始業式が終わり、1月の学校が始まった。
久しぶりに見た侑や治、角名、銀達の顔つきが少し変わったなと思う。
春高が終わってから、ほんの少しだけ大人びたような気がした。
あんな熱い戦いを見て、自分も平常ではいられなかった。年明けの練習で追い込んでいると茶川から「そんなに意気込んでどうしたんや」と言われたから、侑達の活躍を話した。
「俺らも負けへんで」という新部長の言葉に三分と一緒に三人で肩組んだのだった。
3時間目が終わった休み時間、三分が俺の組に来ていた。
「なあみょうじ、次国語なんやけど教科書持ってへん?どっか行った」
「ああ、あるよ」
「もうな、小テストやばいねん」
「あと10分で頑張れ〜」
ケラケラ笑いながら教科書を渡して「さんきゅ」と出ていく三分を見送る。
それを見ていたのか後ろの侑が話しかけてきた。
「なあなあ、俺も教科書貸して。数学」
「は?次の授業じゃん」
「忘れた。貸して」
「いや、俺も次使うんですけど」
「でも教科書ないと、どこの問い解いてんのかとか分からんやろ?」
そんなことも分からんの?みたいな顔で俺を見るのをやめてくれないか。
「知らん、治んとこ行け」
「今は喧嘩中…朝からくっそ面倒いねんアイツ。しゃーない角名んとこ行こ」
席を立って1組に行った侑を見送る。数分後、帰ってきた侑は手に数学の教科書を持っていた。
「むっちゃ嫌な顔されたんやけど」
角名の嫌そうな顔を思い浮かべて吹き出す。
「だろうな」
「俺何もせえへんのに。何でや?」
不思議そうな侑がこれまた面白くて俺は肩を震わせた。
「多分教科書がヨダレだらけになると思ったんじゃね?」爆睡で、と付け足す。
「はぁ?んなわけないやろ」
ギロリと睨まれるも、ヨダレを垂らす侑を想像すると笑いが止まらない。
「おい、ツボんなや」
肩をガシリと掴まれた。
「いだだ。握力やばいだろお前」
「ん、4月よりはパワー増したとは思うわ」
「今は褒めたわけじゃねえ」
右手を開いたり閉じたりしている。
「せや、今週日曜オフなんやけどさぁ」
侑はまだ手をじっと見ている。
「うん」
「遊びに行かん?」
「お、いいな。行く行く」
二つ返事で返せば侑はパッと顔を上げた。
「ラウワン?治と角名と銀も?」
皆で遊びに行くと行ったらゲーセンとか色々あるラウワンとかだろうか。
侑は視線をふわりと彷徨わせた。
「いや…サムはなんや用があるらしい」
「そうなん?じゃ、角名と銀の4人?」
「いや、あいつらもなんや用あるらしいで。あれや、春高終わって久しぶりのオフやし」
「ふうん。じゃあ2人?」
「まあ、そういうことになるな」
「どこ行く?」
「どこ行きたい?」
「んー、俺映画みたいんだよなあ」
「ええね、何?恋愛系?」
「え、恋愛系とか一番興味ねえわ。これこれ、このスプラッター映画。結構グロいらしい。俺は耐性あるから良いけど侑大丈夫か?」
「せやった。お前は男やった…。一番かけ離れとるチョイスや」
片手で顔を覆う侑に俺は眉をひそめた。
「はぁ?何当たり前のこと言ってんだよ。で、侑これ観れるんだっけ」
「…観れんことはない」
「無理すんな?俺、三分と行くつもりだったし」
「いや、行く。絶対行く」
三分の名前を出した瞬間、侑は食いつくように行くと言った。
「そ?楽しみだな〜」
今までも遊びに行ったことがあるが全て皆で集まって遊んでいたため、侑と2人で近場への買い出し以外で遊びに出かけるのは初めてだ。
治達が来れないのは残念だが映画も楽しみだな、と期待して俺は授業のために前に向き直った。
***
昼休み、自販機に行く途中の渡り廊下で北さんを見かけた。
中庭の花壇にしゃがみ込んでいる。制服が汚れるのも気にならないのか膝を付けて何やら作業しているようだった。
近寄って声を掛けると北さんが顔を上げた。
「北さん、何してるんですか」
「ん?ここ、潰れとってな」
見ると花壇の端のブロックが崩れていた。誰かが足で押し倒したのか分からないが斜めになっている。それを気づいて直していたという。北さんへの尊敬が増々大きくなる。
「美化委員なんですか?」
「ちゃうよ」
「はああ…頭が下がります…」
「何で?気づいたら直すんは当たり前やん」
うん、さすが北さん。それが出来ない人間も多分たくさんいるんですよ…。
「あ、北さん春高、お疲れ様でした…中継見てました…。すごくかっこよかったです」
しゃがんでいる北さんを見下ろす形にはなるが、伝えたかったことを言えた。
北さんが立ち上がって俺の目線は上がる。北さんの目に俺が映っている。
「応援、ありがとう」
「…バケモン達の中に混ざっている北さん、楽しそうに見えました」
花壇を直し終えた北さんは脚の汚れをはらっていたが、手を止めて俺を見た。
「…そうやな。思い返せば、楽しかったわ」
「ふふふ、やっぱバレー好きですねえ。俺はバレーのことまだ全然分かってなくて侑に勉強しろって叩き込まれてる最中なんですけど、烏野戦の試合見て、惹き込まれました。心が…震えました」
「…あれはバケモン達の宴や」
「宴?」
くすりと北さんが笑った。
「宴に混ざれて楽しかったわ」
「…宴に混ざれる域になるのも、険しい道のりですよね」
北さんはその険しい道を一歩一歩、着実に歩いてきたからあの場に立てた。
上を見あげると寒空の太陽が眩しくて目を細める。俺は柴さんや秋田部長のようなバケモン達がいたからインハイという祭りに参加できたのだ。
また、あの祭りに参加できるだろうか…。
「なあみょうじくん。この花壇も今は何もないけどな、春にはまた花が咲くで」
「…?」
「水やらんと咲かんし、栄養も与えんと咲かん。…しっかり育てるんや。そしたらええ花が咲くやろな」
「…!」
「自分の花、咲かせてな」
「…っはい!」
ちゃんと育てれば自分の花は咲く。それを体現してきた北さんの言葉はすんなりと胸に入り込んだ。
「ありがとうございます」
北さんにお礼を言う。いつも励まされてばかりだ。
「?みょうじくんはようお礼言うけど、何もしてへんよ」
「ふふ、北さんの存在がもうありがたいんですよ」
首を傾げる北さんにお礼を言って俺は自販機に向かった。
じんわりと胸が温かくなって頑張ろうと思えた昼休み。教室に戻る途中、廊下で治を見かけた。
「あ、治。日曜日、残念だな」
「?」
「日曜日、一緒に遊びに行く件。治、用事があるからって侑から聞いたぞ」
「………ふうん?」
「また行こうな」
肩をぽん、と叩いて治から離れた。
教室に戻って侑に北さんが花壇を直していたことを伝える。
「北さんって仏様みたいな神様みたいな…」
「北神…」
「かっこいいよなぁ」
「…お前のかっこええの基準が低すぎて腹立つわ」
「何でキレてんだよ。北さんかっこいいじゃん」
「誰にも彼にも構わずかっこええ言いやがって…」
「だから何でキレてんだよ…」
一つ上なだけなのに、何で皆あんなに大人っぽく見えるんだろう。
北さんも柴さんも、尾白先輩も、秋田部長…はちょっと違うか…血気盛んな方だしな。
俺も3年になったら上級生としてあんな立派な感じになれるんだろうか。
買ってきたジュースのストローを口につけて、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
***
(宮 侑)
「各自ストレッチ開始ー」
コーチの声掛けに練習後のクールダウンのストレッチをする。治が足を伸ばしながら俺に声をかけてきた。もう朝の喧嘩は怒ってないようだ。
今日の喧嘩は俺が治のお菓子を食べたことが発端なのでほんの少しだけ悪かったとは思っている。でも紛らわしいところに置いておくのもどうかと思うけど。それを主張したら朝からブチ切れたのだった。
治に「なん?」と返す。
「昼になまえから日曜日一緒に行けへんで残念やって言われたんやけど」
ギクリとした。まさか、サムに言うとは…。どこまで言ったんやろ。映画行くことまで言った?こいつはどこまで知ってる?
頭の中でぐるぐると思考する。
「……」
「俺なんも用ないけど?」
「……」
「ツム、お前2人で行きたいんやろ」
ヴッ…。無言のまま俺は開脚をして前に伏せた。グッ、グッと反動をつけて筋を伸ばす。
「おい、無視すんなて」
「してへんわ」
「ほな、俺行ってええん」
「……別にええけど?」
嫌や!来んでええ!
「…ツム、顔に来んな、って書いとるで」
「いや、ええよ。別に。ええけどな、サム。一応聞いとくで。本当に行きたいか?本っ当に、行きたいか??」
「何でそんな真剣な顔で聞いてくんねん」
ニヤニヤ笑う治を睨む。
「ちゅーか普通に考えて何でバレる嘘つくん。下手か」
「いや、俺の記憶ではお前は何か用があるって聞いとったんや」
「言うてないし一言も。白々しいな」
「俺の中ではそういう事になっとったんや。せやから、もう遅い。お前は日曜日に用がある。これは事実や」
「面倒やなあ。素直になれや」
「いや、今俺の記憶は塗り替えられた。ヨシ」
「人の話を聞け」
治にゲシゲシと蹴られながら俺は日曜日を死守した。治が一緒に来れば、結局いつもと変わらないのだ。治と2人で行動することは多いが、それではなまえと2人だけの時間が過ごせない。
好きな奴と2人きりになりたいと思うのはおかしいことだろうか。
「日曜日、服貸して」
「ツム……ほんま調子ええよな」
「ええやん。俺の服先週貸したやん」
「……これでチャラや」
ああ、日曜日が楽しみやなあ。