(宮侑)
インハイが終わって寮に帰ってきた。 男子バレー部の結果は準優勝、2位だった。
俺ら稲荷崎は決勝で負けた。
部屋で静かにベッドに寝転び、上を見上げる。
今もコートの中にいるみたいで、ボールを上げる感触が手に残っている。
コート上に打ち落とされたボール。最後の点が入った瞬間の相手の喜ぶ顔。
敗北した瞬間のゲームセットの音。
「…ツム」
2段ベットの上から治の声がした。
「なんや」
「今、猛烈にボール打ちたいわ」
「…わかるで」
悔しい、悔しい、悔しい。
負けた。負けたんや。悔しくてしゃーない。
弱かった。俺らがあいつより弱かったから負けたんや。あいつらが強かったから勝ったんや。
「…絶対に勝ったる」
「…次は春高やで」治の言葉に頷いた。
「……強なって潰しまくったる…」
治が二段ベッドの上から頭を出して、下を覗き込んできた。
「…明日、体育館行くやろ」
「当たり前や」
明日はしっかり休めと監督に言われたけど、休んでなんかいられない。
早くボールを触って、強くなりたい。
「…風呂いってくる」
夜も遅く、バスタオルとフェイスタオル、着替えを持って風呂場に行く。
誰もいない中でゆっくりと浸かった後、風呂を出て、フェイスタオルを首にかけたまま歩いていた。
ランドリールームから洗濯機が回る音が聞こえ、暗い廊下に灯りが漏れていた。
各部屋の照明は使用者がいなければ消灯をするルールになっている。
照明のつけっぱなしは連帯責任で怒られるため、消そうと中を覗いた。
無人かと思ったが、回る洗濯機の前にぽつんと立っている背中を見かけた。
シルエットで誰だか分かる。
「なまえ…」
俺の声に気づいて、顔を上げた。
瞬間、目から光るものがこぼれ落ちて、頬を伝った。
まさか泣いているとは思わず目を見張ってなまえを見るとなまえはサッと横を向いた。
「何で泣いてんねん…」
「泣いてねえわ…」
震えた声で頬を拭ったなまえの腕を見てギョッとした。よく見ると腕も足も手当されたようで痛々しい。
肘は血がにじみでていて白い部分が赤く染まっていた。
「…怪我したんか」
「…落車した」
「…どやった。インハイ」
「……」
黙りこくったなまえと洗濯機の回る音が部屋に響く。
下を俯いて拳を握ったままのなまえの顔は見えない。
今、なまえはどんな表情をしているんだろうか。一歩、近づいてなまえの肩に触れた。
無理やりというほどではないがくい、と俯いている体を押し上げた。
抵抗するわけでもなく、なまえは俺の手によって少しだけ体を起こすも、顔は俺から逸らしたまま横を向いている。
頑なに目を合わせようとしないなまえに少しだけ無理やり顔を向かせたくなったが自制した。
「なあ、こっち見いや」
「…無理」
「……。俺らは準優勝、2位やったで」
俺の言葉になまえはピクリと動いた。
「…怪我したっちゅうことは、あかんかったんか?」
鳴り響く洗濯機の轟音が会話の間を取り持つ。
「…柴さんも2位だった」
2位って十分すごいやん、と思ったがなまえの横顔を見てその考えは変わった。
「勝てたのに。柴さんは1番早く先頭でゴールできたはずなのに。俺が…落車に巻き込まれたせいで…」
噛み締めた唇が震えていた。
俺らと同じや。
なまえは2位という結果に満足していなくて心底悔しくて、納得出来なくて、自分を責めて、感情がぐちゃぐちゃなんだろう。
「落車に巻き込まれなかったら…柴さんは勝ててた…、あのゴールで両手を上げるのはっ、柴さんだったはずなのに…っ」
なまえの目に涙が溜まっている。こぼれ落ちる前に上を向いて必死に瞬きをしていた。
深く息を吐いて、震える肺を落ち着かせようとしている。
我慢、せんでもええやん。無理やり自分を抑え込んで余計辛くないか?
「泣けばええやん」
なまえの横で頭一つ分下にあるなまえのつむじを見ながら言った。
「悔しくて自分が嫌で許せんで、ぐちゃぐちゃで、泣いてすっきりするなら思い切り泣けばええ」
俺の言葉になまえの目からぽろぽろと粒が零れ落ちる。
「〜〜〜っ、」
喉をヒクつかせながら目元を拭う手は涙で濡れている。
風呂から出てきたままなので何も持っていない。首にかけていたタオルを取って、なまえの頭にかけた。
「ぅうっ、おまっ、使用済みタオル汚ぇっ」
「汚くないわ!風呂上がりに頭だけ拭いたタオルや!」
「っ、拭いてんじゃん、っ、」
頭だけならセーフやろ、シャンプーの匂いしかせん!とか言っていれば、なまえは少しだけ笑った。
こぼれ落ちる涙をタオルが吸収した。
「俺かて、めちゃくちゃ悔しいねん。勝つためにコートに立ったんや。それなのに勝てんかった。悔しくてしゃーないねん」
「……」
「2位?3位?何位でも変わらん。てっぺんじゃないと意味なんかあらへん」
試合で負けた、敗北したあの瞬間を思い出しただけで体に力が入る。
俺の目を見て、なまえはまた目を伏せた。
俺らは2位がどれだけ悔しいか分かっている。勝者に敗北したことに変わりは無い。
「負けた。負けたんは悔しい。でも、そっから後、何をするか、やろ。次は絶対負けへん。あいつらのコートに何本でも打ち込んだる。もっと強くなって打ち負かすんや。潰したる」
「次…。3年生に、次はない…」
「それは自転車やめたら、の話やろ。柴サンは自転車やめるんか?やめんかったら次はある。もうインハイは終わったんや。嘆いとる暇なんかあらへん」
いくつものボールをトスしてきた両手を見つめる。そんでこれからもずっとトスをするこの両手で俺は勝利を掴み取る。
「今日終わったことはもう知らん。俺とサムは明日、その先のことしか、見えてへんわ」
「…強いな、お前ら」
「勝ちたいだけや」
なまえが眉を下げてゆるく笑った。
「なまえの涙で俺のタオルびちゃびちゃやん」
「…ふざけんな、最初から濡れてたわ」
「大号泣や。サムに言ったろ」
「…絶対言うなよ」
軽口を叩きながら終了を告げた洗濯機から洗濯物を取り出して乾燥機に入れ替えた。
「……」
「……」
お互いに黙るとすぐにインハイの余韻が押し寄せてくる。
なまえはまた目を潤わせていた。やっぱり今日だけは悔しさ、やるせなさ、自責の念が消えないようだ。
今日という日が終わるまであと少し。
乾燥機の音を聴きながら、俺らは喋るわけでもなく黙ったままだったが、互いに終わった夏の戦いの余韻に浸っていた。