69

(宮 侑)

「休憩!」

コーチの声で部員がコートから出ていく。

タオルとボトルを手に取り、全開の扉に向かって歩く。6月にも入り、晴れている日は夏かと思うほどに気温が高くなる。タオルで首元の汗を拭きながら風に当たった。

遠くの方で金属バットの打つ音が耳に入った。校舎から聞こえてくる吹奏楽部の音もいつもと変わらない。どこの運動部も夏に向けて練習を重ねている。

暑いけれども真夏よりはまだマシだな、と外の空気を肺いっぱいに吸い込んでいると学校裏の坂道に向かって速いスピードで走ってくる自転車の集団が見えた。

あいつ、おるかな。となまえの姿を探す。
集団は9人。先頭に茶川と三分が位置しており、残りは1,2年のようでなまえの姿は見えない。

いつものように競り合って坂道を登っていく集団に、なまえはどこにいるのか気になった。

登りきった茶川達が呼吸を整えていると遅れて自転車に乗った4人が見えた。
先頭になまえがいて、後ろにキツそうな顔をした3人がいる。なまえは余裕そうで後ろを見ながらペース配分しているのかゆっくり脚を回している。

坂道を上がる頃には後ろ3人はキツそうで一気に速度が落ちた。
なまえと茶川達がいつも競り合う速度には到底至っていない。

なまえが他の3人に合わせて隣でゆっくり登っている。

「これ登ったらゴール!最後の最後、出し切れ!」
「っ、はぁっ、」
「キツいよな!キツイ時は周りもキツイから!」
「む、り……っす」
「ここでダンシングしてみて。今まで座って脚使ってたから、別の筋肉使って、疲れた所は休ませるんだよ」

なまえが辛そうな後輩に話しかけながら、アドバイスした。

「そうそう!それで一旦呼吸整える!」
褒めながら一緒にダンシングして登る。

前までは柴さん柴さん、と先輩ばかりだったのに今では3年として先輩の背中を見せている姿に(先輩、しとんなあ)と思った。

「大分楽になっただろ?」
「っ、はいっ、」
「じゃ、最後出し切るか」
「えっ……」
「ラスト、上まで絶対に緩めるなよ!思い切り踏め!!GO!」

なまえの合図で3人が残りの力を振り絞り、体を降ってペダルを踏み込んだ。
苦悶の表情の3人に対し、なまえも少し遅れて後ろからガツガツと踏み込んでスピードを上げた。

「絶対緩めんな!踏め!踏み込め!一瞬でも緩めたら終わりだぞ!」

後ろから喝を入れられながら登りきった3人はゴールすると同時に自転車を投げ出して地面に倒れ混んだ。

その横でなまえは余裕そうに呼吸を整えながら脚を回している。

「お疲れー!よく頑張った!脚、軽く回しとけよ〜」
倒れ込む3人を見て笑顔のなまえに三分が「フォローしつつ、最後は追い込むの鬼やわあ」と笑った。

「みょうじ、最後尾フォローおつかれさん」
茶川の声かけになまえは頷いた。

「ん。大分、差埋まってきただろ?最初の登りはついていけてたし、二回目の登りが鬼門だな」
「あの後ちぎれてから、ずっとみょうじが引いてきたんやろ?」
「まあね。でも一人も垂れずに俺の後ろついて来てたぞ」
「了解。課題はとにかくフィジカルやな。みょうじ走り足りんやろ?もう一本登るか?」
「いや、いい笑」
「脚まだあるやろ?いこか?」
「いいって言ってんだろ!笑」

笑いながら茶川を小突くなまえ。

「みょうじ今日サボれてラッキー思っとるやろ〜」
「思ってない! 俺だってずっと引いて頑張ったんだからなー」

三分に言われ反論するなまえを見て、外に出ている俺に気づくやろか、と視線を送った。

近くは無い距離だけど、気づいてくれたらいいのに、なんて希望的観測で念を送ってみる。

「部室戻るで」
茶川の声かけに全員がぞろぞろとその場を離れて行く。

やっぱ気づかんかあ、と思った時、倒れ込んでいた後輩を起こしているなまえがパッと顔を上げて目があった。

「あ、気づいた」

なまえが俺に気づいて、ひらりと手を上げた。気づくとは思っておらず、鼓動が早くなった。咄嗟に俺も手を上げそうになったが、気恥ずかしく感じた。
舌を「べ、」と出しておちょくる顔を作る。

なまえが俺を見て、眉を寄せたあと同じように舌を出して返してきた。
後輩と一緒に部室の方へ向かうなまえを目で見送る。

「ツムー、休憩終わるで」
「んー」

治の声に俺も体育館の中に戻る。

くそ、普通に手を上げて振るだけでよかったのに、と勢いで煽ってしまった自分に少し後悔した。



***


練習が終わって男子寮に帰ったあと、在寮掲示板を見るとなまえはすでに帰ってきていた。
白ご飯のスタンプを送ると、温泉に浸かってのんびりしているウサギのスタンプが帰ってきた。

「風呂か」
30分後の約束を取り付けて自室に入った。


30分後、食堂で俺となまえは並んで今日の献立の炊き込みご飯をお碗によそった。

炊き込みご飯の香ばしい匂いに練習で疲れた体が早く飯を食べたいと腹の虫が五月蝿い。

なまえと向かい合わせに席に着く。

「うおー、今日の炊き込みご飯美味しそう。治はもう食べたん?」
「あいつはまだ部屋や。後から来る言うとった」
「これはがっつくだろうな」
「炊き込みご飯やなくても、いつもガッツいとるやろ」
「確かに」

はは、と笑うなまえを見て、俺としては治は遅く来い、と願う。

「いただきまーす、うまぁ!炊き込みご飯うめー」

美味しそうに食べるなまえに、俺も負けじと大きい1口を頬張った。

「はふっ、筋肉に染みるわあ」

2人で1口目を噛み締めていると「お疲れ様ですっ!」「っす!」と食堂に入ってきたバレー部の後輩が俺に声をかけてきた。

「お疲れさんー」
返事を返す俺を見てなまえがははあ、と息を吐いた。

「なん?」
「いやあ、侑がバレー部の主将とはねえ…あの北さんと同じとは…感慨深いものが…」涙を拭く仕草のなまえに目を細める。

「喧しいわ」
「もし俺がバレー部の後輩だったら、うわあー宮ブチョー毒吐くし近づきたくねー、ってなってるわ絶対」

「あ?俺はいつも当たり前のこと言うとるだけやし。逆に高校で俺と一緒にプレーできてよかった、トス上げてもろてよかった、て有難く思ってもらわな」

「うっっわぁ、どこまでも自信家…」
げろげろ、と言いながら引いているなまえの足をテーブルの下で軽く蹴る。

「おい、脛狙うな」
「人のこと悪く言うそっちが悪いねん」
「まぁ、でも先輩感は出てきたじゃん」

たまに体育館の中見えるけど、先輩っぽくはある、と上から言うなまえに 先輩っぽくやなくて先輩やねん、と返した。

「なまえも今日は最後やったやん」

「ああ、あれは一年な。皆が皆同じレベルじゃないから、走ってたら絶対差が出てくるんだよ。先頭で競うのも練習なんだけど、後輩育てるのも3年の役目だしな。俺は俺で一年の風避けでずっと前を引いて走るのも練習になるし、」

お前も先輩感出てきとるやんけ。とは言ってやらない。
ほーん、とだけ返しておく。

「インハイ予選のメンバー決まったんやっけ」
「うん、俺ら3年は確定だから選考会は練習がてら走ったけど1,2年の枠争いがな。いやあ熱かったわ、1年でも強い奴もいたし。バレー部の一年はどう?」

なまえに言われて部員のプレーを思い浮かべる。
「まあ、筋のええ奴はおるんちゃう?俺には負けるけどな」
「…はいはい」
呆れた顔をするなまえをまたテーブル下で蹴っていると治が来た。

「おっほ、今日炊き込みご飯か!美味そうや!」
「美味いぞ!」
親指を立てるなまえに治はすぐにご飯をよそいに行った。
治を見て笑うなまえに少し胸が苦しくなる。

「やべぇっ治、それご飯盛りすぎだろ!」
「余裕やわ」

戻ってきた治がケラケラ笑うなまえの隣に座る。二人の体格差になまえが小さく見えた。
俺となまえも傍から見えたらこんな風に見えているんだろうか、と少し考えて治に口出す。

「何でそっち座んねん」
「何でお前の横やないとあかんねや。デカイ奴が隣同士て、むさ苦しいわ」

座る位置で文句言うなと言う片割れに反論出来ず、ご飯を口に放り入れた。

何でと言われると困る。なまえの横に座ってほしくない理由は言えないが、嫌なものは嫌なので目だけで訴えておく。

俺だけの秘めた思いを以前、ランドリールームで少しだけ匂わせてみたものの何の反応もなく失敗に終わった。

バレンタインデーの時に『侑がアピールして本気を出せば、好きな奴もコロッと落ちるんじゃね』と言っていた言葉を忘れてないよな?

まだまだ押しが全然足りひんな…。
と目の前の何も知らず幸せそうななまえを見やる。

「あ、そうだ」
思い出したようになまえが顔を上げた。
「なん?」
「侑、前買ったって言ってたあのゲームクリアした?」
「まだ〜」

最初は治に内緒で一人で楽しもうと買ったゲームソフトも、すぐに治にバレたため隠すことなく部屋に放置している。

「ツム下手くそやねん」
「あ?お前に言われたないわ!」
「俺の方が上手いもん」
「は?やるか?受けて立つで?」

「まぁまぁ落ち着け。でも、治ってゲームとか他にも何でもソツなくこなすよな。器用っていうか。なんて言うんだっけ…そう!要領が良い!」
「それはなまえもやろ。程々には出来るんちゃう」
「うーん、俺は平均点以上はできないんだけどな。侑は…下手なもんは下手だよな」

ぶきっちょ侑クンと笑うなまえに俺は「貶しとんか、あぁ?」と睨む。

「いや、他が下手なぶん、興味あることとか得意なとこに全ての力を全振りしてるっていうか…。狭く深く、どん底まで深くって感じだよなあ。極める感じ?そこはすごいと思う。俺そんな集中して出来ないし」

双子でも全然違うよな〜当たり前か、と笑うなまえを見て治と顔を見合わせた。

なあ治、俺が思っとること分かるか?
分かるよな。お前のその顔、分かっとる顔やんな。
こいつ俺らのこと、よう見てんで。

2人で一つとして見られることが多い俺らは別にそれでも構わないし、2人だからこその自信も誇りもあるけどそれぞれをちゃんと見て分かっている、それが嬉しかった。侑、治。2人の人間を見ている。

ああ、また胸の中の何かが大きく膨らむような気がして温かい。
嬉しさに口元が緩まないよう我慢してなまえの足をまたテーブルの下で蹴った。

「おい!何で今ので蹴るんだよっ」
「ぶきっちょ言うたお返しや」
「その後ちゃんと褒めただろっ」
「それとこれはちゃうやろ」

プンスカ怒るなまえを面白がっていると、隣に角名が来た。

「おつかれ」

席に座った角名を見て、なまえが吹き出す。

「うわっ、ちょっ!ぶっは、やばっ角名!何そのTシャツ、角名がいるわ!」

なまえが指さした角名は 『やる気ないっす、虚無。』という文字と共にチベットスナギツネがプリントされたシンプルなTシャツを着ている。

見覚えのあるデザインに、おっ、と声を上げた。

「これな、俺がチョイスしたんや!」
「侑がぁ?」
「春高で東京行った時に買い物してん。ネタでこれ買うたんや。おもろいやん?」
「まじでおもろい!ナイスチョイス!」
「せやろ〜」
笑うなまえに気分が上がる。

それを見た角名が黙ったまま、携帯を手にして涼やかな顔で操作し始めた。
「俺、今からアイコン変えるわ。なまえの半ケツにする」
「あっ!?倫くんやめてやめて、俺の肉巻き上げるよ?」
箸で肉巻きを持ち上げるなまえが はい、あーんと差し出している。
「首傾げても、可愛さの欠片もない。殴りたい」

わかる。可愛くはない。
可愛くはないんやけど、心の底でグッと来ている俺は可笑しいんやろか。

その肉巻きを食べたくなっている。

ムッとしたなまえは携帯で角名を撮った。

「よし、今そのTシャツと角名撮ったからこれアイコンにするわ。チベスナin角名、いや角名inチベスナか?」
「は?まじでするわ」

それからしばらくして角名のラインのアイコンがチロルに噛み付かれたなまえの半ケツ写真に代わり、なまえのアイコンがチベスナTシャツを来た角名に変わった。



***


グループトーク
角名倫太郎〘小テスダルい。範囲プリーズ〙
みょうじなまえ〘俺のケツで話すな〙
銀島結〘ちょおアイコンww〙
宮治〘どっちが話しとるか紛らわしいねん〙
宮侑〘大事なところは見えてないっちゅうんが絶妙やん。保存した〙
みょうじなまえ〘保存すな〙
銀島結〘なあw侑もみょうじのケツになっとるやんww〙
みょうじなまえ〘おい、お前らまじやめろ。トークメンバーが半ケツとかカオス〙
銀島結〘ちょ治までwwあかん、腹痛い〙
みょうじなまえ〘ほんとに!何?!何したいの?!トークメンバー3人とも同じアイコンて何?!〙
宮侑〘銀、分かっとるよな?〙
みょうじなまえ〘銀、お前だけはマトモだと俺は知ってるよ。ほんとに。友達だよね?ねえ?〙
宮治〘銀、はよ。〙
銀島結〘うん、待って。〙
みょうじなまえ〘(……きこえますか…「結」よ…「なまえ」です……今… あなたの…心に…直接… 呼びかけています… やめなさい…あなただけはなまえを守るのです…)〙
角名倫太郎〘呼びかけんな笑〙
銀島結〘よしゃ、完了した〙
宮侑〘wwww〙
宮治〘wwww〙
みょうじなまえ〘あああああああ!!〙
角名倫太郎〘スクショした。グッジョブ〙

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