インハイ後、大きなレースは終わったから、と顧問の意向で部活は休みが多かった。
茶川からの話では各自でプロチームのスクールライドや社会人チーム、大学生のOB練習に参加したりと、精を出しているらしい。
俺はというと、手足の怪我と痛みが治まるまで休むことにしたため、しばらく練習には参加していない。
正直、その方が気は楽だった。
何となく柴さんや秋田部長と顔を合わせ辛いと思ったからだ。インハイ後、ろくに話をすることもなく休みに入ったため、今でも先輩達に対する自分の不甲斐なさと後ろめたさは変わらない。
寮の部屋でゲーム三昧の俺は1週間半は自転車に乗っていなかった。
乗りたいか、と言われると乗るとインハイの時のことがぶり返しそうで気分的に少し躊躇していた。傷は完全には癒えていないけれど手足の痛みは回復している。
最初、俺の腕と足を見た治や角名はドン引きしていた。
朝、角名と食堂で顔を合わせた時に
「え、ヤバくない?事故?」と聞かれて笑ってしまった。
「レースで落車してさ」
「うわ、肩までやっとるやん…」
「その状態で走ったわけ?」
「まあ、止まってられないからなあ。でも、走ってる時は痛みとかどうでもよかったわ。とにかく脚回して先頭に追いつくことだけしか頭になかったから、」
勝てなかったけどな、と笑っていると治も角名も真顔になっていた。
ああ、こいつらも「勝てなかった」「負けた」側なんだ。
「朝からジメジメすんなや!」
侑の大きな手のひらが背中を叩いて衝撃が腕に走る。
「いっつぅ…」 じんじんと痛む腕に顔を歪める。
「あ、すまん。つい」
いつもの威力で来た侑を睨む。
そんな朝のやり取りをして日にちが経過していた。
今日も休みます、と秋田部長にメッセージを入れて朝ご飯を食べるために食堂に向かった。
食堂に入ると侑や北さん達バレー部が朝ごはんを食べている最中だった。
「おはようございます、」
トレーを持って近くに座り、北さんと尾白先輩に挨拶をする。
「みょうじくん、おはよう」
バレー部は今日も一日練習なんだろうか。練習量がすごいな、と素直に関心する。
「あ、なまえまだその格好っちゅうことは今日も休むんか?」
「ん、まあ」
「まだ痛むん?」
「いや、まあ大分治ったけど…」
侑と治の質問に右腕を触りながら答える。
「あんま休んどると体鈍るで」
「うん…」
分かっているけど、あんまり乗り気にならなくて怪我を口実に休み続けている自分がいる。
「なんや、いつもなら言い返してくるくせに」
侑の言葉にも乗り気にならず、へらり、と笑っていると北さんがじっと俺を見ていた。
部活を休む休まないという話題から変えたいし、何か話さないと。
「バレー部は今日も一日練ですか?」
「…せやね。明日から盆休みで寮生も帰るし、休み前の最後の練習やな」
「すごいですね、お疲れ様です」
「自転車部はいつから休み?」
北さんの真っ直ぐとした目を見れず、手元に目を向ける。
「あー…うちはインハイ終わってから休み多くて、各自で外部練習に参加したり、が多いですね…」
「柴とか秋田とは会ってないん?」
「んん…そうですね…」
会うも何も話すらしてないのだ。合わせる顔がないと言うのが正しいかもしれない。休めば休むほど、練習に顔を出しづらくなるし、この最近は、ずっともやもやとした感情で寮に居た。
「…はぁ」白米をぱくりと口に含む。ほかほかのご飯は美味しいが俺の心情は晴れない。
「なぁみょうじくん。明日時間あるか?」
「明日…ですか?」
「うちでな、夏野菜の収穫の手伝いがあって侑らも一緒に行くんや。ばあちゃんがご馳走ぎょうさん用意しとるんよ」
唐突な話に瞬きを繰り返した。
「みょうじくんも来んか?」
「え…」
「おっ!なまえも行こや!」
そんなバレー部の面子に関係ない俺が入るのはどうなんだろうか、なんて考えが頭を過ぎる。
「別にバレー部限定、とかそんなんちゃうよ。いつもおるメンバーで楽しく出来たらええな、て」
「…俺が行ってもいいんですか?」
「ずっと寮におるんやったら気分転換になるんちゃう?外の作業で体力はいるけど、みょうじくんはいつも外走っとるし、俺らよりは外、強いやろ。久しぶりに外で体動かすつもりで来たらええよ」
「っ、ははっ、ありがとうございます」
毎日ダラダラと過ごすだけの日々に少し楽しみが出来て嬉しくなった。
北さんは何でこんなに性格までもイケメンなんだろうか…。
「さすが北さん、先輩の鑑や…」
「いや、なまえフィルターがかかって、あいつから見たら、もはや神になっとるでサム」
「
「なんやねんそれ」
「正論パンチの神様」
「おい角名、そんなパンチ繰り出すのは神様じゃないやろ」
顔を寄せあってこそこそ話している3人に北さんが「おいてくで、」と声をかける。その声にバレー部は食堂を出ていった。
俺は部屋に戻り夏休みの課題を終わらせることにした。窓の外から見える晴天に、今頃自転車部の皆は走り始めた頃だろうか、と考えた。
後ろめたさが胸を締め付ける。
俺はシャーペンを手にノート開いて問題に集中した。
***
電車や数少ないバスを乗り継いでやってきた田舎は自然豊かで心は弾んでいた。
侑、治、角名、尾白先輩と俺は広い北さん家の前に立つ。
青い空、鮮やかな緑、山々に囲まれて蝉の鳴き声が響いている。
「よう来たねぇ」
割烹着姿の北さんのお祖母さんがぞろぞろとやってきたガタイのいい男子高校生達を見上げて、にっこりと笑った。
ちょこんと小さな体で朗らかに笑う北さんのお祖母さんは優しそうな雰囲気が溢れている。
「ばあちゃん、ただいま」
「信ちゃん、おかえり」
信ちゃん!初めて聞く呼び方に新鮮さを感じる。
「うおーっ!自然!山!畑!蝉!あれや!ぼくの夏休みのまんまや!」
侑のゲームのようだという例えに確かにな、と思った。
「ひと仕事したら、昼飯や。皆、頼むで」
北さんから軍手を渡されて頷く。
「しっかり水分取ってなぁ。縁側に麦茶置いとるから好きなだけ飲んでや」
その間にご飯作っとくからね、と言うお祖母さん。
年季が入った広い古民家の縁側から中を見るとテーブルのうえには色んな料理が並んでいた。
「うわぁっ、ご馳走や! 」
治が目を輝かせている。美味しそうな食べ物に俄然やる気を出している治。その隣で角名は暑さですでに死にかけていた。
「おい、角名、これからだろ」
「…太陽に殺される」角名の白い肌が眩しい。
「バレー部って焼けてないもんなぁ」
日射は昼以降が一番強いがすでに日が昇っている今でもオーブンに焼かれているような感覚になる。
北さんのお祖母さんがしわのある手で麦わら帽子を持ってきた。
「暑いやろぉ、これ使うたらちょっとは違うよ」
「ありがとうございます!」
俺が受け取って背の高い角名の頭に手を伸ばしてぼす、っと乗せた。
「くくっ、麦わら帽子の角名」
面白くて虚無表情の角名に携帯のカメラを構えると、横に侑達が入ってきた。
ついでに北さんと尾白先輩も画面内に入るように撮る。
「ほんなら、始めよか」
北さんの声に俺たちは腕まくりをした。
午前中は近所の農家の人から収穫方法を教えてもらいながら枝豆、ニンジン、トウモロコシを採った。
土の匂いが充満して、地面に近い状態で自然の中にいることを実感する。
野菜にくっついている虫を見つけて角名が肩を揺らすものだから、笑っていたら虫を投げてきやがった。
「うおー!見てみサム!でかいで!」
「俺の方がでかいわ!」
「俺の方がもっとでかいのとったる!」
「大きさじゃないねん!お前ら、ちゃんと優しく扱え!」
言い合う双子と尾白先輩を余所に俺と角名は真面目に取り組む。
「暑い…」
「そりゃ夏だからな」
「何で平気なわけ?」
「いや、俺も暑いわ。見ろ、この汗」
「の割にはしんどそうじゃないよね」
「まぁ外走ってるから暑さには慣れてるかもなー」
2人で口を動かし、手を動かし、ニンジンを傷つけないようにカゴに入れていく。
「北さんの手捌きすごいな」
2人で北さんを見る。ムダがなく、早く、かつ丁寧な作業。
「やっぱロボットじゃん…」角名がぼそりと呟いた。
「でも信ちゃんって呼ばれてるのはなんか微笑ましかった」
俺が言うと角名がニヤリと笑う。
「あの北さんも家族には信ちゃんって呼ばれてるんだ、って知って何か得した気がする」
「どんな得だよ」
収穫した野菜は納屋の前に集められて、こんなに沢山取ったんだと汗を拭いながら達成感が溢れた。
「ぶはっ、なまえ、顔が土まみれや」
「侑、自分の顔が見えないからって人のこと笑うな。お前、顔ほぼ土じゃん」
「ほぼ土とはなんやほぼ土とは」
「ツム、お前何したらそんな泥だらけになるんや。服も顔も土やん」
「サムお前こそ何で背中が土まみれなんや」
「引っこ抜こうとしたらこけたんや」
「ドジやな」
「なんやと?」
また始まったと双子の言い合いを余所に尾白先輩と話をする。
「尾白先輩は去年も手伝ったんですか?」
「うん、北んちの飯、めっちゃ美味いねん。ほぼ飯目当てや」
「確かに美味しそう…腹減ってきたっ…」
「動けば腹減るよなあ」
やりきった感満載の顔で尾白先輩は伸びをした。
長い手足でより大きく見える。
「二人とも、裏の湧水で顔洗ってき」
北さんが双子に言う。
「みょうじくんも、角名も。土まみれやで」
麦わら帽子の角名の顔を見る。暑くて汗を拭ったのか頬に土がついている。焼けていない白い肌に黒い土は目立つ。
「どしたん角名、今日は夏休みの冒険少年や」
「ほんまやな、麦わら帽子に、土だらけ!」
ニヨニヨと笑う双子にスンとした顔で裏に向かっていく。
「はいはい、行くぞー」
と双子を押して俺たちも裏に行く。冷たい天然の水がこんこんと湧いてパイプを通して流れていた。
「うあーっ、冷てっ!」
「気持ちええーっ」
4人でバシャバシャと顔を洗う。冷たい水が火照った頬を冷ましてくれる。一気にすっきりとした。
家の中に入り食卓を囲んで畳の上に座る。
「「「「いただきます!」」」」
「どうぞ、召し上がれ」
北さんのお祖母さんが用意してくれた手料理は、全てが美味しすぎて箸が止まらない。
「美味っ!!あ、サム食べ過ぎや!」
「ツムが我慢せぇ。これは俺が食べる」
治が本当に美味しそうに食べるものだから、北さんのお祖母さんも嬉しそうににこにこと笑っている。
「ぎょうさん用意しとるから、ゆっくり食べてね」
「美味いっす!」
「あぁ〜この味や、去年も食べてからこの味の虜やわ」
尾白先輩が至福だと茶碗片手に上を見上げる。
「北が羨ましいわ…こんな美味いご飯食べられるとは」
「ほんまに美味いっす…。あかん、止まらん…」
「せやからサム、それ食いすぎや!」
男子高校生の食欲は恐ろしい。机の上いっぱいにあったおかずやご飯はあっという間に消えていく。
箸で煮物を口に含むと優しい味わいか広がって思わず目を閉じてしまう。しいたけの味がこんなにも深いなんて知らなかった。
「しいたけ美味い…」
「おじいちゃんみたい」
「角名も食べてみろよ」
「…美味い…」
2人して、しいたけに感動する。
そうして見事に綺麗になった皿を前に手のひらを合わせた。
「「「「ご馳走様でした!!」」」」
「信ちゃん、川で涼んできたらどやろか?スイカ持っていったらええよ」
「川!」双子が反応する
「そうやね。行くか?」
「行きます!」「行きたいです!」「川、ええなぁ涼めそうや」双子と尾白先輩の反応に北さんは頷いた。
歩いてすぐのところに透明度の高い川が流れていた。上流の川はゴロゴロと大きな石が目立つ。澄んだ川の水はよく見ると小魚が泳ぐ姿も見える。
川辺に降りてすぐに双子はサンダルのまま足をつけた。
「冷たいっ!気持ちえぇっ!」
茹だるような暑さに川のそばに行くと涼しく感じる。
侑に至ってはハーフパンツをバレーをする時の丈まで上げて川に入っている。脚の熱が取れるようで至福の顔だ。
それを見て治が真似をして太もも丸出しで川に入った。
「あ゙ーー、気持ちええー」
そんな2人を見ながら木陰に座って続々と川に入る角名や尾白先輩を見送る。
如何にも夏休みって感じだなぁ。と木陰から真っ青な空を眺めたところに、隣に北さんが座った。
「ここ、いい所ですね」
「気に入ってくれたなら嬉しいわ」
「俺、転々としてたんですけど、都会よりは田舎が好きなんです。落ち着いてるし、不便な時もあるけど、自然の中で自転車に乗って走ってるとすごく気持ち良くて…」
「車も少ないし走りやすい、いうことか」
「はい。道も広いし、見通しも良い。じいちゃんちが地方の田舎なんですけど、秋には田んぼが海みたいになるんです」
「海?」
「黄金の海。実った稲穂が風に揺れて、それが波みたいで」
「ああ…わかるで。確かに海やな」
気のせいか北さんの口角が上がった気がした。
「その海の中を、走るんです。風と、稲穂の波と、自転車のホイールが回る音だけ。最高です」
最高に気持ちよく走った記憶を思い出して語る。駆け抜ける気持ちよさを脳が覚えている。
「好きなんやね。走るの」
「最高に気持ちいいですよ。走るの。北さんもどうですか?」
「……。ふふっ」
きょとんとした顔をした後、北さんが笑った。あまり笑った顔を見た事がなくて、こんな間近で、隣で見れるとは思わなくて瞬きをした。
「すまんな。まさか薦められるとは思わんかった」
「自転車の気持ちよさ、色んな人に知ってもらいたいですもん。…でも北さんはバレーですよね」
「せやな。ボール、触ってる時がええな」
「バレー…好きなんですねぇ」
北さんと話していると自転車が好きなんだと思い知る。あの走っている時の気持ちよさが忘れられなくて、味わいたくて、だから乗るんだ。
でも…あの日から全然乗ってないな…。寮から出ず部屋に篭って過ごした2週間。
自転車には触れていない。
侑や治みたいにバレー一筋でできたらどんなに良いだろう。ここにいる強者達は力もセンスも才能も持っている。
俺は、平凡だ。頑張ってみても目を見張るようなものはない。磨いても輝く宝石になれる訳じゃない。柴さんや秋田部長の近くに居すぎたから影響されてしまったんだろうか。勘違いしてしまったんじゃなかろうか。自分も強くなれる、と。
結局、そんなはずはなく失態を犯してしまっただけなのに。
ゴロゴロと転がる川の石を手に取って適当にぽい、と投げてみる。俺はこの石と同じでどこにでもある石の一つに過ぎない。
手を動かしながら己の思考と止まったままの自分の現状を顧みてはもやもやとしてしまう。
そんな俺を見て北さんは 自分を信じなさすぎるのも考えものやな、と呟いた。
「うちはな、強い奴らが集まっとる。レギュラーも選ばれた奴しかなれん」
「………」北さんの話に耳を傾ける。
「あいつらバケモンと俺は違う。俺が出来んこともあいつらは簡単にやってのける。でも、ちゃんとやってれば、俺にも出来ることは増える。時間はかかっても、あいつらと同じコートに立つことはできる」
それが一分でも、一秒でも、短くても、ちゃんとやれば確実に自分の力になるんよ、と北さんは言った。
北さんは自分が尾白先輩や侑達に比べて劣性だと言っている様に聞こえるが、本当にそうだろうか。俺は北さんのように毎日の積み重ねを継続して、ちゃんとやることも一種の才能だと思う。
俺はその積み重ねの継続すらやめてしまっているが…。
「…ふと、思ってしまうんです。センスと才能の塊のような人を見ると、そんな人の近くにいると、努力しても無意味なんじゃないかって」
こんなことを言ってしまえば失望されるだろうか。
「俺は無意味やないと思う。毎朝山登っとったんやろ?侑らから聞いたで。努力すれぱいつか芽は出るはずや。大事に育てて水をやったら花が咲くのと同じ。ちょっとずつ蓄えた力は裏切らんと思う」
「……」
「無意味や、と思うほどに自分には目を見張るような凄さとか強さとかない、て思うかも知れんけど、誰かがどこかで見てくれとるよ」
「……」
腐りかけていた心が北さんの言葉に包まれたように感じ、鼻の奥がツンとした。
「一昨日、柴に話しかけられたんや」
「え…」
いきなり出てきた柴さんの名前に驚く。
「部活終わって帰る時にな。柴がみょうじくんのこと聞いてきたんや。元気そうか、って」
「柴さんが…」
「元気かどうかは本人じゃないと分からん話やけど、侑らと話しながらご飯食べてる所は見かけたで。って答えたら、そのまま帰ってったけどな」
「……」
柴さんは怒ってるんだろうか…。休みがちな俺のことを、やる気がないって言われてもおかしくはない。
考えると気持ちが下がりそうになる。
「はあ…きっと怒ってるんだと思います。インハイで俺が落車しなければ柴さんは勝ててたし、その後も休みが続いてるし…」
言いながら頭を抱えたくなった。
「怒っとるんやろうか?」
「きっと、そうです」
「何を思っとるんかは話してみんと分からんやろ。言葉で言っても伝わらんことだってあるくらいやし、話さんかったら分からんままや」
柴さんと話す。それは今、一番逃げたいことかもしれない。
「そう、ですよね…」
話してみないと分からない。…それは確かにそうだ。いつまでも休んでもいられない。
何を言われても受け止める覚悟で柴さんと話してみるしかないか…。
背中を押されたように感じて顔を上げた。
「…北さん、ありがとうございます」
「お礼言われること何もしてないで」
「ふふ、」
「北さーん!なまえ!」
侑に呼ばれて近くに寄る。川に足をつけたまま近くに寄れと手招きをしている。
「なあ、コレ見て!」治が川の底を指差す。
「ん?どれだよ?」
「これや!これ!」
何を差しているのか分からず身を乗り出して川の底を見た瞬間、背中をトン、と押された。
「ぎゃっ!!」
目の前に広がる水面。
キラキラと煌めく中で澄んだ水は翠色のような川の底を反射させる。川底が視界いっぱいに迫ってきて、思いっきり川にダイブした。
「ひっかかったー!」
音を立てて水の中から、起き上がる。全身濡れた俺は顔の水を拭った。
ケラケラと笑う双子の間で俺は肩を震わせる。俺は治に騙され、侑に押されたのだ。
「お、まえら…」
こうなったら、やり返すしかない。
「あっ!!」
侑の先を指さす。侑が何事かと顔を動かした時を逃さなかった。
侑を横から押す。
「うおっ」
バシャンっと盛大な音を立てて川に倒れ込んだ。
「ははははっ、ざまぁ見ろ」
全身濡れた侑が悔しそうにしている。
こうなればもう徹底抗戦だ。水の中を追いかけてくる侑は誰彼構わず押し倒している。治も角名もびしょ濡れだ。
「アランくんもや!」「はぁっ?!やめっ!おあっ!」
尾白先輩もやられた。「侑!お前!」やられたらやり返す、ギャーギャーと治達はお互いに押しあって川に倒れ込む度に水しぶきが上がる。
「残るは北さんや…」手をわしわしと動かしながら侑が北さん狙う。
「川底は滑りやすい。怪我するリスクが高いで」
北さんが表情を変えずに体が資本の選手が何をしてるんや、と言う。
「全力で遊ぶのが遊びですわ!」
侑が北さんに飛びかかろうと水の中から飛び出した。
北さんは涼しい顔でサッと避ける。
「あっ!」
侑はそのまま川にダイブした。盛大な水しぶきが上がる。
「侑〜、北さんにそんな手が通用するわけ…」
アホだなぁと川から上がろうとジャブジャブと水の中を歩いているとツルッと足が取られた。「わっ」
人間というのは転けそうになると咄嗟に手が出るものだ。何か掴めるものがあれば、尚更。
ちょうど目の前に北さんの背中があった。
度し難いことに俺の手は北さんの背中に手を伸ばし服を掴んでしまった。
川に落ちる俺と、引っ張られてバランスが崩れる北さん。
スローモーションのように2人とも倒れ込む。
バシャッ
「〜〜〜っ、き、北さん…!!」
や、やってしまった…!!すでに濡れている俺はいいが、北さんは見事に川に浸かっていて、半身が濡れている。
「………」
「すすすすすみません!!わざとじゃないっす!」
うわああ、と青くなりながら謝り倒す。
「…ええよ。冷たくて丁度ええし」
尾白先輩が川に浸かる北さんを見て笑う。
「どしたんや北、みょうじには優しいなぁ」
「これで皆ずぶ濡れや」
侑は満足そうに笑う。
「お前のせいだからな!」
「ええやん。川で涼むんが目的やろ」
「涼むの意味!」
その後も俺たちは騒ぎながら遊び倒した。動いて小腹が空いた頃にスイカを食べて川の外に上がって服を乾かしていると夏の暑さですぐに乾いていた。
川遊びを終えて帰った後、夕暮れになる前に北さんちを後にする。
「また来てなぁ」
北さんのお祖母さんがにこにこと笑って手を振る。ふっくらと厚くて温かそうなしわのある手が印象的だった。
「ありがとうございました!」
「お邪魔しました!」
「北、また休み明けな〜」
北さんはそのまま帰省という形で家に残る。尾白先輩、侑、治、角名と帰りのバスに乗って電車に乗り換えた。
ガタンゴトンと揺れる電車内で遊び疲れた双子達が起きていられるはずもなく。
隣に座っている侑が俺の体に容赦なく倒れかかってくる。
「ぐ、重てぇ…」
脱力した183cmの体躯が重たくないわけがない。さらには侑の横は治がいて、治も侑に倒れこんでいる。もはやこれは治と侑の2倍ではないかと思う。
俺たちの前に立っている角名はニヤと笑った。
「角名、ここと変われ」
「嫌だ」
「このままだと潰れるわ!」
「うん、ほんと潰れそう」
「何で押すのに動かないんだよ!」
侑の体を押しのけようと力を入れて押すも、ビクともしない。 気持ちよさそうに寝やがって…
隣に座っている尾白先輩も舟を漕いでいる。尾白先輩は寝るのを我慢しているのか縦にふらふらしながら時々覚醒している。
駅まであと何分なんだ、と考えながら電車の窓の外を見た。
夕日がオレンジ色に空を染めていた。
北さんとの会話を思い出す。
柴さんと…ちゃんと、話さないとな。
寮に帰る頃には眠気も強く、横になるとすぐに睡魔がやってきた。
今日みたいな友達と過ごす夏休みは初めてだった。楽しくて、最高だったなと落ちる意識の中で思った。