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(宮 侑)

体育祭が終わってから、なまえの様子が少し変わった。

俺の挙動を、言動を、気にかけているような感じ。空気を読んで相手の顔色を読むのが上手いからこそ、俺の言葉に悩んで困惑している様子が垣間見える。

そらそうや。わざと、言ってんねん。お前を悩ますようなこと。もっと悩め、考えろ、気づけ。

そんななまえを見ては内心ほくそ笑んでいるものの、困惑したような表情は一瞬で、すぐにへらりと笑ったり何事もなかったように話し始める当たり、手強いなとも思う。

気にしていないような表情、いつも通りの笑顔。

その頭の内で考えとるやろか、俺がどうして思わせぶりな態度を取るのか。

心理戦で俺に勝てると思うか?
お前も観察は得意かもしれんけどな、俺も得意やで?

体育祭の日、部屋でなまえを勢い余って床に張り付けた、あの日。
見上げるなまえに腹の底から湧き上がって来た欲。
こいつを、俺のもんにしたいな、という欲が喉元まで這い上がってきて危なかった。


なまえはまだ俺を意識している、というところまでは至っていないのだろう。
さて、どうやって落としていこかな、と考える。

ふんふん、と鼻歌を歌いながら部屋の中で爪の手入れをしていると机に向かって課題をしているわけではなく月刊バリボーを読んでいる治が俺を面倒くさそうに見てきた。

「さっきから鼻歌歌うて、なんなん。機嫌良すぎやろキッショいわ」
「やって気分ええんやもーん♪」
「クソツムが。昨日はあんだけ当たり散らかして来よったんに」
「昨日はサムが俺のハンバーグ横取りしたんが悪いんやろが」
「最終的になまえから貰っとったやんけ」
「ふん、」

治を無視しながら、なまえのハンバーグを無理やり食べた時のなまえの顔を思い出して口元が緩んだ。『あっ!俺の!』と悲愴な顔をするなまえにもっと虐めたくなる。

「何ひとりで笑っとんのや。キッショ」
「うっさいわ」
「…なあ、ツム」
「なん?」

「なまえのこと、好きなん?」

治が投げてきた言葉に爪ヤスリを動かす手が止まる。手元を見ていた目を治に向ける。

今まで何にも言うてないし、言うつもりもなかったけど。バレたんやろか?
まあ今まで、この片割れにバレなかった事なんて無いに等しい。

「好きやで。親友やもん。嫌いな方がおかしいやろ」

ケロッと何食わぬ顔で返す。治は不服そうに眉をひそめた。

「そっちの意味とちゃうわ」
「どっちやねん」

けらけらと笑うと治が分かるやろ、と言ってきた。
目の前にいる兄弟はどう思うだろうか。双子の兄弟が男を好きだと知ったら。引くだろうか?いや、治のことやし、分かってくれるだろう。生まれた時から俺のことを隣で見てきた奴だ。そして俺もまた治のことを隣で見てきた。反発し合うことはあっても、アイツはアイツ、俺は俺。でお互いの考えることや思うことは違うのは当たり前だと分かっている。


好きか嫌いか?好きやけど?恋愛感情かどうか?そうやけど?恋愛感情で好きやけど、なん?文句あるか??
とは言わない。

「別に、好き、て伝えたい奴がおるわけちゃうし」

ふ、と爪先に息を吹きかける。

「……」
「まぁ、俺のことが好き、て言われたら考えんこともないけど」
「はぁ?」
「せやから、俺は告白されたら、まあ付き合うてやらんこともないかな、て思てる」

あくまで俺は自分からではなく向こうから言わせたい。だって好きな奴には好きになってもらいたいし、俺には今まで自分から告白をしたことがなく全て相手から告白されているというプライドもある。

しかも、好きにさせて落としてから告白されるなんて最高に気持ちええやん?
振り向かせて、好きにさせたうえで、想いを告げさせるなんて、これ以上ない贅沢。

分かったか?好きな奴おるか言うたら、おるのはおるけどそれは俺だけの秘密。

表向きは、バレーボール一筋のクールでストイックな侑くんっちゅうわけや。

「モテる男は、好きて言わせてナンボやん?」
「…くっそめんどいやっちゃな」

治が俺を蔑むような目で見てくるが痛くも痒くもない。

俺の頭の中ではすでに未来予想図が出来ている。
なまえに俺のことを好きと言わせた暁には。

なあ、俺のこと、どう思てるん。
『バレーしてる侑、かっこいいし、正直、好き…かな…』
ほな、俺と付き合いたいんか?
『うん…。…付き合ってくれる?』
んー…ええよ。
『ほんと?』
うん。
『…やば、嬉しい』

顔を赤く染めて俺を見上げるなまえを想像したところで治が呆れたようにため息を吐いた。

「お前…今、頭ん中、絶対お花畑やろ」
「はぁ、俺、未来が見える超能力者かも知れへん」
「言うとけ、アホ」


***


しかし現実はそう簡単にはいかないらしい。

授業合間の休み時間、廊下に立って話している自転車部の3人を廊下側の窓の隙間から見る。

「ゴルゴ13かよ」

角名が吹き出しながらスマホを向けてきたが俺はそれどころじゃない。

「なあ、みょうじ昨日の送ったやつ見た?」
「見た!面白かった〜よく見つけたな」
「動画漁っとったら見つけたんや、爆笑やろっ」

バシバシと叩かれるなまえと、背中に触れる三分の焼けた太い腕。

おいおい、べたべた触りすぎちゃうんか。
飲んでいる紙パックのジュースを握りつぶしそうになる。

「これとか、まじで笑いすぎてさ」
携帯を見せるなまえに顔を近づける茶川。

「な?」
笑いながら茶川を見上げるなまえ。

おいおい、お前ら顔近いんとちゃうか。アホか!!

心の中で悪態をつきながら窓から顔を離した。角名がニヨニヨしながら俺を見てきた。

「なんや角名、」
「別に」

教室内に戻ってきたなまえが席に座る。
半袖の夏服のシャツから覗く腕は小麦色に焼けている。

インハイ前の練習に精を出しているのか、日に日に焼けていくなまえの腕を見る。それでも三分や茶川ほどは焼けていない。

「ばり焼けとんな」

なまえの腕を掴むと俺の日焼けしていない手と自分と腕を見比べて「まあな〜、毎日外走ってるし」と返してきた。

俺の手の大きさだとなまえの手首は軽く握れる。

「茶川らほどは焼けてないな」
「俺、肌弱いから昔から日焼け止めだけは塗ってんだよなあ。あと単純に日焼けってダメージ強くて疲労が重なる」

プロでも使ってるし、というなまえの腕をすす、っと指先で撫でるとぴくり、と動いて腕を引っ込めた。

「ふうん」

またあの目。俺を観察するような目にくすりと笑う。そうやってもっと俺を意識すればいい。

「明後日の練習試合、来るやろ」
「体育館で昼から、だろ?」
「うん。練習終わっとんよな」
「集合、朝の5時半だからな」
「早すぎん?」
「夏は日中走るとか自殺行為なわけよ」
「早く走り初めて早く終わるっちゅうこと?」
「せやねん」
「いきなりの関西弁、ウケる」

隣で机に伏せながら俺たちの方を向いていた角名が吹き出した。

「明るくなり始める頃から走って100kmくらいで済ませるから、暑さのピーク前に解散するんだよ」

インハイ前だし、ひたすら練習だけど熱中症になったら元も子もないし、と言うなまえに俺達も負けてられない、と思う。
仕上がってきているのは俺だけじゃなくレギュラー陣は調子も良いし、今週の練習試合も大いに暴れまくる気満々だ。

「応援きてや。俺、頑張るで」

笑って、ジュースのストローを口にくわえたまま、ちゅうと吸い込む。甘い味が口の中に広がった。

「おう…」

そんな俺をチラリと見てなまえは目を逸らした。

***

日曜日の練習試合は県外から遠征にきた私立の強豪校。

インハイの予選グループ戦で当たりはしないが、勝ち抜けばいずれ当たるであろう、相手に不足はない。

「「「おねがいします!!!!」」」

ホームとはいえ体育館の中は今から始まる試合にピリピリとした心地よい殺気が漂っていた。ちらりと2階の方へ視線を上げると父母会や生徒を含めたギャラリーの中に部活終わりであろうジャージ姿のなまえを見かける。

「宮くーん!ファイトー!」
「宮ンズー!」
「倫太郎、結ー!今日もガンガン打てよー!」
「稲荷崎、気張れやー!!」

降り掛かってくる声援の中でなまえと目が合った気がした。俄然、やる気が出る。
見とけよ、俺のかっこええ所。

「よっしゃ、思い切り楽しむでサム」
「あんまはしゃぎ過ぎんなやツム」

「侑、わかっとるな」

監督からの言葉に頷く。
分かっとる。今まで俺らをセーブしてくれよった先輩らはおらん。自分らでコントロールしていく必要がある。それはもう旧3年生がおらんなってから、ちゃんと分かってるつもりや。

試合前のワクワクとウズウズするこの緊張感が堪らない。コートに入る前に出場選手で集まって肩を寄せる。

「最高のトス上げるから、しっかり(・・・・)応えてな」

笑顔で皆を見る。俺の放った言葉に理石や1年は覚悟したように返事をし、銀と小作は「おっしゃ!任せとけ!!」と意気込む。
治、角名は分かりきったようにはいはい、と言う顔をしただけだった。

まあ、言わんでも分かるよな。お前ら、俺のトス、全部全部打ってきとるもんな。

ほんなら、今日も存分に遊ぼか。

治と手を軽くぱしん、と合わせてコートに入る。試合開始となりサーブ位置まで6歩、進んで振り向いた。

相手コートの選手たちの目が一斉に俺を射抜く。

まぁまぁ、そないに睨まんといてや。
お楽しみはこれからやで。

高くボールを上げて、床を蹴った。



***



「「「ありがとうございました!!」」」

試合結果は1セット落としたものの、無事に勝ち終わることができた。盛り上がった体育館の中、応援してくれた人達にお礼を言う。

インハイまで残り1ヶ月。修正していくところも多く見えた練習試合だった。

監督とコーチの総評を聞いたあと、クールダウンと掃除をして解散となる。

2階の手すりの近くにいるなまえのところに駆け寄って下から声をかける。

「なまえ、」
「ん?お疲れ!」
「俺、まだ練習するわ、先帰っとってええで」
「はっ?皆帰ってんじゃん。あんだけ動いたのにまだやんのか?」
「今日のはちょっと、あかんかった。感覚残っとるうちに修正したいんや」

俺の言葉になまえは目を見開いた後、観念したように手を振った。

「……なら俺も残るわ。勉強道具持ってきてるし、ここで課題しとくからお好きにどうぞ。角名は?先帰るん?」

2階から身を乗り出すなまえに角名も俺の横に来て見上げる。

「疲れたし、上がる。俺もそっち行くわ」

着替えよ、と言って角名が部室に向かっていく。なまえが身を乗り出したまま俺を見た。

「休養も大事だぞ。北さん言ってたじゃん。コーチもさっきしっかり休め、って」
「分かっとるけど、あとちょっとだけ」
「はぁ、ほどほどにな」

そう言って頭を引っ込めたなまえに、俺はコートで待つ治と銀の所へ駆け戻った。




体育館を出て帰路につく頃には陽も目線の高さまで落ちてきていた。

バス停まで向かう5人。俺となまえは後方で話しながら歩いていた。

「どやった?試合」
「面白かった!途中から何か流れが一気に変わったじゃん、あれなに」

「俺の作戦や。相手の痛いとこ、ついて崩していけばこっちのもんや」
「ほう、すごいな!皆かっこよかった!」

ボールがバシッとドシャッ、と決まるところがすごかった!とキラキラした目で見上げるなまえに口元が緩んだ。

「俺は?」
「え?」
「俺は、かっこえかった?」

前を歩く3人とは距離が開いている。俺たち2人だけの会話だ。俺の言葉になまえはシバシバと瞬きした。

「かっこよか…った…」

戸惑うように口から出したその言葉。

あ、今なんか考えとるな。

さらっと簡単には口に出せないということは俺を意識しているんじゃなかろうか。

「どこが?」
「え?」
「どこがかっこえかった」
「どこって…」
「は?!見とらんかったんか??!」
「いや…サーブとか、相手ブロック翻弄してるところとか…目立ってたし見てはいたけど…」
「ふっふ、せやねん。どや侑くんのプレーは!」

惚れた?と覗き込んだ瞬間、揺れた瞳。次の瞬間には「調子乗んな、誰が惚れるか」といつもの呆れ顔に戻っていたが、戸惑った表情は見逃さなかった。

なるほど、壁は厚いが破れば脆い、か。

なまえの外面は思いのほか分厚いようで、押しに押しても反応が鈍くて思い通りにいかなかったが、どれだけ厚い防壁でもずっと突いていればヒビは入るみたいだ。

平然を装っているその顔の下で何を考えているだろう。戸惑っているだろうか。さっきの揺れた瞳。

ああ、楽しい、ゾクゾクするわ。試合見たいな心理戦や。

そのヒビを大きくして、崩して、露にしてやろう。あと少しや。

なまえがチョロいのはわかっとる。自分の周りに張っているバリアが分厚いだけで中身はただチョロくて押しに弱い奴やっちゅうのは本人は気づいとんやろか。いや、分かってへんやろな。

崩せばこっちのもんや。確実に堕としていくで。

「あ、なんかついとる」
なまえの首筋に触れると、びくり、と肩が揺れた。上がった口角をバレないように表情を戻す。

「な、に」
自分の首を確かめるように触るなまえになんでもないように肩をすくめてみせた。

「ただのゴミやった」

急に黙ったなまえ。まだ首をさわさわと指で撫でている。

そろそろ分かって来ただろうか。勘づいてきただろうか。そう、俺のことを意識して、悩んで、俺に落ちて来て欲しい。

表面上の盾は分厚そうだが、中身はそうでもない。
女子に声を掛けられるとすぐにその気になったり、周りから囃されるとすぐに意識し始める、
そんな流されやすいなまえは俺がひと押しすればあっという間に後ろに倒れてしまいそう。

俺は目の前の小さな獲物に舌なめずりをした。

なまえが落ちるまで、あともうちょっと。

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