(宮 侑)
春高全国大会2日目、初戦で宮城の烏野に負けた。
治との双子速攻が飛雄くんと翔陽くんの手に返されて、コート内に落ちた。
笛の音が鳴って試合終了を知った時、ああ終わってしまった、と感じた。
もっと、ボールに触りたかった。もっと、もっとバレーをしたい、強い奴とやるのは楽しい。
終わるの早すぎん?
もっとやりたい。
向こうのコート内で烏野が歓喜する姿が見えた。
ああ、ホンマにもう終わったんか…。
「燥ぎすぎたなあツム」
「…せやなサム」
片割れと目を合わせる。もっと遊び足りんのに、終わってもうた。
撤収してフロアに出た俺と治は目を合わせた。そろそろと北さんに声をかける。
「…あのー…」
「「す、すんませんでし「謝って少しでもスッキリしようと思とんのか?」
来さんから真顔で言われて固まる。
「!?そんなんとちゃいます!!」
「わかってるてすまんな」
「「!?」」北さんが謝った?!
「けど、謝んのはホンマに悪いと思とる時にしいや」
「!!」
俺も治もギクリとした。
「俺もさっきの速攻が間違うとったとは思えへんねん。決まるとおもたもん。…練習でやってへん事を本番でやろうとすんのは嫌いやけどな」
北さんの言葉に俺らは黙る。分かってる、そうだろうな、と。
「ラストのあれは相手が悪かったんやろなあ」アランくんの言葉に北さんは同意した。
「せやろな。お前らがノリノリのとき、他の奴は大抵おいてきぼりになるんやけど、今回に限っては向こうも同じくらいノリノリやったんやなあ」
そう言われてさっきまでのボールを全力で追いかけていた感覚が蘇る。
「高揚したやろ」
「…!」北さんの言葉に言い当てられたような気がする。
試合中もサムと腹減ったなあと話しとったんや。あいつらとやっとると腹減って、もっと食べたい、もっと欲しい、と。騒ぎたくなるあの感じ。
「そんな試合、そうそうできんのと違うか。ええなあ」
北さん、今笑った…?
「…今、北さん笑とったな…?」
「うん」
治と確認する。
「試合中も何回か笑てはりましたよ」理石の言葉に驚いた。
「何回も…?!」「まじか…」
「けどやっぱり悔しいなあ」
階段を降りていくアランくんと北さんについていく。
「今までちゃんとやってきたし、俺には後悔なんか無いって言い切れる。俺にとっては「
北さんが振り向いて、階段下から俺らを見上げた。
「どや俺の仲間すごいやろって、もっと言いたかったわ」
誇らしげに言う北さんに胸がぎゅっ、と締まった。
「……、」
北さんの言葉にアランくんの目から涙が零れるのが見えた。俺達2年、1年の空気が変わる。俺は拳を握りしめた。
「…言ってくださいよ」
治が言った。
「孫の代まで自慢できる後輩になりますから」
俺の言葉に北さんは口を開けて笑った。
「それは楽しみやなあ」
楽しそうなそんな声を聞いたのは初めてだった。
「ほれ、はよ着替え」
俺らの主将、北さんは負けた後もいつも通り平常で感情の起伏もなかった。
負けたことに大して悔しいのもあるけど、それ以上にもっともっと北さんの自慢になりたかったのに、ここで終わってしまったことの方が胸を締め付けていた。
ユニフォームからジャージに着替えた後、北さんは監督との打ち合わせに行った。
静かな空気のチーム内はインハイ以来だ。
アランくんと銀はまだ涙目で、治と俺はポケットに手を入れて控え室のベンチに座っていた。
お互いに無言のまま。
ああ、何やろ。もやもやする。悔しい。まだまだここでバレーやりたかった。くそ、今も他のコートでは他の奴らがバレーしとるのに。
イライラと、悔しさと、3年の先輩への申し訳なさが襲ってきて無表情で靴紐を見つめた。
…アイツの声、聞きたいな…。
ふと、そんなことを思った。
携帯を手に取って治に言う。
「…便所、行ってくるわ」
治は立ち上がる俺をちらりと見上げた。
外に出て東京の空を見上げる。
青空で体育館の中からはバレーの音と観客の声が漏れていた。
携帯の電話帳を開いてみょうじなまえの文字をタップした。
発信のコール音が耳元で聞こえる。
数コールして音は通話音に変わった。
『もしもし…?』
「………」
なまえの声を耳にして、口を開くも声が出ない。
『侑…?』
名前を呼ばれて固くなった喉が緩む。
「……負けたわ」
電話の向こうで音はしない。数秒の間があいた。
『…うん。試合、見てた』
春高前に頑張れと応援されて頭を撫でられた記憶を思い出す。嬉しくて、本気で頑張ると思ったあのバス停でのこと。
「……」
勝てずに負けた自分が情けなかった。
『…でも、試合、楽しかっただろ?』
「…!」携帯を耳に当てたまま、なまえの言葉に耳を傾ける。
『侑、楽しそうにバレーしてたぞ。ギリギリの時でも、笑ってたもん』
「……」
笑っていた…。自転車で走る時のなまえの苦しいはずなのに楽しそうな顔をを思い出した。
無言の俺となまえとの間に沈黙の間が続く。それでも俺はその間が嫌に感じなかった。電話で繋がって、なまえと話しているというだけで落ち着ける気がした。
『…悔しいよな』
「………」
悔しい。悔しい。もっとやりたかった。
『っ悔しいよなぁ』なまえが辛そうな声で吐き出した。こいつも俺と同じように拳を握りしめて、唇を噛んでくれているのだろうか。
何十秒だろう。
お互いに無言、でも電話は繋がったまま。
耳元で、無音の二人だけの静寂の中でこの悔しさを共有できとる気がした。
『…侑、悔しいけど…こっから何をするか、だろ。もっと強くなって、次は絶対勝つんだろ…』
それはいつの日かなまえに言った言葉。夏、泣いているなまえにかけた言葉だった。
その言葉に俺は顔を上げて、前を向いた。1月の冷たい風が頬を撫でる。冷えた空気を吸って、吐いた。胸がすっきりした気がする。
「…当たり前やろ。あいつらインハイでぶっ潰したるわ…」
『 …ふっ。俺、侑のそういうとこ好きだわ。いつだってすぐにもう前向いて走り出してる』
電話の向こうでなまえが笑う。その顔が目の前で浮かんだ。なまえの声にさっきまでのもやもやとした胸のつっかえが軽くなる。
顔を、見たい。今、猛烈にこいつの笑った顔を見て触れたいと思った。
…ああ、俺、やっぱこいつのこと好きなんやな。
「…やっぱ好きやわ」
思わず口から声になって漏れ出た。でも、認めてしまえばそれはどうでもよかった。
『ほんとバレーバカだよなぁ、どんだけ愛してんだよ』
クス、と笑うなまえの声。
…ちゃうわ。お前のことやねん。
「……好きなもんは好きなんや」バレーも、お前も。
『…おう。もっと強くなって上、目指そうぜ』
「…うん。ほな、また」
『あ、』
「…?」電話を切ろうとするとなまえが引き止めた。
『…治と一緒に戦ってる侑、かっこよかった。ボール集めて、皆にトス上げる侑。最高にかっこよかった』
なまえの声のトーンが少し落ちていて、冗談じゃなく本気で言ってくれているんだと感じた。
じわりと、胸に温かいものが広がっていく。
『…次はもっともっとかっこいいところ、見せろよ!』
「…ん」
『じゃ、また寮でな』
通話を終えて、ジャージのポケットに携帯をしまった。
東京体育館を見る。
俺は、上しか見とらん。絶対に俺は登り続けるんや。
負けたなら、強くなったる。強なって勝ったる。
控え室に戻って治の隣に座った。
「クソか?便所長いね…ん…」
治が俺の顔をじっと見た。
「なんかあったんか?」
「別に?」
「便所行ってきたんやろ?」
「なまえと話しとった」
「…ふーん」
「なぁサム」
「なんやツム」
「俺は上しか見とらん。今日はもう終わった。明日、何するか、やろ?」
「当たり前やん。俺も、上しか見とらんわ。昨日より今日、今日より明日や」
互いの目を見る。そこにある確かな闘志。近くに座っていた角名と銀が顔を上げた。コイツらの目にも抑えきれない闘志が見えた。
「上等。やったるわ」
全員、見とれや。次にてっぺん取んのは俺らや。