32

(宮侑)

夏休みが終わった。
登校日は久しぶりに顔を合わせるクラスメイト達にいつにも増して校内は賑やかだ。

9月に入り初っ端の始業式に併せて、インターハイの表彰式が行われる。

「表彰式出る奴は事前にこっち側に整列しや〜」という体育教師の指示にクラスの列から外れて前に並ぶ。

全校生徒が揃うまでガヤガヤと話し声が止まらない。

バレー部はレギュラー陣が横一列に並んだ。その後ろに自転車部の主将と柴サンが立った。

自転車部を見て、クラスの列に紛れているなまえを目で追った。
柴サンと走りに出ていったあの日から、あいつは吹っ切れたように練習していて、いつもの調子に戻っていた。

「自転車部は2人だけなんやな」

後ろの列をちらりとみて治が言った。

「なあ、みょうじ、めっちゃ怪我したんやろ?」
銀の声に角名が答える。
「なまえのあの傷、まじトラウマ」
「どんだけやねん」
「肩から手のここまでザーーッて」
角名が自分の右手を指差す。

「えぐいな…」
「あんなんでレシーブ受けたら…痛いやろな…」
「ツム、何でバレーで置き換えんねん」
「やっぱ全国レベルはどこも強い奴ばっかなんやろな」
銀の言葉になまえから聞いたことを教える。

「レース、完走するのも難しいんやて」
「へぇ」
「稲荷崎は個人で最高2位、団体は4位入賞やったって」
「みょうじはどやったん?」
「なまえは40位言うてたで。200人弱のうち約完走したの80人くらいやったって」

まだガヤガヤと煩い集合体の中で会話していると後ろから通った声が聞こえた。

「おい、バレー部。勘違いすんな」

その言葉に後ろを見る。自転車部の3年、柴サンだ。その目は強気で俺たちの会話に不服があるみたいな表情だ。

「なまえは落車して負傷しても、後方から俺をゴールストレートまで引っ張ってくれたんや。文字通り『脚が動かんくなるまで』踏み倒してな。2位いう結果はそれが半分。最後に勝てんかったのは俺の力不足や」

顔は真っ直ぐ前に向けたまま。でもその言葉は俺たちに向けて言っている。淡々と、けれども力強い口調。

「北〜、うちの柴がすまんなぁ。後輩が可愛くてしゃあないんや」

自転車競技部の部長が呆れたように笑いながら前にいるうちの主将の北さんに謝る。

「おい秋田、可愛ええとちゃうわ」

北さんは柴サンに振り向いて頷いた。

「柴、わかっとるよ。結果じゃなくてみょうじくんが全てを懸けて走ったんは、見てれば分かる。みょうじくんは『それ』ができる子やもんな」

柴サンは北さんの目を見た後、また前を向いた。

「…分かっとるなら、ええんや」


俺らの知らないレースでのなまえの話を聞いて予想以上になまえが活躍していたことを知った。

あいつ全然自分のレースのこと話さへんもん…。

なまえのおかげで2位になれたという柴サン。
秋田部長が「みょうじは柴をゴール前で先頭まで引っ張り上げたんや。終盤にいきなり現れて先頭2人を切り裂いてく稲荷崎に会場は沸いたらしいで!
先頭に柴を送り届けて安心したんやろうなぁ。脚、限界超えとったやろうし、ゴール手前でなぁ、動けんようなってん。そんで40位ゴールや」と語った。

華やかな結果とは違い、貢献した故の結果なのだと言う。誰も知らない、知る人しか知らないその走りに一番近かったのは柴サンだ。

勘違いされたくないという思いは分からないでもないが俺らの知らないなまえのことを聞いて、少し悔しくなった。

なまえが自転車に打ち込んでんのは俺らだって知ってんねん。
練習している時の鬼迫な顔も、悔しそうな顔も、それで寮の部屋で語ったエースへの思いも…。

柴サンの知らんあいつのこと、俺らは知ってんねん。

「別になまえのこと、勘違いしてるわけちゃいます」

俺の言葉に柴サンは目だけ動かして俺を見る。

「………」

「…あいつ、脚が動かんくなるまで本気で走って、エースを花道に連れていきたい、て前から言うてましたし」

柴サンが瞬きをやめて、じっと俺を見た。北さんと同じくらいの目線の高さ。その目は力強い。

「誰よりも近くで勝つ背中を見たい、て。せやからなまえが結果をかなぐり捨てて本気で走るんは分かってます」

俺も強気で返す。なまえのこと、勘違いしてるわけとちゃう。俺だって、あいつのこと、あいつの思い、聞いとるんや。分かっとるつもりや。


「…はぁぁ!なんやみょうじ、そんな可愛ええこと言うとったんかいな!」

秋田部長が柴サンの隣で驚いている。柴サンを見ると穏やかに口元を緩めていた。

あ、この人こんな笑い方するんや、と思った。

「…ふっ、あいつ、ほんまアホやな…。レースでも『俺、ゴールする気ないんで。全開で走ってください。俺は限界超えるまで走ります』て言いよったわ。冗談かと思うたけど、ほんまにするし」

呆れたように笑う柴さんは嬉しそうだった。

「なんや自己主張少ないし遠慮しぃやし、気ぃ遣いぃやし、そんな可愛ええこと言うかと思ったら走っとれば後ろから殺る気満々で来るし、なんなんあいつ!ツンデレか?!」

「ツンデレはちゃうやろ!」アランくんがツッこんだ。

「ゴールする気ない、とか普通言うか?言わんやろ。やっぱアホや」

「その走りのおかげで柴は覚悟できたわけやん。進学か?プロか?おまっ、まさか…海外か?どうすんのや」

「…せやな」

柴サンは今何を思い浮かべているのだろう。レースでのなまえの走りを思い出しているのだろうか。
遠い目で2年2組の列を見ている。

「なまえはエースにさせてくれたからな。強くなるんや。まずは全日本の合宿までひたすら練習やわ」

言い切ったその顔に俺たちはピリピリとした空気を感じた。それは決して嫌な雰囲気ではなくて、程よい緊張感。それは3年生も同じだったようでアランくんは同学年の人が高みを目指して高校とは違う広い世界へ視野を広げているということに、表情を引き締めていた。
3年生にとっては、夏が終われば進路の話は現実味を帯びてくる。

「ははぁ〜関東の真留古がみょうじが柴をえらいことにした、言うとったけどそういうことか…」

「なんで真留古が出てくんねん。インハイ優勝したからてあいつ調子に乗っとんねん。あいつらやったら落車しても上がってこれへんかったで。俺らやから上がれたんや」

「なんや柴、えらい仲間を買うとるやん。前までは自分の脚でどうにかする。勝つも負けるも自分の力次第や、言うとったのに」

「…あいつの走りで教えてもろたからな。頼るのは悪いことじゃないって。信頼せんと自分の全てを託せれんやろ。託されるから俺も頼れた。俺の前でなまえの脚が壊れそうになっとっても、こいつは俺を前まで連れてってくれると信じて最後まで後ろで走ることができた。なまえは信頼に値する奴や」

柴サンの言葉を聞いて、俺のことじゃないのに嬉しくなった。
なまえのこと、分かっとるやん、て。

あいつは普通に見えて、自分でも平凡だと言う奴やけど、努力はしてる。色々考えて悩んだりもしながら走り続けている。

それを知ってる人がいるのは嬉しかった。

「宮、おおきに。なまえのこと、よう見てくれとんの、わかった」

柴サンが俺を見て礼を言った。

「イイエ…」

そう言われると別にそんな見とるわけちゃうし、とか言いたくなったけど黙っておいた。

全校生徒の中で2年2組の列にいるなまえを見る。

なまえは女子に話しかけられて笑いながら頷いてる。

あ、なんやあの笑った顔。ニヤけたような。ちょっと腹立つ。
後で何話しとったか聞いたろ。とか思ったらいきなり俺らの方を指差して何か話している。

後で体当たり確定やな、と考えていると表彰式が始まった。

バレー部のインハイ準優勝の紹介に拍手が起こり、喝采が飛ぶ。女子の黄色い声も別に嫌ではない。目立つことは嫌では無いし、注目を浴びる事もむしろ気持ちええと思う。

でも優勝の1位じゃない2位なんか別に大したもんでもないのに、と思う。じゃあ自転車部の2位は、大したもんではない、と言い切れるだろうか。

その2位はなまえが死にものぐるいで走った故の2位なんだ、と柴サンは言った。
バレー部の「思い出なんかいらん」という信条は過去よりも今、今日、明日何が出来るか、や。

でも自転車部の2位はそれぞれが繋いだ2位や。それは大きなもんでそれがあるからこそまた強くなるために次に進めるのかもしれない。俺らとはまた違うんだろうな、と校長の賞賛を聞き流しながら思った。



***



(みょうじなまえ)

始業式とインハイ表彰式が終わって各教室に帰る途中、渡り廊下を歩いていると後ろから重みが加わる。

「ぐえ、」
「ふは、カエルみたいな声や」

見なくても誰か、なんてわかる。侑だ。
肩に回された腕にふわりと制汗剤の爽やかな匂いがした。

「暑い!くっつくな!」

9月と言えどもまだまだ暑さは現在だ。白色のシャツから出た侑の腕に重さを感じる。

「腕置くのにちょうどええ位置なんや」
「俺が低いみたいに言いやがって…」
「低いやん」
「あとちょっとで170cmに…!」
「小さいな」
「お前に比べたらな!」

一方的に肩を組まれながら歩いていると教室に戻る生徒の中から宮を呼ぶ女子の声が聞こえてきた。「宮くん!インハイお疲れ〜!」「春高頑張って〜!」「応援してるね!」3年の女子生徒のようだ。

気づいた侑が「あざーす」と適当に返した。色めき立つ先輩女子達はキャッキャと笑いながら歩いて行く。

表彰式でも思ったがバレー部、特にこの双子に対して女子の歓声が大きかった。まぁ、この身長でこの整った顔で、身なりも整えてればモテないわけがないんだろう。髪もセットして、制汗剤もつけて、流行に遅れずリア充な男子高校生の代表と言っても過言ではない。

くそう、平凡な俺には女子からあんな応援されたことなんてない。違いすぎる侑と自分を比較して悲しくなる。

ワックスとかスタイリングとかした方がいいんだろうか…。いや、でも俺がやると変な感じになりそうだしな…。

先輩女子たちの背中を見ているとぐいっと首元がしまった。

「ぎゃっ、ネクタイ引っ張んな!」
「なぁに、女子見てんねん。あれか羨ましいんやろなまえくん〜」
ニヤニヤする侑にイラッとした。
「うるさい、ネクタイ離せ」
「お散歩〜♪おいでなまえクン〜」
まるで犬のリードをひくように楽しそうに引っ張る侑に頬を膨らませる。

「銀っ、どこだ銀、ヘルプー!」
先を歩いるはずの銀に手を伸ばしていると…

「侑?」

聞こえた声に、フッと首の締まりがなくなった。
侑を見ると瞬時に手を離したのか両手のひらを顔の横に開いて青くなっている。

何が起きたのか、と振り返ると生徒たちが行き交う廊下で侑が顔を青くさせる人が後ろに立っていた。

「バレー部だ」「うわ背、高っ」「いや、真ん中と横は普通…」

周りの生徒達の声の中、北さんを初め尾白先輩、大耳先輩、赤木先輩が立っていた。

「北さん…っ!」
北さんはいつだって俺の救世主だ。

「何してるん、侑」
「いやっ、何もしてません!」
手のひらを見せて首を振る侑。
「聞いてください北さん!こいつが俺のネクタイ「はい、なまえくん教室帰ろ〜!」」

言い切る前に侑に口を塞がれた。目を見ると、言ったらド突くぞ?と言うような殺気だった視線で見下ろされた。

「俺の身は潔白です!何もしてません!」
「どーせ、またみょうじに絡んどったんやろ」
尾白先輩が呆れたように言う。

「ただでさえ目立つのにアホやなあ侑」
赤木先輩が笑う。
「そうやな」大耳先輩も静かに同意している。

「何で皆そない言うて決めつけるんですか!俺がいつも悪いみたいに!見てないくせに!」
現行犯逮捕は不可能だ、みたいなことを言っている侑に呆れる。

白をきるなんてなんてやつだ、と思っていると角名が行き交う生徒と同じように歩いてやってきて、ニヤリと笑った。

「俺はさっき見てたよ。侑がなまえのネクタイ掴んでお散歩〜って言ってるの」
「あっ!角名!お前!言うたな!こんの…!」

時すでに遅し。角名は通り際に言い去っていき、スルッと生徒の波に入り込んだまま教室の方へ戻って行った。大耳先輩の横に治が立ち、何事?という顔で見ている。

「人の嫌がることしたらあかんで」
「うっ、いやなまえは嫌やないかもしれんですやん」
「いや、嫌ですけど?」
即座に角名みたいなスンとした表情で言ってみる。

「ネクタイリード代わりにされて嫌やなかったら、もはやそれは変態やな」
尾白先輩の神妙そうなコメントに治がこてんと首を傾げた。
「じゃあなまえは変態…?」
「そこォッ!解釈違う!俺は変態じゃない!」
ビシッと差して否定しておく。

「みょうじくんすまんな」
「いえ、北さんは俺の救世主ですから。いつもありがとうございます」
北さんに頭を下げてお礼を言う。注意された侑はふん、と拗ねていた。
意味がわからん。なぜお前が拗ねるんだ。

「ほんま侑は目離すとすぐに何かやらかすよなぁ」 赤木先輩の言葉に治が反応する。
「おもろいことあるとすぐに飛びつく奴なんですわ」
「…治、自分はちゃうみたいな顔しとるけどお前もやで」尾白先輩が横目で治を見る。
「ツムと一緒にせんでください」
「いや、お前らが揃った日には悲惨やわ」

もっと俺らの苦労を分かれ、という3年生の顔を見ながら俺は心の中で同情した。

確かにこの2人が遊びに遊べば、その周りは大変だろうなと想像に難くない。

「授業始まるし、解散解散」という赤木先輩の声に侑達と階段を登る。

「なまえのせいで叱られた!」
「俺のせいにすんなし、」
「……」
「ぎゃっ!ズボン引っ張るな!!」

階段を登っていると後ろからムスッとした顔で侑が俺の制服を引っ張った。ベルトがあるとはいえ、不意打ちのズボン下ろしはドキドキする。

小中学生の時に男子の中で発生するズボン下ろしをこのタイミングでして来た侑を睨み返す。

侑はニヤリと笑った。
こいつ…!北さんに言われたのに反省してないな…!

「このやろ…」
「ふっふ、鬼さんこちら〜」
階段を駆け上がって俺より先に教室に駆ける侑。

「あ〜、腹減ったわぁ〜」

横で自分の空腹状況と昼飯のことしか考えてない治。

スタートした2学期、静かに過ごせるだろうかと俺は心配になった。

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