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体育祭午前の部が終了して昼休みに入ると同時に侑達と5人で食堂に向かった。
イベント時、寮生の昼食は食堂メニューになっている。双子、角名と銀も含めて食堂のテーブルに着いた。

食べる前に角名がインカメで構えたので、5人とも画面に収まるように入る。侑が肩に手を置いて体重をかけてきた。
「重たっ、」パシャ、とカメラ音が鳴る。
「おい、なまえ笑てへんやん、もう1回〜」
「侑のせいだろっ」
「はい、笑って〜」
「うぐ!」
笑えというくせに俺の頬を両手で挟んでくる当たり、俺に笑わせる気は皆無だ。

俺達はパスタとポークステーキというボリューミーな昼飯にありつく。
男子高校生の食欲は底知らず、特に体を動かした後だといつもより倍増だ。

「すげえ食べるな」
どんどん消えていく侑と治のパスタを横目に俺は、ちゅるりとカルボナーラパスタの麺を口に含んだ。

「なまえは…普通の量やな!」
銀の言葉に頷く。
「自転車でも俺は長距離型だから燃費良い方だと思うわ…。人によっては補給食を取らないとハンガーノックになる人もいるし」
「へええ、まあ自転車部って何十kmも走るんよな?休まんかったらぶっ倒れそうや」
「そうそう、サドルの上で補給食取って休む感じ」
「うわあ。休む言うても足は動かしてんのやろ」
「タイムアウトなしの地獄…」
角名が引き気味に言う。
「うーん、でもバレーみたいに一球一球が全集中、ってわけじゃないぞ。余裕を持てる時もあるし、下りだと足止めることできるし」

俺は逆に、1点も獲られないように死にものぐるいでボールを落とさないようにしてたったの3回以内返す、さらに攻撃するっていうバレーの方が無理…と言うと侑が「1点も獲られんことはないのがバレーやねん。点は獲られるもんやし。獲られても取り返せばええし」と答えた。

「なるほど…。早く25点獲った方が勝ち、か」
「まだまだ勉強不足やな。見学が足りんねん!今度、練習試合見に来い」
「意味不。俺バレー部じゃないっす」
「次のな、日曜日にあんねん」
「何か話勝手に進んでますけど?! 」
「時間は午後からやで。練習終わっとるやろ?」
「終わってるけどさぁ!」
「決定やな。よし、ごっそさん!俺、応援団の準備あんねん。先行くわ。サムもやろ?」
「うん」
「俺の話聞かないまま、出ていったぞあいつ…」

残された3人でゆっくり食べ終わった後、俺は一人で教室に戻った。

騒がしい屋外とは裏腹に3年5組の教室は誰も居なくて、静かだった。グラウンドから聞こえる賑やかな声と吹奏楽の合奏練習をBGMに席に座る。リュックからタオルを出していると教室の中に侑が入ってきた。

「うっわ、ガラ悪ぅ…」
「はぁ?」

そこにはバチバチに決まった学ラン(長ラン)姿の応援団長 宮侑が立っていた。

黒く長い学ランの上着を羽織り、赤いハチマキを縛っている侑はどこからどう見ても女子が喜びそうな装いで男の俺から見ても悔しいほどに似合っている。

侑はポケットに手を突っ込んで得意げに俺を見た。

「どや?似合うてるやろ?」
「……ノーコメント」
「正直に『侑くんカッコイイです』て言えや」
「却下ー」
「あん?」

やっぱ背が高いって羨ましい。何着ても様になるよな…。

これで応援団の演武なんてしたら女子が騒ぎそうだなと簡単に想像できる。そう考えると借り物競争の軽率な行動は如何なものかと思うわけだ。女子の悲鳴=俺の悲鳴なのだ。

「お前さあ、もっと分別ある行動をするべきじゃないか?」
「なん?」
「借り物競争のことだよ。あの女子の悲鳴!聞いたか?あれは俺の悲鳴でもある。侑くんってみょうじのこと好きなんだ?!って勘違いする女子がいたらどうすんだよ、ったく…」
まあ、実際そんな人は1人もいないだろうけども、と付け足す。

「…俺は別にええけど」
「はぁ?」
「勘違いされても」
「……ぁ?」

…俺、聞き間違えてないよな?
勘違い、されても、いい、とな?

近づいてきた学ラン姿の侑は最高にガラが悪くて威圧的な雰囲気に圧倒される。

俺の机に両手をついて、見下ろす。侑の手が伸びてきて首に巻いている俺の赤色のハチマキをクイッと引っ張った。
釣られるように体が前のめりになる。近い、と思うのに見上げる俺は固まったように動けない。
侑が不敵に笑う。

「応援、よう見とけよ」

パッと手を離してそのまま教室を出ていった。

「……あ??」

残された俺は今の会話を理解しようと一生懸命脳みそをフル回転させる。

この間のバスの件と言い、侑は何だか最近不可解な言動が多い。一瞬、俺の脳みそが勘違いしそうになる。

まるで、それは俺に好意があるかのような思わせぶりな態度で…。
そこまで考えて頭を振った。

好意なんて侑がそんなこと思ってるわけがないだろう。俺は女子じゃないし。男だし。

いや、でも前に映画を見に行った帰りに侑から『同性を好きになるのはおかしいか』と聞かれたことがあったな…。

その意味は…?そしてこの思わせぶりは…。
頭の中で侑と自分がそんな関係になったところを想像してみた。

「ない…!ない!それはない!」

どう考えても、ないだろう!何てことを想像したんだと頭の中に浮かんだものを消し去るように頭を振った。親友にそんな想像するなんて、という罪悪感と恥ずかしさに必死で別のことを考えようとする。

人よりスキンシップが激しくてパーソナルスペースか広いあいつの事だ。仲が良いからこその、この距離感と言葉なのかも。

「何変なこと考えてんだよ…」

他人の言葉を考えすぎる自分に呆れながら可能性0パーセントのそれを忘れたことにして、席を立った。昼休みの時間は残り少なくなっている。
俺は急いでグラウンドに向かった。



***

体育祭の後半は応援団の演武から始まる。
赤組、白組の宮兄弟の装いは想像以上に騒ぎになっていた。

「うっわ、治のあれ、和装はやばいだろ。バチくそ似合ってんじゃねえか…」
「イカしとんよなあ」
角名と銀、俺達3人は応援ブースで開始準備の応援団に目を向けた。

女子の黄色い声というか叫び声が一段と騒がしい。長ラン姿の侑と和装の治が並ぶとさらに際立った。お互いに負けん気の双子に周囲が盛り上がっている。

「おいおい、全てかっさらってくあの双子よ」
「黒組と緑組が霞むよね」
暑くてやる気がないのか猫耳ハチマキの角名が長い足を投げ出して双子を見やる。

「もはや無双…はぁ同じ人間なのに何が違うんだろうな…一度だけで良いから俺もあんなキャーキャー言われてみたい…」
絶対に叶わない戯言を呟くと角名がニヤリと笑った。
「なまえくん、かっこいいー」
棒読みで楽しそうに言う角名を睨む。
「ぜんっぜん嬉しくねええ」
「よっ、みょうじ男前ー」
「銀も乗んなよ!」

『応援団の演武を始めます!赤組応援団、団長 宮侑』

いじるなコノヤロー、と抗議していると放送部のアナウンスにより応援団の演武が始まった。
赤組は吹奏楽部の演奏、白組は和太鼓という系統が違うパフォーマンスに観ている人達も楽しそうだ。

「完成度高いなあ」
「わぁっっ!ミャーツムくんの腹チラ!見た?!」
「あかんて、あれで何人の女子倒れた?!目潰しやんな?!」
「ミャーサムの和装もやばいよね?!」
「ちょっと、宮ツインズ体育祭出禁にして?!」
「宮先輩の羽織り姿、眼福…!」

生徒達の歓声は高まる一方で、もはやアイドルみたいなものだ。

「あの振り付け俺できるわ」
銀に耳打ちをする。
「何で?みょうじ応援団ちゃうやん」
「だって寮で散々侑に一緒に練習させられたし…」
「ウケるわ、何でやねんっ」
「練習に付き合えって言われてさあ」

おかげで良いパフォーマンスをしているところを見ると練習に付き合った成果もあったかな、と考える。
気迫ある演武が終わったあと、観客の視線を十二分に集めた双子は人集りの中心にいた。

『次の種目は部活動対抗リレーです!選手の皆さんは集合してください』

「銀も角名も、次出るんだろ」
「みょうじは?」
「俺は応援〜。ふぁいと!」

ユニフォームに着替える選手達を横目に俺は3年の応援ブースから移動して2年のエリアに行く。奈良木の姿を探した。

「奈良木ー」
「あ、みょうじ先輩」
「茶川と三分にぶちかましてやろうぜ」
「あはは、意気込んでますね」
「先輩に激飛ばすなんて、こんな時にしか出来んぞ?!」
「去年、茶川部長と秋田部長に言いまくってましたもんね…」
「うん…あの後、練習でめちゃくちゃしごかれたけどな」
秋田部長からいじめ抜かれた地獄の練習を思い出して身震いする。

でも…
「それとこれは別!煽ってナンボだからな!」
「はいっ」

2人でニヤリと笑いながら各部活動の選抜選手が出場する様子を見る。

「そういえば、借り物競争すごかったですね。宮先輩の」
「…アレについては何も言うな奈良木よ。俺の黒歴史…もう女子の悲鳴がさぁ…俺の方が悲鳴上げたかったぐらいだわ」
「2年の男バレも一部、悲鳴上げてるやついましたよ」
思い出したように笑う奈良木に俺は口を開ける。
「ええ?」
「ミャーツム先輩って怖いし厳しいし、普通の人じゃないですけど、良い先輩ではあるみたいです。『侑さん、何で俺じゃないんだ!』とか言ってました」
「まじかよ。あいつがそんな人望ある奴なんて信じられん…」

宮侑の基本は人でなしなのに…なんて本人が居ないことをいいことに好き勝手言う。

そうこうしている間に部活動対抗リレーが始まろうとしていた。運動部と文化部で分けているため、まずは運動部のリレー選手がスタート位置に並ぶ。

各部の名誉を賭けた戦いとして皆本気だ。特に運動部としては俺らが一番強いというプライドもある。

運動部の一軍選手が全力で走る様には応援も熱くなる。陸上部、野球部、テニス部、バスケ部、バレー部、サッカー部、水泳部ほか我らが自転車競技部の部員も揃い、ピストルが撃たれた。

『運動部の激闘、開幕!さあ今年はどこが勝つでしょうか!』

自分の部の応援はもちろん、一応バレー部も応援する。

「おい角名ーっ!!顔が本気じゃないぞー!」
「銀ー!パワーっ!!!」
「治ーっ!ゴールでおにぎりが待ってるぞー!」

『おっと!野球部、ボールのキャッチ取れず?!痛恨のミス!』
『バスケ部、バスケットボール投げるのはありなんか!?』

「三分!足の回転足りてないぞー!お前もっと回せるだろー!」
「三分先輩!!まくれーー!!」
「ぶふっ、奈良木っ、まくれはやばい!三分、絶対後で何か言ってくるわ!」
爆笑しながら奈良木の肩を叩く。

『おっ!自転車部、水泳部を追い抜かしました!』
「おおっ!三分先輩やりますね!」
「よっしゃ!お、そろそろアンカーか、やっぱアンカーは部長陣が多いな」

出る前に、頑張るわあ、とのほほんと言っていた茶川もやる時はやる男だ。
「茶川ー!男見せろよー!!」
「部長ーー!全開スプリント頼んますー!!」

傍から好き勝手叫ぶ俺らは意地悪いと自覚するが、楽しいので仕方ない。

皆、譲らぬ姿勢に応援する生徒達の声が大きくなる。応援は怒声や罵声も何でもありで、さすが稲荷崎だな、と思う。全体的に圧が強いのだ。

バレーボールを持つ治が帰ってくるのを待つ侑は腕を振ってストレッチしている。
意気揚々としている侑に向かって声を張り上げた。

「侑ー!かっこいいとこ見せてーー!」

侑が俺に向かってバキュン、とポーズした。ノリは大事なので胸は押さえておく。

「楽しそうですねえ」
「応援する俺らとしては高みの見物って感じだな」

治からバレーボールを受け取った侑が全速力で走り出した。大柄な体なのに動きが早いのはさすが、とも言える。生まれ持つ体格とパワーで追い上げる姿に力技よなあと感心する。

「あっ、茶川来た!もがけ茶川ぁ!」
「部長ー!スプリント!!」

「俺はクライマーやねんっ!スプリンターやあらへんっ!」
「反応すんなし!ええから走れ!」
「出た!みょうじ先輩の関西弁」

俺たちの喝に反応する茶川をいなしてゴールを見届ける。
部活動対抗リレーが終わって戻ってきた三分と茶川が近寄ってきた。
「おい、お前ら〜、よう言うてくれたなあ」
「でも三分1人抜いたじゃん!すごい!」
「誰かさんらが煽りよるからなっ」
「俺は水泳部に勝てただけで心晴れ晴れです!ありがとう!」

因縁の小池が走る水泳部に勝てただけですっきりしているなんて自分でも性格が悪いと思う。いつの日か侑の腰巾着と言われたことを忘れようとしたのに根に持っている自分がいて、人間が出来ていなくてさーせん、と誰に言うわけでも心の中で謝る。

それでも心のどこかで水泳部に勝ってすっきりしているもんだからつくづく陰湿な人間だなと自嘲した。

『次の種目は教師陣による熱い戦い、稲荷崎サバイバルです!出場の先生方は集合してください!』

普段見ない先生達の本気で走る姿を見ようと生徒達が面白そうに応援席に前のめりで集まる。
3年5組の応援ブースに戻ると角名がペットボトルに口をつけて水を飲んでいた。

「さすがバレー部、速かったなー」
「陸上部には負けるけどね」
「いや、あいつらは玄人じゃん笑」

稲荷崎サバイバルという名の障害物競走に苦戦する教師達の奮闘姿は生徒の笑いを誘っている。
応援しているとあっという間に最終種目クラス対抗リレーの順が来た。

銀と双子は選抜選手に選ばれているため、グラウンドに出て順番を待っている。

隣同士でレーンに並ぶ侑と治。

「あの二人勝った方がちょっと高いプリン奢るって言ってたよね」
「あー、言ってたな。引き分けだったらなまえが俺らに奢れとか言ってきたから何で俺が奢るんだって却下しといた」

「ナチュラルに集られてんのウケる」
唇を歪ませて楽しそうに笑う角名を無言で小突いた。双子を応援する女子たちの歓声が大きい。

「宮ンズの競走も稲荷崎名物ってか。応援激しいな〜」
「いつものことじゃん」

クラスのバトンを受け取った双子が走り始める。本気で競い合う2人を見ていると応援したくなるのもわかる気がする。

自然と頑張れ、と思ってしまうのだ。あの双子は人に視線を集めて好かれる素質があるんだろうな、と感心する。

「侑ー!治ー!頑張れー!」
ほら、角名も応援!と促すと絶対聞こえない声で呟く。
「ふぁいとー」
俺は息を吸い込んで声を張った。
「貸した漫画返せー!!」
角名が隣で吹いた。
「応援じゃないじゃん」
「どうせ聞こえてないから今なら言いたい放題だぞ」

「俺の部屋から充電コード勝手に持ってくなー!あと、勝手にマグカップ使うなー!」

ここぞとばかりに日頃の鬱憤を吐き出してみる。ジャイアン侑により俺の私生活がどれだけ脅かされているか分かるだろう。

「どんだけ勝手に使われてんの」
面白がる角名に肩をすくめる。
「あいつ本気で俺のものは自分のものだと思ってるからな」

他の走者をを置いてけぼりにして、全力で走りきった双子のリレー結果はやっぱり引き分けだった。
戻ってきた後「なまえ、俺は高い1個売りのやつの焼きプリンな。サムは生クリーム乗せ珈琲ゼリーがええんやて」と平然と言ってきた。

「引き分けやったらなまえが奢るんやで」という超絶勝手なルールを持ち出してくる。

「アホか。帰りスーパーに寄ればいいじゃん。俺はフルーツゼリーが良い」
「ええな、俺も食べたい」

おい、俺も食べたいだと?俺のゼリーだぞ?
「…お前、自分のも食べて俺のも食べようとしてるだろ」
「?当たり前やん」

何かおかしいことある?とでも言いたげな目の前のジャイアンにため息を吐いた。

体育祭終了後、美術部作成のパネルの前で集合写真を撮ろうという声かけに携帯で撮りあう。

カメラロールを眺めてみると角名からもらった写真が多くて体育祭以外にも日常の笑える写真やなんでもない時の動画もある。
急にモデルの真似をしようと言い出して、寮の部屋でポージングする俺達の写真を始め、バカ騒ぎしたり、ふざけた変顔も多くて他の人にはあまり見せられないが…。

「角名、こっち向いて」

ふいに、携帯から顔を上げた角名を撮る。いつも皆を撮ってばかりだから、俺が角名を撮ってやろう。
細目の不意打ち角名をグループトークのアルバムに保存した。

俺たちのグループトークのアルバム写真を眺めると皆楽しそうなものばかりだ。たまに猫とか、鳥とか、教室内とか空の写真とか、角名がふと興味を持って撮ったものも結構混ざっている。

「角名って良い写真撮るよなぁ」

素直に口から出た言葉に角名がくす、と笑う。

「…まあね」

角名の横画は少し口角が上がっていて、得意げな表情はホクホクしているように見えた。



***


体育祭終了後、今日は練習休みの部活も多く、男子寮に帰った俺は侑達の部屋に来ていた。

特に用があるわけではないが、適当に漫画を読みながら侑と話をしていた。治は少し前に風呂に入ってくる、といって不在にしている。

「どや?今日の応援団の演武、見とったか?」
「はいはい」

ドヤ顔の侑にここまで開き直ってるとナルシストという言葉とはまた違うよなと呆れ顔で答える。

「かっこえかったやろ!」

いつもなら「別にぃ」とか言うところだが、実際今日の侑は悔しいぐらいにはカッコよかったのでたまには素直に褒めてやろうと思った。

パラパラと捲っていた漫画から顔を上げて侑に言う。

「うん、カッコよかった」
「……」

俺が素直に認めるとは思わなかったのか侑が驚いたように俺を見たあと、バッと顔を背けた。
顔は見えないがツーブロックの金髪がかかっている耳がほんのり赤くなっていて、まさか照れてんのか?と口元が緩んだ。

からかってやろうとニヤニヤしながら「侑くーん、」と肩を掴んで顔を覗き込んだ俺は面食らった。

自信家で高圧的でデカイ図体の侑が、何かに耐えるように唇を横に引いて顔を赤くさせて照れているもんだから。

(え、おま…、そんな顔できたんかい…)


初めて見たその表情に驚きを隠せなかった。

不覚にも胸の内がきゅんとしたのは、認めたくない。
何だろう、これはチロルが初めて甘えてきた時の嬉しさに似ているかもしれない。
初めてのデレに何だこの可愛い生き物は!となったあの時の感覚。

いや、目の前にいるコイツは愛くるしいほどの可愛い生き物ではないのだけど…。

「…おい、照れんなよ」
「照れてへんわ!」

睨んでくるもその顔じゃ効果なし、だ。

「侑クン、可愛い〜」

からかうのにこれほど絶好の機会はない、と侑の頬っぺたをツンとつつく。侑がムッ、と怒ったように俺の両手を取った。瞬間、視界が反転する。

「ぎゃっ!」
転ぶ俺の背中を床が受け止めた。

両手は侑に拘束され、押し倒されたような体勢。上から覆い被さるような侑に起き上がろうとしても床に押し付けられた手はびくともしない。

「じょ、冗談じゃん〜」

ふざけたように言ったのに、侑は無言のままで俺を見下ろしている。

さっきの照れたような顔、あんな本気で照れるなんて思わなかったんだ。
だからちょっとからかっただけで。

「あつ、む」

俺を見下ろす目が、いつもとは違うような気がして唾を飲み込む。
こんな侑、見た事がない。取って喰われそうな強い眼差しに、頭の中で危険信号が点滅している。

掴まれた手が熱く感じた。
熱を帯びた眼差しは友達を見るような目ではない。「男」として宮侑を認識せざるを得なかった。

先程の本気で照れたような顔と俺を見下ろす熱っぽい目に、昼休みに『勘違いされてもいい』なんて意味深なことを言ってきた侑を思い出す。
思わせぶりな態度によからぬ事を考えた記憶がフラッシュバックした。

点と点が繋がるような感覚に一つの疑問が浮かび上がる。

まさか、そんなはずは。

侑の目を直視した数秒間が長い時のように感じていると、ドアノブが動く音がした。

誰かが入ってくる。治か?この状態を見られるのは不味い、と焦りながらドアの方へ目を向ける前に体が引っ張られた。

「いだだだっ!」
「…何してんねんお前ら」
「っ、こいつ絞めてんねん!」

部屋に入ってきた治は侑の腕によって絞め技をかけられる俺を見て呆れたように見下ろす。

さっきの治に見られてないよな…。
危なかったあ…と少し安心する。

「くるしっ!解放しろよっ」
「ふんっ、」

侑の腕から解放された俺は急に絞めてくんなよ、と文句を垂れる。侑は顔を逸らしたままだ。まだ俺の頭の中は混乱している。腕を擦りながら貸していた漫画を手に取った。

「俺も、風呂入りにいこっかな…」

部屋を出ようと立ち上がって治と入れ違いでドアに手をかける。

「じゃ、おやすみ」

部屋を出る前に侑の顔を見たものの、俺に目を合わせようとしない。
治が侑をちら、と見たあと「おやすー」と返してきた。

俺は双子の部屋を後にして廊下を歩く。

まさか、いや、まさかな…。

先程まで握られていた手首を触る。
頭に浮かんだ一つの疑問を今度は忘れることができなかった。

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