部活が終われば寮に帰って、晩御飯、風呂、後は自由時間。
勉強する人もいれば、自主練する人もいるし、ゲームをしたりと遊ぶ人もいる。
俺は一人部屋配置のため基本的には部屋にいることが多い。
仲の良い寮生がいればまた違うのだろう。が、そうではないため、部屋にこもって漫画を読んだり課題したり。部屋から出るのは洗濯物や風呂、トイレ、食事くらい。
洗濯物は基本毎日だから、他の人と時間がかぶらないように気をつけたりしている。
「そろそろか…」
時計を見てあと5分で乾燥機終わりの時間だと気づく。
洗濯カゴを手に寮の部屋を出た。
廊下には誰もいない。
俺の部屋は3階のため1階まで降りる必要がある。
階段を降りていると話し声が聞こえてきた。
「せやから、お前が残しとったのがあかんねや!」
「はぁぁ?人のもん勝手に食うなや!楽しみにしとったんに!」
「二人ともうるさい、北さんに見つかったらヤバいじゃん」
うわぁ、賑やかな声。
多分、サッカー部の奴らか?それとも野球部…?バスケ部…?2年、3年?まだ入りたての1年はそこまで騒がないだろ…。
どちらにしても何だか陽キャ臭がする。平凡陰キャな俺は陽キャにはあまり近づきたくないのだ。
なぜなら俺が陽キャとは正反対の人間だからだ。転校ばかりで友達もいない、浅くしか付き合えない俺は周りに対してのらりくらりと過ごしてきたが、あの陽キャ達との付き合い方だけは未だによく分からない。
ああ、どうしよう。廊下の影に隠れて携帯をいじるか。いや、でも今から上がってくる奴らがもしその階の人間だとこいつ何してんだって怪しまれるだろうし…。
仕方ない、腹を括って降りるしかない。数秒間の思考で俺は【何事もなく降りる】という決断に至った。
カゴを手に下を向いて、一段一段降りる俺と近づいてくる話し声。
階段の踊り場に足を着いた時「お、」という声が聞こえた。
「みょうじくんやん。希少種レベル発見」
な、なんだ?
名前を呼ばれて顔を上げると頭一つ分高い位置に顔が三つ並んでいる。
「あ、宮…」
うわあ、バレー部だったか。
宮兄弟と他組の…切長の目で俺を見下ろしてくる気だるそうな顔に黒髪。一年の時に見た事はあるが…ああ、名前が出てこねえ。
「ほんまや。ほんまにおった…」
「せやろ?」
驚いたように俺を見る宮侑に横から宮治が顔を傾けて言う。
「みょうじくん、去年から寮一緒やったのにコイツ全然気づいてないんや」
「お、おお。まあ俺あんま部屋から出てないからなあ」
俺は入寮時から知ってたけどな、お前らのこと。どっちが2段ベッドの上か下か言い争い、目立っていた。
「せやけどよう見たら飯の時とかたまに隅っこにおるんやけどな」
いや俺はすみっコ/ぐ/ら/しかよ、というツッコミが脳内に浮かんだが口を噤む。
「あ、俺洗濯乾くから行くわ」
へらっと笑い洗濯カゴを持ち上げて進み出そうとすると宮侑がいきなり声を上げた。
「あぁっ!俺もや!帰って来てからすぐ突っ込んだの忘れとったわ」
「迷惑なやっちゃな」
宮治が呆れた顔をして「ほな俺らさき帰っとくわ」と隣の奴と階段を登り始めた。
えっ、お前片割れを置いていくのか?
「なんや。はよ行くで」
さも当たり前のように俺に呼びかけて、顎をクイッと振る宮侑。
えっ、一緒に行くのか?いや、まあ行き先は同じだけどさ。
「おう…」
階段を降りていく宮侑の後ろに続く。身長が高いから1、2段下にいても頭の高さが同じなところが微妙に腹が立つ。
くそ、羨ましいぞおい。
というかこの空気。何か話さないといけない感じか?
正直、俺はこのタッパのある金髪の陽キャ同級生に近づき難くて仕方ない。
話したのもこの間、体育館で宮治に声を掛けられた時ぐらいだし、あの時はこの宮侑の睨みから逃げるように「一年よろしく」なんて言ってさっさと退散したんだった。
「あー…宮は明日の課題もうした?数学」
「してへん。数字見とったら眠うなるやん」
「あっ、そう…」
言うことがなくなった。
なんだよ!俺の話題をぶった斬んな!
「まぁ分からんでもない。俺も国語は眠いし、」
「世界史は爆睡もんやけどな」
あっ、それは分かるぅ…。
あれはもはや子守唄なんだよなぁと頷くことしかできない。
何だ、割と会話は成立するのか…と少し安堵する。宮兄弟、特に宮侑の方は毒舌でキツいという噂をチラッと聞いたことがあるため少し警戒していた。
ランドリールームに着いて乾燥機から自分の洗濯物を取り出す。ほかほかの洗濯物を手に取る時は何だかいつもほっとする。
宮は端に置かれている洗濯カゴから自分の洗濯物がどれかを物色していた。
取り出されていない洗濯物は次に使いたい人がカゴに入れて置いておくことになっている。
「俺のどれやんけー。あ、あったあった」
ガサゴソと服を掴んでいた宮侑の動きがぴたっ、と止まった。
「?」
「な、なっ!!」
「ど、どうした?」
「なんじゃこりゃぁぁあ!」
宮侑が手にしているのは、見事に縮んだカーディガンだった。
まだ4月、肌寒い日もあるしカーディガンを着てる生徒もいる。
宮侑の図体に対してちっちゃなカーディガンが余りにも面白くて俺は思わず吹き出した。
「ぶはっ、ちょっ、なにそれ!ひぇーっ」
笑いを堪えようとすればするほど面白おかしくて肩が震える。
「あぁん?何笑てんねん」
しかめっ面で睨む宮侑の圧に押されるも可笑しくて仕方がない。
「はっ、腹痛えぇーっ、く、苦しい…くくくっ」
「きっしょい笑い方すんなや」
俺に笑われてるのが不服なのか、宮の毒舌が降り掛かってくるが笑いが堪えられない。
乾燥機にかけたら縮むって分かるだろ…!なのに…縮んだ服を手にして絶望する宮、面白すぎるだろ!
「ご、ごめっ。でも、ぶはははっ!」
「こいつ…!絶対にシメたる!!」
ズンズンと宮が近づいてくるから、俺は咄嗟にカゴを掴んで避けた。
「いやっ、まじ、ごめっ、笑いすぎて、やべぇぇーっ!」
肩の震えが止まらない。
「逃げんなや!プロレス技で固めたるわ…!」
「ちょ、近寄んな!」
ランドリールームで笑いながら逃げる俺と追いかける宮。シュールすぎてまた笑いが込み上げていると背後から声が掛かった。
「お前ら、何してんねん」
ランドリールームの入口に立っていたのはキリッとした眉に整った顔立ちの人、確かバレー部の部長だった気がする。
「き、北さん!!」
宮がビシッと直立するから、やっと逃げなくてよくなったと深呼吸をして息を整えた。
「騒がしいと思ったら侑やったか。何があったんや」
北さんと呼ばれる3年生に見られると俺までシュッと立たないといけないような気がしてくる。
「コイツが!俺のこと笑うてくるから!」
「えっ?!俺のせいかよ!カーディガン縮めたのは宮だろ。乾燥機に掛けたら縮む素材があるの知らなかったのかよ!」
「知らんわ!!」
「逆ギレ〜!」
2人して直立してこそこそ話していたら「言いたいことは分かった」と北さんが言った。
「侑、と…」
「あ、2年のみょうじです。自転車競技部っす」
「ああ、秋田のとこか」
北さんの口からうちの部長である秋田先輩の名前が出て少し驚く。
「秋田先輩知ってるんですか?」
「同じ組なんよ」
「ああ、なるほど」
「で、侑は乾燥機で服縮めてしまったんやな?もう一回濡らして形整えたら多少は元に戻るで。乾燥機にかける前は服の洗濯表示マークを見てからかけるようにしいや」
「っす!あざす!」
北さんの言葉に宮はもう一度ビシッとしてお礼を言った。
「仲良いのはええけど、ほどほどにしいや。周りに迷惑かけたらあかんやろ」
えっ、北さんさっきのが仲良さげに見えましたか?俺は宮侑にシメられかけてたんですけど!
しかも、俺らまだ数回しか話したことないんですけどね?!
そこは解せなかったが煩かったのは確かなので素直に返事をした。
「「はぁい」」
「ほな、おやすみ」
そう言って北さんはランドリールームから出ていった。
「…よかったな宮。元に戻せるんだって」
「お前ぇぇ、俺の事あんなに笑うたの許さへんからな」
恨めしそうに見てくる宮に俺は後ずさりした。
「っ逃げるが勝ち!おやすみ!」
洗濯カゴを持ってダッシュでランドリールームを出る。後ろから「あっ!!逃げたな!」という宮侑の声が響いたが聞こえてないふりをして階段を駆け上がった。
入寮して一年とちょっと。
ランドリールームを走り回ったのは初めてだ。