テスト期間が終わり、終業式と併せた全校集会でインターハイの壮行会が開催された。
インターハイに出る運動部が紹介され、各部で出場する選手の名前が呼ばれる。
「自転車競技部 出場選手、」
マイクを通して秋田部長、柴さん、3年生の先輩が呼ばれる。
「2年、みょうじなまえ」
自分の名前を呼ばれて心拍が上がる。改めてインターハイに出場するんだ、と気合いが入った。
「男子バレー部 3年北信介、尾白アラン、大耳練、赤木路成、2年宮侑、宮治、角名倫太郎、銀島結、1年理石平介」
バレー部の名前を聞いて、横にいる侑をちらりと見た。
真面目な顔で前を向いている。ピリリとしたその表情はこれから上へ上り詰める挑戦者の顔だった。
各部の部長が前に出て決意表明をする。
秋田部長は「泥だらけになって転けても、粘り強く、諦めず勝ちに行きます」と言った。粘り強く、そうだ。俺にできるのは己の力を信じてエースを花道に持っていくことのみ。
バレー部の北さんは「日々鍛錬してきた事を試合でも同じようにやります。僕達は常に挑戦者です。稲荷崎の強さを全国にぶつけてきます」と言った。侑の横顔は楽しみにしているようで挑戦的な表情が見て取れた。
俺達の戦いがすぐそこまでやってきている。
終業式が終わったあと、待ち受けている夏休みに生徒のテンションも高めだ。
テストも無事に終わったことだし、俺は何とか平均よりは上の順位をとる事が出来た。
侑はギリギリ赤点は回避できたらしい。
「赤点回避よかったな」
「赤点やったら、練習出来へんもん」
成績表を見て胸を撫で下ろす侑を笑う。
「なまえはどうなんや」
「俺?普通の順位。平均かな」
「ふうん。あー、今からバレー漬けや。自転車部もやろ?」
「ん、明日から地獄の合宿があるし、インハイまではとにかく練習って感じ」
「現地入りは俺らの方が早いんやろな」
「こっちは一日で終わるからな〜。前日に現地入りして、最終調整も含めてコース試走する」
「俺らは予選トーナメントから決勝まで5日あるわ」
「すげえ泊まんのな」
「まあ決勝まで行くんやからな」
優勝を手にするのが当たり前。その意気込みは違う部活の俺でも感化されてしまうくらいに、強い。
全国高校総体、インターハイは開催する県の中で競技により開催場所が変わってくる。
「バレー部は○△市?」
「せや。○△アリーナ」
「うちは□□市のロードコース。激坂があるらしくてえぐいわ」
1学期最後のHRが終わり、長い別れに挨拶を交わして出ていくクラスメイト達。
それを眺めながら、侑と会話をする。開けた窓から夏の太陽に熱された風が入ってきて髪を撫でた。
「はあ、体育館蒸し風呂や…」
「あぁ…想像できる」
「外、暑うない?」
「走りながらボトルの水ぶっ掛けるからなー、走ってれば割と涼しいぞ」
「ふうん」
真っ青な空に浮かぶ真っ白な入道雲。夏だなあと窓の外を見て思う。会話を終えた後の静かな間も心地よい。
お互い何を話すわけでもないけど、それぞれの夏へ向けて思い馳せているような気がした。
「ツムぅー、行くで」
声の方を見ると、教室の外に治と角名が立っていた。
「ほな、寮でな」侑が席から立ち上がって高い位置から俺を見下ろす。
「おー」
ひらひらと手を振り、肩にスボーツバッグをかけて出ていく侑を見送った。
俺もそろそろ行くか、とリュックに物を詰める。
「みょうじ〜!」
廊下から茶川と三分が顔を覗かせた。机の中のものを全部入れ込んでずっしりと重くなったリュックを背負う。
明日から夏休みだ。休みというよりは部活漬けの毎日に覚悟を決めて、部室に向かった。
***
「インハイの作戦やけど、登りで俺と茶川でアタックガンガンかけて周りを揺さぶっていく。んで、エースの柴はとにかく勝ちに行け。柴のアシストはみょうじな。スプリンターは最初の平坦コースでポイントもぎ取ってこ」
部活の練習後、秋田部長からインハイのオーダーを説明される。
稲荷崎の作戦は、山岳賞とスプリント賞を取って、チーム得点を獲得しつつ、最後に柴さんで個人総合、延いてはチーム総合優勝を狙っていく。
エースの優勝にアシストは欠かせない。その役割を担えることに嬉しさと不安と緊張が押し寄せてくる。
今日も練習で柴さんと秋田部長についていくことが出来た。柴さんの最大限の力を発揮するために、俺にできることは柴さんのために全力で脚を回すことだけだ。
心配なのは柴さんや秋田部長のガツンと強いアタックがかかるとまだついていけない時があることだ。パワーが足りない、と己の力不足を不甲斐なく感じる。
ロッカーの扉をパタンと閉じて学期末の重くなったリュックを背負った。
「みょうじ、大分走れるようになってきとるな」
柴さんが俺に話しかけてきた。
「…まだまだです。アタック、反応キツイし…」
「お前の持ち味は安定したペース走や。瞬間的な上げ下げはキツいやろうけど、一定の出力でペースをキープするのもなかなか大変やで。それが得意なんはええことや」
「………」
「何より俺が楽になる」
「…っほんとですか?」
「ああ、ペースメーカーみたいな走りで楽に感じとるで。せやから安心して走りきれ。俺はお前の後ろで脚貯めさせてもらうわ」
「……っはい!」
エースの柴さんにそんなことを言われて、嬉しくない奴がいるだろうか。瞬発的なアタックに反応する強さも練習してつけていきたいが、自分の持ち味を肯定されるのは十分自信になる。
頑張ろう、この人のために、俺は全てを出し切ろう、と誓った。
***
夏休みに入り2週間があっという間に過ぎていった。
合宿で集中練習もして、インターハイの大会まで残り数日。
休みに入ってから侑達と話すのは、練習が終わった夕方以降、寮で食べる夜ご飯の時だった。
「バレー部、現地入りは明日から?」
「せや、これが最後の晩餐や…」
「晩餐て、宿泊先の方が豪華だったりして」
「どやろ、でもご当地のもん食べれるやろか。何がでるやろ」
「治は飯のことばっかだなー」
侑、治、角名といつもの4人でテーブルを囲んで食べている。今日のメニューはカニクリームコロッケだ。
「調子はどうなんだよ」
「上々や。暴れ回ったるで」
不敵な笑みを浮かべた侑に思わず笑ってしまう。治も角名も否定はしない。3人とも自信に満ちている。
「なまえは?」
「うん…。やれることはやった…はず…」
「うわ、出た何かまた湿気てきよった」侑が言う
「インハイ予選の時もジメジメしてたよね」角名が追い討ちをかけてきた。
「…なんか緊張してきた…」
「どアホ。緊張したってしゃーないやん」
「はぁぁぁ。そうなんだけど…」
しょんぼりとしていると口元にブロッコリーが近づいてきた。カニクリームコロッケの付け合せのブロッコリー。
「ん、」侑が箸で掴んだブロッコリーを俺に向けている。
食べろということか…?
「むぐ、」
ブロッコリーをもぐもぐと噛んで飲み込む。すると今度はソテーされたハムソーセージが口元に寄ってきた。
角名が箸で掴んだハムソーセージを俺に向けている。こいつもか…?!
差し出されたハムをまたパクリと食べて咀嚼した。
治は……。
自分の皿を見下ろした後、え、俺もせんとあかんか?みたいな顔をして侑と角名を見た。
いや、いらんて。無理すんな。
と思っていたのに、治はクリームコロッケを差し出してきた。一番平らげたいであろうカニクリームコロッケ。
「半分や!半分だけやで!」
めちゃめちゃ本気の顔で言うもんだから笑ってしまった。
「よっしゃ〜」
思いっきりクリームコロッケに噛み付いた。
「あっ!!半分いうたやん!3分の2やん!!」
治がキレている。笑いそうになりながらクリームコロッケを咀嚼する。なめらかなクリームが口の中に広がった。
「うまぁ…」
口元が緩む。そんな俺を見て侑が笑った。
「俺らは腹ぺこなんや。勝利に飢えとる。食べ物にありつくのに不安になっとる暇あるか?そこにご馳走があったら我先に飛びつくやろ。一番先に勝ち取った奴がご馳走食べれんねん」
ニシシ、と笑った侑を見て、こっちまで口角が上がる。
「何を不安に思う必要があるんや。勝ちたい、勝つ、喰らいつく、それだけやん?なまえ、いつも先頭におる奴ら喰ったる、っちゅう顔してんで?」
「そんな顔してねえよ」
いや、してんねんと譲らない侑。
「思い出なんかいらん」
治は残りのクリームコロッケを頬張りながら言った。
「バレー部の横断幕のやつ?」
「俺らは勝ちに行くんや。今日、明日、何をするか、何ができるか、や」
双子の言葉が胸に響く。大きな手のひらが背中を力強く押してくれるようで、武者震いにも似たような高ぶりを感じる。
「おう、何かやる気出てきたっ」
「遅いわ!」
「俺、気持ちの着火が遅いんだよなぁ」
「角名もやで」
「おっ、俺たちナカーマ!」
「一緒にしないでよ」
ギャーギャー騒ぎながらご飯を食べ終わって食堂を出た。
侑達と次に顔を会わせるのはインハイの大会が終わった後だろう。
「じゃ、頑張ろうな!」
拳を握って掲げる。
「うぇいっ!」
バシッと治が俺の背中を叩く。
「いてぇわっ!」
侑は至っては力任せに俺に体当たりしてきた。感情表現が動物並だ。大きな体に体当たりされてふらつかないわけが無い。
「ごふっ、おまっ、加減しろっ」
「力の限り、鼓舞してんねん」
角名は、と見るとスンとした表情で俺たちを眺めている。
「俺にそんな熱さを求めないでよ」
「ちぇー、ノリ悪ぅー」
口を尖らすと角名はポケットに手を突っ込んだまま 、目を逸らした。
まぁいいや、と侑達とはフロアが違う俺は階段を登る。
「なまえ、ふぁいと」
聞こえた角名の声。
聞き間違いかと思って階段を1段登ったところで振り向く。侑達と同じ目線になった。
角名が名前で呼んでくれたの初めてだ。
「ふはっ、健闘を祈る!」
3人に向かって拳を突き出した。三人とも自信に満ちた顔で俺を見た。
俺も、負けられない。全力で勝ちに行くんだ。