(宮 侑)
ユース合宿が終わった。
一人、寮の玄関をくぐると随分と久しぶりのように感じる。それほどまでに濃密な合宿期間だった。
帰ってきて頭に浮かんだのはなまえ、おるかな。だった。
何でなまえが出てきたのかは分からない。治も角名もなまえも寮にいるはずなのに。
帰ってきて早々、なまえの顔を見るのが当然のように感じて、部屋に荷物を置いたあとなまえの部屋に向かった。
ノックをして反応を待つ。ドアが開いた。
「お、帰ってきたのか」
「ん、」
俺がいるとは思っていなかったようで見上げた後目を丸くさせた。
「ただいま」
「おかえり」
たったそれだけの会話なのにひどく安心感に包まれた。
「もう飯食べた?」
「まだ」
「食堂行かん?」
「ん」
そんな短い会話なのに久しぶりに感じて満足する。
なんやろ、空いた隙間が満たされた気分。
***
いつもの顔ぶれで食堂に入り、トレーを手に並んで晩ご飯をよそう。
「侑、どうだった?合宿」
なまえが横に立って白米を盛る。
「強い奴ばっかりで楽しかったわ」
「なんやボケてもツッコむ奴おらんかったらしいで」
治がなまえに言うとなまえは吹き出した。
「まじかよ、ウケる!最高じゃん」
「それは見たい」
角名をじろりと睨んでやる。
「アホか、恥ずか死んだわ」
「侑でも恥ずいことあるんだな」
ケラケラと笑うなまえに 治が箸を渡した。
「ほい」
「お、さんきゅー。へい 」なまえが治に春巻きの皿を渡す。それを当たり前のように受け取る治。
ん…?その光景を見て少し違和感を覚えた。
俺の隣になまえがいて、その隣に治がいて、さらにその隣に角名がいる並び。
何の変哲もないただの受け渡しなのに、こいつらいつもこんな感じやったっけ。
その違和感は席に着いても続いた。
「なまえ、コショー取って」
「うい」胡椒を取ったなまえが片手で蓋を開けてウインナーの上に少しかけた。
「ストーップ」
黙って胡椒を元に戻す。
何やその連携プレーは…。いつもこんな感じやったか…?
なんだろう、距離が近いというか。慣れているというか…。
俺がいない5日間に何があった…??
テーブルで合宿の話をしながらもどこかに生まれた違和感は消えなかった。
部屋に戻って漫画を手にした治に聞く。
「…サム、なまえとなんかあったんか」
「?別に何もないけど?」
「ふうん…」
何もない…??
嘘や、絶対何かあったやろ。じゃなきゃこの違和感は何なんや。
もやっとするような、ほんの少しだけ絞められるような感じ。なにこれ。
変やな。
その日はそのままベッドに入り、合宿後の明日からの練習を楽しみに眠りについた。
***
朝、学校で会ったなまえに聞いてみた。
「なー、、サムとなんかあった?」
「え?何が?」
「喧嘩したとか…」
「する訳ないだろ。お前じゃあるまいし」
「あ??」
「侑と全然違うのに喧嘩なんかするわけないわ」
呆れたように言うなまえに 全然違うと言われるとは思わず少し驚いた。
昔から 似ている、そっくり、やっぱ双子やね、という言葉は嫌という程聞いている。
全然違う、という言葉が新鮮でこそばゆい感じがした。
「それで、合宿の話の続き」
なまえはわくわくした表情で椅子を反対向きに跨って座り俺に向き合う。
「皆、上手くて強いんだろ?すげえ…」
強いってすごいなぁ、なんてぼやきながら俺の話を急かす。
「全日本やもん。全国のトップレベルが集まんねん。高さもあるし、パワーもあるし、セットアップしたいヤツらぎょうさんおったわ」
「おお…!!」
期待で眩しいその顔に吹き出しそうになる。
「どんな奴がいた?」
「んー、佐久早クンってスパイカーとか、潔癖でマスクしとったわ」
「同じセッターは?」
「影山飛雄クン言う、いっこ下の奴も上手かったで。お手本通りの。プレーは大分おりこうさんな感じやなあ」
「おおお〜リベロは!リベロ!」
「…お前、リベロが何なんかわかっとるんか」
目を輝かせて聞いているが果たしてなまえの頭にバレーの知識がどれだけ入っているかは怪しいところがある。
「詳しくは分からん!けどユニフォームが1人だけ違う!」
「…もっとバレーの勉強せえ」
「で、で、リベロは!」
「割とデカい奴もおったわ。佐久早クンと同じ学校で「みょうじ〜!」」
話しとる途中でなまえが教室の外から呼ばれた。
「お、茶川、ちょっと待ってて」
なまえは飛ぶように茶川の方へ行った。
その姿に少し気分が悪くなる。
…何やねん。自分から聞いてきよったくせに…。あんだけ楽しそうに聞いとんのに、茶川が来たらすぐ駆けて行きよる。
「お待たせ」嬉しそうな顔のなまえ。
「なんや俺の話より大事な用やったんか」
不貞腐れたように頬杖を着いてジト目で見る。
「今日、柴さんが練習に来るらしい…!」
絶対キツいわぁ辛ぇ、とか言いながら顔が嬉しそうななまえに
出た柴サン大好き人間、と心の中で呟いた。
「あっそ」
なんやモヤモヤするわ。
何でやろ。あと腹立つ。ニヨニヨしとるなまえを見とったら何でか掴みたくなって、片手で両頬を掴んだ。
壁に挟まれた顔みたいになって笑ける。「やめい」と俺の手によって嫌そうにするなまえを見て、やっと俺のモヤモヤは解消された。
***
昼休み、茶川は委員会があるらしくなまえが1人で席にいたため、治、角名、銀と俺とで、一緒に食べることにした。
「なあ、チロルの可愛い動画あるんだわ」
「何チロルって」
「角名、俺んちのチロル知らないのか」
「知るわけないじゃん」
「ゴールデンレトリバー」
「大型犬やったっけ?」銀の言葉になまえは頷いた。
「これな、夏休みに帰省した時の」
なまえが携帯の画面を見せてきた。その中にはソファの上に横たわっているなまえとその周りを走り回っているチロルがいた。
「でかっ」
「普通より大きいんだよなー」
動画の中のなまえは横たわっているというよりはTシャツ半パンで仰向けに大の字になっている。
腕はダラりと垂れ、Tシャツと半パンから除く手足は自転車による日焼けとの境がしっかりしていて白い二の腕と焼けた腕、白い太ももと焼けた脚が目立つ。しかもTシャツがめくれて焼けていない薄い腹が露になっている。
チロルよりも俺はそっちの方に目が行ってしまった。
「俺、この時150km走ってて帰って爆睡してたんだよ」
チロルが鼻で甘えるように鳴いてなまえの腹の上に頭をこてんと置いた。
〈どうしたんねチロル。なまえくんと遊びたいの?〉なまえのばあちゃんだろうか。
〈クゥーーン…〉
〈なまえくんは寝とるよ〜〉
〈クゥン…〉
近寄る携帯に上目遣いのチロル。
「なー可愛いだろ」確かに癒されるという言葉が合うかもしれない。
なまえが俺らに見せていた携帯を戻す。
「まだ動画続きあるじゃん」角名の指摘になまえは焦ったように言う。
「あ、ここからは自主規制」
「何、見せて」
角名が何かを察したのかなまえの手を掴んで固定する。
画面の中でチロルが吠えてなまえの腹にダイブした。
〈ワンッ〉
〈うっ…チロ、ル…〉ビクッと動いたなまえがチロルの重みで苦しそうな顔をした。
〈ワンッ、ワンッ〉
〈もう…眠い…から…〉眉間に皺を寄せてチロルを退けようと手を払うなまえ。
〈ワンッ!〉
それを見たチロルの目の色が変わりがなまえの半パンを噛んだ。そして思いっきり引っ張った。
〈あっ!ああっ!!チロッ!おま!〉
「ぶっは!なんやこれ!」思わず吹き出した。
「ねえ何これっくくくっ、ははっ、何これっ」
あの角名が爆笑している。
それもそのはずだ。動画の中のなまえは半ケツで自分の半パンを押さえているのだ。
白い尻が尚のこと笑いを誘う。銀も治もご飯を吹き出さないように手のひらで口を押さえて肩を震わせている。
〈半パンが!!バアちゃん!!チロルを!おい!チロル!!〉
〈ウヴーーッ〉
〈ふっふっふっ、チロル怒ったねぇ!〉
〈バアちゃん!笑ってる場合じゃない!脱げる!〉
「ひーーっ!やばい!なんやこれ!」
「あかん!笑い死ぬ!米が喉に詰まるうぅぅっ!」
「おい、お前ら笑いすぎだろ!」
肩を震わせて机に突っ伏している角名の肩をなまえが小突いた。
「あかん、夢に出てきそう」
「必死になまえのなまえが出るのを守ってるなまえがオモロすぎるわ!」
「半ケツはやばい、最高すぎるでなまえ」
笑いすぎて腹が痛い。
「はぁ、辛い…笑いすぎて辛い…」
「自主規制っつったじゃん」
「はぁ…ふぅ…ちょっと落ち着こ…」
それぞれが一旦呼吸を落ち着かせて静かになる。落ち着いた所で飯を口に含む。
「…っぶっ!!」
角名が吹き出した。 「うわっ汚ねっ!」
それを皮切りに俺らも堪えきれず、吹き出す。なまえ以外の4人を発作とも言える笑いが襲う。
「〜〜〜っ!!」
「あかんんんっ!ツボが!」
「ぐふふふふふっ」
危うくおかずの卵焼きを出すところだった。
なまえは1人だけしかめっ面をしているのがまた面白い。
「怖い。まじで今、口に食べ物を含むのが怖い」
角名がまだ肩を震わせている。
「おい、角名。覚えとけよ」
「いや、あの半ケツは忘れないと思う」
「そっちじゃないわ! 」
俺らは口に含んでも吹き出さない自信がない。吹き出してはいけないと思えば思うほどハードルは高くなる。
「なんやねんなまえ。こんな昼休みにそないな動画見せて…」
治が逆ギレしている。
「何で俺のせいなんだよ。笑うお前らが悪い」
「やばい、俺午後の授業で、いきなり思い出して吹いてまうかもしれん。我慢できる自信ないわ」
銀の言葉に頷いた。
「あかん、俺もやなまえの後ろにおったら、思い出すわ。絶対」
「ねえ、そのなまえの動画ほしい」
「はぁっ?!嫌だわ!悪用するだろ!」
ああ、最高すぎる。
普通の日常なのに、動画1つでこんなにも爆笑できるって最高過ぎんか。
なまえはやっぱおもろいわ…。
こいつといると楽しいな、と素直に思える自分がいる。
不服そうななまえに俺はまた口元が緩んだ。
***
午後の授業が終わり、待ちに待った放課後。
合宿で掴んだ感覚を早く練習で実践したいとすぐにスポーツバッグを掴んだ。
サムより早く行ったる!と教室を出ようとすると、なまえも同じタイミングでリュックを背負って出ようとしていた。
一瞬、お互いに止まる。それからニヤリと笑った。目指す先は一緒。
一目散に昇降口を目指す。
「こら!廊下走るなー!」
そんな声を無視してなまえより先に昇降口に到着した。
「1番乗り〜っ」
「っはぁっ、侑の方が有利だろ、一歩が違う !一歩が!」
「ふふん、生まれ持った素質やねん」
「腹立つわー」
靴を履き替えて同じ方向を歩く。
「今日はいつもより早いやん」
「今日は柴さんが練習来るからな…じゃ!バレー部もふぁいとー」
互いに部室に向かって練習着に着替えた。
12月とはいえ、体を動かせば温まるし、暑くもなる。
アップをして練習メニューを集中してやれば2時間はあっという間だった。
「休憩!」
外はそろそろ日が落ちかけてくる。もう自転車部は上がる頃だろうか、と体育館横のドアを開けた。
途端に入りこむ冷たい空気。
「寒っ!」
「侑、寒いわ!」
「宮、閉めろよ〜」
12月なのに体育館横のドアを開ける俺にブーイングが起きる。
「暑いやん!」「体冷えるやろ」
「動いとけば温まるで!」
「寒いわ!」
寒いコールに俺は自分が外に出て渋々ドアを閉めた。
ジャージを羽織って体温を逃がさないようにしながら、体育館横から見える校舎裏の坂道に目を向ける。
(あ…来た…)
駆けてくる自転車。オレンジ色の空を背になまえと柴サン、茶川、三分の姿が見えた。
相変わらず柴サンはキレキレのようで余裕の表情で坂を登る。その後ろになまえがついてダンシングしている。
柴サンの背中を見るなまえの顔。笑っている。楽しそうなのに、どことなく怖い。
ああ、そうや。これや。
なまえが仕掛けた。腰を上げて思い切り踏み込みながら柴さんの前に出た瞬間、後ろにいる柴サンをチラッと見て、口角を上げた。
(え…)
ドキリとした。そんな顔は見た事がなかった。試すような、挑発するようなそんな表情。
柴サンがすかさず、速度を上げる。なまえが追いつかれまいとペダルをぐんぐんと踏んでいくも、柴サンの踏みの方が強い。なまえは抜かされたが、柴サンの右後ろにはまだ茶川がいた。
なまえを右側から抜いた柴サンは足を緩めた、その瞬間柴サンの右側から茶川が発射した。
予想してなかったのだろう。全力で踏み込む茶川に柴サンは目を少し見開き追いかけていくも、頂上に僅差で先に到着したのは茶川だった。
登りきったなまえと茶川がハイタッチをした。
「はぁっ、はぁっ、ッシャ!」
「お前ら…」
「はぁっ、っ、一人で勝てぬなら2人で倒せ、ですよ!」
「完全になまえ使っとったな」
「みょうじ囮作戦です!」
三分も上がってきて4人で集まっている。
俺は体育館の中に戻ってボールを手に取った。
「ツム何で外出てんねん。寒ないんか」
「むしろ熱くなったわ…」
「あ?どゆことや」
ああ、またあいつの新しい顔見てもうたな…。 挑発的なあの顔…捕まった相手をどう喰ってやるか。罠に引っかかれ、引っかかったら喰ってやる。そんな笑み。
思い返してゾクゾクとした。
やったるわ、俺も。
縄張りに引きずり込んで、喰らう。
弱肉強食の世界でやるバレーは楽しいやろな。
春高まで残り一ヶ月。
ボールを前に俺は意識を集中させた。