夜の食堂で携帯を覗き込んでいると隣に人が座った。横を見ると、俺より頭一つ分高い角名だった。
Tシャツにハーフパンツとラフな格好で、風呂上がりなのかタオルを首にかけている。相変わらず無表情でパッと見、感情が読み取れない。
「おお、角名、お疲れ」
「何してんの」
「最近、配信開始した〇〇ワールド」
携帯の画面を連打しながら答える。画面の中では操作するキャラクターが走り抜けながら敵を攻撃している。
「へえ、それ俺もやってる」
「まじ?あ、コレ見て。このキャラ角名そっくりじゃね?」
指差したキャラは虚無の表情で話題のキャラクター。無表情で悟りを開いているかのような顔で、俺は見た瞬間、既視感があるなと思っていた。角名に似ているんだ、と閃いた時にはスッキリしたものだ。
激似すぎるだろ、と笑っているとスンとした表情で聞いてきた。
「……ちょっと対戦する?」
あ、怒った?ごめんて。俺をじっと見る目が怖いんですけど。
「え、なんか怖いからやだ」
「やろ。」
断る間もなく、半ば無理やりフレンド登録させられた。
これは…怒ってんじゃん。
「嘘だよ。激似とか。ちょっとだけ似てるなって思っただけだ」
「俺が勝ったら回復石50個ね」
「はっ?50?!はっ?!」
「始まった」
「ぎゃっ!あっ、あぁっ!それずるいぞ!」
開始早々、攻撃を強めてくる角名に防御技を連打して応戦する。
「逃げてもすぐ見つけるけどねー」
「うぁぁ、来んな来んな」
騒ぎながら対戦を終えた頃には、俺は角名に負けていた。
「回復石50は痛いわー」
「早く送ってよ」
「くそくそ…」
画面を操作していると『対戦特典、新キャラクター解放!』と新たなメッセージが出たためタップしてみた。
「新キャラだって」
2人で画面を覗き込む。効果音と共に剣士が出てきた。以下にもチャラい感じの剣士で弱そうだ。金髪にタレ目でチャラい…。
「なあ、これめっちゃ侑に似てね?このタレ目加減」
「ふっ、似てる。激似」
「ぶっは、やべえ似すぎっ」
似すぎだよな、と笑っていると食堂に入ってきた人がまた悪かった。
「お?角名となまえやん」
「ちょ、侑、ここで来んなっ」
タイミングが良すぎるだろ!
携帯の画面と何も知らない侑を見て、あまりにも似すぎで可笑しくて笑いが堪えられない。呼吸困難になる、と思いながら笑っていると角名も苦しいのか肩を震わせて机に頭につけていた。声は出ていなくとも笑いは堪えられないのだろう。
「す、角名っ、お前笑い方っ、ひぃーっ、うけるっ」
何その笑い方と2人でまた堪えられなくなって机に突っ伏した。
机に頭をくっ付けて笑う俺たちに侑は怪訝そうな顔をして近づく。
「何やねんお前ら、そんな爆笑して」
「笑い死ぬ、笑い死ぬっ」
「なんやツム、二人とも何が面白いんや」
治も食堂に入ってきた。俺たちを見下ろし、首を傾げる。
「知らん。アホ二人や」
「幸せ者やなぁ」
あの双子に呆れたような目で見られるとは俺たちはどんだけ滑稽なんだろうか。それでも面白くてしばらく角名と目を合わせる度に笑っていた。
やっと落ち着いて晩御飯のシチューを配膳し、4人で座る。
「ふぅ…ふぅ…笑い疲れた…」
「はぁ…意味わかんない…」
二人して呼吸を落ち着かせて正常心に戻ろうとする。
「アホ2人やったわ」
「ツボに入ると無限ループみたいなのあるじゃん。このキャラがさ、侑そっくりなんだよ」
「全然ちゃうわ!こんなナルシみたいな!弱そうやん!」
喚く侑にまた笑いそうになって必死に笑わまいと頬を膨らませて我慢する。角名は口元を緩ませながらシチューを食べている。
「なまえ、変顔すな」
ジト目で見る侑に頬に溜めた空気が抜けた。
すると治が思い出したように顔を上げた。
「せや、体育祭の競技、何出るん」
体育祭…。その言葉で思考は一気に変わる。
6月は体育祭開催の月。
全校生徒の中で開催を心待ちにする者と早く過ぎ去ってくれと終わりを心待ちにする者が存在する。
稲荷崎高校体育祭実行委員会。体育祭は各クラスから実行委員が2名ずつ選ばれて企画準備する。大体クラスの中心みたいな陽キャな人たちが選ばれていくため、俺には大して関係はない。
むしろ祭り事は静かに後ろから見守っている立ち位置だった。転校先々で俺はそうして過ごしていたからだ。
「俺は二人三脚。侑はクラス対抗リレーよな」
「ふふん、速いからな」
「角名は借り物競争やで」
治の言葉に耳を疑う。
「まじで?借り物競争って一番難易度高くね?仮装大会並じゃん。角名立候補したのか?」
「んなわけないじゃん。話し合いの時間、寝てたら決まってた…本気で休もうかな…最悪」
心底不本意ですというような表情で言う。
稲荷崎の借り物競争は『借り物競争』という名前がフェイクであって、お題が普通じゃないからな…。去年は愛を叫んでゴールとかいうお題もあった。
角名の絶望的な表情を見るのは初めてだ。
「治は? 」
「もちろん俺もクラス対抗リレーや」
双子の間にバチバチと火花が散っている。お互いに負ける気はないらしい。
「クラブ対抗リレーは?」
「もちろん出るで。アランくん、北さん、俺、サム、銀、角名」
「強ぇ…俺んとこは三分が一番速いかなぁ。スプリンターだし瞬発と短距離強いからな」
「なまえは出んの?」
「俺はテントで応援してまーす。二人三脚も放送部の宮地くんとペアだからな。程よく頑張る予定」
Vサインを作って、笑うと双子から論外というような目で見られた。
角名は分かってくれるだろ?波風立てず平穏に体育祭を過ごしたい人間だっているんだわ。角名を見ると 分かる、と頷いてくれていた。
いや、でも案外角名も始まったら 涼しそうな顔で勝ちに行きそうなんだよなぁ。負けはしなさそう…。
「赤組、潰したるわ…」
「ああ?黒組の圧勝や」
体育祭は赤、白、黒、緑で組み分けされる。今年は1組は赤、2組は黒だった。
張り合う双子に元気だなあと心の中で呟く。体育祭は暑いし、難なく終わればそれで良いけど、と遠くを見るようにご飯を食べる。
体育祭当日は美術部や書道部の作ったパネルがグラウンドに用意され、放送部が進行を仕切る。生徒会長の挨拶や、応援団の演武。
俺は祭り事に本気の人たちを遠くから見てるだけで十分だ。今までそうやって見てきた、けれど今年は侑達がいる。
今まで遠目に見ていた奴らが隣にいる、という不思議な感覚に未知の体育祭が少し楽しみな気もした。