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新入生も入ってまだ二週間も経っていない4月中旬。

昇降口で内履きに履き替えて階段を上がっていると後ろから名前を呼ばれた。

「なまえ」

声で誰か分かる。侑だ。振り向くと階段を登り始めた数段下の侑と同じ目線だった。

「はよー」
後ろにいる治にも手を振ると、ひらりと手を上げた。侑と一緒に階段を登って踊り場になるとさっきまで同じ目線だったのに見上げないといけない。やっぱり去年より背高くなったよな、と感じる。

「ちょっと侑さ、俺より二段下で登れ」

祖父の家で飼っているゴールデンレトリバーのチロルにするみたいに待て、と手で制して俺が先に登る。上から見下ろす優越感、上目遣いの侑の目に俺はニヤついた。

優越感に浸っていたのもつかの間「よし、」と言う前に侑が俺の隣に来て見下ろしていた。

「おい、まだ、よしって言ってないのに」
「俺は見下ろされるより見下ろす方やねん」

ふふんと笑う侑が肩を組んできた。不服だと腹を小突いていると侑が急に「問題っ!」と言う。

「え、なに」
「サーブは主審の笛から何秒以内に打たないといけないデショウ!」

いきなり何を言い出すかと思えばバレーの問題らしい。そういえば前に侑から教わったのは教わった。が、自信はない。

「えっ、何秒、何秒…えーと8秒…?」
「あっぶないなあ、まぁ正解や!ほな次な。相手側のコートにあるボールに触れてまう反則は何というデショウ?」
「はぁっ?!分からんわ!ネット違反か?!」
「ぶっぶー不正解!オーバーネットやって。前教えたやん!何で頭に入ってないん?アホなん?」

こんな簡単なことも分からんの?みたいな顔で見下ろす侑に抗議したい。俺はバレー部ではない、と。

「んん、未だにルールよく分からんし…。でも皆がかっこいいのはわかるぞ」

春高カッコよかったし、と親指を立ててキリッとした顔で返してみたが納得はしていないらしい。

「なんやそれ。完全なるミーハーやん。ニワカやん。愛が足りんねん」

いきなりバレー知識を求めて、答えられないとブーイングしてくる侑に俺は「はぁぁ?」と片眉を上げた。

「…音楽の楽譜読めるか?絶対音感あるか?!そういうことだ!誰もが楽譜読めると思うなよっ」
「嗜むためには知識も必要やろ!」
「いいじゃん、コートに立つ選手がかっこいいのは分かってるんだから!」
「それはそれで嬉しいけども、や!」
「治、助けて!こいつ朝から何か言ってる!」
「諦めや〜、ほな」

治は手を上げて3組の教室に向かっていった。

「バレー知識より、まずは今日の小テストの範囲を脳みその中に詰め込ませろ!」
「アホ、バレーの方が大事や」
「今日の小テスト点数悪かったら課題あるらしいぞ?」
「え、ほんまか?ヤバい。あかん、ヤバい。なんもしてないで」
「午前中で何とかしろ」

2人で教室に入ろうとするとちょうど萩沼さんが5組の教室から出てくるところだった。

「あっ、みょうじくんおはようっ。宮くんもおはよう…」

小柄な萩沼さんは俺とも身長差があるが、侑とはもっとある。侑を一瞬だけ見てすぐに目を逸らす萩沼さんに、やっぱり宮侑はなかなか話しかけづらいよな、と思う。

「おはよー」
「はよう」
「侑、朝からガン飛ばすなって」
「飛ばしてないやん」

侑の目が萩沼さんを追いかけていたため、遮った。たまにじろりと観察するような目をするから、周りはビビること必至だ。

侑と席は離れているため、お互い自分の席に向かう。朝のSHRが始まるまで、小テストの予習でもしとくか、とノートを開いた。

「みょうじくん、すごいね予習してるんだ」
席に戻ってきた萩沼さんが隣から声をかけてきた。

「いや、実は昨日漫画読んで全然勉強してなくってさ…さすがにヤバいなあって」
「あはは、あるある。私もネット見てたらすぐ時間経っちゃって」
「分かる、SNSとか動画とか見てたら一瞬だよなあ」
「一瞬は言い過ぎだよ、」

くすくすと笑う萩沼さんに俺もはは、と笑っていると肩にこつん、と何かが当たった。

くしゃくしゃになった紙が机の上に落ちた。広げると『小テスト不合格になれ』と書いてあった。筆跡からして侑だな、と悟る。

侑に目を向けると案の定、舌を出していた。
少し離れてる席なのに丸めた紙を俺のところまで届くように投げるコントロールも地味にすごい。物を投げる才能がここでも出てくるのか…。

「今、予習中!」と口パクで伝える。勉強の邪魔をするな、と視線で訴えると侑が席を立って向かってきた。俺の前の席はまだ来ていなくて侑が腰掛けた。

「何だよ、邪魔すんな」
「嘘つけ、話ばっかしとるやん」
「ちょっと雑談してただけだし。侑も予習やっとけよ」
「範囲分からん」
「ここから、ここ」
「ふーん。わかった。ノート貸して」
「アホ。俺が勉強できないだろ」

ノートを奪おうとする侑と自分のノートを持ってかれまいとする俺。
横からか細い声が入ってきた。

「宮くん私のノートで良ければあるけど…」
恐る恐ると言った様子で萩沼さんが手を上げた。

「…ありがとう萩沼サン。せやけどなんや申し訳ないわあ。大丈夫やで、なまえのノートは俺のやねん」

出た、ジャイアニズム…!何が大丈夫なんだよ!全然大丈夫じゃねえ!

にこにこと萩沼さんに笑顔で返した侑は俺のノートを奪い、席に戻って行った。

「あっ、あんのジャイアンめ…俺のノート取りやがった」
「みょうじくん見る?」
「え…いいの?」
「うん、私塾でもうそこの範囲は終わってるから…」
「すげえ…萩沼さん成績良いもんね」

借りたノートの中はとても綺麗にまとめられていて正直自分のノートを見るよりも良かったかもしれない。

「ありがとう…!午前中早めに返す!」
「ゆっくりでいいよ」

萩沼さんにノートを借りる機会をくれた侑に逆に少し感謝した。俺のノートを奪ったのは解せないが。

予習を少し進めたあと、SHRが始まった。
去年と同じく、また誰かが「席替えしたいですー」と言い始めた。教室内の所々から同じ声が上がる。

「静かに。分かりました、くじ作るから席移動は1時間目が終わった休み時間でするように。一回だけですよ」

番号は今の出席番号の席順で作ります、という担任の言葉に沸き立つ教室内。

SHRの終わりにくじを引いて担任が教室を出ていった後、皆がそれぞれの番号を言い合っては騒いでいた。

俺の番号は5番、廊下側の一番後ろの席だ。
まさに窓際と同じく端の一番後ろという神席、引きが良すぎて俺はガッツポーズを決めていた。

「なまえ、何番?」
「5番。侑は?」
「5番か…。俺のは後で、な。お楽しみや」

ニヤリと笑う侑にお楽しみって何だよ、と思いながら俺は角名に近づいた。

「角名、何番?」
「10番」
「まじか!俺5番!隣じゃん」

「ふうん、よろしく」と面白そうに笑う角名。侑の隣よりはまだ静かに過ごせると思い安心した。

あとは1時間目が終われば席を動かすだけだ。授業が始まる前にトイレに行っておこうと教室を出た。


***


(宮 侑)

「席替えがしたい」という声が上がった時点で、想定はしていた。

くじ引きという不確定な代物で決まる一年間の席図。

俺は何のためになまえと同じ組になったのか。手を回してここまで漕ぎ着けたのに、席替えで全てを無駄にする気はさらさらない。

机の上で手を組んで目を閉じ集中する。くじを引いた後、奇跡的な席配置がない限り、何をするべきかは確定している。

くじを引き、直ぐに自分の番号を確認した。
去年と同じ窓際の席だった。前から2番目。窓際なのはいいが前側なのはあまり頂けない。

一番問題なのはなまえが何番なのか、だ。
すぐに聞きに行くと廊下側の5番最後尾と聞いて内心焦った。

窓際の前と廊下側の後ろなんて関西と関東の距離感と同じやんけ!遠すぎるわ!
あかん、それは絶対にあかん。4番か10番の人間を探すしかない。

「なあなあ何番?」
周りに聞いてみると俺の希望する番号の奴はいない。
なまえはトイレに行っているようで教室内には居なかった。

「角名は何番や?」
「10番」
「は?!なあ、その席、俺とこうかん「無理」…」

………。クソ角名。

ジト目で見るも角名はいつもの飄々とした涼しげな顔だ。

「くっそ…」
誰が4番やねん…!最悪9番!

もはや探偵の気持ちみたくなりながらクラスメイトに番号を聞いていく。近くにいた萩沼サンにも聞いてみた。

「萩沼サン、何番やった?」
「あ、私は4番だよ」
「っ?!?!?!」

ま、まさか萩沼サンが4番やて…?!このままやと、なまえと前後になるやん。今でさえなまえの隣の席やのに、なんなんや萩沼サンの運の強さ…。

「なあなあ、萩沼サン。一生のお願いなんやけど」
「えっ、え?」

深刻そうな顔で萩沼サンの前に立つ。小柄な萩沼サンの顔はかなり下だ。

「俺な…身長あるやん。後ろの席の奴が嫌がるねん。お前が前やと邪魔や、て」
「そ、そうなんだ」
「ほんでな。今回窓際の前から2番目になってな」
「う、ん」
「…後ろの席の人に申し訳ないなあて思て…。萩沼サン窓際の席、嫌やろか?」
「嫌ではないけど…」

ニコニコと笑って見下ろす俺に萩沼サンは察したように眉を下げて笑って見上げている。

「……席番、交換してくれへんかなあ?て」
「…ふふふ、いいよ」
くすりと笑って承諾した萩沼サンに俺は歓喜で笑顔が漏れる。

「ほんまっ?!」
「ま、眩しいほどに笑顔のミャーツムくん…」
「お?」
「いや、はいこれ」

萩沼サンの小さい手から折り込まれた紙が渡され、俺の持っている紙を手渡した。4番と書かれているその紙はなまえの前の席だ。

「おお〜っおおきに!」
「…その代わり」
「ん?」
「お願いというか条件があります…っ」
「…何?」
何を言われるかと身構える。

「新聞部の取材を断らないこと…!」
「…!!」
「これからある各部長取材でしょ、あとインハイの記事もあるし、春高バレーも…。一年間、新聞部に付き合ってくれるなら…」

さすが新聞部…交渉が上手いな、と目を細める。
「…乗った。交渉成立や!」

萩沼さんとの交渉を終えて、ホクホクとした気持ちで1時間目の授業を迎えた。

何も知らずに授業を受けているなまえを見てほくそ笑む。どんな反応するやろか…

「はい、じゃあ…宮。この問題の回答は?」
「っ?!」

油断していた。いきなり教師に当てられて正直どこのページか、どこの問題かも分からない。

「え、どこっすか」
「問6だ」

問6を見るとさっぱり分からないため、諦めた。

「こ、これは…!予習したところ……!やないっ、わかりません!」
「分からんのかい!今何か分かったような感じ醸し出しとったやないか!」

クラス内でドッと笑いが怒る。
分からんもんはしゃーないやん。

「隣の田中クンなら分かると思いマスー」
「えっ?!俺?!」

俺に振るなよっ、と焦る田中。
いうて成績ええやろ?自分。何か勉強出来そうな感じしとるで、と心の中で話しかける。

「田中、分かるか?」
「…Cです」
「うん、合っとるで」

よくやった田中グッジョブ、と親指を立てておいた。呆れたように笑う田中、なまえをちら、と見るとニヤと笑っていた。

当てられた俺を面白がっているんだろう。後でシメとこ、と決める。

休み時間になって席替えの移動が始まった。

ニヤける顔をそのままになまえに近づくと「は?え?」と驚いている。

「何番やと思う?」
「何で俺の席の前にいるんだよ、え、もしかして4番?」
「ふっふ、見てみ」
4番の紙を見せる。

「はああ?マジで?こんなことある?去年と同じじゃん!同じ組で同じ前後!まじかよ」
「俺が邪魔で黒板見えんやったら前後変えたってもええで?」
「いや、それはいい。丁重にお断りする。うわ…隣が角名で、前が侑…いやいや俺の平穏な高校生活…」

頭を抱えるなまえに俺は「一年よろしく頼むわあ」と笑顔で返しておいた。

角名が何か言いたげな視線を俺に送ってくる。

「なん?」
「…別に。元々誰だったんだろうって気になっただけ」
「企業秘密デース♪」
「こっわ」
「試合でも何でも打てる手は全部打ってくスタイルやねん」
「…まあ俺に害が無ければ別に何でも良いケド」

飄々とした顔ですぐに興味無さげに机に伏せた角名。

うちの主砲はどんな展開でも、どんな作戦でも淡々と顔色変えることなく対応する。

そこがええんよなあ。試合中、俺とサムがノリノリで遊びまくっとる時でも何食わぬ顔で後ろ着いてきてんねん。
お前は紛れもない稲荷崎(うち)の主力や。

俺は思いどおりになったこの席に満足して椅子に座った。


***


午前の授業が終わった昼休み。サムからこんなことを言われた。

「ツム、角名から聞いたで。お前席替え操作しよったって」
「なん?よくあることやん。後ろ側、端の席で周りも仲良え奴って最高の席やない?」
「せこいな」
「ふっふっ、サム分かってないなあ。指くわえて見てるだけや勝てへんで?自ら動く奴だけが得られるんや」

にんまりと笑う俺にサムは呆れた顔をした。誰が何と言ったって関係ない。

俺は俺のやり方で勝ち取るんや。

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