3月になった。
寒さが残るも、陽が差すとポカポカと春の訪れを感じる今日、三年生の卒業式の日がやって来た。
ついに来てしまったな、と制服に着替えながら寂しさを感じた。いつも頼りにしていた先輩達が、学校から去っていくのだ。
先輩達の門出を祝う裏で、遠くに行ってしまう先輩達へ寂しさを感じることくらいは許されるだろうか。
バレーボールのキーホルダーがついた黒リュックを背負って寮を出た。
在寮掲示板にある尾白先輩や北さんの名札はすでに裏返っていて、寮を出発していると分かる。
登校後、朝のSHRで卒業式の簡易な説明がされる。
SHRか終わった後はぞろぞろと校内で一番広い第2体育館に向かい、在校生は卒業生の入場を待つだけになった。
隣の席に座る侑を見る。眠たそうでいつも通りの平常運転だ。俺は感傷に浸っていると言うのに。
「はぁ…」
「なんやジメジメしとんな」
「寂しいじゃん」
「まぁた柴サンか」
呆れたように言う侑にムッとした。
「柴さんだけじゃなくて皆だよ皆。秋田部長も、北さんも尾白先輩も…」
「別に人生最後の別れやないし」
「そうだけど…」
「繋がりがあるなら切れんやろ。自転車があるやん」
侑の言葉にさっきまで感じていた寂しさが軽くなった。
隣の組に整列して座っている角名とはちょうど席が隣同士で、俺と侑をちらりと見て「湿度50%」と呟いた。
「そう言って角名も寂しいんだろ」
「寂しくないし」
「顔に寂しいって書いてるぞ」
「…俺のカメラロールからなまえのあんな写真とかこんな写真とか晒すよ?」
「…じゃあ、俺はいつぞやの麦わら帽子の角名、晒すぞ」
「…半ケツ晒すよ?」
「…ごめんね倫太郎」
謝ると角名は満足そうに口角を上げた。
そうこうしていると吹奏楽部の演奏と共に卒業生が入場した。
着々と式典が進んでいき、卒業生代表挨拶や在校生代表の贈る言葉がマイクを通して館内に響く。
柴さんや秋田部長の後ろ姿を見る。北さんや尾白先輩の背中も遠くに見えた。今、何を思っているだろうと考える。
俺達も来年はあちら側にいるんだろうな、と進んでいく式典の中で未来を想像してみたりしていた。
卒業式が終わり、校内は賑やかになった。別れを惜しむ生徒たちや卒業して開放感に浸っている人もいる。
俺は人を探して校内を走っていた。校門の前で探していた人を見つけた。
卒業証書を持った柴さんに駆け寄る。
「柴さんっ、卒業おめでとうございます!」
快晴で日が照る外は暖かい。
柴さんが俺をじっと見て笑った。いつもクールな柴さんが笑うのは珍しい。
「ありがとう」
「三年間、お疲れ様でした」
「…なぁなまえ。
柴さんが放った言葉に俺は頭を振った。
「…それは俺のセリフです」
俺こそ、柴さんと一緒に走れて、アシストさせてもらえて本当にありがたい話だ。
「自分に全てを懸けてくれる走りを知れてよかったわ。なまえの後ろで、全力を受け取って…。…俺は強くなるで」
その真っ直ぐとした目に強い意志を感じる。
「…はい!俺はエースの隣で走れて、…柴さんの背中に手を添えさせてもらって、この上ない幸せ者です!」
「幸せ者て…」
「プロになって、遠くに行っても俺を忘れないでくださいね…!」
「あほか、忘れるわけないやろ。…俺の原点や」
柴さんの口から出た言葉が嬉しすぎて、俺はこれ以上話すと声が震えそうだった。
「…っ、ありがとうございました!!!」
腹から声を出して渾身のお礼をぶつけて、頭を下げる。何の力もない平凡な俺を中学の時から助けてくれて、高校でも一緒に走ってくれて、時に厳しく、時に褒めて、声を掛けてくれたこの人にどれだけ感謝しているだろう。
俺にとって憧れの先輩と一緒に走れたことは最大の喜びだ。
「こっちこそ、ありがとうな」
頭を上げると、柴さんは歯を見せて笑っていた。
その柴さんが視界の中でぼやけて、俺は初めて自分が涙を流していると気づいた。
「卒業くらいで泣くなや」
涙する俺に柴さんは更に声を上げて笑った。柴さんの手が伸びてきて濡れた頬を拭う。
「あっ!」
どこかで侑の声が聞こえたような気もしたがそれも茶川と三分の声でかき消された。
「みょうじー!何泣いてんねん!」
「三分も涙目じゃねえか!」
「お前ら泣くなや〜」 茶川はケラケラ笑っている。
そこに秋田部長も入ってきた。
「おーい、俺も混ぜてえな〜!」
「秋田、お前はそのノリに入りたいだけやろ」
呆れたように見る柴さんと涙する俺と三分の肩を手を回して笑う秋田部長。
「あぎだぶちょおお〜っ」
「はははっ、泣け泣け!盛大に泣け!」
いつもの豪快な秋田部長に俺と三分は涙した。
泣いても笑っても、いつの日か別れは来る。人生とはそういうものなのだろう。
皆が同じ道を歩いていくわけじゃない。それでも繋がりがあればまたどこかで会える。
「最後の別れやないやろ。…また一緒に走ろうな」
柴さんがそう言って笑ったから、俺と三分は大きな声で返事をした。
「「はいっ!!!」」
***
(宮 侑)
春の空気が漂う校門前で泣いているなまえとその涙を拭う柴サンを目撃して、つい声が漏れたのは先程のこと。
くそう。柴サンめ…。今日というハレの日やから許したるけど…!
治と二人で卒業証書の筒を持つ北さんとアランくんに声をかける。
「アランくん!北さん!体育館、行きましょ!!」
「はぁあ?何しに行くねん」
「何ってもちろん」
「「バレー!!」」
ニッと笑った俺らに北さんは瞬きを繰り返した。アランくんはニヤリと笑って少しだけやで、と言った。
「早く!」北さんの腕を引いてバレー部の練習場所である体育館に連れていく。
卒業式で使った第2体育館とは違い、バレー部の体育館は静かだ。
中に入ると銀と角名が連れてきた大耳さんや赤さんもすでにボールを触っていた。
バレーボールを出して思う存分遊び回る。
制服で動きづらいが、ボールを追う楽しさは変わらない。
バレーは楽しい。
それだけを今は感じたい。
勝敗の辛さではなくて、楽しさ。ボールを追って、ボールを拾って、ボールを落とさずに相手に返す。
それだけなのにこんなにも夢中になる。
3年間それをやって来た先輩らと一緒に苦楽を共に過ごした日々を思い返す。
制服姿でも綺麗にレシーブする北さんは笑っていた。
皆、バレーが大好きなんやな、と満たされた気持ちになる。
一通り遊んだ俺たちは体育館の冷たい床に大の字になった。
「何で俺ら卒業式やのに、制服姿で汗だくなん…」
しかも、体育館に寝転がっとるし…、とアランくんがぽつりと呟いた。
床に手をついて空を仰ぐ赤さんは「三年間、、終わったーー!」と叫び、体育館に響いた。
「楽しかったなあ信介」
大耳さんの言葉に北さんは汗で張り付いた前髪を拭って頷いた。
「せやな」
「ありがとうな三年間」北さんの言葉に三年生は顔を見合わせて笑っている。
「俺もや」
「俺もやで」
「ありがとう!!」
大耳さん、アランくん、赤さんの言葉に北さんが歯を見せて笑った。
ごろん、と起き上がって北さんは俺を見た。
「稲荷崎を任せたで。宮主将」
後ろで3年生らの視線が重なる。
託された、その想いに俺は背筋を伸ばした。
「…うスっ!!!」
「ほんま大丈夫かあ侑。言い過ぎ注意やで」
アランくんが北さんの後ろから笑いながら言う。
「治も角名も銀も、皆でフォローしいや。三年はお前らだけじゃないで。バレー部全員で、な」
北さんの言葉に俺らは頷く。
体育館から出る頃には汗もひいて寒さを感じるくらいだった。
そろそろ帰るか、という3年の背中を見てなまえの言っていた寂しさが少しわかる気がした。
3年生はもう今までと同じようにこの体育館に来て、準備して、俺達を引っ張っていってくれるわけじゃない。
分かってはいるものの、確かに寂しさはあるな、と思った。
靴を履いた北さんが隣で俺を見上げた。
「お前らのことで何回先生から叱られたか分からんけど」
心当たりがありまくりの俺は謝ることしかできない。
「…スンマセン」
「…これからも色々ぶつかることもあるやろうけど、そのたんびに頭使って考えるんやで」
「…?はい」
「それと、俺はお前が成長したことが嬉しいわ。心配せずに卒業できる」
「…?」
「自覚ないかも知れへんけど、この1年でだいぶ変わったで。ちゃんと、考えて言えるようになってきとる」
「ちゃんと、考えて…」
「主将として、言い方も考えなあかん時が来るやろ。今の侑になら任せられるよ、稲荷崎を」
「…!!」
「ふふ、みょうじくんのおかげやな。面と向かって言ってくれる人がおるんいうのは、ありがたいことや。な、侑」
「何でここでなまえが出るんですか…」
「…ま、色々と頑張りや。バレーも、勉強も、他のことも」
北さんがポン、と俺の肩を叩いて歩き出した。
「また夏になったら遊びに来てもええで」
ひらりと手を上げて先を行く北さんの言葉を俺は反芻した。
歩いていく真っ直ぐ伸びた背中を見て、稲荷崎ジャージを羽織っていた、いつもの北さんが重なる。
前を進んでいく後ろ姿をずっと見てきた。今度は俺たちが背中を見せる番だ。
北さんみたいにバシッとしめるような大将になれるやろか。いや、俺に正論パンチは無理やな。
俺は俺のやり方でやっていくしかない。大人数のバレー部をまとめて、先頭に立って引っ張っていかなければいけない。
改めて前主将の凄さを感じる。部員をまとめながら誰よりも丹精込めてお手本のように反復、継続、丁寧をひたすらにやり続けてきた人だ。
広く鋭い視点で物事を捉えて、的確に指摘する。助言も注意も気づきも全部全部、無駄な事なんて一つもなかった。
北さんの手の感触を忘れないように、さらりと指で髪を撫でた。
やっぱ、ウチの主将には敵わんな…
でも、いつか、あの背中に追いつく。ほんで、追い抜いたる。
今はまだ、あの背中が遠く大きく見えるけど、俺は全速力で追いかける。
同じ背番号を背負う者として、北さんと肩を並べられる主将になったる、と心の中で誓った。