59

(宮 侑)

春休みが終わり学校が始まる4月。
登校日初日、朝から少し緊張していた。

試合の前とは違う張り詰めた感じ。
理由は一つ。組み分けだ。

「サム!はよ行くで」
「はぁ?今日朝練休みやん」
「知っとるわ。組分けや!」

昇降口に張り出されるクラス分けの掲示板を早く見に行きたい。どうしても気になるその内容に普段は二度寝しそうになる俺も今日はパッチリ起きていた。

「そんなん、はよ行ったって変わらんやろ…朝練ないんやし寝かせえ…」
「起きろや!オカンみたいに鍋ならすで!」

いっその事、毎朝俺達を起こすために母親が叩き鳴らしていた鍋の音を今度帰省した時に録音して毎日鳴らしてやろうかと企んだ。

「もうええ、俺は先にでも行くでっ」

部屋を出て食堂に入ろうとした時、黒リュックを背負ったなまえが階段を降りてきた。

「はよー、」
「もう出るんか?」
「ん、軽く走って行くからさ」

朝練なのだろう、ロードバイク用の軽そうなヘルメットを手にしている。

「なまえ、今日は運命の日やで」
「運命の日?」
「組分けや…!!」
「ああ、普通に気になるよなー」

言葉の割にはあんまり気にならなさそうな感じがするのは、どんなクラスメイトでも当たり障りない交流が出来るからなのか、転校しすぎで感覚が鈍っているのか。

「大事な日や!一年間がかかってんねん!」
「まあ、確かになあ。でも…なるようにしかならないしなー」
「アホ!勝利は自ら掴みに行く奴にしか与えられんのや!」
「組分けに勝利も何もあるもんか」
「なんや、お前は俺と同じ組になりたないんか?」
「侑と?んー、まあ一緒になったら楽しいとは思うけど…」
「はああ?それが親友を前にして言う言葉か?!もっと懇願しろや!」
「懇願、て笑」
「俺はお前と同じ組になれたら、て思とんのに!」
「……課題写させてくれるから、とかそんな理由じゃないよな?」
「うっ…そ、そんなことは…あらへん…」
「おい、今の間なんだよ。正直に言えよ、ああ?」
「ほんまや!2割位はそういう気持ちもあるかもしれんけど!」
「やっぱ思ってんじゃねえかよ」

いや8割はお前と一緒におりたい、いう気持ちやねん…!

そんなことを言えるはずもなく(言うつもりもなく)なまえの睨みあげる顔を見下ろす。こいつと一年間、違う教室になると考えただけで嫌だな、と思った。同じ教室が良い。

「あ、時間やば。先行くわ」
「…ほな、また『教室』でな!」

俺の言葉になまえはニッと笑って出ていった。

ああ、組分け結果が気になる。
食堂でかきこむように食べてすぐに出る仕度をした。
「もうお前は放置や」
まだ寝ている治を置いて、玄関に向かった。

「ざっス!!!!」
「おお、侑くんいってらっしゃい」
「いってきます!!」
管理人のおっちゃんに挨拶をして在寮掲示板の名札を裏返す。なまえは寮の部屋替えで部屋番号が変わっている。まだ慣れないらしく、たまに無意識に前の部屋に戻ってしまう、と言っていたのを思い出しながら靴を履いた。

バスと徒歩で学校に向かう。
バスの中でも、どうかなまえと一緒になりますように、と運転手のおっちゃんの頭を眺めながら祈った。

バス停を降りた所で声をかけられた。

「お!侑、一人か?」

銀が近づいてきた。

「サムは放置してきてん。起きんし」
「あいつ間に合うんやろか」
「知らん。起きん奴は初日から遅れてまえ」

焦る片割れを想像して鼻で笑う。後日同じことをやり返される可能性は高いが。

「銀!走るで!」
「はっ?!何でや」
「組分けや!はよ見たいやん!」
「ああ、…って速!」

銀の言葉を待たず俺は走り始めた。後ろから来る銀と一緒に校舎について、肩で息をする。

「はぁっ、はあ」
「全力疾走やん…」

2人で昇降口に張り出された組分け表を見る。
まるで合格結果を探す受験生のようだ。
周りでは歓声を上げる女子や落胆する生徒もいた。

「3年1組……ない、」
「3年2組…はおらんなぁ」
「3年3組…あ、銀、3組やで」
「まじか!3組の担任誰?!お、治も3組やん!」

まるでコート内でバレーボールを追いかける時のように目が動く。動体視力は良い方だと思う。

「3年4組…、っない!!あかん、こわっ!見るのが怖い!」
「だ、大丈夫か侑」
「あと5,6,7組やろ、この中のどれかやろ!こっわ!」
「俺が見たろか?」
「いや!ネタバレはあかん!」
俺はネタバレ厳禁、自分で見る派や、と恐る恐る名前を追う。

宮侑 と みょうじなまえ の文字を探す。

「ちょお待って。一旦落ち着いて、7組から見てくわ」
「3年7組…、おらんで」
「あああっ!っちゅうことはあと2組!フィフティフィフティの確率!!」

深呼吸して精神統一をする。
「侑…サーブ打つ前みたいなん、なってるで…」

真剣な顔で3年6組の表を見る。
そこになまえの名前はない。そして……

「俺もない…」
すぐに3年5組の表を見た。

宮侑という自分の名前、その少し下にみょうじなまえの文字を見つけた。

「あった……! 〜〜〜っしゃぁ!」
拳を握る俺に「5組がそんなに良かったんか?!」と銀が驚いていた。

(さすが俺…!勝利を掴む男や!)

「やっぱ最後まで諦めず粘らんと勝利は与えられんのや…」
「おお!なんか熱い!」

2人で騒いでいると後ろから衝撃が走る。よろめくほどではないアタックに振り向く。
背中に突撃してきたのはなまえだった。

「うぃーっす!銀、はよっ!で、どうだった?!」
なまえが言うのは組分けのことだろう。
「ふっふ」
「え、何そのドヤ顔。もしかして、もしかするのか…?」
「俺の言うたとおりやったわ」
「まじで」

俺が指差す5組の名簿一覧になまえは顔を寄せた。
「…まじかよ。また侑と同じじゃん」
「おい、何で嬉しそうやないんや」
「えー、だってお前俺のマーカーとか勝手に使うじゃん」
「ペンだけやん」
「は?この間、消しゴムなかったから探したら侑のペンケースん中あったじゃん。勝手に使っただろ」
「やって消しゴムどっか行ったんやもん」
「もん、じゃねえよ」

物が無くなればまずは侑のところから探すようになったんだからな、と言うなまえに首を傾げる。

「ええやん、お返しに出てきた俺の消しゴムあげたやん」
「あんなボロッボロの今にも崩れそうな消しゴムいらんわっ。俺の消しゴムを返せ、俺の!」
「物々交換や」
「俺にデメリットすぎる物々交換!」

2人でやいのやいの言っていると銀が組分け表を指差した。

「おっ5組、角名も一緒やで!」
「まじか!銀と治は?」
「俺らは3組やで」
「二人とも一緒か!茶川と三分はどこなんだろ。んー…あ、あった!うわ、2人とも6組かよ!一緒の組、いいなあ」
「お前は俺と一緒なんやで?!喜べや」
「ええぇ侑と一緒かぁ…」
「おい!」
「うっそー。嬉しい嬉しい」
「棒読みすんなや」
「はははっ」
冗談の掛け合いでなまえを小突いていると、昇降口に立つ俺らに女子三人が近寄ってきた。

「宮せんぱぁいっ、おはようございます〜!」
「お、おはようございますっ」

三人とも肩を寄せてはにかみ笑いで挨拶をしてきた。

「はようー」

後輩の女子でたまに挨拶をかけてくる子だった。名前は知らないし、どの組かも知らない。

「わぁっ、、朝から話したっ」
「ふふふっ」

挨拶を返すときゃっきゃ、と笑いながら駆けていく後輩の女子達。視線をなまえに戻すと、面白くなさそうな顔をして銀と二人で俺を見ている。

「なんやねんお前ら」
「朝から女子に挨拶される高3初日…この格差は何なんだよ銀」
「俺も知りたいわ…」
「あの子らに侑が授業中、白目になることを教えてあげたいわ」
「後輩女子の先輩呼び…くっ、羨ましくなんぞあらへん…っ」
「宮せんぱぁい、購買でパンおごってほしいでぇす」
なまえが茶化すように俺を見上げた。
「きっしょ、やめえや」

「侑せんぱぁい、可愛い後輩が頼んでるのにー」
覗き込むようななまえと揺れる黒リュックのバボちゃんキーホルダー。

くっ、後輩のなまえもええやんけ…、ちょっとくるものがある、と内心手で顔を覆いたくなった。

「あーー、目が腐るーー」
「おい、ふざけんなよ」
笑う銀と唇を尖らすなまえ、そこに自転車部の面子もやって来た。

「みょうじどやった〜」
「あっ、茶川と三分6組だったぞ。一緒」
「まじで!よっしゃ」
自転車の茶川と三分がパシッと手を叩いた。

「俺だけ別なんだけどさぁ」
「何組?」
「5組」
「隣やん。近いしすぐ行けるで。常に半径10m以内には居るから安心しや」
「茶川はオカンか」
「1組と7組じゃ距離があるやん。それと比べたらマシな方やろ」

笑い合う三人。それが少しだけ面白くなくてなまえの肩に手をかける。

「なまえと俺、5組なんでよろしゅうー」
「え、また宮とみょうじ一緒なん?すごない?」
「だろ。びっくり」
「宮クン、なんや裏の手使うたんとちゃうか〜」

茶川が笑って言うから俺は笑い返した。

「俺となまえ仲良ええし、担任が考えてくれたんちゃうかなあ、て♪」
「ふうん。ようできとんなぁ」

ニヤと笑う茶川に、こいつ俺を疑ってるなと思った。
「え?もしかして茶川部長、俺の事疑うてる?」
「いやいや。うちのみょうじをよろしく頼むわ、宮部長」

『うちの』って言いよったコイツ!しかもちょっと強調してなかったか?

笑みを貼り付けていた俺の顔が真顔に戻る。

「怖い顔はやめてえな。他意はないねんで?」

涼しげに笑う茶川に、こいつこそ、この高校名の通り狐らしい読めない奴だと思わされる。
そんな俺たちの間に三分や銀と話していたなまえが入り込んできた。

「ちょいちょい、よろしく頼まれるのは俺の方なんだけどな?圧倒的に侑が暴走するのを食い止めてるのは俺だからな?アンダスタンド?」
「なんでやねん。俺はいつも平常運転や」

「お前の平常は大暴走やろ」
後ろから聞こえた声に、片割れが登校したことを知る。振り向くとやっぱり治だった。その後ろには眠そうな角名もいる。

賑やかになる昇降口に茶川と三分は手を上げた。
「みょうじ、俺ら先上がっとくわぁ」
「ん、また後で」

ポケットに手を入れてイラついた様子の治に俺は片眉を上げた。
「ほう、起きれたんか」
「バスの時間、ギリやったし朝から全力疾走や。お前のせいで」
「は?俺のせいにすんなや。起きんお前が悪いやろクソブタ」
「ああ?」

銀は「全力疾走は同じやな、こっちもバス停からここまで全力疾走やったわ」となまえに話している。

「ストップストーップ、朝からバチバチすんなよ。治は3組!俺らは5組!もう上がるぞ!」
「は、なまえツムと一緒なん?」
「うん、すごいだろ連続同じ組」
「ふーん…」

治が意味深に俺を見る。舌を出して返しておいた。
早く行くぞ、となまえが俺の背中をぐいぐいと押してきた。大して力もないその押しに下駄箱に向かう。表を眺めている角名になまえが振り返って声をかけた。

「角名は5組な、俺と侑と一緒」
「え、まじ?」
「嘘だと思うなら見てみろよ。5組の表」
「…ええ、まじじゃん」
「よろしく〜」

へらと笑うなまえに角名が「静かに過ごしたいのに」と呟く。なまえも「俺だって静かに過ごしたいわ」と返した。

内履きに履きかえて階段を上がる。治と銀は3組の教室に入っていった。5組の教室に入ると新しい顔ぶれで騒がしい。

「おっ、宮一緒やん、よろしくー!」
1年の時に一緒だった奴もいた。
「おう」
「わぁ、ミャーツムくんと一緒やぁ」
そんな女子の会話も聞こえてくる。

なまえとは少し離れた席になった。なまえを見ると隣の席が知っている人らしく何やら話していた。眼鏡をかけた小柄な女子。肩までの髪を耳にかけていて見覚えがあった。

ああ、何か去年取材とか言うてなまえが連れてきた…そや新聞部の女子や。
眼鏡、て。あいつの好きなタイプやん。
眼鏡女子好きとか言うてたよな。

女子の名前は覚えていない。笑い合う2人に俺は後で誰だったか聞いておかなければ、と思った。





***





始業式も終わり、今日の学校は午前だけで終わった。その分、部活もみっちりある。

部活に行くなまえに声をかけて、俺と角名も部室に向かった。

練習着に着替えながら、治が声をかけてきた。
「なまえと同じ組やなんて、できすぎちゃうか?」
「なんなん、茶川もサムも俺を疑ってからに」
「それを因果応報言うんや、知らんのか?」
「どういう意味や、ああ?」
「日頃の行いっちゅうことや。疑われて当然やろ」
「俺は何もしてへんし」
「…嘘やろ」

片割れに嘘がすぐバレるのはお互い様な話である。諦めた俺は声を潜めて治の耳に顔を寄せた。

「あんな、春休み入る前に担任に赤点回避のためになまえと一緒にしてくれ、て言うたんや。勉強教えてもろてるから、3年も一緒やったら赤点回避できる〜言うて」

秘密の話をこっそり打ち明けた後、ニヤリと笑って治を見た。ネタばらしをした時のような面白さ、治のアホなん?と言いたげなリアクションに更に深く笑う。

「ほんま…」
「ふっふ、成功したんやから、結果オーライや。俺天才やろ?」
「そこまでしてなまえと一緒がええんか」
「一緒がええっちゅうか、楽やん?」
「それを一緒がええっちゅうんや。強がんなや」
「強がってないし」

本当に課題とか教えてもらうつもりやし、色々頼みやすいし、と理由を上げていくも8割方はただなまえと一緒の組が良いという欲であることは合っているため治に悟られないように目を逸らして早く着替え終わった。

部活が始まり、3年の新たなスタートも思い通りになって気分も上々、体の動きも好調で今日はいつになく調子が良い。

「ナイスキーっ!」
「下がれっ!」
「ブロック!ブロック!!」

部員の声とボールの音、キュ、キュとシューズが床を擦る音が心地よい。

ばっちり、完璧な位置にボールを上げるとスパイクを打ち終わった角名が俺を見て「気持ち悪い」と言ってきた。

「は?完璧やったやろが」
「だから気持ち悪いんだって」
「角名の言うこと分かるわぁ。今日は一段とキショいよな」
「お前ら、言葉が違うわ!素直に完璧やね、って言え!」
「ドンピシャでキモイわァ」
「クソサム〜〜!!」

小競り合いをしながらも汗を流すバレー部。監督から休憩の合図が入り各自、タオルを取りに行く。

銀からタオルを投げられて受け取った後、体育館横の扉に向かい、開けた。

ちょうど良い風が入ってくる。春の空は柔らかく、桜の花弁が空を舞っていた。
外に足を投げ出して座り、ここから見える学校裏の坂道に目をやる。

一年前もこうして外を見ていたな、と思い出す。違うのは一年前までは知りもしなかったアイツの走っている姿を待ち侘びていること。

「ツム、休憩残り5分やで」
治の声が隣に聞こえた。

「ん。すぐ行くー」
「主将やろ、お前が遊んどったら後輩に示しがつかんやろが」
「そこはサムの出番やん」
「はあ?」
「俺が崩れてもお前が補完する。最強のコンビやん。主将もそうや」
「お前…そういうとこだけ甘えんなや」
「北さんも言うとったし。一人だけじゃない3年皆で引っ張っていくんや、って。俺がおらん時はサムが代わりや」
「捉え方がちゃうねんっ」
「あっ、待って。来たわ」
「話聞けや」

治の声を遮って俺は立ち上がった。坂の下から聞こえてくるタイヤの音。息遣い。

見えてきた自転車部の集団。
先頭にはなまえと茶川、三分がいた。
坂に入ると茶川が前に出る。
それに続いてなまえもすぐさま動いて前に出た。後ろから2年の一人も飛び出た。そいつは春のレースで俺らに色々と説明してくれた奴だった。

茶川がなまえを見る。
なまえの目が茶川を見返した。笑ってはいない。本気の目。

これだ。噛みつかれそうなこの顔。思わず自分の喉をさすった。

お互い探り合うような視線で苦しそうに息をしている。
瞬間、なまえの右手が動いて、カチャンと音がした。ギアが変わったのだろう。ぐん、と前に進んだなまえに茶川の自転車からも金属音がなり大きく踏み込んだ。
二人とも腰を上げてダンシングしている。

「はぁっ、はぁ」

苦しそうな顔、食いしばった顔でお互いに譲らない先頭。伸縮する筋肉が浮き上がったふくらはぎ、汗が滴る首筋。
ハンドルを強く握るその腕が自転車を左右に降る。

踏み抜いて競り合った二人はほぼ同時に坂の上に到達した。
2年の奴はその後に上がってきた。
なまえら2人は足を止めて肩で息をしている。
悔しそうなその表情からお互いに納得していない結果なのだろう。

一年前と同じ日、俺はあの恐ろしい顔を見て初めてなまえを知った。

それが1年経った今、教室では見せない走っている時だけのあの顔に、俺は全てを持っていかれそうになっているのだ。

(相変わらず心臓に悪い殺人鬼顔やな…)

顔を上げてボトルの水を口に含むなまえから目を離せない。上下に動く喉仏に、こめかみから伝う汗。

「ツム。休憩、終わりや」

治の声に俺は体育館の中へ足を向ける。

「ん」
「機嫌良さそうな顔してんな」
「そお?何やろ。エナジーチャージした気分や」
「……ツム、お前」
「なん?」
「…何でもないわ」

じっと俺を見てくる治に振り返って上機嫌の顔で首を傾げる。

俺はなまえのあの表情を見て、早くボールに触れたくなっていた。

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