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2月に入ると街中はチョコ専用の売り場が目立つような気がする。

ああ、そろそろ、あの季節か…なんて思いながら寮の自室でアニメの消化をしていた。

「なあ、明日朝練あるん?」

俺の部屋の床でゲームをしている侑が顔を上げて聞いてきた。

「明日?ない」
「明日はよ起きん?」
「何で?」
「ウチも明日朝練ないんやけど、俺、部室と体育館の鍵、持ってん」
鍵当番で、と付け加える侑の言いたいことが分からず黙って先を促す。

「朝練ないけど、はよ行ってサーブ練したいねん」
「うん」
「ほんで、球拾いせえへん?」

それは球拾いをしてくれないか?というお願いだろうか…。
侑らしいなと思った。してくれないか?というお願いじゃなくて、あくまで『しないか?』という投げかけなのだ。

早く起きるのは朝練で慣れているから問題はない。何度か治達の練習に付き合ってボールを出したこともあるし、球拾いくらいなら出来る。
俺は頭の中の天秤で考えた。

侑は将来バレーをすると日頃から言っているし、侑の実力ならプロ選手になることだって有り得る。もし侑が将来プロになったら、俺は『あのプロ選手の練習に付き合ったこともあるんですよ』なんて自慢できる日がくるかもしれない。

朝の早起きと将来の自慢話を天秤にかけた結果、後者が勝った。
とはいえ、プライドの高さが垣間見えるコイツに少し悪戯心が湧く。

「いいけど、頼み方がなぁ。侑クン頼み方って知ってる?」

パソコンに接続していた片耳のイヤホンを外し、首を傾げて聞く。
そんな俺を見て侑は数秒ほど間を置いた後、床から立ち上がり、勉強机の方へ近づいてきた。

背が高いうえに椅子に座っている俺と立っている侑とでは差があり過ぎる。侑が机の上に手を置き、俺に近づいた。

「…なんや勘違いしとるなぁなまえクンは。優しい侑くんが一応聞いてあげただけやで。拒否権なんかあると思っとん?」

にっこりと笑う侑に、あ、やべー…と思った。

「はなっからないで?」
「きょ、拒否権は俺にだってありますぅ…」
「ない」
「即答すんなよ」
「断ったらどうなるか分かっとるやろ?」

ポンと、長い指の大きな手が肩に乗る。

「……」
「そゆことや」

満面の笑みで笑う侑をじとりと見上げてため息を吐いた。

「肉まん、奢れよ」
「あ、俺ジューシー肉まんがええわ。特大のヤツ」
「お前が奢る立場だっつの!」

明日の早起きが確定したため、俺は目覚ましをいつも通りの時間に設定した。


***


冬の朝はまだ暗い。朝日の存在もまだ感じない程の暗闇の中、俺は自転車で、侑はバスで登校するため別々に出発した。

ロードバイクのフロントライトを頼りに学校へ向かう。寒さに痺れるなあと思うも、到着する頃には体も温かくなっている。

体育館に入ると侑がすでにボールを出してポンポンと叩いていた。
準備をして指定された位置へ立ち、サーブを待つ。

「……、」

侑はボールを見て集中している。上げたボールが思いきり打ち込まれ、俺の立っている位置へ向かってきた。咄嗟に避けて落ちたボールを拾い、侑側に持っていく。

(うわぁ、こっわ……)

黙々と行われるサーブ練習、たまにブツブツと言っているが集中している侑は話しかけられるような雰囲気ではない。

試合の時のように、1点をもぎ取りに行く状況を想定しているのか厳しい顔つきだった。

ここまでして自主練をするストイックさには脱帽の思いが生まれる。…普段の侑にはそんなことはないが。

バレーに関しては、本気以外の何者でもないのだ。

サーブの種類がころころと変わりながらコートに打ち込まれていく。俺は見てもよくわからず、とにかく打ち込まれるボールを拾っては返し、を繰り返す。
何十本と数も分からないほど打ち終わった頃、侑の首には汗が伝っていた。

体育館の中に朝日が差し込んでいる。
「…、はぁ、終わり」

侑の呟きにやっと終わった、と俺も脚の動きを止めた。

「相変わらずえげつないサーブだなー。前よりパワー増してね?」
「前と同じやったら、勝てんやろ」

汗を拭きながら真面目な顔でボールを見ている。
普段のお調子者の時とは違う、その表情にドキッとする。

それは畏怖に近いのかもしれない。それでいて、俺は侑のその表情が嫌いではない。春高の時も思ったが、この本気の顔に血が騒いでしまうのだ。

「バレー部の次期部長はもう決まってんの?」
「正式にはまだやけど、多分俺やと思う」
「えっ、まじで」
「え、とは何や」
「いや、宮部長か…」
「かっこええやろ」

ふふんと笑う侑に、このストイックさに部員はついていけるのだろうかと少しだけ心配になる。

「自分と同じレベルを求めん「求めるで」……ソウデスカ…」

求めんなよ、と言いたかったが遮られた。

「ついてこれんやつは要らんねん」
「こ、こわ…」
「這い上がってきたヤツが初めて立てるんや。このコートは」

コート内に立つ侑を見て、否定はやめた。
俺はバレー部でもないし、ここに立つレギュラーに選ばれることがどんなに大変なのか表面上でしか分からない。大変なんだろう、と想像はできるけど、それは当人達の思いとは比べられないだろう。

必死にやっても3年間レギュラー入り出来ない人がごまんといる。その人達を押しのけて、コート内に立つ選手には相当の思いもあるのだろう。

「…たまには優しく言えよ」
「俺はいつでも優しいで。不要なら不要、と言うし。邪魔なら邪魔って言うたるもん」
「もっとオブラートにだな…要は飴とムチの使いよう!」

知らね、という顔で片付けはじめる侑に肩をすくめた。まあ治も角名も銀もいる。侑一人じゃないし、他にも部員はいる。

何とかなるだろう、と新生稲荷崎バレー部の未来を想像した。


***


朝の自主練後、侑と2人で教室に向かっていると怒った顔の治と遭遇した。

「おいツム、お前起こさんかったな」

腹の底から出ている低いその声にかなり怒っていることが伝わってきた。

「起こしたって。でも起きんかったやん」
「お前だけ練習しとんのせこいやろが!」
「起きん自分が悪いやろ」

あちゃー…治も一緒に練習する話だったんか…。

治も一緒とは一言も言わなかったから侑だけかと思っていたが治も一緒だったのなら、それは怒るわな、と思った。
双子の中で抜けがけは許せないのだろう。

「治ごめん、侑だけかと思ってた。起こしにいけばよかったな」

申し訳ないなと治に謝ると、治は侑を睨んだ。

「クソツム…お前わざとなまえに言わんかったやろ」
「別に聞かれてないもん」
「お前は聞かれとっても『さあ、サムは知らん』とか絶対言うやろが…」
「……それは、そん時になってみんと分からん話やな」
「なんや今の間!はなっから言う気ないやろ!」

何だか別の方向に論点が言っている気がする。

「まあまあ次は治も一緒に、な。球拾いとか球出しくらいならするからさ。任せろ!ほら、もう予鈴なるし教室入るぞー」

ぐいぐいと双子を力任せに押して進む。
治は拗ねたように1組に帰って行った。

「お前さぁ、治も一緒ならそう言えよ」
「…サム来たら2人やなくて3人になるやん」

ボソリと言う侑に俺は口を開ける。

「は?当たり前じゃん。何、俺のこと足し算出来ない奴と思ってんのか?」
「ちゃうし」
「あ、球拾いが大変ってこと?それなら任せろ。頑張る」
「…分かってへんなあ」

ハテナを浮かべる俺を無視して侑は席に座った。俺も侑の前の席に座りカバンを机の横にかけたところに銀が来て、三人で駄弁る。

「はよ、」
「銀、おはよー」
「侑、朝練したんか?さっき治がキレとったで」
「サムが起きんかっただけや」

サーブがどうの、とか昨日のテレビがどうのと三人で話をしていると近くの女子がバレンタインチョコの話をしているのが耳に入ってきた。

バレンタインか…。
今まで俺の人生の中でバレンタインに甘い体験をしたことなんて一度もない。俺にとってはバレンタインデーなんて通常の日々と何ら変わりないのだ。

甘いイベントとは全く関係がないという悲しい事実だが、少し好奇心もあって目の前の2人に聞いてみた。

「なあ、バレンタインのチョコ、去年どんだけ貰えた?」
「去年?カバンに入らんで紙袋にいれて持って帰ったわ」

侑の「カバンに入らない」という言葉に割とショックを受けた。同じ男子高校生なのに、この差は何なのか。

「……聞いた俺が馬鹿だった…銀は…」
銀を見ると照れたように頭をかいた。
「俺は、数個くらいしか。ま、義理チョコやったし」
「いや、貰ってんのかよ…」

聞かなければよかったと好奇心を優先した自分を殴りたくなった。

「なまえはどやったん」
「…聞かないでくれ」
「0個やろ、ゼロ」

侑がニヤリと笑う。

「強調すんな。心が抉られる…。いや分かんないぞ。今年こそはバレンタインまでの間に何か色々あって、もしかしたらチョコ貰えるかもしれないじゃん」
「何かって何や」

銀が首を傾げる。

「こう、何かちょっとしたきっかけとかハプニングとかで、女子と仲良くなったり…」
「夢物語やな」

侑の大きな目が冷めきっている。

「うっ、傷口に塩が塗り込まれた…。…侑でそんな貰えるってことは治もたくさん貰ってんだろうな…」
「…去年は数でサムに負けたけど、今年は勝つ」

「治はあれやな、お菓子貰えるのが嬉しくて本命とか義理とかあんま考えてないよな。全部おーきに、言うて嬉しそうに貰っとるもん」
「うわ、想像できる」
「しかもな、角名も割と貰うてたわ」

銀の言葉に俺は驚いた。

「えっ、、まじで。あの無気力人間の角名が?!」

まあ確かにかっこいいかどうかって言ったら普通に整ってるしなああ、と俺は頭を抱えた。

「モテる奴はいいよなあ…」
「ただのチョコやん」
侑の言葉に俺は首を振る。
「別にチョコが欲しいわけじゃない…何かを貰えるってこと自体が…」
羨ましいんだよ…っ。

今年はサムを抜かすと意気込む侑を見た。

「でも、治の方が人当たりええしなぁ」
銀の言葉に俺は大きく頷いた。

「それはわかる。二人ともモテるのは分かる。黙ってればそこそこカッコイイからな」

「あ?お前ディスっとんのか?」

侑が俺の両頬を掴む。

「はなひぇ…」
解放されて頬を撫でる。

「治は良いんだけど、侑はなあ、話しかけにくい。圧がな…。俺、初めて話す時、結構警戒してたもん。話しかけたら火傷しそうな雰囲気だったし…」

侑と最初に話した時を思い出す。

「はぁ?お前の方がおっそろしい顔しとったわ!殺人鬼みたいな顔して、おかげでこっちは大火傷や!」
「大火傷ってなんだよ。俺は別に火傷させてないだろ。俺の方がいつも被害者な」
「いいや、してますぅ、現在進行形で火傷してマスー」
「意味不明デスー」

俺と侑の言い合いに銀が笑った。

「みょうじと侑が話すようになったんは何がきっかけやったん」
「なまえが睨んできたんや」
「えっ、みょうじが?」
「違う違う、それは言いがかり 」
「違わんわ。殺人鬼みたいな顔でな、休憩中の俺を睨んできたんや」
「だから不可抗力だって。それで侑からふっかけられてさぁ」
「ふっかけてないわ」
「同じ寮やのに接点なかったん?」
「全然。そもそも侑、俺が同じ寮だったことも知らなかったし」
「まじか。不思議なもんやなぁ、ん?みょうじのカバンのそれ…」

銀が机横にかけている俺の黒リュックを指さした。
「バボちゃんキーホルダー」
「ああ、これ?侑に無理やり付けられた」
「おもろいやろ。お前自転車部やのにバレーってどっちやねん!て」
侑が自信気に笑う。

「仲良えなあ」

その言葉に俺は少し笑った。否定はしない。俺にとっては同じ部活の茶川と三分とはまた少し違う、一緒にいて楽しい気の合う親友であることは確かなのだ。たまに喧嘩もするし、口悪い時もあるけど。意外に優しい時もある。

「でも仲良えと侑とか治の連絡先教えて〜、て女子に言われん?」

「……それは、ある…」

そうなのだ。モテるからミャーツムくんの連絡先教えて〜とかはたまに聞かれる。

「全部断ってるけど、それをきっかけに俺と連絡するようになるかな、とか考えなかったこともない…」

小さな声でこそこそと願望が入り交じった妄想を話すと侑が怖い顔をした。

「はぁ?絶対教えんな。ちゅうか、聞いてきた奴とも絶対に連絡先交換すな。今までしたことないやろな?なあ?」

「してないって」
「これからも、絶対や」
「いや、でもバレンタインデーまでに奇跡が起きるかもじゃん…」
「まだ言うとるわ」

呆れたような銀は予鈴の音で自分の席に戻って行った。俺も前に向き直って授業の準備をはじめる。

来たるバレンタインデーまでに俺に奇跡は起きるのか。
みょうじなまえ、心の中でそっと、高校2年のバレンタインデーに淡い期待をしてみた。

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