部活が終わった後、寮に帰って真っ先に食堂に向かった。
人は少なくていつものように隅っこを陣取り、今日の晩御飯の焼き魚を食べる。
早めの時間だ。バレー部の練習はまだ終わっていないはず。時間を気にするのは訳あってのことだった。
ご飯を食べ終わり風呂に入った後、部屋で課題をしていると携帯に通知が来た。
〘宮侑がスタンプを送信しました〙
トーク画面に載るご飯マークのスタンプにやっぱり今日も来たか、と思う。いつもご飯のスタンプが来れば一緒に食べているが今日はもう食堂には行かない。
みょうじなまえ〘今日はもう食べた〙
ごめんねという謝りのスタンプを一緒に送る。
すぐに既読になった後、侑から一気に5個くらいスタンプが来た。
全部、キャラクターが怒っているスタンプだった。ああ、侑なら本当にこの怒涛のスタンプみたいに怒ってそうだな。
激おこスタンプのように怒る侑が簡単に想像できて、笑ってしまいそうになる。
課題の途中だったが、席を立ってベッドにダイブした。
「………」
侑への返信はしないまま、無言の部屋で目を瞑った。
隣の部屋から笑い声が漏れ聞こえる。隣は3年生の先輩だ、誰かが来てるんだろうな、なんてぼんやりと考えた。
ご飯を早く食べたのも、別に侑を避けているわけじゃない。
……いや、避けているのかもしれない。距離を取りたがっている自分がいるのは事実だった。
昨日の夜、侑達の部屋で見せてもらった雑誌の記事。
稲荷崎の双子、宮ツインズとして大きく載っていた。期待の高校生、最強セッター、記事を読めば読むほど、凄い奴らなんだと知った。
最初は、純粋にすごいと思ったんだ。
高校生で、こんな取り上げられて、結果も出して、すごい、凄すぎる、って。
でも段々と自分の中で同じ高校生なのに、同じクラスで勉強してるのに、こうして毎日話してるのに、馬鹿言い合ってゲラゲラ笑ったりしてる奴なのに、その凄さを目にして、あれ、やっぱりこいつらは俺と同じではなく、全然違う、次元が違うレベルの奴らなんじゃないか、と考えてしまった。
そう思い始めると、何だか自分が侑達の隣で笑っているのが身の丈に合わないような気がして、暗い気持ちになった。
近くに居すぎてこいつらは俺と同じ、なんて勘違いをしていた。何もかもが平凡な俺とは違い、侑達は周りから抜きん出ていて、優れている。才能を持っている。
他の人にはないものを持っている、そんな奴らだ。
どんどん侑達が遠くにいるような気がして、そう考えては、いや最初から遠かったんだ、そもそも近づいてなんかいないし、近づけもしないじゃないか、と自分に答えた。
今朝、教室に入った時にさらにその気持ちは強くなった。侑の周りには人集りが出来ていて、中心にいる侑との大きな壁のように感じた。
自分のこの暗い気持ちが何なのかは分かっている。劣等感だ。
その光景を見て、あまりその場に居たくないな、と思った俺はすぐに荷物だけ置いて茶川のところに行ったのだ。
1組でも同じようなことが起きており、治が囲まれていた。角名も話しかけられていたがいつもの感情の起伏が少ない表情のため、治程ではない。
朝の教室内で茶川と2人、人集りを見ながら「すげえよな」という話をした。
「2組も同じ感じなん?」
「ん、人集りで座りにくそうだったから、逃げてきた」
「ああ、宮、後ろの席やったな」
「うん。雑誌の効果すごいよな」
「まあ、記事になるのはシンプルにすごいよな」
「なー…」
「なんや暗いやん」
「いや、あまりに凄すぎて…。平凡で凡人な俺が感じることじゃないけど…劣等感に苛まれてる自分がいて恥ずかしい…」
「仲ええもんなぁ」
「…柴さんも全国レベルで強くて、すごい人だけど別に劣等感は感じないんだよ。もう尊敬の域だし憧れに近いんだけど。…侑達は同い年だし…、普段、馬鹿やってるの見てたら、何でこんなに違うんだろうって…」
俺達だって一生懸命練習してるのにな、と呟いた。
「それはさぁ、劣等感ちゅうより悔しさの方が強いんやない?」
「悔しさ…?」
「せや。悔しさは、あいつらと対等に思ってるからこそ生まれるやろ」
「それが、対等じゃなかったんだよなあ」
「せやろか?何をもって対等じゃないって言えるんや。俺らは俺らで頑張ってんねん。モノサシは人それぞれやろ」
「…茶川、お前…すごいわ」
ケロッと言う茶川に俺は観念した。
「次期部長決定だな」
「はぁ?!」
「だって俺部長って柄じゃないし、俺は縁の下で支える側の方が性に合ってるからな。来年は三分と茶川をアシストできるよう頑張りマス」
「みょうじは…アシスト命やなぁ」
「てか、何でクラスの一軍ってあんなに無敵なんだろうな」
治を見て言った。
「…神様は不公平やな」
「茶川、お前は背もあるし普通に勉強できるし、登れるし、いっぱい持ってるぞ。俺は並々だ。波平さんだ」
「ぶっ、寒いわ」
茶川と会話を終えてギリギリで教室に戻れば座れる状態になっていた。侑から話しかけられたが目を合わせることができなかった。
茶川はああ言ってくれたけど、まだ精神が未熟な俺には持て囃される侑を賞賛できるほどの余裕はなかった。
意識してしまえば、劣等感に襲われそうになるため素っ気ない態度になっているのは自分でも分かっていた。
当たり障りない会話で一日を終えたが、宮ツインズで盛り上がった校内も相まって、昨日の今日で俺の劣等感は拭えるものでもなかった。
こんな自分が嫌だな、と自己嫌悪も生まれる。どうしようもないことなのに。どう足掻いたって平凡なのは承知だ。
それなのに納得のいっていないこの心が自分でも理解できなかった。
***
昨日はそのまま寝落ちしていた。
今日の朝練は休足日で休みのため食堂に行くと角名がいた。ちょうど食べ終わったところのようだ。
「角名、はよ」
「はよ」
「朝練?いってら」
「…なまえさ、昨日のまだ続いてんの」
「え?なんの事?」
「侑の事」
角名から侑の名前が出てくるとは思わなくて面食らった。
「…んん…」
続いてるって、何、なんの事。もしかして、俺が少し素っ気ないの気づいてんのか?
「俺は面白いからいいんだけど。約一名、誰かさんのせいで不機嫌な奴がいるんだよね」
ああ、多分角名は気づいてるんだろう。それで俺のせいで侑が不機嫌なんだろう。
俺のしょうもない劣等感のせいで。
角名は侑達の活躍を見て、何も思わないんだろうか。同じチームで同じ同級生で同じバレーをしていて、目立っている双子が常に隣にいて。何も、思わないんだろうか。気になった。
「……角名はさ、侑達のあの記事見て…悔しい…とか思わない…のか?」
歯切れ悪い俺に角名は数秒考えて俺を見た。
「…別に?悔しいとは思わないけど、負ける気はしない」
涼し気な目元は感情の見えにくいがその奥は強いものがある。角名も…すごい奴なんだな、と感じた。
「…ははっ俺の愚問だったわ。ごめん」
ぺこりと角名に謝った。
そうだよな、常に近くにいる角名は劣等感や悔しさ以前に、侑達と対等なわけだ。侑達の凄さを知ってるし、侑達も角名の凄さを知っている。競い合って、仲間として支えあって、戦っている。お互いの強さを分かっているからこそ、1つのチームとして今回も結果を出せたんだ。そんな角名に何を聞いているんだ、と自分を恥じた。
「早く怪獣を黙らせてよね」
それは気持ちに折り合いを付けろということなんだろう。
「…はぁ、倫太郎くんはよく見てるねぇ」
お見通しのような角名には観念した。
「観察は得意なんで」
ニヤリと笑った角名は今度こそ食堂を出ていく。
茶川も角名もすごいな、全然動じていない。
俺の周りは凄い奴だらけだ。
俺もそんな風になりたいと思いながら朝ごはんの目玉焼きに調味料をかけた。
***
登校した昇降口で靴を履き替えていると「みょうじくん」と呼ばれて振り向く。
眼鏡をかけた女子が立っていた。小柄で肩につく髪を耳にかけている。
「あ、3組の萩沼デス!」
「あ、うん」
初めて話す女子だ。手にはノートとシャーペンを持っていた。
「今、新聞部の取材をしててね!」
稲荷崎高校新聞部は定期的に校内ニュース等を作って配布や掲示をしている。
その新聞部が俺になんの用だろう。
「インターハイで活躍した生徒を取り上げたくて、自転車部の柴先輩とか秋田先輩のこと、聞きたくて!」
時間、あるかなぁ…と恐る恐るという感じで聞かれて、小動物みたいだと笑いそうになった。
「俺で役に立つなら、」
「いいの?!ありがとう…!」
驚いたあとにお礼を言う萩沼さんに、そんなに驚かなくても、と笑いが漏れる。
「最初、柴先輩の所に行ってみたんだけど…寡黙というか…話しかけにくくて…」
「確かに、柴さん基本的にクールな人だからな…」
初見なら壁を感じるのはわかる気がする。
「秋田先輩は…逆に賑やかで…他の人と話してて入りにくかったというか…」
「ああ…想像できる」
秋田部長は明るいし面白いから常に周りに人がいる。どちらも足して2で割るとちょうど良い気もするが、個性が強い先輩2人に挑もうとした萩沼さんに少し同情した。
萩沼さんからは柴さんや秋田部長の普段の練習の時の様子やレース中の展開を聞かれた。
柴さんと秋田部長の活躍を余すことなく伝えようと話したら萩沼さんから「先輩愛が強いね」と笑われた。
愛というかただ後輩として選手として尊敬してるだけなんだけど!と言ったが信じてくれたかどうか…。
2人の凄さがよく分かったよ、と言ってくれて俺は自分の事のように嬉しくなった。
「取材は他の部活も?」
「うん…でもうまく行きそうになくて…」
「??」
「バレー部のミャーツムくん…取材したいけど話しかけにくくて…何か睨まれそうで怖い…」
「あ〜…」
私1回も話したことないんだよね、という萩沼さんの気持ちは理解できた。
あの体躯、見下ろされる時の圧、黙ってれば怖さを感じるのも分かる。俺も話しかけにくかったし、一番最初に双子から話しかけられなかったら自分から話しかけることはなかったと思う。
「あのさ、みょうじくんてミャーツムくんと仲良いよね?」
また恐る恐るという表情で見る萩沼さん。
「一緒に侑んとこ行こうか?」
「い、いいの…?!」
これぐらいなら俺も手助けはできそうだ。じゃあ、お昼休みにと約束してお互いに教室に入っていく。
予習をしていると後ろの席に座る音が聞こえた。後ろを振り向くと侑が座っている。昨日とは違いちゃんと目を見た。
「おはよ」
「…はよ」
あー、たしかにご機嫌ななめだわこれは。まず顔の表情がムスッとしている。角名の言った通り、感触は悪く不機嫌そうだが、俺の態度のせいでもある。
前に向き直って予習を再開した。
はあ、こんな天邪鬼で気分屋なコイツに俺は劣等感を感じていたのか…。
何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
確かに凄い奴だけど、同じ高校生であることに違いはない。茶川の「モノサシは人それぞれ」という言葉を思い出す。
劣等感を感じるのも、感じないのも自分のモノサシだよな。
劣等感を感じないくらい、俺も頑張ればいいんじゃないか、劣等感を感じるということはまだ俺はその域に達してないんじゃないか。
まだ、俺は、まだまだだ。
上がいる。追いかけたい背中がある。それなら1歩1歩登っていけばいい。
登るのは嫌いじゃない。自然と自転車で登る坂道を思い浮かべた。
苦しくても登ったあとの景色は最高だ。それを知っているからこそ、俺達は登れるし、登ることをやめられないのだ。
ああ、今猛烈に自転車に乗りたいな、と思った。
今日の部活が楽しみになった。
***
4時間目終了のチャイムが鳴る。後ろの席の侑を振り向くと立ち上がろうとしたため、侑の腕を掴んだ。
「あ、待って」
「…なんや?」
ジト目で見てくる侑に座って待っててくれ、と言う。
教室の外に顔だけ出すと3組から萩沼さんがパタパタと走ってきた。
萩沼さんに軽く手を降って、2人で教室に入る。
俺は自分の席に座り、連れてきた萩沼さんを侑に紹介する。
「なんやねん」
ムスッとした表情の侑。
「新聞部の萩沼さん。今度新聞部が出す校内ニュースでインハイで活躍した人に取材したいんだって」
「ど、どうも…」
不貞腐れたような表情の侑に恐る恐る手を上げる萩沼さん
「で?」
目だけ動かして萩沼さんを見る侑に俺は笑顔のまま固まった。
こいつ…!本当に自分の機嫌だけで動く…!
「だからー、取材したいんだって。聞いてあげてよ」
「…何でなまえの頼みを聞かなあかんの」
その言葉に萩沼さんがひゅっと息を飲む音が聞こえた。ごめんな、萩沼さん。
「…萩沼さん、記事には『宮侑は気分屋で常に周りの人を困らせ、挙句の果てには友達に対してあの手この手で嫌がらせをする暴君でした』って書いていいからね」
「おい!勝手なこと言うな、誰が暴君じゃ!」
「本当のことだろ」
「誰のせいでこないなってんねん。クソッ」
もはや機嫌の悪さを隠すことも無く暴言を吐き出した侑に萩沼さんはオロオロしている。
「何なんだよお前、機嫌悪いからってお菓子取り上げた時のチロルかよ!」
「お前のわんこと一緒にすな!」
「チロルの方がすぐ甘えるし、何倍も可愛いわ!」
「知らんわ!」
「はあ……」
面倒くせ〜、でも俺のせいでこんなになったし萩沼さんも困らせてるしな…。
拗ねてふんと横を向いてる侑を見て肩をすくめる。
「萩沼さん、見ての通りこんな奴だけど本当はめちゃくちゃ凄くてバレーやってる時は集中しすぎて怖いくらいだけど全国レベルで強い奴だし、寮にいる時は笑い転げるくらい面白い奴で、かっこよくて、自慢の友達だからさ、暴君ぶりは目を瞑って良く書いてあげてくれる?」
最初は俺の言葉に「あ?」と言っていた侑も段々そわそわして自慢の友達と言った頃には心做しか鼻高々に見えた。
「暴君は余計や」「自覚しろ」
俺の言葉に萩沼さんはコクコクと頷いた。
「じゃ、じゃあ他にも聞いてみていいかな…」
始まる新聞部の取材に侑に応えろよ、という意を込めて目を見る。
俺の目を見返した後、萩沼さんに顔を向けた。もう機嫌は悪くない。
「ドーゾ」
受け答えする侑を見て世話の焼ける奴だなあと笑いが漏れる。
そんなありのままの侑だからこそ、ぶつかれるし、こいつと対等でありたい、負けたくないと思うんだろう。
負けたくない、それはいつだって力になる。
頑張ろう。凄い奴が目の前にいるんだ。
そう思うと俺はやる気が出てきた。
取材の後、侑が「なまえがな、新聞部に俺のこと「おもろくてイケメンでスマートで全てが完璧過ぎて、他にはおらん自慢の友達や」て言うたんや!」と角名達に言っていたので「そんなこと言ってない誇張しすぎ」とツッコんでおいた。
「嘘つけ、否定すんな!」と喚いたため「自慢の友達とは言ったケド」と一部肯定すると角名がニヤニヤ笑った。
「倫太郎くんその顔やめて」
「なに?どの顔?」
「そのニヤニヤした顔だよ」
「いやー面白いなって」
「おい完全に面白がって、「どーん、」ぎゃっ、侑!のしかかんな!」
「これぐらいでふらつくとか、もっと筋肉つけんとあかんやろ」
「そのタッパで来られてふらつかない奴がいるかよっ」
俺達はまたいつも通りに戻った。