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「その節は色々とお世話になりました…」

食堂でテーブルに座る侑と治、角名に頭を下げる。熱を出して学校から連れて帰ってもらうという失態を繰り広げた俺は恥ずかしさと情けなさと申し訳なさで意気消沈していた。
もちろん茶川と三分にも謝り倒した。

「もう回復したんか?」

豚汁をすする治に頷く。

「とにかく、寝た」
「ラインしてもなんも返ってこんし、ついに死んだか思うたわ」

侑の言葉に笑う。

「いや、まじで侑に叩き起されて10時間寝てたのに気づいた時は我ながらびびったわ」
「寝すぎでしょ」
「角名もリュックありがとなー」
「重すぎて肩壊れる」
「つか、元々は侑の風邪が発端なんだぞ」
「俺は熱までは出てないし。抵抗力弱かったんはなまえやろ」
「侑のせいで酷い目にあったわ」
「せやからおぶって帰ったやん」
「ぅ…それはありがとう…」

正直助かったためそれ以上は何も言えず、唐揚げを1つ侑にあげた。

「なあ、なまえの部屋にあったあのゲーム!新しいやつやろ」

侑が言うのは俺の部屋にあったテレビゲームのソフトのことだろう。

「バイオ?まだ途中だけどな」
「あれ、やりたいねん今から行ってええ?」
「ああ、課題は終わったから別にいいけど」

食べ終わったあと、食堂から出て侑と一緒に俺の部屋に戻る。
ソフトを入れて起動させた。

俺はベッドに寝そべり、侑は床に座ってコントローラーを握る。
別データで最初からスタートする画面を見ながらベッドで携帯をいじる。

「あ、なんやこのクリーチャー」
「そいつ胴体狙ったら良いよ」
「あー、なるほどな」

ご飯を食べた後、横になると眠くなるのは生理現象だと思う。
画面を見ながら、段々ウトウトしてきて携帯を握ったまま、ほんの少しだけ目を閉じてみた。

数分だけ…と思って気持ち良い闇に包まれる。

次に目を開けると、侑がじっとこっちを見ていた。

「…んあ?」
携帯を見る、5分程意識が落ちていたみたいだ。
俺を見る侑に眉を上げる。

「何?詰んだ?」
ゲームのことを差して言う。
「いや、」
ふいと顔を逸らす侑に、なんだよ、と疑問に思うも深く気にはならない。

「大分進んでんじゃん。あ、ここ」
「うぉっ!」
「ひびるよな!笑、ここ、いきなり出てくるんだよ」
ベッドから降りて侑の横に行く。俺は先にプレイしているためどこで敵が出てくるか分かる。

敵がいきなり出てくるとコントローラーが震える。
「あっ、やられた!」
「ここ初見殺しだからな〜貸して。俺が見せてやろう」
「ええわ、もう一回する」
「貸して、ちょっと見せるわ」
「やりたいだけやろ!」

侑の持つコントローラーを取り上げようと引っばる。

「1回だけ!」

腕と腕が引っ付いた瞬間、侑がパッと離した。

「うぉっ」
「1回だけやで」
「はいはい」

俺の動きを見とけ!と意気揚々とスタートしたのに惜しくもやられてしまった。

「あ!この間は勝てたのにっ」
「はい終了ー」
侑にコントローラーを渡して隣で画面を見る。

「………」
隣にいる俺をじっと見る侑に俺は怪訝な顔をした。
「なんだよ?」
「べつに」

俺から距離を取るように少し仰け反った侑に、近かったかと気づいてベッドに移動した。
普段距離感バグってるのはどっちだ、とも思ったがそれに慣れている自分も怖いなあと感じる。

ゲームをしながら侑が明日のご飯何やろうというテンションで口を開いた。

「せや、俺な全日本ユースの強化合宿に行くねん」
侑の放った言葉に理解が追いつかず頭の中で復唱する。
「……全日本…強化…?」
「うん」
「…え、、すごくね?」
「まあ選ばれて当然やな」

画面から目を離さない侑に俺はベッドから起き上がる。

「えっ、、えっ?!全日本!」
そこで初めて侑は俺を見た。
「…っ、なんちゅー顔してんねん」
なぜ侑が赤くなるのか分からない。
「今鳥肌たったぞ!すご!」
見てみろ俺の腕を、と鳥肌が立った腕を見せる。いらんわ、という侑に俺はすごい、と感嘆の息を吐いた。

「お前…どこまで行くんだよ…っはは」
笑いまで出てくる。全日本って、すげえな…。

バレーのことはやっぱり詳しくないけど全日本と聞くだけで規模が違う。

あの柴さんが全日本強化選手候補なわけだ。そんな自転車競技界で言う柴さん並が存在が侑なのか…と置き換えるとやっぱりすごくて目を開いた。

「すげー…侑が選ばれたってことは、治は?」
治も侑と同じくらい注目されている選手なはずだ。記事に乗っていたし双子で選ばれたんじゃないか、と思い聞いた。
「…サムはおらんねん」
「そうなのか」

少し寂しそうな表情にみえた。
やっぱり2人で選ばれたかったよな…。
あまり踏み入れるのは良くないかと考える。

「いつから?」
「12月の頭や」
「うわあ、春高前か…頑張れ…。うわあ…すげえな…何か興奮して眠れないかも」
「何でなまえが眠れんのや」

アホらし、と笑う侑にベッドにダイブした。
すげえ…やっぱすげえなこいつ…。

ゲームしてる普通の同級生なのに…
いや、普通じゃないか…。

凡人には想像もつかない世界があるんだな、と俺は枕を抱いて天井を見上げた。




***


12月直前。

夜の食堂で携帯を横にして何かを見ている角名を見かけて、隣に座った。
置いたトレーには晩御飯のビビンバ丼が乗っている。

「何見てんの?」ネット動画でも見てんのかと思って角名に聞く。

「インハイの録画」
「えっ、今年の?」
「振り返り」
「え、角名でも復習することあんのか、見せて見せて」
「…嫌だ」
涼しい目元がじろりと俺を見る。

「ごめんて、冗談じゃん」
「悪意満載の冗談かよ」
「悪意はない」
「「は」ってなに。何その含み」
いいから見せてくれよー、と携帯を覗き込む。

本気で動いている角名達を見る。普段見ることのない角名達だ。小さな画面を二人で覗き込んでいると背中が急に重くなった。

「何仲良く見てんねんー」
「重いっ潰れる!」
背中には侑がのしかかってきていた。

「はぁーっ!インハイのや!」
今度は3人で画面を覗き込む。

「ここ!これめっちゃ気持ちよかったー!見てみ!このブロッカーのこの顔!最高や!」
フェイントで点を取った侑がガッツポーズをしている。

「悔しそうな顔が堪らんわ」
ニコニコの侑を見上げる。

「性格悪ぅ…」
「逆に仏みたいな性格で試合できるかいな」
「まぁ血気盛んじゃないとな、ってのは分かる…」

秋田部長も良い性格してるしな…。挑発的な部長を思い出して懐かしく感じる。

侑は俺と角名の間にずい、と入り込んで座った。
「ちょ、見えんだろ」

何で俺と角名の間に入るんだよっ。向かい側に座れ、向かい側に!

動こうとしない侑にイラつき無理やりにでも見ようと侑の前を体で遮り、角名の手元を覗く。

「邪魔や!飯が食えん!」
「割り込んだ侑が悪い」

しばらくインハイ映像を見た後、治も合流してご飯を食べた。
ユースの強化合宿の話は出なかった。治はどう思ってるんだろう、と少し気になったが聞くことではないな、と頭の片隅から消した。


***


侑が強化合宿のために東京に行き、静かに感じている。後ろの席が不在の教室は少し寂しいと感じなくもなかった。

のしかかったり、絞めあげてくる奴もいない。平穏な暮らしそのものだ。

教室で銀と話をしている時に「すごく平穏な気がする」と言うと「怪物は今東京やからな」と笑っていた。



夜、小腹が空いたからインスタントスープを飲もうと寮のキッチンルームに入った。
電気ポットのお湯が沸くのを待っていると、治が入ってきて手にはカップラーメンを持っていた。

「あ、ちょうどお湯沸かしてるとこ」
「ナイスタイミングや」

2人で座って待つ。

「侑、どうしてんだろ。連絡取ってる?」
「…取ってへん」

前を向いてぶっきらぼうに言う治は侑と顔は似ていてもどこか違う。治は治だ。

「…俺さ、治も行くと思ってた」
こんなことを言ったら治は気分が悪いかもしれない。でも本心だった。

「侑と同じくらい治はすごいじゃん。いや、バレーに詳しくない俺に言われても、だけど。侑に劣ってるわけじゃないっていうのは見てて思うんデス…」

俺をちらりとみて治は手元のカップ麺を眺めた。いや、自分の大きな手のひらを見つめているんだろう。

「別に、悔しくないねん」
「うん」
「悔しくない自分にも正直驚いたわ」
「うん」
「あいつ、バレーのことしか見えてへんし」
「うん」
「俺もバレー好きやけど、あいつはもっと好きなんや。バレーのことになると人でなしにもなるし、大分おかしいねん」

治の言葉に静かに相槌を打つ。

「せやからツムが選ばれたんは納得しとる。おかしい奴やもん」
バレーに狂ってんねや、という治に、俺からして見れば治も大分バレー愛に狂ってるんじゃないかと思う。そうじゃないと四六時中バレーしたいと思わないはずだ。

「ツムはこれから先ずっとバレーすると思う」
「…治もずっとバレーすればいいじゃん」
「ずっとは無理やろ」
「なんで?」
「なんで…てバレーして食べていける程甘くないやろ」
「そうだなぁ…。俺も柴さんみたいに卒業後も自転車を極めていくわけじゃないけど、俺はロードバイク、多分一生乗ると思う。初めて味った苦しさの後の快感は忘れられないし、登った後の景色、スピードに乗った時の爽快感、苦しみの中で競い合って得る勝利。最高だし、自転車は定期的に味わいたい苦しみと最高の景色を与えてくれる…」

「…ドMか」
「…そうかもな笑。でもそれでも自転車好きなんだよなあ。治もバレー好きだろ?好きなもんは好きじゃん。だから治もバレー、一生すればいいじゃん」
「……」

「この先、乗らない時もあるかも知れないけど…。一年か、二年か、何年かわからないけどそれでもまた乗りたいと思ったら乗る。だってそこには楽しさしかないじゃん。俺たちはそのスポーツの楽しさを知ってる。それをやめられるわけないんだよなあ。少なくとも俺はやめる自信はないなぁ」

言いながら、自然と笑みが零れる。走る楽しみを思い出すと楽しくて笑ってしまう。

「………」
「楽しいじゃん自転車。バレーもそうだろ?やめられないだろ?」

「…なまえはすごいな」
「えっ変なこと言ったか?」
「いや、」

「まだ2年って考えは甘いんだろうな、来年は3年になるし…。将来何がしたいとか決まってないけど、今だけは全力でペダルを踏むことだけ考えたい…」

現実逃避のような俺の願望に治は笑った。

「あー、ずっとこのままがいいな…」

無理だとは分かっても願わずにはいられない。

「…練習はキツイけど」
「せやなぁ、キツイな」
「でも何も考えずペダルを踏み込みたい。…これはただの現実逃避か…」
「いや、俺もテスト勉強とかせずにバレーしたいて思うで」
「それな」
互いに願望を言い合って笑う。

「…思いっきりボール打つの楽しいだろ」
「うん」
「俺も思いっきりペダル踏み込むの楽しい」
「やろうな」
「今だけは何も考えずに全力でペダル回しても許されるかな」
「許されるんとちゃう」責任は持てんけど、と笑う。

「よし、自転車のことだけ考えて全力でペダル回すから、治も全力でバレーしろよ」
「…当たり前やろ」
感覚を確かめるように手をにぎにぎと動かしている。

「そうだ、この間角名に見せてもらったインハイ動画。コートの上でボール叩く治めちゃくちゃかっこよかったぞ?!」
「ん、」
「あれ、春高でも見せてくれ!」
にししと笑って治にスパイクの打つ真似をする。

電気ポットの音が鳴った。
「あ、沸いた」

それぞれの持ってきたインスタント食品を作る。
お互いに食べ終わってキッチンルームの照明を消した。

「食った食った。じゃ、おやすみー」
「なまえ、」
「ん?」
「今だけは全力でペダル踏み回すことだけ考えるんやろ」
「うん」
「俺も、バレーだけ考えて全力でボール叩くわ」
「?おう。でも勉強だけは一応ちゃんとしとかないとやばいな、て思ってる」
「真面目か。おやすみ」

くすりと笑って部屋に戻っていく治の顔は吹っ切れたような、そんな顔をしていた。

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