑)

自転車部のインハイ予選前日。

普段あれだけ殺気立った顔をして練習しているくせになまえは「緊張する」なんて言っていた。
晩御飯を食べ終わり、部屋に戻る前に「気張ってけ!」と拳を突き出して励ますと、なまえは笑って親指を見せた。

その顔を見たら、こっちまで顔が綻んだ。

あれなら、大丈夫やろ。

「ツムさっきから、なにニヤニヤしとん。きもいで」
「はぁ?どこがや、同(おんな)じ顔やろが」
「俺はそんな変な顔せん」
「どんな顔やねん」
「笑いが堪えられへんでしゃーない顔」

やって、あいつがあんなに笑うんやもん。

席替えであいつの後ろの席になって分かったのは、なまえは誰とでも分け隔てなく接するタイプというよりは当たり障りない接し方をする奴だということ。

愛想笑いも上手く、絶妙な距離感で受け答えをする。人に悪い印象を与えることは少ない。その分、特に印象も残さない普通の奴。
他の奴が言う冗談や冗談とは取れないムカつく言葉にも笑って返す。
俺やったら確実に「何やて?」と言いそうなところを笑って流すのがなまえだ。

こんな印象の薄い奴が競ってる時に鬼みたいな殺気立った顔をしとるなんて、クラスのやつらは知っとるやろうか?

俺のこといじってきたり、治や角名をからかう時にする、してやったりな笑い方をするのを知っとるやろうか?(その分俺も倍返しでイジり返すけど)

反応が面白くて、ちょーっと体重かけると、すぐふらついてカエルが潰された時みたいな顔をするのを知っとるやろうか?

俺らと騒いどる時にツボに入って爆笑しとる顔を知っとるやろうか?

消灯時間に出歩いて、寮のおっちゃんにバレそうになって焦っとった顔を知っとるやろうか?

自転車部の選考会前、言い合った時にムスッとしとった顔を知っとるやろうか?

誰よりも速く一番に坂を登りきった時に叫んで空を見あげたあの顔を、知っとるやろうか?

知らんやろうな。

教室の中のただの男子生徒、目立たん普通の奴。なまえの色んな顔知っとんのは少ないやろうな。

さっきの笑った顔は、また初めてみた気がする。笑った顔はたくさん見たことあるけど、なんやろ。
嬉しそうなはにかんだような。

「ちゅうか、ツム。明日練習試合やん。〇△高校でやるやつ、準備終わったんか?」
「まだや」
「朝になってからあれ探せこれ探せ言うたらド突くぞ。俺探さへんからな」

治に釘を刺されて明日の用意を始める。スポーツバッグに道具を詰めて爪の手入れもしておく。

泣いても、笑っても、明日は来る。

***

朝、食堂で朝食を食べ終わり、角名達と学校に向かった。寮を出る時に掲示板を見るとなまえの名札はすでに外出中に変わっていた。

体育館で軽く練習してから大型バスに乗り込み、練習試合先の高校へ向かう。

バスの中は俺と治とアランくんでかたまって座った。そうすると必然的に北さんも近くになるため、たまに静かにしいや、と注意される。

銀は爆睡、角名はイヤホンをつけて携帯をいじっていた。



相手先に着いて試合準備に入る。県内の高校ゆえ、中学で同じバレー部に所属していた選手もいる。同じ中学だった奴に声をかけられた。

「おう、久々やな宮、インハイ予選もこの試合も負けへんで」
「昨日の味方は今日の敵やんなぁサム」
「今日の敵は明日の敵やんなぁツム」
「お前らどっちともちゃう!昨日の敵は今日の友、やねん!」
アランくんがすれ違いざまにツッコむ。

「「どっちにしても俺らが勝つけどな」」

インハイ予選前の最終調整も兼ねた練習試合は上々で、アランくんも仕上がってきているようだ。スパイカー、ブロッカーの跳びも良い。
皆調子は上々や。

「ナイスキー」
「前、前!!」「っしゃ!!」「角名ッ!」

「あーっくそ!アランくん堪忍な!低かったわ」
「ん、高め頼むわ」

トスを上げる悦び。やっぱ実戦形式がええなぁ。
途中崩れる場面もあったが、今回の練習試合も勝ち終わった。

互いの監督から評価を聞いて、来週のインハイ予選に活かせるよう持ち帰る。
7日後にはインハイ予選の試合がスタートしていると考えると、身震いした。

帰りのバスは睡魔が襲い、部員の多くが爆睡していた。揺さぶられて起きるとバスは学校に帰ってきていた。

今日できなかったところ、悪かったところを感覚が残っているうちに補修したくて体育館でボールを触っていると、レギュラー陣はもちろんのこと、残る部員は多かった。

いつものように居残りで練習し、寮に帰ったのは19時。在寮掲示板にかけられたなまえの名札を見ると、まだ外出中のままだった。

県外やし、帰ってくるの遅いんやろうな。

ご飯を食べ、風呂にも入り、部屋で漫画を読みながらなまえはもう帰ったんだろうかと気になった。

「………」

立ち上がり、スリッパに履き替えて部屋を出る。治はゲームに夢中で何も言わない。

何の用もないけど、ふらっと1階に降りてみた。掲示板のところをチラッと見てみるとなまえの名札は裏返っていた。それは帰ってきていることを示していた。

結果はどうやったんやろうか。聞いてみたいけど、部屋におるかわからんし、疲れて寝とるかもしれん。

結局、そのまま部屋に帰ってきた。

「…なまえ、どうやったんやろ」

部屋に戻ってぼそっと呟くと、ゲーム機を上に向けて寝っ転がりながらゲームをしている治が俺を横目で見た。

「さあな。そもそもまだ帰ってないんちゃうん。遠かったんやろ」
「いや、帰っとったで」
「何で知っとんねん」
「名札裏返っとった」
「見てきたんかい」
「たまたま見ただけや」
「嘘つけ」
呆れたように言う治にお前は気にならんのかいと思う。

「また会うたらわかるやろ。今日はもう遅いし」
「明日おるよな。部屋遊びにいこ」
「ツムぅ…結果聞くならちゃんと気ぃ遣わなあかんで」
「はぁ?人が気遣いできん奴みたいに言うな」
「どうせ人でなしのツムのことや、なまえに勝てたかどうか直球で聞くつもりやろ。もしだめやったら傷つくやん」
「ほな、どうやって聞くねん」
「…『予選どうやった?』とか?」
「変わらんやないかいアホ」
「うっさい、要は結果に対してどう声かけるか、やろ」
「サムに言われんでもわかってんねん」
「いや、お前絶対『負けたんは練習足りひんかったんや』とか言うやろ」

俺の事をボロボロに言ってくる治を無視して布団を頭まで被った。

どんな結果であれ、聞いて話してみんと分からん話や。


***

朝、目が覚めて部屋でダラダラしていたら、すぐに腹が減ってきたため食堂に向かった。
治は遅くまでゲームをしていたせいか、まだ爆睡していたからそのまま放っておいた。

ええ匂いするなぁ。
腹の虫が鳴らしながら、食堂に入り中を見る。視界の隅に見慣れたシルエットがあった。

なまえや。
一人でいつもの隅っこに座り、配膳のトレーを前に下を向いている。

まずはお疲れ、からやんな。

近づいてテーブル越しになまえの前に立った。目の前に人が立っていることに気づいたのかなまえが顔を上げた。その顔を見て、ギクッとした。

(な、涙目やんけ…!)

目いっぱいに潤んだ目の縁は赤い。鼻も赤く、俺と目が合って鼻をすすった。

「お、お疲れさん…」
「おう…」
なまえは眉を下げて俺を見上げる。

「…全力、出してきたか?」
「…うん。でもまだまだ全然力が足りてないって痛感した…」

あかんかったんか……。治の『気を遣え』という言葉を思い出す。

「…どこでも、上には上がおるんや」
「そうだな…」
「力、つけんねや。練習して、ぎょうさん練習して、力つけて。今度はぶっ潰したるんや」
「…うん。もっと練習して、強くなる」

なまえが力強く頷いた。

「インターハイは来年もあるやろ」
俺が言った言葉に、なまえはぽかんとした顔で見上げてきた。

「え?」
「え?」
「え、何。インハイ、出るぞ?」

ん?インハイ出るぞ…?

「は…?ほな…何で泣いとんや」

頭の中がハテナで埋まる。なまえの目を指差して涙目を指摘する。

「え?ああ、泣いてないし。わさび、つけすぎて…」

なまえの手元には醤油とわさび。
よく見ると今日のおかずにちくわきゅうりがあり、しょうゆとわさびで食べようとしたみたいだった。

「おまっ、紛らわしいねん!インハイ出れるんかい!」
「おう、一応20位以内には入ったからな。でもやっぱ皆強えわ…。力、もっと付けないと勝てないって痛感した」
「なんやねんっ、こっちの気も知らんで…っ」
「はぁ…?何でキレてんだよ」
「こっちは予選通ったんか、心配して…」
「心配?」
「〜〜っちゃうわ!心配なんてしてへんわ!ちゅうか、ちくわきゅうりはマヨやろ!」
「いや、マヨは飽きたんだよな…」
マヨを否定するなんてありえんわ…!

マヨは遠慮します、と肩をすくめるなまえ。

「おかかマヨはどや?」
隣から治の声が聞こえた。横を見ると寝癖を爆発させた治がいた。

「おお、それは美味そう」
目を輝かせるなまえ。
「明太マヨも捨て難いんよな」
「うわ、確かに 」

「和やかに朝飯の話してんとちゃうねん!」
「朝から元気だなー。侑は」
「お前ら、俺の気苦労を返せ…!!」

こっちはなんや泣いとるかと思って気ぃ遣(つこ)うたのに…!

「はぁ〜、ほんまなんやねんっ」
いきなり気が抜けて、空腹だったことを思いだした。朝飯をトレーに載せてなまえと治の元に戻る。

今度は椅子に座ってなまえと同じ目線になった。

「なまえ、勝てて良かったな」
治の言葉になまえは頷いた。

「とりあえず一安心ってとこだな。インハイまで朝、山登ることにした。出て思ったけど課題は山積みだわ」
「稲荷崎は選考メンバー全員出られるんか」
「…いや、柴さんと秋田部長はワンツーフィニッシュで余裕だったけど、俺と茶川は10,11位で3年の先輩が一人調子悪くて20位以内に入れなくてさ…うちは5人」

全員で出たかったけど先輩の分まで本気で走る、となまえは持っている箸を強く握った。

「今度はそっちの番だな」

なまえの目が挑戦的に見てきた。

「心配せんでも、勝つわ。なぁサム」
「せやな。はなっから勝つことしか頭にないわ」

「…ぶっ、不敵な笑いをその寝癖で言うのはやめろっ」

飯を食べながら笑いを堪えるなまえ。治はなまえを軽く睨んで 寝癖ぐらいつくわ、とぶつくさ言っている。

「あー、笑った。おもしろ」

ふと、涙目の顔よりこっちの笑った顔の方がええな、と思った。

「インターハイ、行こうな」

なまえの言葉に俺と治は目を合わせた。

「「当たり前や」」

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