50

1月も後半が終わろうとしていた。
勉強、部活、繰り返しの毎日の中でゲームも漫画とアニメ消化も進めたい。そんな欲に忠実になった結果。

(やばい夜更かし、し過ぎた)
そう思ったのは目覚めが非常に悪く、二度寝がしたくてしたくて堪らないと感じたからだ。

何とか這いつくばって自室を出て、朝の食堂で配膳した朝食を目の前にするも、目を瞑れば一瞬で夢の世界に行けそうなくらいには眠気が凄まじい。

箸を持ったまま、少しだけ…、と目を閉じる。

「……」

あ…このまま意識が落ちそう…と思った瞬間、後頭部に誰かの手が触れる感触。

「……?」
半目で顔を上げて、横を見る。

「ぶはっ、なまえ、後ろすごいで」

侑がニヤニヤ笑っていた。寝癖のことだろう。普段なら言い返すところだが、俺は今それどころではない。とにかく眠いのだ。

「ん…」また目を閉じようとする俺に「おーい、目ぇ覚ませー」と侑の声が遠く聞こえる。
もう無理かも…と落ちそうになる寸前、脇腹を掴まれた。

「ヴッ」擽ったくてびくりと震える。

目を開いて脇腹を見ると侑の大きな手が俺の横っ腹を鷲掴みにしていた。手を動かすわけではないけど、今その手をわしわしと動かされるととんでもないことになる。

まるで首をに刃を当てられたようなそんな気分。脅されて刺される直前のような。俺はこの横っ腹鷲掴みに弱い。侑がかけてくる絞技とこの鷲掴みのどちらが嫌か、と言うとこっちの方が嫌かもしれない。

「目ぇ覚めた?」
純朴な表情で覗き込んで聞いてくる。

「…さ、覚めましたぁ…」
手を動かされないかドキドキと怯えていたがパッと手を離してくれた。

「ん。目ぇ覚ましてない奴はここにも、もう1人おるからな」
侑の横で今にも立ったまま寝そうな治がいた。侑の肩に頭を乗せて辛うじて立っている。が、多分半分は寝ていると思われる。侑は治の脇腹をガシリと掴んだ。

「ぐっ、」 侑はそのまま手を動かす。
「うぐっ!」
横っ腹の擽ったさに治が身を捩りながらバチッと目を開けた。
「起きろサム」
「…ふぁぉ…起きたわ…手ぇ離せ…」

治が腹をかきながらトレーを取りに行く。ちらりと見える割れた腹筋。運動部の多いこの男子寮にはそんな奴はたくさんいるので特に何も思わない。

「起こし方、えぐ…」
これまた眠そうな角名が欠伸をしながら横に立った。

「今日の俺の目覚めはええからな!朝から絶好調や!」と朝から元気な侑だけが早く朝練行きたい、とご機嫌でいる。

おかげで目が覚めた俺は味噌汁、ご飯、卵焼きとウインナー、バナナを胃の中に入れた。食べ終わる頃には眠気は消え去ってはいないものの、マシになっていた。

「あ、時間やべ」
バレー部と違い俺は自転車で登校するため、準備も早くしないといけない。
音を立てて椅子から腰を上げる。
「また後で」
急いでトレーを返却場所に置いて食堂を出ようとした。

「あ、なまえ」
「?」
「後ろ、寝癖ひどいで」

侑の言葉に手で頭を撫でる。ぴょこんと後ろの髪が跳ねていた。押さえつけても動じない髪のハネに我ながら笑ってしまう。
「ははは、やべ〜ありがと」
「…ん、」自分で自分を笑っている俺を見て変な奴だと思ったのか侑が目を逸らした。

食堂を出た俺は急いで朝の支度をして学校に向かった。


***


「ほんでな、この間茶川と帰りに寄ったら売り切れてん!」
「えーまじかよ、それは笑うわ」
「せやろ?二人してあんだけダッシュしたのに、ないんかい!って」
「はははっ」

朝練後、三分、茶川と3人で歩いて昇降口に向かっていると背中に衝撃が走った。

「ぐふっ」

肩に腕が回されて、耳元で聞こえる笑う声。
見なくても分かる。

「何だよ侑」
俺に肩を回してきた侑。
一緒に治と角名に銀がいる。バレー部もちょうど朝練が終わったようだ。

「何かへらへら笑っとる奴が見えて、つい」
「つい、で何でド突いてくんだよ」

「ほんまデカイなあバレー部」
「みょうじが入ると異質やな」
「おい、そこ聞こえてんぞ」

離れて歩く茶川達を指差し、近寄ろうとしたら侑の腕ががっしりと回されていて離れられない。
侑との近距離に夏だったら絶対剥いでるな、と思う。冬だからまだ平気なだけだ。

横にいる侑を横目で見ながら、違和感が生まれた。

「あれ…」まじまじと侑を見る。
「なんや」
「……何か…身長伸びた?4月より目線が…」
「当たり前やん3cmは伸びたわ」
見下ろす侑と顔を上げて見上げる俺。
「俺はツムより0.4cmも高く伸びてるけどな」
治が隣でニヤリと笑う。
「サムぅお前、次の測定で絶対抜かしたるからな!」
「え、ちょ待って。角名も銀も高くなったよな?!何か、全体的に見上げる角度が上がったような…」
4人とも身長伸びるのは当たり前だろ、というような顔だ。

ま、まじかよ.。お、俺の伸びはすでに停止しかけている、というのに…。ショックで項垂れる。
「いいなあ、羨ましい…1cmずつ分けてほしい…」
「なまえ、身長止まったんちゃう?」
「うっ…抉られる…」

小さいもん、という侑の言葉に更にショックが大きくなる。止まっていない!と信じたい…。
というか特別小さくはないだろ、俺より低い男子だっているんだし、普通…と思いたいが平均値よりは若干、ほんのちょっとだけ下かもしれない。

「茶川ぁ…慰めてくれよぉ…」
「ヨシヨシ…」
にこにこ笑いながら俺の頭を撫でようとした茶川の手を横から侑が遮った。

「侑くんが慰めたるで」
そう言って俺の頭をわしゃわしゃとした。
「ぎゃっ、やめっ、」

頭を振って、崩れた髪を手で整える。ヘアスタイルとか疎いにしても、一応身なりは気をつけたい。大した容姿ではないからこそ、せめて身だしなみくらいは、と悲しいことを思う。

「…そないに髪整えたって大して変わらんやろ」
そんな俺を見て発した呆れたように言う侑の言葉にカチンと来た。

「はぁ?てめ、こうしてやるわ」
俺もお返しに侑の頭に手を伸ばしてチロルを撫でるみたいにわしゃわしゃとしてやる。

「おいっ、なまえと違って俺はちゃんと毎朝きめてんねん!」
「ぁあ?もっとか?」
侑の頭を狙う俺とそれを遮る侑の手。
「はっ、力じゃ負けんわ」
「ぐぬぬ…」

攻防戦の俺たちを見て治は呆れたように呟く。

「アホらし、置いてくで」
治が先に歩いていく。角名と銀も治に続いて行った。

「仲良しもええけど、予鈴なるでー」
三分と茶川も先に行ってしまった。
「あっ、置いてくなよ」

昇降口に入っていく皆の背中を追いかけていった。



夜更かしの影響で朝から頭の動きが鈍い。ぼーっとしているとすぐに1時間目の授業が終わっていた。

終わり際に先生から「今日のプリントができなかった人は夕方までに出すこと。みょうじくん、回収して職員室まで持ってきて」そう言われて回収の任を仰せつかってしまった。

多分、眠たそうにしてたのがバレたんじゃないかと指名された時はドキドキした。

(忘れないようにしよう。放課後、プリント、回収…)

頭の中で反芻していると同じ組の野球部が席の前に立った。

「みょうじ、さっき回収頼まれとったやん」
「おお」
「俺もさ今日締切の日本史のやつ、回収するよう言われてん」
「うん」
「ほんでな、放課後持ってこい言われてんけど部活忙しいし早よいかなあかんねん」
「う、ん」

あれ、もしかしてこれは…。

「日本史のやつも一緒にやってくれん?別棟の方に持っていったらええから」

ああ、やっぱりそうきたか…。俺も部活あるんだけどーー…。
それこそ今日は一斉スタートの外周練習だ。途中参加なんて追いつくのもキツイし、ショートカットで途中合流しても、練習にならない。それ以前に外周は俺の好きな練習メニューだ。

断りたいがここで断ったら角が立つかな、なんて考える。

「あー…」
「無理か?」
「無理…ではない、けど…。…ん、いいよ」
「ほんまか?!」

仕方ない、今日の外周は諦めるか…。
へらりと笑って頷いた時だった。

「それなまえの仕事ちゃうやん」

それは俺の後ろから発せられた。

「宮…。いや、野球部厳しいねん」
「なまえやって、部活あるやろ」
「でもみょうじは良いって言ってくれとるし」

後ろを振り向いて侑を見る。あんまり良くない雰囲気だ。こじれないようにここは俺が何も言わず、代わりにやっておくよ、と言えば丸く収まるだろう。

「いいよ、侑。どうせ回収するしさ」

侑に、ここは穏便に済ませよう、と目で訴える。そんな俺を見て侑はイラついたように目を細めた。

「任された事くらい自分ですんのが当たり前やろ」
「…なんや、別に宮は関係ないやん。俺はみょうじと話しとんねん」

険悪な雰囲気になってきた。俺は思わず手を振って両者の視界を遮った。

「ちょ、ストップストップ。俺、代わりにやるからいいよ。別棟の方に持ってったらいいんだよな。やるやる」

俺がやる、と言えば野球部の奴はお礼を言って席に帰って行った。ほっと安堵して息をつく。

「お前、ほんまにそれでええんか」
侑の問いかけに俺は目を逸らした。

「いいんだよ…誰かがやって、それで済むなら…」

「…八方美人が」
侑がボソリと言った。
ことなかれ主義な俺は自分が悪く言えば八方美人であることも自覚している。だけど、俺が自らやると承諾したんだ。部活に遅れるのは仕方ないし、俺はもうそれを承知で了解したんだ。

言い返したくなったが完全否定できない部分もあるし、と考え聞こえないフリをした。

「……」

モヤモヤする。納得いかないようなマイナスの感情。頼まれ事を振ってきた野球部の奴に対しても、それを本当はやりたくないけど頼まれて承諾した自分も、八方美人だと言ってきた侑にも全てに対しての不満が渦巻いている。

次の授業の体育に向けて着替えを始めるも、胸の奥のモヤモヤは消えなかった。

着替え終わり、グラウンドに出て体育の授業が始まった。今日の授業はサッカーだ。

準備運動の後、サッカーボールを使って各ペアで基礎練習をする。

侑がボールを持って俺のところに来た。
休み時間から侑とは一言も話していない。というよりは、話す気になれなかった。
侑から言われた八方美人という言葉が引っかかっていて消化しきれていなかった。

侑がイラついたように俺を見下ろしている。

「何なん自分、さっきから」
「…何が?」
「態度悪いで」
「……別に」
「別に、ちゃうやろ。俺に当たんなや」
「いや、当たってないし」
「当とうてるやん。何で俺が八つ当たりされなあかんねん。くっそ不快や。さっきのやつはお前が悪いやろ」
「悪いっていうか、別に俺は何とも思ってないし…」
「はあ?あんだけ嫌そうにしといて、よう言うわ。言い返しもせんと黙ってハイハイ頷いとんの見とって腹立つねん」
「っ、そもそも侑に関係ないだろ!」
「関係なくない。八つ当たりされて不快なんは俺や!」
「だとしても言い方ってもんがあんだろ!」
「自己主張もできん奴に言い方もくそもあるか!お人好しもええとこやな。ただの八方美人やん」
「…っ俺だって分かってるわ!でもそんなに言われる筋合いはないだろ!」
「せやから見とって腹立つっちゅうねん! 」
「大体、いっつもそういう言い方ばっかで一方的でもっと相手の気持ち考えろよ!」
「はぁ?今その話してるんちゃうやろ!」
「全部含めてだよ! 」
「ああ?!」

ヒートアップする言い合いに自分でも止められなかった。ホイッスルの音が鳴り、先生から名前を呼ばれる。

「こら!宮、みょうじ!お前ら今授業中やぞ?喧嘩しとる時間じゃないで」

駆け寄ってきた先生に謝る。

「…すみません」
謝る俺とは反対に何も言わない侑は体育教師を見下ろしている。
「……」

「はぁ…宮、お前は一年の時も、よう…」
先生の呆れたような言いようからして、侑は1年の時から騒がしい奴だと聞き取れる。

「罰として昼休み、2人で中庭の草取りや」
「はっ!?何で俺もなんですか!悪いのはなまえや!」
「アホ、片っぽだけ悪くて言い合いになるかいな。終わったら準備室まで2人で見せに来ること。わかったな」
「「……」」
「返事!」
「「はい…」」

最悪だ。今日はとことんツイてないな、と内心項垂れる。回収係は任され、代理も任され、挙句の果てに昼休みの除草作業…。

隣の侑を睨むもチラと俺を睨み返したあとすぐに逸らしやがった。
腹立つ、と思いながら体育も侑とは距離を取って授業を受けた。

侑との仲が険悪な状態はクラスの人にも感知されたようで野球部の奴が休み時間にやってきて「すまんな、俺やっぱやるわ。せやから宮と仲直りしいや」と言われた。

多分、皆ものすごく機嫌が悪い侑がちょっと怖いのだろう。
黙って刺すような視線で睨んでくるから俺も素知らぬ顔で無視をする。

その構図に気を遣っているのか、銀も侑に話しかけるのは控えているみたいだ。

そういうとこも俺は腹が立っている。機嫌が悪いのがあからさますぎて、空気を乱すなよ!と思う俺は周りの目を気にしすぎだろうか。

侑ほど堂々と自分に正直に生きられたら楽なことは無いだろう、と否定的になってしまう。

昼休みになり、茶川と1組で弁当を食べる。
「へぇ、んで食べ終わったら草取りに行くん?」
「うん…。…今日という今日は許さん…!俺は怒っている」
「まぁどっちも気持ちは分かるけど…」
「は?!」
「いや、どっちの言い分もあるしなぁ。まぁ、俺は今日みょうじが外周練最初から参加出来るようになったからええけど」
「ダッシュで行くから」
「待っとるで」
「はぁ…じゃあ草取り行ってくる」
「頑張りやー」

ネックウォーマーを持ち、手を振る茶川を後にして2組に戻る。
侑の席の周りには治、角名、銀がいた。
侑の前に立って、見下ろす。

「草取り」

必要最低限な言葉を発すると座っている侑が睨み上げてきた。
教室内の温度が下がった気がするが俺も今日という今日は許さない、という思いだ。ひるむことなく睨み返す。

「…なんや喧嘩中か?」

治が呑気な声で聞く。銀が気まずそうに答えた。

「体育の時からや…」
「どうせツムが悪いんやろ」
「おいサム決めつけんな。言いたいことも言えんで、不満がっとるだけのこいつが悪いんや」
「っ、だから俺はお前のその言い方はないだろって言ってんだよ。人の事考えろよ」

侑がガタリ、と席を立った。目線が上に上がる。見下ろされる居心地は最悪だ。
「はあ?そもそもの話やろが」
「ちょ、ストップストップ!草取り!行くんやろ!はよ行け!」
銀が睨み合う俺と侑の間に割って入った。

ふん、と顔を背けてドカドカ歩き出す侑にため息を吐いてついて行く。

俺たちは中庭の植え込みの前に立って無言で袋を広げた。
適当に雑草を引き抜いて袋に突っ込んでいく。外は寒いし、早く終わらせたい一心で頑張っていると後ろで「ぎゃあっ!」と大声が聞こえた。

振り向くと侑がものすごい顔で地面を見ている。

知らね、と思ったが何にそんなに驚いているのか知りたいという好奇心には勝てなかった。
喧嘩中のため無愛想な顔で近づいてみる。

「………なんだよミミズじゃん」
ウネウネとピンク色の元気なミミズが地面から頭を出していた。可愛い、と思い手に取る。

「うっわ、触った!」

後ずさり距離を取ろうする侑。
何、こいつミミズが苦手なのか?

「ほれ」
手を侑に伸ばす。
「来るなボケ!」
「あ?」もう一歩近づく。
「半径2m以内に近づいたらド突くぞ!」

中庭で侑と対峙する。
何でこいつ、こんなにビビってるんだろう、と思うと可笑しくて笑えてきた。

横一文字に結んでいた口が緩んでしまう。

「何笑てんねん」
「笑ってない」
「笑てるやん」
「投げるぞ。ミミズ」
「っ!」
「ふはっ、ヒビってやんの」
俺を警戒する侑か愉快で面白くて今度は歯を見せて笑った。

一度笑ってしまうと止まらない。楽しくてミミズを前にして侑に向かって走る。中庭を駆け寄る俺に侑は逃げ出した。

「来んなアホ!」
「あははははっ」
「こ、ん、のっ」

侑の手刀が俺の腕を狙う。
「あっ!ミミズちゃんが!」
俺の手からミミズが勢いよく解き放たれ傍の花壇にぽとん、と落ちた。
「なぁにがミミズちゃんや!やってくれたなぁ…」

もう侑がビビるミミズちゃんは俺の手にはいない。怖いものは無いと侑は腕を回している。

本能が危険を察知した。捕まったら、痛い目にあう、と。俺は逃げる体勢をとった。

「逃げるが勝ち…!」

追いかけてくる侑から全力で逃げ回る。必死で中庭を走る中、笑えてきて声を漏らしながら駆ける。

スリルが楽しい、とはこういうことなのかもしれない、と逃げ惑う頭の中で思う。

侑の手に捕まりそうになりながら翻してかわす。

「ちょこまか逃げんな!」
「ぎゃっ」

侑の手が俺の肩を引いた。
侑の腕の中に収まってしまい、身動きが取れない。

「フッフ、捕まえたで…」
「離せ!」
「離せ、言われて離す奴がおるかっ」


「何してんの自分ら」
俺たちは声の聞こえた渡り廊下の方へ目を向けた。



***

(宮 治)

角名と一緒に自販機に行く途中、渡り廊下から中庭で騒ぐツムとなまえを見かけた。

「なにあれ」
「追いかけっこやなぁ」

「治に角名、どしたんや」
立ち止まる俺達にアランくんが近づいてきた。すぐ後ろに北さんもいた。アランくんの影で気づかなかった。一応、挨拶をしておく。

「北さん、ちわっす」
「俺には挨拶ないんかい」
「だってアランくんやもん」

「何かあったんか?」北さんの質問に答える。
「いや、あいつらが騒がしいて」
「侑とみょうじくんか」

「さっきまで大喧嘩してたのにね」角名が呆れたように騒ぐ二人を目をやった。

「喧嘩ぁ?侑とみょうじが?」
眉を上げるアランくんに頷いて答える。
「体育の時に言い合いになったんやって。んで罰で草取りや」
「何で喧嘩になったん?」
北さんが聞いてきた。
「なんや侑はなまえのしゃんとせんところが気に食わんで、なまえは侑の言い方にカチンときて言い合いになったらしいです」
「ああ、侑の言い方は昔からやしなぁ」アランくんが苦笑いした。
「なまえがもっと優しく言えんのか、相手のこと考えろってキレたらしゅうて…」

なまえに対して怒って追いかけているのに、何故か楽しそうに見えるツムを目で追う。

「ふ、あいつら楽しそうやなあ」

北さん少し笑った。最近北さんの微笑みを見ることが多い気がする。第一印象で滅多に笑わない冷静冷酷ロボット的な先輩だったと思ったのは過去のことで涙を流したり、笑ったり、一見表情が乏しくても人間味はある人なのだ。

「…ツムに言い返す奴は初めてやわ」
「侑に言い返したってさらに面倒になるだけじゃん」
角名が頭の後ろで手を組んだ。角名は面倒臭がりなため、衝突は避けるだろう。

「…まあな。もっと炎上するだけやろな」俺は角名に同意する。

北さんはツムをじっと見てアランくんに話しかけた。
「なぁアラン、侑は前よりは考えて話すようになったと思わんか?」
「せやなぁ。まだキレとる時は毒舌が止まらんけどな」
「…多分みょうじくんがああやってちゃんと言葉にして言うてるからちゃうかな」
「あいつも成長してんのやなあ…」

まるで弟を見るような目で二人はツムを見た。北さんが中庭に向かって行く。

「何してんの自分ら」
「あっ北さん!助けてください!」
「北さん…!こいつが!ミミズ使って襲ってきたんが悪いです!」
「ミミズはあかんよみょうじくん」
「うっ、すみませ…」
「ふっふ、ほら見い」
「侑、みょうじくんを絞めるのもあかんで。離しや」
「うっ…」
「ふう、やっと解放された…」

「草取り、せんでいいんか?」
「はっ、そうだった!もっと取れよ侑」
「俺の方が多いやん」
「1袋分じゃまだ足りないだろ!…こうなったらかさ増しするしかないな…」
「せやな。校舎裏の林の中からデカイ雑草引っこ抜いてくるか」
「だな…」

北さんは2人で校舎裏に歩いていくツムとなまえを見送った。

「かさ増し、て…北さん、怒らないんすか?」
「見んかったことにするわ。今茶々入れても、な。ふふ、あいつららしいな」

笑う北さんに珍しいな、と思った。正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると正す人なのに。空気を読んで柔軟に対応する、そんなところがまた少し俺達よりも大人びて見える。

「見てみ、侑もう肩組んどるやん」

アランくんの声に4人で歩いていく凸凹な二人の後ろ姿を見る。

「ええ友達持ったなぁ」

北さんの言葉に、俺も心の中で頷いた。

自分の気持ちを直球で投げて、それで相手が怪我をしても何も思わんツムがなまえと仲良くなってから、周りとのキャッチボールを考えるようになったのは確かや。
なまえはツムのド直球のボールも拾いに行って、返してくれる奴や。

確実にツムの中でなまえは仲の良い友達として大きいと思う。

春高の試合後の電話。2人だけで遊びに出かけたあの日。帰ってきてからの機嫌の良さ。なまえを見る目。

仲の良い友達。いや、友達以上…?
それを親友と呼ぶのか。

親友…か…。

ほんの少しだけ生まれた違和感に疑問を持つ。
先を行く角名の背中を見て追いかけた。

自販機の前でどのジュースを買おうかと悩み始めれば、その違和感も直ぐに頭の中から消えていった。

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