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「なんで主人公ってこんな可愛いヒロインに好かれるんだろうな」

晩御飯を食べた後、男子寮のレクリエーションルームでジャンプを読んでいた。
俺が放った独り言に近い声に角名は興味なさげに顔を上げて一瞥した後、また手元のスマホ画面に視線を移した。

「だって漫画だし」
「あぁ、俺も恋愛してえなー…。胸きゅん、青春、恋愛。このワードが俺の高校生活に皆無すぎる。部活、勉強、課題、男子寮!悲しい、悲しすぎる。アオハルしたい」
「女子かよ」

ニヒルに笑う角名が携帯の画面を見せてきた。
「あ、これ今女子が騒いでるやつじゃん」

胸きゅん必須の青春ラブストーリー映画、上映中。という文字と一緒に高校生役の男女の映像が流れた。

「何か人気らしいな。これ見てキュンキュンしたって萩沼さん言ってたわ」
「見てみたら?」
「いや、誰と行くんだよ。一緒に行ってくれる女子でもいたら俺は行ってるわっ」
「何見とん?」

高い所から声をがして見上げると風呂上がりの侑がタオルを首にかけて立っていた。金髪頭は完全には乾いておらず、へたりとしている。

「なまえが胸きゅんしたいらしい」

角名が携帯の画面を侑に見せた。
俺の後ろから一緒に見るように携帯を覗き込んだ。近づいてきた侑の顔にシャンプーの匂いがふわりと香る。
俺も後で入りにいかなきゃな、と風呂の準備を頭に留めておく。

「恋愛映画ぁ?」
「これ女子の中で人気らしいぞ」
「ちょっと面白そうだからなまえ一人で見に行ってみてよ」
「どんな罰ゲームだよっ、居た堪れなさすぎるだろ!」

笑う角名に俺は「倫太郎くんも一緒なら行くよ?」と笑って言うと「絶対やだ」と帰ってきた。

「ええこと考えた!放課後見に行こうや!5人で!」
「待て待て。男子高校生の群れが恋愛映画見る時点で絵面やばないか?」
「完全にネタでおもろいやん!」

面白いことには目がない侑に俺と角名は目を合わせた。
男子高校生5人、しかもガタイのデカイ群れで女子高生やカップルが溢れる青春ラブストーリーの恋愛映画を見に行くという暴挙に想像しただけで笑えてきた。

「今週、朝練だけの日あるやん。監督もおらんから部活ないし。なまえもオフやったよな?」
「水曜日?」
「せやせや」
「うん、休足日」
「行くで、決定や!」
タオルを振り回す侑に角名が眉をひそめた。
「えぇ、俺も?」
「当たり前じゃん、角名だけ行かないとかないからな」

ノリノリの俺と侑に角名は面倒くさそうに息を吐いた。

***

水曜日の放課後。
侑、角名と5組の教室から出て昇降口に向かうとすでに銀と治が待っていた。

俺たちは学校のバス停から商業施設が集まる街中への路線に乗って映画館へ向かった。

制服姿の高身長男子の群れは目立ちやすい。俺は離れて歩こうと後ろにいたが、いつの間にか侑が隣に来ていた。
3人から少し離れて侑と歩く。

「制服で遊ぶん久しぶりやわ」
「大体ジャージだもんな。部活あるし」
「部活オフん時は茶川らと遊んどるん?」
「うん。ファミレスで勉強したりとか。結局勉強にならないんだけどな」
「ふーん」
「バレー部よりは部活も休みあるし、そっちほど忙しくはないしな。脚休めるのも必要だし」
「それはよう言われるわ。バレーやりたくてもオーバートレーニングはあかん、て。でもやりたいもんはやりたいやん?ボールは毎日触らなあかん」
「バレーバカだなぁ」

映画館に着き、目当ての映画チケットを買った。『青春ラブストーリーに胸きゅん必至!』と宣伝するポスターが大きく貼り出されている。

男子高校生5人組に、きっと周りは上映中のアクション映画でも見に来たのかとでも思っているだろう。

俺たちはそのまま恋愛映画の上映するシアターに入った。

案の定、座席は女子の集団やカップルで埋まっている。入ってきた俺達を見て視線が集まった。

デカイ男子高校生の群れがぞろぞろと後ろの座席に上がっていく。目立たないわけがない。

「あかん、シュールすぎてもう笑いそうや」
銀の言葉に俺も頷く。

「分かる。アクション映画と間違えたんか?っていう視線が痛い」
「なまえが胸きゅんしたい、言うたから来てやったんやで」
侑の言葉に頬を膨らませる。

「ここまできて俺だけにすんなよ。侑が言い出しっぺだからな」
「いや、俺はあくまでも付き添いや」

ひそひそと話していたが上映が始まり、口を閉じた。

内容は転校してきた女子高生とクラスの人気者男子高校生の恋愛で、ひょんなことからお姫様抱っこされ近づいていく距離、壁ドン、顎クイ、バックハグとキュンキュンするようなシーンの連続に女子の歓声が上がる。

俺は胸きゅんシーンの度に目を覆いたくなっていた。銀も同じようで俺と同じくスクリーンから目を逸らしている。
角名はいつもの表情で普通に見ていた。感情の動きもなく、ただただスクリーンの照明が角名の肌を照らしている。

双子は胸きゅんシーンの度に笑いを堪えている。
「あれ床ドンいうらしいで」
「床ドンっ、リオレウスやん」
「ツム、あれと一緒にすな」

狩猟ゲームのモンスターとイケメンDKを一緒にして話している。

登場人物が失恋する切ないシーンもあり、俺は映画を見終わる頃には青春ラブストーリーに感化された人間の一人になっていた。


「女子が騒ぐのも分かった気がするわ…」
銀の言葉に俺は頷いた。 映画館を出た後、ハンバーガーのファストフード店に入り、机を囲んでいた。俺はテリヤキバーガーとポテト、コーラのセットだ。

「同意。あんなイケメンに顎クイされたら、そら落ちるわな」
「俺がしたろか」
侑の顎クイを想像して笑いそうになる。
「されたら、今飲んでるコーラ顔面に吹くわ」
「ツムがやったらギャグやな」
「それな」
「サムお前もやで」
「それなぁ」
うんうんと笑いながら頷く。
「なまえがやったら一番寒いけどね」
「え?倫太郎くん俺に喧嘩売ってる?」
そんなお前にはこうだ、と角名のナゲットを1個奪う。角名がじとりと見てきて、俺のポテトを食べた。
「壁ドンって結構近いのな。こういう感じ?」
角名の後ろがちょうど壁で俺は角名に向かって壁ドンをしてみた。角名が俺を見て、無表情が崩れた。

「ぶっ、」
「吹くなよ!ポテトが可哀想だろっ」
肩を震わせる角名に俺は唇を尖らせる。

銀が「イケメンじゃない奴の壁ドンはシュールやな…」と言うから俺の心は泣いた。

「ひどい…」
「なあ、なまえ」
「な、に」

隣の侑が俺の顎をクイ、と手で上げる。強制的に侑と目が合う。先程の角名と同じように俺も吹き出した。

「ぶはっ」
「おい、笑うなや」
「今の絶対笑かしに来てただろっ、腹痛ぇ〜っ」
「なんやっけ、壁ドン、顎クイ、バックハグやったっけ」

治が言うバックハグに侑が反応する。
「これか!」
侑が俺に後ろを向け、と背中を向けさせる。
侑の腕が回ってきて俺の腹の前で手が組まれた。

「へえ、これにキュンキュンすんのか」
「どうや?キュンキュンするか?」
「するかアホっ」
侑の腕の中で笑いで震える俺をスマホで撮る角名。

「で、キュンキュン出来た?」
角名が横目で俺を見た。
「キュンキュンっていうか結構切ない所もあったじゃん。恋愛って深いなあって思ったよな」
「ふっ、真面目な考察いらん」

鼻で笑う角名を小突いた。

「好きってなんやろな」
「やっぱ好きな相手にじゃないとキュンキュンはせんのやろなあ」
治の言葉に銀が返した。

「好きって、もう相手を意識し始めたらそれは好きだろ?」
「意識、ね」
角名がまた俺のポテト食べやがった。

「手が触れる、とかこういう、間接キスとか…?」

まだ俺をバックハグしている侑の腕を掴み、侑が食べているハンバーガーに齧りついた。

「あっ!俺のバーガー食った!」
「これが女子となら、キュン、てなってるかもだけど」
「きゃーっ、なまえクンと間接キス!」
「やめれ」
ふざける侑の腕から抜けて、俺もポテトを食べる。

「なまえ、隣の萩沼さんとよく話してるよね」
角名の言葉に反応した銀が興味深そうに「おお」と呟く。

「なまえの好きな黒髪眼鏡女子じゃん」
「いや萩沼さんはそういうのじゃないし…」
「みょうじ、黒髪眼鏡がタイプなんか?」
「知的に見えていいな、と思うくらいで絶対ではないけど…。銀はどうなんだよ」
「えっ、俺?!俺は…やっぱロングの子やなぁ。侑は?」

「侑は前に食堂で話した時、束縛しない人がいいとか言ってたよな。あ、でも好きなタイプは聞いたことない」

銀に振られて侑は咀嚼していたバーガーを飲み込んだ。考えるように少し間を置いた。

「好きなタイプは…同い年でギャップがあるやつや」
「ギャップって。どんな感じの?」
「いっつもヘラヘラしとんのに、たまに顔がごっつい怖くなる。あと笑い方がヤバい」
「意味わかんねえ〜!言葉悪くてごめん、侑さ、趣味悪くねっ?」

爆笑する銀と俺とは別に治と角名が目を合わせている。

「はあ、俺は今むっちゃツッコミたい…!!」
「どうした治。ドリンク潰れるから手ぇ離せ?」
治が握るドリンクをそっと取ってやると治は拳を握って机に叩きつけた。

「ああああっ!!おかしなる!ツッコミたいのにツッコめへん!おかしなる!」

荒ぶる治を他所に侑は俺を指さした。
「趣味悪いて、お前それ特大ブーメランやで?!」
「え?ブーメラン?黒髪眼鏡は趣味悪くないだろ?むしろ聖域じゃね?」
「はあ、ええわ。俺のバーガー分、寄越せ」
「あっ!だから一口がデカいんだって!」

テリヤキバーガーに齧り付いた侑をぼすっ、と殴っておいた。



***


街中で遊んだ後、帰りのバスに乗ると座席は所々しか空いていなかった。俺と侑は治、角名と離れた席へ隣同士で座った。

「結果、あの映画キュンキュンっていうよりイケメン大勝利って感じだったな。あんなイケメンに言い寄られたら誰でも落ちるだろっ」

こんな感想になる自分の卑屈な精神を情けなく思うも、平凡でなんの取り柄もない人間にとってそう思うのは仕方ないんじゃないかと開き直りそうになる。
壁ドンにしたって結局『ただしイケメンに限る』がついてくるのだ。
世知辛い世の中だ、と一人で嘆いていると侑が聞いてきた。

「誰でも、て男でも落ちるんか?」
「まあ、あんなイケメンだったら落ちるんじゃね?知らんけど」
「男でも惚れる男ってどんなやつや?」
「えー、異性だけじゃなくて同性にも優しくて面白くてイケメンとか?」
「…おかしいわ。当てはまっとるのになぁ」
真面目に首を捻る侑にツッコむ。

「いや、お前は当てはまってないぞ」
「あ?」
黒リュックを体の前に抱えて頭を載せている俺を侑が見下ろした。

「……なまえは同性を好きになるんはおかしいと思うか?」

侑の問いに俺は考えてみた。今まで恋愛で異性が、とか同性が、とか考えたことがなかった。でも、そもそも好きになるって性別でコントロール出来るものなのだろうか。男女問わず惹かれる人、魅力的ある人は存在するだろう。

「おかしいっていうか、好きっていう感情ってコントロール出来なくね? あ、この人いいな。好きだなって思ったらそれはもう好きになってしまってるんだし。その相手が異性か同性かだけの話だろ」

人生にはどうにも出来ないこともあるのだ。俺の平凡な容姿頭脳だって、そうだ。好きになるのもどうこうできる話じゃないよな。

「あ、いいなって思うのはどうにもならないよなあ。だって思っちゃうだもん」

答えになっていない自分の言葉が何だかおかしくて笑えてきた。一人で笑っていると隣の侑がじっと俺を見てきて、呟いた。

「…せやな。どうしようもないわ。…やっぱりええなって思ったから今日はサラダ記念日や」
「は?何だよ、いきなり。意味不明」
「サラダ記念日や」
「いや、ここで現国出してくる?しかも内容違うけどな」

男子寮の最寄りのバス停が近づいてきてバスは停車した。後ろの座席から歩いてくる治と角名に続き、侑と俺も席を立つ。

「なあ、侑がまたおかしいこと言い出した」
「ツムがおかしいんは昔からや。ほっとき」
「喧しいわサムの阿呆」
「急にサラダ記念日とか言い出したんだけど」
「なに、ポエマー?」

手で口を抑えて笑うニヤニヤ笑う角名に侑が角名の首に手を掛けている。

バス停から騒ぎながら男子寮に帰る俺達の光景は今日観た男女の恋愛映画とはかけ離れている。
でも、多分きっとこれも青春の一部なんだろう。

侑に肩を組まれた俺は騒ぐ3人の掛け合いに腹を抱えて笑った。

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