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3月14日。ホワイトデーを迎えた当日。

俺は自分でも朝からソワソワしているのが分かった。
黒リュックの中に入れているホワイトデー用にラッピングされたクッキー。

教室に入ったら佐倉さんに渡そうと思って廊下を歩いているとふわ、とせっけんの匂いが鼻を掠めた。

同時に肩に回された腕。侑の顔が近くにあった。
朝練直後で寒くないのか、制服のセーター姿で通学用のカバンを持っている。

「おはよーさんー」
「……」
「なん?いくら俺がシュッとしとるからってそんなに見るんなら見物料貰うで?」
「ごめん、聞こえなかった、何て?」
「おい、お前今絶対聞こえとったやろが」

ドスと脇腹を掴んでくる侑に抵抗しながら体を捩る。

「匂いが、」
「匂い?」
「昨日は柑橘系だった気がして」
「!よう気づいたなぁ、今日はサムと交換したんや」

ああ、と納得した。
カバンの中で零れていることもあるあるな液体式の制汗剤の匂い。
相変わらず美意識たけえな、と横目で見る。少しぐらい俺に劣っている所があれば良いのにと思うも成績くらいしかないかもしれない。あとは、持久走のタイムくらいか。

周りを羨んでばかりの自分と、どうしようもない普遍的な現実に虚しさを感じる。

そりゃ隣に全国トップレベルの天才高校生が入れば、比較して虚しくなるのも当たり前だよな、と自分で自分を慰めてみたりもする。

圧倒的な才能と天性のセンス…同じ高校生なのに…、同じ組なのに…後ろの席なのに…ただの人でなしなのに…。
それでも羨ましさと同時に、そんなすごい奴が仲の良い親友なんだ、という誇りも生まれる。

羨ましいんだか、誇らしいんだか、親友として悔しいんだかよく分からないごちゃ混ぜな感情。

「何なん。さっきから黙ったり、見てきたり、腹でも痛いんか?」
「違うわ」

俺がこんなことを考えていると知ったら得意そうな顔で見下ろしてくる侑が容易に想像できる。
それはそれで悔しいため、絶対にそんなことを知られたくはない。

「肩が重い、離れろ」
ぐ、と侑の腹を押し返すと、侑はムッとした顔をして俺の肩を下に押し始めた。

「もっと重くしたるわ」
「うぇえ、重いっ、背が縮む!」

俺の反応を見てケラケラと笑う侑と2組の教室の中に入る。自分の席についたあと、俺は佐倉さんの姿を探した。

佐倉さんは自分の席でノートを広げて何かを書いているようだった。黒リュックを机横に掛けて、中から渡そうと準備したクッキーを取り出す。

佐倉さんの席に近づいて声をかけた。

「佐倉さん」
「?みょうじくん、おはよ」
「お、おはよ。あの、これお返し…」
「わぁ、わざわざありがとう!」

義理チョコって言っていたのにお返しなんて渡すのはおかしかった?とか、ちゃんとしたホワイトデー用にしたけど普通のお菓子の方がよかったか?とか、お返しを渡した後で自分がバレンタインを意識しすぎて変に思われていないか、なんて気にしてしまう。

なんていったって女子にバレンタインで贈り物を貰うのは初めての経験だったのだ。
言い訳苦しく、俺は佐倉さんの喜びそうな情報を咄嗟に口走った。

「侑、佐倉さんの美味しいって言ってたよ。ブラウニーのやつ」
「…っ!ほんま?!ありがとう」

嬉しそうに笑う佐倉さんを見て、侑のこと好きなんだなあと淡い想いを想像する。

お礼を言って席に戻ると後ろの席の侑が手を出してきた。立っている俺は侑を見下ろして、その手を見る。

「で、俺には?」
「え?」
「え?」
「なに?俺には、って」
「は?お前のバレンタインは俺が初めてやったやん」

侑の言葉を一旦飲み込んだあと、1か月前の記憶を頭の中で遡った。バレンタイデーの日、あの日は…あ、そういえば、ト/ッ/ポを口に突っ込まれたような…

「…普通に忘れてた」
「おい」

睨むような上目遣いの目に俺はカバンの中に何かお菓子でもなかったか、と自分の記憶を探った。

「何で佐倉サンにはあって俺にはないんや」
「あんなのノーカンだろ」
「はあああ?」

黒リュックの中を手探りで探してみたが手に当たったのは昨日食べた菓子袋のゴミだった。
取り出した菓子袋の残骸を目の前した侑はムスッとした顔をした。

「もうええ。知らん」

不貞腐れたように机に突っ伏した侑に嫌な予感がした。機嫌が悪くなった侑は面倒臭いことこの上ない。

多分、これはこのまま放置して前に向いたら後ろから「俺のト/ッ/ポ食ったくせに…」とか「女子のだけ覚えやがって」とか俺に聞こえるようにぶつぶつと言われるだろう。
想像が出来て肩をすくめた。

今、俺はお返し出来るような何かを持っているわけでもない。どうしたもんかな、と考えて安易な方法を思いついた。

「んん…、じゃあ今日一日何でも言うこと聞いてあげるのは?」

俺の言葉に少し間が置かれたあと、侑が伏せていた顔を上げた。
つまらなさそうな顔をしている。

「そんなん今日だけじゃなくても当たり前やん。なまえが俺の言うことは聞くのは絶対やん」
「は?意味がわからん」
「やって俺はなまえの親友やろ?」

『親友』という言葉が特別な感じがして戸惑う。侑もそう思ってくれているんだと思うと照れくさい。侑の口から出たその言葉に肯定した。

「え、うん、まあ…」
「せやったら俺の言うことは絶対やん?」
「え、そうなのかな…」
「せや」
「そうかぁ……ってんなわけねーだろ。アホ」
「チッ」

侑のノリに乗ってみたものの相変わらずなジャイアニズムにそのまま乗っ取られそうになったため軌道修正した。

「じゃあ来年のホワイトデーなっ、豪華にするわ」
「お前テキトーに言うたな。それ絶対忘れるやつやろ」
「いや、忘れない忘れない多分」
「信用ならん」

ジト目で俺を見ていた侑は何か考えているのか頬杖を着いて数秒じっとして口を開いた。

「なあ、春休み入ったらユニバ行かん?」
「!!いいね、行きたい行きたい」
「春の学割あるやん。オフの日角名と銀と俺らで」
「行こ行こ!」

侑の誘いにテンションが上がる。大阪のユニバは近場とはいえ遊園地に皆で行くのは楽しみだ。

席に座って、体を横向きにして侑を見た。

「よかった、今お年玉で財布が潤ってるからいけるわ。いっつもゲームソフト買いすぎてすぐ無くなるんだよなあ」
「俺は服に使うとるわ。ゲームはサムと割り勘」
「うわ、出た。意識高い系男子」
「は?ダサいよりはマシやろ」

まあ総じて男子高校生なんて格好つけたいのだ。俺だって侑ほど条件が良ければオシャレだって、何だって気にかけると思うが、平凡なためゲームや漫画に全振りせざるを得ない。

「楽しみだなー」
「またオフん日決まったら言うわ」
「ん。てか侑、寒くねえの。それ」

セーター一枚の侑を指差す。今朝は気温も一桁台だった。

「別に?」
「今日、朝3℃だったぞ」
「外の気温とか気にせんし。逆に何でそんな知っとんのや」
「まじかよ。俺らは外走るから気温と天候は逐一チェックしてる。雨雲の動きも見ながらコース変えることもあるし」
「雨雲避けて走るんか」
「そそ、びしょ濡れになる時もあるけど、雨雲に追いつかれないように全力で逃げる時あってさ。全員でわーきゃー言いながら走って、爆笑した時あったわ」

茶川や三分達と笑い合いながら走った記憶を思い出して、はははと笑っていると侑の大きな目がじっと見てきた。
垂れ目がちなその大きな目は吸い込まれそうで女子はこの目に弱いんだろうか、と考える。

「なんだよ」
「…あほ面で笑っとるなあて思て」
「はあ?ふざけんな、このやろ」

チロルを撫でる時みたいに、侑の頭の上でわしゃわしゃと髪の毛を撫でた。

「おい、やめえっ」
「うわっ静電気がすげえ!」
侑の髪の毛が静電気でふわふわし始めて俺はケラケラと笑う。
「こんのドアホ、俺のセットを…!」
「あ、今、俺に触んなよ。絶対バチッてくる」

侑が伸ばしてくる手を避けて仰け反る。侑はニコッと笑って手招きした。

「…ちょっとこっち来いや」
「やだ。いやだ!おい!手ぇ伸ばすな!」
「ふっふ、」

侑の手を仰け反って避けても所詮前後の席の距離は遠くは無い。
ニヤリと笑う侑の長い腕が伸びて、俺の手に触れた瞬間。バチッと来て肩がビクついた。

「〜っほらな、静電気来たっ」
「お返しや」

騒いでいると朝のSHRの時間が来たため、俺は前に向き直った。


***


いつも通り午前中の授業が進み、昼休みに入った。昼ご飯を食べるために三分の教室に行こうと席を立った時、侑に腕を掴まれた。

「20分後、体育館集合やで」
「20分後ぉ?」
「遅れたら俺のサーブ拾いな」
「あ、おい」

詳細を聞く暇もなく、断る暇もなく侑はふんふんと鼻歌を歌いながら教室を出ていった。

唐突に告げられることにもう驚きはしない。侑はいつだって言いたい時に言う、そういう奴なのだ。
20分後か、20分で弁当食べるのはキツいなー、と俺もはなから間に合うつもりもなく三分の教室に向かった。




茶川と三分と3人で弁当を食べ終わって俺は侑の言う20分後より5分遅れて体育館に向かった。

行く途中、怠そうにゆっくり歩いている角名を見かけて後ろから飛び乗った。

「角名!」
「っ!ちょ、降りてくんない」
「このまま体育館、直行〜。うひょー眺めが良き良き」
「無駄な体力使いたくないんだけど」
「いいじゃん、トレーニングがてら。キツいこと経験しないと体は強くならんぞ」
「銀みたいなこと言ってるし」

角名におんぶされた状態、いや半強制的におぶさった状態で体育館に入ると、侑が「あっ!」と声を上げた。
体育館の中では侑と治、銀がバレーボールで遊んでいる。セーターとカーディガンが床の上に放置されていて、三人とも制服のシャツを腕まくりしている。

「何で角名に乗っとんや! 」
「角名便に途中乗車ナリ」
「自分の足で歩けや!降りろ!」
「嫌だね〜眺望ヨシ」
侑の言うことは聞かない、と反抗を示すように角名の首に回している腕をギュッと締める。

「おい、角名の負担になるやろっ、降りいや早う!」
「角名愛、半端ねえな」
「おーりーろ!おーりーろ!」

降りろコールを声高々にかけている侑を無視して角名の耳元で茶化すように言う。

「侑くんが角名の体気ぃ遣ってくれてるぞ。優しいな」
「…多分、なんか違う気がするけど…」

怠そうに言う角名からぴょん、と飛び降りる。

「運賃代はギルドクエスト消化でよろしく」

角名の言葉に俺は唸った。最近、狩猟ゲームのマルチプレイで角名のキャラ強化を手伝っているのだった。

「うう…俺は大型モンスター討伐したいんだけどな」

消化したいクエストの種類がお互い違うが、角名便という角名の背中に乗ってしまったため、要望に応えることとした。

「で、何が始まるんだ」
いきなり体育館に招集されて俺は腰に手を当てて侑を見た。

侑がボールをシュルルと回して笑う。
「宮侑のバレーボール教室開催や!」
「バレーボール教室ぅ?」
「あ、ちなみに俺の指導はスパルタやで。ついてこいよ」

ビシッと指をさされ、俺は困惑する。

「え、生徒、俺ぇ?」
「お前以外に誰がおるんや。俺は考えてん。何でなまえのバレーが下手くそか。まず基本や。基本はこう!」
「え、本人置いてかれたまま、何か始まってんですけど」

渋々制服を脱いでシャツを腕まくりした。

侑の熱心な指導が始まり、「腕はこう!腕の面で取るんや!」と腕を掴まれてレシーブの体勢をつくる。

バレーは得意ではないが、ボールを落とさない楽しさは知っている。といってもド素人の俺は授業レベルのプレーしか出来ないためバレー部の足元にすら及ばないが上手くボールを扱えるようになれば更に楽しいのは違いない。

侑に教わりながら、治が放った軽いボールを教わったばかりの腕の面を使って返してみる。

「あ、今のええ感じ。今の感じな」
「おお!」

今の感覚か…!
数秒後にはすぐに忘れてしまいそうな感覚をボールを取った時の姿勢のまま、体に染み込ませるように頷いてみる。

褒められると、やる気が出る。

「宮先生、精が出とんなぁ!」
銀の言葉に侑がため息を吐いて首を振る。

「生徒があかんわ。下手くそすぎる」
「おい、褒められて上がってたのに急に落とすなよ。俺の才能がいきなり開花するかも知れんだろ」
「まずボールに慣れるとこからや、ろっ!」
「ぎゃっ!」

侑がいきなり強いボールを打ってきて俺の腕が弾かれた。

「いってぇ!」
「ここで取ったら痛くないんやって」

侑が腕の太い部分を擦り、俺に示す。
それから侑のスパルタ指導により何とかバレーの形を体に叩き込んだはいいがスパルタ過ぎて俺は涙目になりそうだった。

「宮先生厳しすぎませんっ??もっと優しく教えて欲しいんですけど!こちとら、ど素人!」

「関係ないわ!ほれ、もういっちょ!」
「ぎゃー!サーブ狙うな!」

向かってくる剛球を避けるように飛ぶ。
「よっしゃ、勝負しよ。俺となまえのペアと銀サムペアな」

角名は体育館の座った状態で壁に持たれて携帯を触っている。

ネットを挟んで2人組でゲームを始める。
「銀、治、手加減しろよー」
一応二人に牽制してスタートした。

「なまえっ!腕振れ!」
侑がふわりと上げた球をジャンプして叩く。威力も何もない、見よう見まねのスパイクも叩けると気持ちいい。

「おおっ」自分で叩いておきながら、ボールをちゃんと打てたことに自分で驚いた。

治がしっかり拾って銀に繋げる。銀がポンとネット上に上げた。

来る…!治がジャンプしたため身構えてレシーブの体制を取る。上に飛んで振り上げた腕は頭上はるか上だ。

うわあ、こんな高い位置から来んのかよ…。

「治!分かってるだろ!打つなよ!」
2人組かつど素人の俺がいるコートはがら空きもいいところだろう。治に牽制をかけて俺の返せるところに打ってこい、と示す。

そこはちゃんと配慮してくれたのかまあまあな威力のストレートが俺に落ちてきた。

侑に教わった返し方を構えてみるが、すぐに出来るわけもなく、俺の腕を弾いたボールは侑とは違う方向に飛んでいった。

ボールを目で追いかけて、ああ、だめだったかあと諦めた時、侑が走り出した。

ボールは別方向に落ちようとしているのにそのボール下に低く入り込んでオーバーで上げた。

「す、げ…そのボール取るんかい!」
「なまえっ!もういっちょ!」

俺が呼吸を置いてタイミングを取りやすいように綺麗に弧を描いて上がるボール。

もう一度ジャンプして思いっきり打ち込んだ。
パシン、と叩くのは気持ちが良い。

きっと取れるボールだろうに、銀はそのボールを本気を出して追いかけはしなかった。

「うぇーい!」
1点が入って、笑顔で侑とハイタッチする。

「さすが天才セッター様〜」
侑の腕をポンと叩く。

「ふふん、御茶の子さいさいや。取る時は、こう」

侑の構えに俺も同じように隣で構える。

「こう?」
「そう。ええで、そうそう」

侑に褒められるなんてなかなかなくて、嬉しくて口角が上がる。

「ふへへ」
「キショい笑いすんな」
「宮主将に褒められて嬉しいんです〜」
「調子に乗んなアホ。まだ下手くそオブ下手くそやで」
「辛辣〜」

そう言いながらもやっぱりたまに褒めてくれる侑に俺はニヨニヨと笑ってしまうのだった。

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