42

(宮侑)

日に日に寒くなっていく12月。学校も冬休みの前にテストがある。

テスト期間は朝練がないため、いつもより遅い時間に治、角名と登校していると、前方に黒リュックを肩にかけて歩くなまえを見つけた。

ネックウォーマーに顔を埋めて縮こまっている姿はいつもより小さく見える。

にや、と笑いが漏れる。後ろから駆け寄ってその縮こまった肩に腕をかけた。

「どーんっ」
「ぐえっ」
毎回カエルみたいな声を出すから声を上げて笑う。
体重をかけるとぐらつくなまえはじろりと俺を見て「寒ぃ…」とだけ呟いた。
俺となまえに追いついた治と角名。

角名がポケットに手を入れたまま、俺に肩を回されて潰れそうななまえを見て言った。

「なまえ、最近あんま抵抗しないよね」
潰れそうなのに、とニヒルに笑う角名。

確かに。そう言われればそうだ。前は嫌そうに鬱陶しい、とか、離れろとか言っていた。

角名に指摘されてなまえは言いたくなさそうに黙った後、顔を上げた。
「……あったかいじゃん…今、寒いし…」

えっ…。
その言葉に何故か胸の当たりがぎゅん、としたがすぐにいつもの俺に戻した。

「はぁ?!俺で暖を取ろうとしとんのか!俺の!人肌で!破廉恥な!」
パッと離して自分の体を隠すように腕を前で組む。
なまえは「あっ、さみぃ…」と縮こまった。ハムスターみたいや。

「ほな俺が温めてやろうか」ニヤリと笑う治の言葉に、なまえに伸し掛る治を想像して俺は「サムきもいで…」と呟いた。
「あ?お前がいつもやっとることやろが」
「俺はど突いとるだけや!」
「ベッタベタやろ!」

俺らの言い合いを他所に「とりあえず角名、風よけ確定な…」と角名を風の壁にして歩いてるなまえ。

「ふっ、風避けとか」
「おま…風の威力舐めんなよ?風避けがあるのとないのとじゃ全然違うからな?!」
ここで自転車レベルの話を持ち出すなまえ。

「俺の風上に立て!」
「え、ヤダ」
角名はニヤニヤ笑っている。

「くそ…侑はやっぱ精神年齢が小学生だから体温が高いんかな…」
「人間カイロ?」
「お前ら言いたい放題言いよって…」
なまえと角名を睨みつける。

「確かに人間カイロ!侑におぶってもらった時も背中温かかったもんなぁ」

なまえの言葉に、熱を出したなまえをおんぶして寮に連れて帰った時を思い出す。
あの時は…背中にいるなまえは熱で弱っていつもよりしおらしく、しゅんとしたこいつを見て助けてやらなければ、と思った。

背中に伝わる熱、首に回る腕、耳元で喋るなまえの弱々しい声。あの時は体がポカポカして、俺まで熱が出たのかと思った。

「身体だけでかくなった小学生」
角名の言葉になまえが閃いた顔をする。

「見た目は高校生!頭脳は子供!その名も名探偵…」
「いや逆やろ!」

「あっ尾白先輩!はざーす!」
後ろからアランくんがマフラー姿で立っていた。
「あかんわコイツら。ツッコミ不在、ボケ幼稚園児の集まりか?!」
「幼稚園児てなんやねん、アランくん!」

「頭脳が幼稚園児ってことだろ」
赤点ギリギリだし、と笑うなまえに手を伸ばす。

「ああ?なんやて?この道端で絞められたいんか?」
「サムガード!」
治を盾にして隠れるなまえを引っ掴んで腕をかける。
「いだだだだっ!ギブ!ギブ!」

「おはよう」
「あっ、北さん!」

な、なにっ?!
ギクリとして腕を叩くなまえを解放してやる。

「朝から元気やな」
「「北さん!はざっす!」」
治と直立する。

「あー、助かった〜」
命拾いしたな、となまえを細目で見ると角名の影に隠れやがった。

俺たちは固まって学校まで歩いた。
途中、北さんの「普段、授業聞いとったら特別に勉強する必要はないよな?」という正論に誰一人として頷くものはいなかった。

学校に近づくと生徒も多くなり、賑やかになってくる。

昇降口の所で室内履きに履き替えようとしたなまえの腕を取る。

「えっ、なんだ」
「こっちや!」
頭にハテナを浮かべるなまえを引っ張って体育館に向かう。

すでに治とアランくんもボールを上げていた。
「ふっふ、北さんうまいこと撒いたで〜」
「ツム、トス!」
「っしゃ!任せぇ!テスト期間やからってバレーせんわけにいかんわ!」

制服では動きにくいし、しゃがみにくいけど、ボールに触れられるだけでテスト勉強で溜まった鬱憤が晴れていく。

「なまえっ!」
「うわっ!俺っ?!ぐぇっ!」
変な声を出しながら俺たちの見よう見まねのレシーブをする。

「いってぇーっ」
「アランくん!」
「おけ!」
軽く飛んでスパイクを打つアランくんにその前に出てボールを取る治。
「うぇーいっ」
4人で打ち合っていると「おい」凛とした声が聞こえて、ボールが床に落ちた。

「「「あ…」」」
北さんが「お前ら、何しとんの?何か言い訳でもあるか?」というような顔で立っている。

「き、北…」
「アラン、お前は、先輩やんな?」
「は、はい…」

「侑、治、お前らは赤点なんか取らん余裕があるから遊んでんのか?」
「い、いえ…」
グサグサと刺さる言葉に治と目を合わせる。
あかん…バレたわ…。

「みょうじくんは……侑に連れてこられたんか?」なまえは首を傾げる北さんに直立する。
「はい!ソウデス!」

「体育館がうるさい言うて注意されたから来たけど…そんなにバレーしたいんやったら申し分ない結果出してからにしいや」

「さ、寒いぃぃ」
なまえが縮こまっている。
きっとその寒さは12月の寒さではなくて北さんが原因やと思うで…

「ほら、上がるで」
「…!もう一本だけ!」
ボールを収める前に、もう一本。サーブの位置に立って、手に集中する。

試合を思い出して、8秒をカウントする。
サーブを収める位置を見て、ボールを上げる。助走して飛ぶ。歯を食いしばり、全身をしならせてボールに力を加える。

ボールにいい音が走り、狙った位置に剛球を叩き込んだ。
渾身の一球。

手を握って確かめる。うん、ええ感じや。

納得のいく体の使い方が出来た。これで体育館から出れる、と顔を上げると治やアランくんが笑っている。その目が、顔つきが、本気になっているのがわかった。

なまえは驚いた様にボールが叩き込まれたラインギリギリの位置を凝視していた。

北さんと目が合う。「侑。調子、良さそうやな」
それはテスト期間なのに朝からバレーしてる俺らに対する注意ではなく、主将としての言葉に聞こえた。

「おーしっ!これならテストも赤点回避できそうやわ!」
「それは無理やろ!…はぁ、はよバレーしたくなったわ」
アランくんが笑いながら体育館を出る。

バレーがしたくてウズウズする。
それはここにいる皆が思っていることだった。


***


俺達は体育館を出て教室に向かった。

「叱られたけどやっぱボール触っとる時がええわあ」
「お〜体動かして温まったなー」

ホクホクとした顔で廊下を歩いていると自転車部の三分とすれ違う。

「三分、はよー」
「はよ、今日はバス通か?の割には遅ない?」
「ん、侑とさっきまでバレーしてた」
「仲ええなぁお前ら」

その言葉に優越感にも似たような感情が沸いた。

「せやねん。なーなまえくん」肩に腕を回す。
「こんな事言ってるけど本気で絞めてくるからなコイツ」

登校中も絞めてきた!というなまえの口を塞ぎながら「教室いこかー」と歩き出す。

廊下にいる生徒がいつもの事だという顔で俺らを見る。その視線が心地よかった。
みょうじなまえはいつも宮侑と一緒にいる、と見られている。

そうや。仲良えねん俺ら。一緒におったらオモロくて爆笑するし、たまに言い合うこともあるけど、なんや気ぃ合うねん。そんでお前らは知らんやろ。なまえが自転車乗って本気で走っとる時の顔。あの恐ろしい顔と、俺が絡んだらカエルみたいな声出しながら潰れそうになっとる時の顔。ギャップありすぎやし、そんなん皆知らんやろ。

俺だけが知っとったらええねん。

そこまで考えて アレ、何で俺だけでいいなんて思うんやろ。と頭にハテナが浮かんだ。他の人が知ったら嫌だなという気持ち。それを何と言うんだったか。

「侑?」

なまえの声に思考から現実に戻る。
「なん?」
「テストまで残り15分。大丈夫か?」
「大丈夫やないっ。詰め込む」
「残り15分で詰め込みは無理だろ」

あかん、テストに集中や。
必死で教科書に目を通しているとさっきまで考えていたことなんて遠くに行っていた。


***

午前中にテストが終わって開放された雰囲気の教室内。早々に帰る生徒や駄弁っている生徒達。

帰る前に少し教室を出て、戻ってるくるとなまえの席の隣に同じ組の佐倉サンが立って話していた。

楽しそうに笑う佐倉サンとなまえ。またもやっとする。最近多いねんな。このもやっと感。

「なんの話してるん」

「あ、…」
「み、宮くん」

俺に気づいたなまえが会話を中断した。俺を見て驚いた様子の佐倉サン。耳が赤い。

そんな佐倉サンを見てなまえは「内緒〜」と言った。

は?何が内緒なん。俺に話せんことでもあるんか?
イラッとする。

「内緒話なら他所でせえ」自分でもムスッとしているのが分かる。
「じゃ、じゃあ帰ろっかな。また明日ねみょうじくん…宮くん!」
佐倉サンに名前を呼ばれてちらりと見る。
「…ん」


まばらになって行く教室内に俺らも帰ろうとなまえと教室を出た。
寮に帰るため治となまえらとバス停まで歩いている途中。

「さっきから何ムスッとしてんだよ侑」
「してへんわ」
「してるわ」

なまえは俺の不機嫌の理由が分からないらしく不思議そうな顔をしている。

俺はまださっきの内緒話にイライラしていた。張本人が平和そうだから余計、だ。
なまえを通り越してズンズン歩く。

「はぁ〜…っよっと!」
ため息が聞こえてきたと思ったら、いきなり後ろから背中に重みが加わる。
「うっ!」
なまえが俺の背中に乗っかってきていた。

「おいっ!」
「うっひょ、やっぱ侑の背中高ぇ〜これなら角名より高いわ、いい眺め〜」

後ろを歩く角名に自慢気に言っている。
「侑くん、このままバス停までよろしく」
「アホか」
「トレーニングの一環だと思って」
「ただのなまえの脚やん」
「いい眺め〜」

首に回る腕に仕方ないとなまえの腰を持ち直した。
「さっきのなー、侑がユースの強化合宿に行ってすごいなって話」
耳元で話すなまえにいつもと違う距離感で少しドキッとした。
「はぁ?」
「佐倉さんとの話。普段の侑は人でなしだけど、バレーしてる侑はかっこいいよなって話をしてた」
「…余計やねん。いつもかっこええやろ」
「はぁ?調子乗ってんのか?」
「あ?振り落とすぞ」
「ごめん侑くん」
落とさないで、俺をバス停までおんぶで運んで、とギュッと強く腕を回してきた。

密着した背中が何だか熱い。でも、その近すぎる距離感に嫌な気はしない。

「今朝もさ、サーブ、あれすごいよなー」
「普通のサーブやん」
「うん、でも、ものすごい集中して打ってる侑は男の俺から見てもすげえ、かっこいいって思うから女子がキャーキャー言うのも頷けるっていうか…」

かっこいい。その言葉に自分が高揚するのが分かった。何だろう、言われ慣れているその言葉もなまえに言われると嬉しくて口元が緩みそうになる。

「せやから普段からかっこええて言うてるやん」
「いや、バレーしてる時限定な」
「やっぱり振り落とすわ」
「あー!うそうそ!」

ケラケラ笑いながら俺にしがみつくなまえに、胸の鼓動が強くなる。


バス停までもっと距離があったらええのに。
もうちょっと、こうしていたい。

と思ってしまった。

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