10月末に開催される文化祭、通称『稲荷崎祭』に向けて9月が始まるとすぐに文化祭実行委員の選出と催し物の調整が始まる。
体育祭でも文化祭でも特に希望する役割もなく俺はいつも流れるままに決まっていた。
去年は舞台で裏方の準備に回っていたし、今年も適当に裏方にならないかな、と思っている。
総合授業の時間に文化祭実行委員会の3名が選ばれて主となり、企画や運営をして行く。
体育祭とは違って文化系部活動の生徒の活躍が目立つのが文化祭だ。
稲荷崎祭も毎年盛大で地域の人や受験生、他の高校生もたくさん来る為、皆力が入っている。
舞台も展示物も、模擬店もレベルが高い故に準備期間もそれなりに取られているのだ。
「ほんなら2組で何がしたいか、まず話し合ってこ」
「クレープー」
「たこ焼きー」
「お化け屋敷ー」
「簡単なのがええわぁ」
「コスプレ喫茶ー」「なんやそれ!」
笑いながら進んでいく話を聞きながら今年は何をするんだろうと考える。
体を横向きにして後ろの席の侑を見た。
「去年何した?俺は舞台の裏方」
「去年は…何したんやったっけ…」
思い出すような素振りに「サーブの打ちすぎで記憶力弱くなったんか?」と言ったらキレ顔で両頬を片手で掴まれた。痛い。
「去年はコミカル劇場みたいなんやったわ。俺のネタでごっついウケたで」
あっ、さすが陽キャでクラスの一軍。目立つことが好きな侑が俺みたいな裏方なはずはなかった。
そういえば、何か皆楽しそうにステージ見に行っていたなと思い出す。俺は、といえば裏方の仕事でバタバタしてた記憶しかない。
「今年は何になるかなぁ。俺、清掃係で校内のゴミ拾いとか、ゴミの片付けとかでもいいんだけどなあ」
そう言うと侑はドン引きの目で見てきた。
「お前…稲荷崎祭やで…?どんだけ客来ると思うてんねん。これ以上に目立つ場所ないやろ」
「でもこの間、角名にそれ言ったら、俺もその係がいいって言ってたわ。『なまえに全部やらせてあげるから』て言うから主にサボる名目だろ!って話したんだけど」
「お前ら無欲やなぁ。俺は後夜祭に何をするかもう考えてんねん」
俺の企画がおもろくないわけがない、と不敵に笑う侑に人気者は違うな…と肩をすくめる。
「1組は何すんだろ。治とか屋台やりたいって言いそう。食べ物関係」
「あいつ作りながら食べそうや」
そんな治を想像して笑う。
「はいはい〜、他の組と合同で出し物するんもありやと思います〜」
侑が手を上げて実行委員に言う。
「ミャーツム、合同とは?!」
「模擬店したい人も、舞台やりたい人もそれぞれおるやろうから、例えば1組と合同で半分は模擬店して、半分は舞台やったりとかな〜。ちなみに俺はコントやりたい!」
「コントしたいだけやろ宮!」
「ほんま宮やわ〜」
四方からツッコミが入る。このクラス、いいよなぁと思った。侑だから、かもしれないが皆ノリが良い。体育祭でも一団となっていた感じはあるし、文化祭も問題なく行きそうな気がする。
最終的には実行委員がクラスの希望を持ち寄って各組と調整をすることになった。
***
数日後、帰りのSHRで文化祭実行委員から伝えられた2年2組の催し物。
「2組は、1組と合同で模擬店と舞台やります!」
「おおお〜」「合同か!」「で、模擬店は何するん?」
「舞台はこれから企画します。出店は今のところたこ焼きか、チュロス。で、舞台でやる出し物に合わせてちょっとしたコスプレもすることで舞台の宣伝もする、というとこまで話し合いました」
「ちょ待って、1組にたこ焼き屋の奴おるやん!もはやプロやん!」
「あっ、橋本か?!あいつんちたこ焼き屋か!」
「やばい、俺らの出店、レベル高くなるんちゃう…?」
どんどん決まる企画に皆のテンションも上がっている。
「コスプレって何?」「舞台何するん?」
皆がザワつく中、後ろの席の侑も例に漏れずワクワクした顔をしている。
「はああ〜コントやりたいな〜新喜劇みたいなドッと笑いとるで…」
「ほな模擬店と舞台どっちがええか、手ぇ上げて〜」
俺は悩んでいた。舞台の裏方をできたらと思ったけど裏方になるかどうかの確率は分からない。もし何かの役になれと言われたらそれはそれでキツいし、模擬店ならまだ出来るかもしれない、いやでも会計係とかになったらそれもそれで大変そうな…。
やっぱり清掃係がいい…と思いながら手を上げたのは模擬店側。銀も模擬店側に手を上げていた。
侑は迷わず舞台に手を上げていた。微調整はあったものの、半数に分けられ1組と合同企画ということは確定した。
その夜、寮の食堂で集まった俺たちの話題は稲荷崎祭の話だった。
「へぇ〜治、舞台にしたのか。模擬店かと思った」
「んー迷ったんやけど、ツムは絶対舞台やし」
「当たり前やん。サム、俺らのボケで笑いとるで。あとはツッコミ上手いやつ見つけんとな」
さすが双子。同じやつを選ぶとは、やっぱ兄弟なんだなぁ。
似ている互いの顔を見合せて、ニヤリと笑う2人は稲荷崎祭が楽しみなんだろう。
「角名は模擬店?」
「の清掃係」
いや、そんな係ねえだろ。
「清掃係は俺の役目だって」
「いや、俺だよ」
「いや、譲らん。俺がゴミ集めやるわ」
「なまえは売り子でもしてたら」
「角名こそ、猫耳でもつけて売り子しろよ」
「何で猫耳なんだよ」
「え、舞台の衣装着て宣伝兼ねて売るんだろ?俺らの組では、舞台に猫耳使う、とかウィッグ使って女装するとか言ってたぞ。仮装?」
仮装、という言葉に双子が目を輝かせている。どこまでも前に出たい精神が旺盛らしい。
「え、待って最悪の場合女装で立つってこと?」
「そういうことも有り得るかもしれん」
「絶っ対に清掃係になろ」
「俺もそうする。いや、むしろ俺らで清掃係を作るか?反対はされないだろ」
角名と謎の結託感が生まれる。
食べ終わって、アレしようコレしようと提案し合っている双子達と分かれる。
双子はやっぱり普通の兄弟とはまた違うんだろうか。仲良いなぁと微笑ましい気持ちになった。小競り合いをするのも日常茶飯事だが、やっぱりお互いのことを分かりあっているんだろう。
そんな唯一無二の存在がいて羨ましいな、とも思った。
***
翌日、9月末のレースに向けた集中練習も終わり、部室に戻った時に秋田部長から話しかけられた。
茶川と三分と俺の二年3人が集められる。
「9月末レースが終わったら、3年は引退やけど次のキャプテン。誰にするか決めたか?」
3人で顔を見合わせた。
「俺は茶川か三分が部長に適任だと思います。俺は仕切るタイプではないし…」
「茶川はどうや」
「どうって…三分…」
「んん…」
茶川と三分は二人で悩ましい顔をしている。
「まあまだ時間はあるし、ゆっくり考えや」
秋田部長の言葉に俺たち三人は着替えた後、部室を出た。
「どうする?」
「俺、茶川も三分も合うと思うけどな」
「みょうじも十分合うけどな」
「うーん、俺はどっちかっていうとそっと後ろから支えたいタイプ」
「まぁ…みょうじは考えまくって遠慮しぃやしなあ」
「うん、あんまり強く言えない」
よく俺の事分かってんな、と茶川にグッと親指を立てる。
「その点、茶川は芯が強いし、三分は皆のことよく見てるじゃん。インハイでも最後ずっと俺についてくれてたし…どっちも安心感がある」
黙る2人に「ま、最後の3年追出しライドまで時間あるし」と声をかけながら歩いていると体育館の方から大きな声が聞こえた。
何やら言い合っているような声。
9月になり日没も早くなってきた今、辺りは暗くなりかけ体育館の窓から見える屋内の照明が眩しい。
聞こえてくる声は何を言っているかは聞き取れないが、体育館の中には数人だけのようだった。
「なんや喧嘩か?」
「バレー部の宮ンズの喧嘩は良くあることやろ」
「有名だよなー」
いつものことか、とスルーして俺たちは帰宅した。
時間が経てば今のままという訳にも行かず、いずれは部長を決め、3年生が去って行き、俺たちと1年だけになるのかと考えると少し寂しさを感じる。
とりあえずは目下のレースに集中だ、と寮に帰った後、課題を先に終わらせた。
課題が終わった後に、ご飯を食べに行こうとしてふと違和感が生まれた。
「…あれ…?」
いつもは課題をしている途中で侑からご飯マークのスタンプが来ることが多い。それで一緒に食べるのだが今日はない。
最近ずっと一緒だったから当たり前のようになっていたが、そんな日もあるよなと鍵を閉めて食堂に向かった。
今日のご飯はビーフカレー。美味そうだなとトレーを手にしてご飯をよそっていると隣に激しい音を立ててトレーが置かれた。
誰だ…と横を見る。そして俺はギョッとした。
隣に立っていたのは侑だった。が、いつもと違い顔に引っかき傷と赤紫のあざがある。
「…え、どした?」
何があったんだと声をかけると睨み殺されるのかと思うほどに鋭い目で俺を見下ろしてきた。
俺はしゃもじを持つ手が固まった。
え、超怖いんですけど。
ていうか、何で俺、そんなに睨まれないといけないんデスカ…??
何だか…ものすごく機嫌が悪いみたいだ。普通に話しかけただけなのに、触れたら大変なことになりそうなほど刺々しい。
ここはそっとしておこう、と俺はこれ以上話しかけずに白米をよそっておかずの方へ退散した。
侑は恐ろしい面で大盛りご飯にビーフカレーのルーをかけて席についた。
侑には近づかない方が良いなと考え、離れて隅っこに座り、頂きますと手を合わせた。
さて、食べようかなとスプーンでカレーをすくって口を開いた瞬間。
また激しい音で隣の椅子が引かれた。
口を開けたまま、隣を見る。
侑がカレーを乗せたトレーを持って横に来ていた。
え、お前さっきあっちの違うところに座ってたよな?俺、一人になりたいかと思ってわざわざ離れて座ったのに…。
隣に座った侑は変わらず怖い顔のままだ。
何でわざわざ隣に来たんだよ…!
話しかけてもこっちが怪我しそうなのでそのまま黙って食べることにした。
黙々とビーフカレーを口に運ぶ。美味しい。肉がゴロゴロだ。
侑も無言でがっついている。顔の傷を見て痛そうだなと思った。お互いにずっと無言で咀嚼し、たまに水を飲む。
「はぁ、ご馳走様でしたー」
手を合わせて満たされた腹を撫でた。
まだ恐ろしい顔をしている侑を横目で見て、本当に機嫌を隠すことをしない奴だなと逆に尊敬しそうになる。
部屋に戻ろうかなとトレーを持とうとした時、侑が口を開いた。
「サムと喧嘩した」
苛立ったような低い声。刺々しい目とその口調が怖すぎて俺は背筋が伸びそうになった。
「…話したくないなら別に無理に言わなくてもいいぞ?」
何となくその傷がバレーで出来た傷ではないと思っていたし、無理に聞くつもりもない。
侑は目だけ動かして俺を見た。
その目が怖いんだが…
「スパイク弱いし今日ほんまポンコツやったから、本気でやれ言うたらキレやがった」
「…うん」
「ポンコツにポンコツ言うて何が悪いんや。俺のトスはヘボなスパイクに上げるためのトスちゃう」
前を睨みながら言う侑。
「…調子悪かったんじゃないか?侑だってそういう時もあるだろ」
「調子悪くても俺は調子を戻すまで打ち続ける。何十本でも何百本でも。アイツはそれせずに言い訳しかせえへん」
ひえぇストイック…自他共に厳しいんかい…。さすが最強セッター。
「調子の戻し方は人それぞれだろ。侑みたいに体動かして動きから戻す人もいれば、じっくり考えてメンタルから戻す人もいるだろうし…」
ジロリと俺を見る侑に、俺は部屋に戻りたくなった。
バレーを本気でやってるからこそ、周りにも本気を求めているんだろう。それは侑の良いところでもある、が常に全員が同じペースで付いていけるかというとそうではない。
「…まあその場にいた訳でもないし、バレーも知らない俺がとやかく言うことじゃないけど、治が本気じゃないわけないってのは侑が一番知ってんだろ」
「…せやから腹立つんや。もっとええボール打てるはずやねん」
その言葉を聞いて、俺は息を飲み込んだ後吹き出してしまった。
「ははっ、治には常にハイパフォーマンスでいて欲しいってか。すっげえ求めるなぁ。でも、その求めたものを治はちゃんと返すから『最強』の宮ツインズなんだろな」
バレー部の人たちはすごいな、と思った。自分にも他人にも高いクオリティを要求する侑と一緒にバレーしてるわけだ。要求に応えられない奴には手厳しく、辛辣。
強くなきゃ、その要求には応えられないよなあ。恐ろしいと素直に思う。それが稲高バレー部の強さに繋がっているんだということも分かるが、少しばかり勝手に同情してしまう。
「俺も柴さんの要求に応えられるように頑張ろっと」
トレーを持って席を立つ。
「じゃ、先に部屋戻るわ。おやすみ」
喜怒哀楽が分かりやすくて、ド直球。お調子者で目立ちたがり屋で横暴。そんな侑が絶対的な相棒として認めている治。
そりゃあの性格だもの、ぶつかる時もあるよなあ。てか、しょっちゅう喧嘩してるしなあ。
派手なぶつかり合いが起きても不思議ではない。
逆にそれだけ本気でぶつかれるってすごいことだ。それが他人ならぶつかった後に離れてしまうこともあるかもしれないが、あいつらは双子。片割れであり、兄弟であり、家族である唯一無二の存在。
しばらくしたらまた普通に戻ってるんじゃないだろうか。だって侑も治もお互いのこと、ちゃんと分かってるもんなあ。
翌朝、登校した時に廊下で小競り合いながら歩いている2人を見て俺は一人で吹き出した。
やっぱ元に戻ってる。
「何笑ってんの」
「あ、角名おはよ。いやあ昨日の今日でさ、あれ」
「ああ。昨日体育館で派手にやってた。北さんと尾白さんに止められてたけど」
「俺、食堂で被害者」
「ああ、見た見た」
「おい、見とったんかい。助けろよ」
「座った後にまたわざわざなまえの横に移動してたからウケた」
「いや、終始めちゃくちゃ殺気立った顔で睨まれる俺の心境考えて?」
角名と話しながら歩いていると侑と治が気づいた。
「二人とも何笑ってんねん。角名に至っては笑い方が腹立つ」
侑も治も二人とも顔に傷を作っている。どんだけやり合ったんだ…。本当にこいつら…真っ直ぐすぎるだろ。
「あ、なまえの笑い方も腹立つわ」
「あー、はいはい。教室入ろ」
侑の横を通り越して先を歩く。
2人はどうしたって双子なのだ。何でも競い合って、何でも分かち合う、そんな双子に俺はやっぱり笑いを堪えられなかった。