風呂上がり、着替えを手に男子寮の廊下を歩いていると侑の姿が廊下の向こうに見えた。
パイナップルが胸元に小さくプリントされたTシャツと半パン姿で手には月バリを持っている。
変なTシャツなのにスタイルが良いだけでおしゃれに見えるのは不公平だと傍から勝手に妬む。
『バレーバカ』や『上げろ、打ち込め、吠えろ』などスポ根満載の言葉が入ったTシャツの時もあれば、おにぎり柄みたいなTシャツも持っていたりする侑のファッションセンスに独りでに笑いが出た。
侑に近づきながら話しかける。
「どこで買うんだよそんなTシャツ」
「古着屋〜」
「くそお…何かおしゃれな回答なのがムカつく」
「風呂入ったん」
「うん」
「ふうん。部屋行ってええ?」
「いいけど、俺漫画読むぞ」
「俺も月バリ読むー」
じゃあ俺の部屋に来る必要あるか?という愚問は聞かない。お互い何となく、なのだ。無言だけどたまに雑談したりして、各自の時間を過ごす。
俺達は廊下で向かい合った。見下ろす侑を、俺は見上げる。
「今、乾燥機突っ込んでんねん」
「あと何分? 」
「10分くらい」
「ふーん」
待つとも何とも言わずに侑の後ろをついてランドリールームに入る。
話していると10分はあっという間だった。侑は乾燥機から出した洗濯物を抱える。乾燥機から出した時の匂いって癖になるよな、なんて言うと侑に変な目で見られた。
2人で俺の部屋に入ったあと侑は我が物顔で俺のベッドに横になった。
「おい、寝んなよ」
「寝んて」
「お前、前科があるんだからな」
うつ伏せで上体だけ起こして月バリを見る侑に釘を刺す。
侑が俺のベッドで冬眠時のクマみたいに寝やがったせいで寒い思いをしたあの日を忘れてはいない。
俺は床に座って漫画を読み始めた。お互いにページをめくる音だけが静かな部屋の中に流れる。
漫画に集中して読んでいると面白い場面があり、思わず笑いが漏れた。
「〜〜っぶふっ!」
肩を震わせていると侑が月バリから目を上げて俺を一瞥した後「幸せなやっちゃな」と言ってきた。
「お前だって漫画読みながらニヤけてる時あるだろ」
この展開でここは絶対笑うって、と侑も後で読んでみろと推しておく。
読み終わった漫画を置いて携帯を手にした俺はイヤホンを耳につけた。音楽を聴きながら鼻歌を歌っていると侑がベッドから降りてきた。
「何聞いとるん」
「聞く?」
片方のイヤホンを外して侑に渡す。侑が隣に座り、頭を近づけてイヤホンを片耳につけた。
「この曲今むっちゃかかっとるよな」
「恋愛ドラマの主題歌だってさ」
「このドラマ見とんの?」
「ううん。見てないけど萩沼さんが薦めてくれたから」
「……ふーん萩沼サンなぁ」
「ドラマも面白いらしいぞ」
覗き込む侑の肩と俺の肩が触れた。
ドラマの予告で同じように女子高生と片想い相手の男子がバスの中で一緒に一つのイヤホンで音楽を聞くというシーンがあったのを思い出した。
侑の顔をちらりと見ると、侑の目と合った。まるでドラマのワンシーンをなぞる俺達に何だか面白おかしくて笑いが込み上げてきた。
「…ふはっ!」
「なんやねん!人の顔見て笑うなや」
「いや、ドラマで2人がバスの中で一緒のイヤホンで聞くっていうのがあってさ。それ思い出してたらそもそもここ部屋の中だし2人で聞くならイヤホンいらねえじゃん、って思って、シュールすぎてさぁ」
俺はブチッとイヤホンを携帯から引き抜いた。恋の歌を歌う女性ボーカルの曲が流れる。
「静かな部屋の中でイヤホンして静かに聞いてる俺らアホじゃね?」
「確かに、イヤホンやなくても聞けるわ。アホやんな」
「くくく、」
肩を震わせて笑い合う。
こんな些細なことでも笑えてしまうから友達って良いよな。
自分でも不思議に思う。過去の俺なら侑なんて絶対に近づかないような見た目なのに。むしろ入寮日の日からこの派手な双子には関わらないようにしよう、とさえ思っていたのに。
いつの間にか常に一緒に過ごすくらい仲良くなっていた。
不思議だ。こんなにも距離が近くなるなんて思わなかった。友達ってこんなものなのか。
転校ばかりだった俺は知らない。
俺にとって一つの学校に属する期間が一番長いのは
ここで初めて侑達と出会って、友達の良さを知った。友達との喧嘩なんて初めてだったし、遊びに行くのも初めてだった。
高校みたいに、小学校も中学校もずっと同じ学校だったらあの〇〇くんとも俺は親友だったんだろうか、なんて忘れかけていた昔の記憶に思いを馳せた。
「急に黙ってどないしたんや」
覗き込んでくる侑を見て友情も恋愛も同じだなと思う。ふとした事がきっかけとなって始まる。
「ん…出会いって偶然だなあ、って。…引越しもなくて
「引越しがなかったらて、そもそも関西におらん言うことか」
「そういうことになるな。遠いところで自転車やってるかもなぁって」
「…偶然…」
「侑と話したのだって、治が話しかけてきたからだったよな。俺、話しかけられなかったら多分、同じ組でも侑に話しかけてはなかったと思うわ」
同じ部活でもないし、目立ちたがり屋で陽キャの侑とは違い静かに平穏を選ぶ俺は侑みたいな部類には近づかない。
「だからさ、治が話しかけてくれて侑と話すきっかけができて良かった。お前と一緒にいると先生に怒られることもたまにあるけどさぁ、…一緒にいて楽しいよ、今」
自然と口元が緩みながら侑に笑いかけると、いきなり視界が真っ暗になった。
「ちょ、おい!」
「今こっち見んな」
「見たくてもお前の手で見えんわ!」
侑の大きな手のひらが俺の目を覆っている。侑の手を退けようとも力の差で真っ暗なままだ。
「あ、もしかして侑くん照れてんのか〜?!」
ニヤリと笑って茶化すと手で覆ったまま、俺の頭を羽交い締めにしてきた。
「ぎゃっ、絞めるの禁止!」
「喧しいわっ、お前が腑抜けたような顔しとるから強制遮断してんねん!」
「ギブギブ!」
「いきなりデレんなアホ」
「ひどくない?俺は素直に言ってんだよ。侑くんも言いたまえ。なまえと仲良くなれてよかった、と」
「ぜぇっったい言うたらん」
「はあ??もう漫画貸さねえからな」
「うそうそ〜。冗談やん〜、冗談もわからへんの?なまえクン、アホなん?」
「切り替え、はやっ」
呆れる俺に侑は歯を見せて笑った。
***
(宮侑)
なまえが「一緒にいて楽しい」と笑いかけて来た瞬間、俺の心臓がぎゅう、と圧迫された。
(あっかん…!ちょっと、待てやっ)
咄嗟に手が出て、なまえの目を覆った。
口元だけが見える状態で照れてんのか〜、と笑うなまえに顔を見られたくなかった。
自分が今どんな表情をしてるか分からないからだ。
いつものように羽交い締めにしてなまえが観念したところで解放してやる。
小言を言い合って、何とか平常心に戻した。
あぁ、心臓に悪い。
部屋の中で流れる曲になまえが耳を傾けながら「The片想いって曲だな…」と呟く。
告白して失恋する様子の歌詞になまえが反応して俺を見た。
「侑、告白されただろ。後輩の子から」
「…何で知っとんのや」
「銀から聞いた」
「で?」
「で?ってなんや」
「おっけー、した…?」
上目遣いに控えめに聞いてくるこいつの心理を知りたい。
「…よう知らん人間にいきなり、好きて言われて好きになれるか?」
「うわ、最悪。それは最悪」
「なんでやねん」
「告白されすぎて世間とズレてるな。普通自分に好意を寄せてくれるなら、知ろうとするわ!」
「…なまえに言われると腹立つわ」
「まあ説得力はないかもしれんが!いや、非モテだからこその説得力だろ!」
「ほな、もし自分のこと好き言う人がおったら好きになるんか?」
「え、俺の事を…好きな人?!」
えぇ〜、俺のこと好きな人がいたら…、なんて言いながら頭の中で妄想しているのかニヤケているなまえを呆れた目で見る。
「ニヤけんな」
「ニヤケてないし」
「ほっぺた緩みすぎやねん 」
なまえの頬をむに、とゆるくつまむ。嫌そうな顔で俺を見るなまえに笑いが漏れた。
「ひゃめろ」
なまえの手が俺の手に触れる。離してやると頬を擦りながらぼやいた。
「俺のこと好きな人がいたら…好きになる努力するかなあ…。うっ、こんな俺がそんなこと言うのは烏滸がましいか…。いや、でも全く知らない人だったらまず知る努力からで…」
こいつは頭の中でどんな妄想してんのやろか。
「なまえのこと好きになる奴なんかおらんやろ」
俺以外はな。
呆れたように言うとなまえと怒ったように唇を尖らせた。
「これから現れるかもしれないだろ!一年も入ってきたし、俺も後輩の女子とかと…」
「ないな」
「他校の女子とか…」
「もっとないな。バス通やないやん。自転車で出会いなんかあるかいな」
「…街中で声かけられて、とか…」
「夢でも見とんか?」
悲しくなってきた、と顔を覆うなまえに俺がおるで、とは言うてやらん。言いたいけど。
「…萩沼サンとはどうなんや」
「萩沼さん?」
「仲良さそうに話してるやん。席遠なったのに」
席が遠くなったことを強調して言う。俺の力で離したのに仲良さそうな2人がいけ好かないのだ。
「え、そう見える?」
目を泳がせたなまえに、あ、こいつ何か意識しとるな、と勘が働いた。
「この間俺らで映画見に行った時は別に萩沼サンはそんなんちゃうって言うてたもんな」
「お、おう。そんなんじゃないし…」
あかんあかん。嘘やろ。一週間とちょっとしか経ってないのに何やこの変わりようは。何があった?
「萩沼サンなんて地味やん」
わざと吹っかけてみる。
「そんなことないだろ。頭良いし、眼鏡似合ってるし、俺は良いと思うけど…。この間、ノート貸してくれてすごい綺麗だったし…、お礼言ったらまた貸すよ、って言ってくれて優しかったし…。字も綺麗だし…」
おい、俺はそんな萩沼サンの良い所10個上げろみたいなん言ってないけどな。どんな勢いで言うてくんねん。
ちょっと優しくされたから、て、すぐにその気になんの何なん?
「なぁ何でそんなにチョロいん?」
「はぁ?チョロくねえし」
「すーぐ、あ、ええなってなってるやん」
「なってない」
「ノート貸してもらっただけで、意識してんの中学生か?」
「意識なんかしてないっ」多分、と付け足すなまえにイラッとした。
「でも、お前確実に萩沼サンのこと、ええなって思ってるやろ」
「思ってない」
「…ほんまやな?」
「う…ん…」
「ちゅうか、そんなにええ子なら彼氏おるんちゃう?」
「え…」
「普通に中学の時から知ってる奴とかな。ありがちよなー高校では別々になったけど付き合うてるとか」
「うう…」
「イケメンな彼氏がおっても可笑しないよなあ。あ、塾行っとんやっけ。塾で一緒とか、な」
一緒に夜、帰ったりとか〜、なんて追い打ちをかける俺の言葉に段々しおれていくなまえの顔。その様子とは裏腹に俺の心の内は賑わっていた。 いいぞ、もっとやれ、もっとなまえの抱いている淡い期待を潰しておけと思っている自分が我ながら恐ろしい。
でも、しゃーないもんな。こうでもせな、こいつすぐに勘違いするチョロい奴やし。ショックかもしれへんけど、俺は俺のやり方で、悪い流れはぶった斬っていくスタイルやし?うん、やっぱしゃーないな。
と自分の言動を正当化する。
「で、なまえは萩沼サンがええな、って思っとるんやったっけ??」
笑顔で聞いてみるとなまえはしゅんとした顔で「いや…」と力無く答えた。
「はぁ…イケメンに生まれたかった…そしたら隣に彼女がいて俺の青春生活は薔薇色だっただろうに…」
「俺がおるやん」
肩をポンと叩いて笑いかけてやる。彼女より親友やろ、と。
「…モテまくりの奴に言われてもな」
信用ならないというような目で俺を見てくる。
「俺がモテんのはしゃーない。カッコええもん」
「はー、どうせすぐに彼女作って、俺らと遊ばなくなるんだろうなー、もういいよ。侑くんなんて知らない」
「何でそうなんねん」
「…恋愛と友情どっち取るんだよ」
お前、ここで恋愛とか言ったら俺はもう今後の付き合いを考えます、と言いながら俺の両肩を掴んで揺さぶってくるなまえにされるがままに考える。
どっち取る、て俺はどっちもお前なんやけど。
と何も知らない幸せななまえを見る。
「どっちもやな」
「アホか!!二兎追うものは一兎も得ず!両方なんて無理だからな!」
「俺には関係あらへん。欲しいもんは手に入れるし」
「出たジャイアン!もう侑くんなんか知らない!俺より恋愛を取るんだろ!」
「…なまえを選ぶで、俺は」
「…本当か?」
疑いながらも安心したような顔で見てくる。
「なら、俺も恋愛より友情を優先してやらんこともない…。恋愛という選択肢ももちろんあるけどな、敢えて、だな」
ブツブツと強がりを言うなまえに口元が緩む。
アホやなあ。早く落ちてきて。
俺は口を開けて待ってるから。
そんなことを思う自分は重症だろうか。