05

朝の通学は朝練がてらロードバイクに乗り、遠回りしてから行くことが多い。

その時々により、近くの山に登ったり、平坦コースを走ったり。
自転車競技部の中で寮生は俺しかいないため、他のメンバーと途中で合流して朝練をすることもある。

朝ご飯が消化された頃に学校に着いて、ロードバイクを部室内に置く。

ロードバイクは高価な物だ。知り合いのおさがりとはいえ元は何十万円もするもので、親に払ってもらった大事なもの。

自分の相棒として愛着もあるし、大事に使いたい。

そう考えるとこの間ボトルに当たったのはいけなかったなと反省した。物に当たったことへの罪悪感と自己嫌悪を少し感じながら、校舎の昇降口で内履きに履き替えて階段を昇る。

教室に入り席に着いて持ってきたノートやらを机の中に入れ込んだ。

ペンケースを出して今日どっか当たるんだっけ、当たったらヤバいなぁと絶望を感じながら机にうつ伏せになる。

ホームルームが始まるまであと少し。
ちょっとでも寝たい…。

目を閉じて教室の喧騒をBGMにしていると机が揺れた。

「んぁ…?」

顔を上げると机に座った俺よりもはるか高い位置に金髪頭があった。

「げぇ」
「げぇ、とは何や。げぇ、とは」

宮侑…。昨日ぶりだ。
昨日のランドリールームでの出来事を思い出した。

どうした、宮。周りから『何か宮に絡まれとるやんみょうじ…』みたいな視線を感じるんだが。

「昨日、逃げたな」
「昨日?はて?何かあったっけ」
「おいゴルァ忘れたとは言わせんで」
「まだ根に持っとんのかい!」
「この恨みは食べ物の恨みより深いで」
「ごめんて。面白すぎてさ」
「全然謝罪の意が見えへん!」

圧が凄い。黙ってればそれはそれで怖いが宮が凄むとさらに増す。

誰か助けてくれ、、昨日みたいに北さんとか来てくれないだろうか、、と祈りを捧げてみる。

「何騒いでんのや。侑」
「銀!」

うおお、また俺の机の前にでかい奴らが揃った。
宮侑の隣には銀島。

誰でも良いから宮侑を俺の前から連れて行ってくれ。神が来たような目で銀島を見る。

「銀島、神…」
「え、神?」
「銀、この間から俺はコイツにバカにされてんねん」
「いやいや、してない!宮が勘違いしてるだけだって!」
ぶんぶんと首を振って銀島を見上げると、分かってくれたのか宮の肩をポンと叩いた。

「…みょうじにあんま絡むなや〜」
「銀!お前まで!〜〜体育のスポーツテストで絶対潰したるからな…!」

(えええ…!)

俺に宣戦布告して宮は自席に戻っていった。
スポーツテストって今日の体育のやつか…。
いやいや、俺が宮に勝てるわけないだろ。

とりあえず宮が離れてくれてよかったと安堵したのも束の間。

4時限目の体育が始まり、先生から「ペア作ったらお互いにスポーツテストの測定するで〜」の声かけで宮侑に目の前に立たれた俺の絶望感と言ったら。


「え、宮くん、あそこで銀島が待ってますけど…?」
「銀はええんや。お前と組むで。組むやつおらんやろ」
「えっ、いやいないけど、えっ、銀島いいのか?」

銀島は他の男子と何やら話していて、すでにペアになっていた。
えっ、先生おかしくないっすかこの組み合わせは。

「何や俺と組むのが嫌なんか?」

正直に嫌です、って言ったらどうなる?

「え、うーん…何で俺と組むんだよ」
「潰したいからに決まっとるやろ」

いやいや理由が怖いんだが。

「心配しなくても潰されますけど…」
「ギャフンと言わせんねん」
「ギャフン」
「言えばええってもんやあらへんやろが!」

駄目だったか。無念。
半強制的に仕方なく宮とペアとなった俺は測定記入表を宮と交換した。
記入表にはスポーツテストの項目をお互いに測定しながら書いていく。

(握力)
「ふんぬっ!!」
「うわ、やば。怪力かよ」
「どや!!俺の握力!」

「ふっっ!」
「ちょぉぉっ、女子か!女子やん!」
「おい笑いすぎだろ」
「ぶっは、女子よりか弱いやん!なまえちゃんか!」
「笑うなゴラァ」

(上体起こし)
「40、41、よんじゅうにーっ、うぉ、浮く!」
「しっかり持っとれや!サムに負けるやろ!」
「くっ、体重差考えろ!」

「30,31,さんじゅーにー、…さんじゅーにー、」
「おい!ちゃんと数えろ!」
「あ?分からんくなったやろ!」
「おいいいいっ」

(長座体前屈)
「ふぅーーっ、」
「ん、まぁまぁ柔らかい」
「あ?みょうじはどないやねん」
「ほい…っ」
「な、柔らか…っ」
「ロードは基本前屈姿勢だからなあ」

(反復横跳び)
「っよっしゃぁ、勝ったで!」
「はぁっ、はぁ…瞬発力でバレー部に勝てるわけないだろ…」

(50m走)
「余裕や!」
「そもそも体格差で勝てる気がしない」

(立ち幅跳び)
「うぉー、跳躍すげぇ」
「バレー部なめんなや!」
「さすがバレー部…」
「せやろ!」

(ソフトボール投げ)
「うっわ、かっ飛ぶー肩強ぇ…野球部並かよ…」
「ベストサーバー宮侑くんやで?」
「サーバー…?バレーはよくわからんがすごいのは分かった」
「ふふん、もっと俺を称えてもええで」


持久走を残し長座体前屈以外、俺に圧勝している宮は嬉しそうだ。

「何や余裕やん。眼中にないわ」

と完全に俺を見下している。身長的にも。

「へいへい。そりゃよござんした宮様」と答えながら最終種目である持久走のスタート地点に記入票を置いた。男子は一斉スタートになっている。

持久走は自転車競技部内でも勝負している種目だから、これだけは俺も本気でやるつもりだ。

「これで完全に叩き潰したるわ」
「安心しろ、宮に勝てる気はしてない」
「銀、お前にも負けへんで」
「勝負や侑!」

銀島も横に並んでスタート体制に入る。まじで背高いなこいつら。羨ましい…。

小柄と言われる俺にとっては身長という欲しくても手に入らないものが羨ましくて仕方ない。

だからこそ、唯一力を発揮できる体力勝負は負けたくないんだよなあ。

ピッ

スタート合図の笛がなった。

スタートダッシュが肝心だ。スピードは上げすぎず、自分のペースを見ながら。

序盤で先頭にいるのは運動部だけになった。固まって走っていると互いの呼吸が聞こえてくる。

さあ、ここからが勝負だ。段々一人、また一人と脱落してくるんだ。

あと1kmかぁ。そろそろ勝負していくか?
頭の中は完全に自転車レースと化していた。

揺さぶって、相手の脚を削って、辛いところを刺して、自分も脚がちぎれるほど回して勝ちに行く。

周りの様子を見るとキツそうな奴もいた。
ここで出てみようかな、と一段スピードを上げた。

先頭に出た俺に対して付いてきたのは7人、宮や銀島もいる。よし、この中でふるいにかけていくか。

自分のペースで上げるんじゃなくて、他人のペースで上がるのが一番辛いんだよな。
だからキツくても自分のタイミングで上げた方が楽ではある。博打だとしても。

「はぁっ、飛ばしすぎちゃうんか…っ」
宮が話しかけてきた。
まだ話す余裕があるとは、宮すげえな。スポーツテストの結果もすごかったが、体力もあるんだな…。

ああ、楽しい。こんな強い奴に勝てたら楽しいだろうな。

ワクワクとする気持ちを感じながら、チラッと宮を見ると何故か驚いた顔をされた。

「まだ、もう一回っ」
ぼそりと吐き出した声が届いたかは分からない。

あと500m。
になった瞬間、さらに速度を上げた。
自転車で言うとギアチェンジ、アタックだ。

先頭に出ると視界には誰もいない。
さっきまで背の高い奴らに埋もれて走っていたのに、今は景色が開けている。

ああ、これが最高なんだよな。

ちらりと後ろを見ると皆苦悶の表情をしていた。俺もキツい。苦しい。心臓が大きく脈打っている。

それでも、蹴り出す脚は速くなる。

アタックして抜き出れば、あとは追いつかれないように逃げ切るだけ。

宮も銀島も後ろにいた。

ほぼダッシュに近かった。さすが陸上部のやつは付いてきていた。最後まで全速力でゴールラインに駆け込む。

最後は陸上部の奴に抜かれてゴールしたが、全体で2着だった。

「っはぁっ、はぁっ」

荒い呼吸に息を整えていると、遅れて宮、銀島がゴールした。

「…っはぁ、くそっ!」

宮が俺を睨んで指を指す。

「何が勝てる気がせん、や……。思いっきり嘲笑って勝っとるやんけ…っ!」

「え、笑ってないぞ…っ」
「無自覚こっわ…!この間みたいな殺人鬼になっとったで…」
「ひどいなおい。まあスポーツテストは宮の圧勝じゃん」

「何や全然嬉しないわ!最後の最後でこの屈辱!」

銀島が体操服で汗を拭っている。
「みょうじ速いわ…」
「体力だけは自転車で鍛えられてるからなー」

地面に座りながらパタパタと体操服を煽り風を作っている宮は、煽る度に引き締まった腹筋をチラ見せしていた。

「涼しそうな顔なんがまた腹立つ…角で小指ぶつけろ」
「地味に痛いやつっ」

俺はお前のその完璧な腹筋に腹が立つわ!
悔しそうにしている宮を見て、少し前のことを思い出して笑いが漏れた。

「何わろてんねん」
「いや、前に宮と勝負した時も同じような顔してたからさ」
「前ぇ?」
「あ、一年の時。宮治の方と」
「紛らわしいねん。サムならサムて言えや」

「サム?」
「ああ、こいつらお互いツムサムって呼んでるんやわ。なんや尾白さん、3年に尾白アランくんてうちのエースがおるんやけど、アランくんの名前に憧れて小さい時から横文字呼びしてるらしいで」

銀島の話に俺は面白くて肩を揺らした。

「なにそれ面白いな」

「宮宮言うて、どっちも宮やねん!ややこしいわ!俺は侑言う名前があるんや」

「侑…クン…」

「くん付けはやめや」

「あつむ、侑…」

宮の下の名前を呼んで俺の口角は上がる。

「何ニヤけとんのや、顔キモイで」

「くくくっ、ははっ、いや人の名前、下で呼ぶの久しぶりでさ、俺転勤族で小学生の頃から転々としてたからあんま友達いないし、影薄くて転校初日に数回話した後は空気と化してたからなあ」

遠い目で空を見る俺を哀れな目で見る侑と銀島。

「え、そんな目で見んのはやめろよ。空気っつったってイジメとかじゃねえからな。当たり障りのない会話はあったからな?」

「俺の事、結(ひとし)って呼んでもええで」
「銀は銀やろ、結って柄やないやん」
「おい!親からもらった大事な名前!」
「銀…」
「なんや」
「っ…」

「おい嬉しそうにすんなや。ポチって呼んだら反応されて嬉しかった時のと一緒やないか」

侑のツッコミを心地よく受けながら、肩を揺らして笑う。

口が悪いし、金髪で柄も悪いし、図体もデカくて威圧感はあるが、面白可笑しく笑わせてくる宮侑を、俺は近づき難い奴だと偏見の目で見ていたことに気づいた。

俺はバレーのことは全然知らないけど、侑はバレー部の中では凄いやつらしい。

今も全力で走っていた。勝負事は手を抜かない真っ直ぐな奴なんだろう。

それだけ真剣勝負をしてきて、有名になるほど強いってことは練習も積み重ねも努力も人一倍してきたんだと思う。

すげえな。同じ組に同じ学年にこんな奴がいるんだな…。

まだ悔しそうな侑に「体育終わったし昼休憩だぞ」と言うと頭の中がすぐに昼ご飯のことになったのか地面から飛び起きて走っていった。

走っていく金髪頭の後ろ姿を見て、じいちゃんちで飼っているゴールデンレトリバーを思い出した。
また一人で吹き出す。


何だ、宮侑ってそんなに悪い奴じゃないんだな。

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