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「そいつはクロかシロか…」

ロードバイクのトップチューブに跨いだ状態で呟く。隣でボトルの水を飲む茶川が首を傾げた。

「なん?サスペンスドラマでも見たんか?」
「いや、最近色々と探偵並に推理してて…」
「ほう、テスト前なのに余裕やな」
「あっ、やめて。テストのこと思い出させないでっ」
「俺も!頭が痛なってきた…!」

頭を抱える三分と俺を見て笑う茶川。
朝練も今日で最後、明日からはテストが始まる。
テストが終わればインハイに向けて練習漬けの日々が待っている。

泣いても笑っても俺たちの最後の夏はそこまで来ている。早い人はインハイ予選で敗退すればそこで引退している人もいるのだ。

3年最後のレースとして迎えるインハイを前にまずは避けては通れないテストに向けて、全教科の内容を頭に詰め込むしかない。




朝練を終え、部室から校舎に向かう途中ですでに高い位置から照りつける太陽に暑さを感じて体が汗ばむ。

茶川と三分は先に上がっていたため、俺は一人で昇降口に入った。

「あっちー…」

内履きに履き替えながら早く涼しい教室の中に入りたいと思った時、首にひんやりとしたものが当たった。

「ひぅっ、」

驚いて振り向くと、水滴を纏ったペットボトルを手にした侑が立っていた。

「くっく、どんな声やねん」
「冷てえっ」

いたずら成功、としたり顔で笑う侑。
「冷凍庫でキンキンに冷やしたんや」

朝から振り回され、暑さも相まってムカついた俺は侑の手からペットボトルを奪った。キャップを開けて侑の目の前で飲んでやる。ゴクゴクと冷えきった水が朝練で火照った体内を通っていく。水って美味いな、と思うくらいには体が汗で失った水分を補給しようとしていた。

どうだ、せっかく冷やした水を飲まれるなんて、さぞかし悔しいだろうと横目で侑を見る。
悔しがる姿を想像していたのに、俺の目に映ったのは俺を凝視している侑だった。正確には俺の喉元。
ごきゅり、と動く喉仏に侑の視線が刺さっている。俺はペットボトルを口から離した。

慌てて離したものだから少し零れて、口の端から水が垂れ、制服のシャツを濡らした。
手の甲で口元を拭って、侑の視線から逃げるように3分の1程減ったペットボトルを侑に押し付けた。

そんなに、見るなよ。
あまりに凝視されるものだから居心地が悪くなってふいと顔を逸らす。

「ごっそさん」
なんでもないように言って先に階段に向かう。

「宮先輩〜おはようございまぁす」
「ミャーツムおはよぉ!」
女子に声を掛けられて挨拶を返している侑の声が後ろから聞こえた。

「ん…、はよぉ」

歩く度に揺れるリュックに付けたバレーボールキャラクターのキーホルダー。
カチャカチャとなる音を聞きながら生徒が行き交う階段を登る。
登りきったところでリュックの重みが増した。

振り返る間もなく、肩に腕が回される。薄いシャツ越しに伝わる体温。

「このっ…暑苦しいわ…!」

侑の腕を退けようと重たい腕を掴むと侑が耳打ちしてきた。誰にも聞こえない声で囁く。

「なあ、煽っとんか?」

「…はぁ?」
腕の力が抜ける。俺が無理やり退けなくてもパッ、と肩から離れて行った。

先に行く侑の後ろ姿を目で追いかける。

煽ってる、とは??
そりゃやられたらやり返すために俺は侑の水を飲んだだけで…煽るというか仕返しなんだが。

突っ立ったままの俺を角名が追い越した。
「はよ」
「あ、おはよ…」
「何してんの」
「いや、別に」
「ふーん」

俺をちらりと見た後、角名も先に行く。角名の背中を追いかけるようにして教室に入った。
侑はすでに席について寮母さんの作ったおにぎりを取り出して頬張っている。

美味しそうな鮭の匂いに少し羨ましくなった。
じっと見ていると侑が目を細めた。

「あかん、やらんで」
「何も言ってないだろ」
「目が物欲しそうにしてんねん」
「一口だけ」

身を乗り出して白ご飯の中に埋まる鮭を見つめる。

「…ほな一口あげるわ」
「やった!あーん、」
「その代わり、俺の言うこと一つ聞いてな?」
「あ…?」

にっこり笑いながらおにぎりを差し出してくる侑といきなり提示された条件に俺は開けていた口を閉じた。
目の前の奴が何を言い出すか分からないのに食べられるわけがない。

「…やっぱいい」
「ええて。遠慮すなて。ほら、あーん」
ニコニコと笑いながら俺におにぎりを押し付けてくる侑から仰け反り、首を振る。

「いらん!」
「食え!口開けろや!」
「ぎゃあぁっ!角名!助けろ!こいつ無理やり食わしてくる!」

鼻で笑って頬杖をつく角名は助ける気が一切ない。侑と言い合っていると廊下側の窓が開いた。2人とも視線が上に向く。そこから顔を覗かす女子は高く見上げるほど長身だ。

「みゃーつむ。昼休みインハイ移動の打ち合わせあるって」

見上げる俺と侑を背の高い女子が廊下側の窓から見下ろしていた。ショートカットで目鼻立ちはっきりしたその顔は女子バレー部ということは覚えている。2年の時も侑と話しているのを見た事がある。

「お?わかった」

仲が良いのだろうひらりと手を挙げた侑と親しく会話している様子を目の前で見ていると、さすが同じバレー部だけあって、まるでお似合いというか…。釣り合っているというか。

長い手足で身振り素振り、笑いながら話す様子は人の目を惹く。俺より背高いし、下手したら茶川よりも高いかも、とスタイルの良さに圧巻される。

男子から見ればめちゃくちゃ高嶺の花だなと思うと同時に、実際に俺は眼中に入っておらず、侑と楽しく話している。

まあ俺なんてクラス脇の生徒BいやJくらい普遍的な奴だし、むしろ侑のおにぎり攻めから解放された分、ありがたい。

周りにいるヤツらが目立っているだけで俺自体は普通の凡人なのだ。

一番後ろ、端の席から教室内を見渡す。隣で伏せて寝ている角名を始め、女子同士で集まって会話しているグループや男子のかたまり、一人で本を読んでいる人や勉強している人、寝ている人、音楽を聞いている人。俺は色々いるうちの1人に過ぎない。
教室の中から外へ、廊下に目を向けると付き合っているのか男女で親密そうに話している2人組が視界に入った。女子の腰に手を回している男子を見て内心毒づく。

くそ、外でやれ外で!ここは学校だぞ!
と真面目なことを心の中で吐いてみるものの、ただ単に羨ましいだけであることは否めない。

あぁいいな。目立たない平凡な人間だからこそ俺も誰か一人だけでいいから特別扱いしてくれる人が欲しい、と思う。

彼女、とか。とか。
まじでそこらへんに恋愛のきっかけみたいなもん、落ちてないかなあ、なんて。

目の前の会話が終わった後、侑は俺に向かって「女バレのキャプテン」と言った。

「へえ、部長になったんだ?」
「うん」
「お似合いなことで」

見せつけられるこちらの身にもなってほしい。頬杖をついて侑を見る。

「…は?」
ドスの効いた声と眉を寄せる侑に対してまた声が掛かった。次に廊下側の窓から覗き込んで来たのは吹奏楽部の部長だ。

「宮くん、応援演奏の話、先生から聞いた?」
「?まだやけど、」
「ほな、また話あると思うわ」
「ん、毎年ありがとう」

侑がさらっと言う。こいうところが人懐っこいよなあと思う。

「ええよ、かっこええとこ見せてな」

にやりと笑う吹部の部長に侑は当たり前やん、と返す。閉められた廊下側の窓。

「うっわ宮せんぱい、チャラすぎ…」
「あ?」

かっこいいところ見せてよ、なんて言われて当たり前だと返すような自信、俺にはない。
男同士ならノリで『俺の勇姿、見とけよ』とかふざけて言い合えるが女子には無理だ、絶対言えない。

言って、何こいつ自意識過剰すぎ、なんて思われたら…と思うと小心者の俺には女子の前でそんな大口は叩けない。

ここが根本的に自信家の侑と違うんだろうな、と思う。そして自信が持てるほどの力と才能、それを裏付けする努力をしているからこそ、言い切れる姿勢。

俺とは正反対だ。
机の上に突っ伏して、またネガティブなことを考え始めた自分を反省する。

「ううー」
こんな自分が嫌になる、と机に頭をぐりぐりと押し付けてため息を吐いた。
定期的に他人と比べては悲しくなる自分をどうにかしたい。
自分は平凡だと自覚しているし、自分に自信がないからこそ、羨ましいのだ。

「なんや」
頭上から声が降ってくる。
侑の顔は見ずに机に伏せたまま横を向いた。
手の甲の上に頬をくっつけて 机の表面にある傷を目でなぞる。

「何で立て続けに女子が話しかけてくんだよ…アニメかよ…」

俺なんて女子から話しかけられることなんかあんまりないのに。

「はぁ?普通やん」
何言ってんだこいつ、というような目で見てくる侑に お前の普通は普通じゃない、と心の中で返す。

「何でだよ…こんな人でなしなのに…」

神様、おかしいよ。なんて言うと侑が首根っこを掴んできた。揺すられながら考える。

俺だってこいつより性格はマシ…いや、やっぱ根暗だからダメかな…。

誰から見てもカッコイイのはカッコイイのだ。
背も高い、顔も良い、それだけでステータスは突き抜けていて、俺が女子ならみょうじなまえという平凡な奴を選ぶよりも宮侑を好きになるに決まっている。(侑の性格はさておき。)

「優しい侑クンに向かって人でなしとはなんやねん」

「…俺の周り男子ばっかり…。少しは俺も女子との会話に入れるとかさぁ。優しい侑クンなら、そういうことしてくれたっていいじゃん」

伏せたまま少しだけ顔を動かして侑を見上げる。見下ろす侑が腹立たしそうに目を細めた。

「はぁ?するわけないやん。アホか、絶対せえへん」
「なんでだよ」
「このドアホ、ボケ、溝に落ちろや」

急にキレられて怒ったように侑は前を向いて背中を見せた。

伏せたまま隣の角名の方へ頭を動かして見ると、角名も机に伏せたまま目を開けて、俺を見ていた。角名と目が合う。

隣同士の机でお互いに伏せたまま見つめ合う構図もどうかと思うが、口パクで角名に『なんかキレられたんだけど?』と伝えた。

角名が侑をちらりと見たあと、口パクで『いつものことじゃん笑』と答える。

『女子との会話に混ぜてって言ったらこうなった』
『ウケる、それはなまえが悪い』
『俺?!まあ、すぐ機嫌なおるだろ』
『天邪鬼だしな』

「…2人とも何で口パクで会話してんねん。普通に話せばええやん」

俺と角名の間に銀が立っていた。

『おお、銀』
『いらっしゃい』
『どした?』

「いや、せやから普通に話せや!サイレント会話て!」

口パク会話を続ける俺達にツッコむ銀。
俺と角名は静かに笑った。


***


一日が終わり、男子寮の食堂にて侑達と今日の献立のカキフライを食べていた。

「明日からテストやー、赤点取ったらアウトやわ」
「赤点はさすがに回避しろよ」

いつもよりしょげている双子にご飯食べ終わったら勉強な、と言うとさらに具合を悪そうにしている。

「はあーテストはよ終われ。終わったら練習できるんに」

ため息を吐く侑を見て俺は呟いた。

「でも、俺はまだテスト期間続いてほしいかも…」
「何でや?」
「インハイ…来てほしいような来て欲しくないような」

一応インハイが最後だし、と言うと治が「俺らは春高まであるしなぁ」と言う。

「インハイはあの烏野は来るんだよな?」
「あいつら来おへん」

侑が面白くなさそうにカキフライを一口で頬張った。

「え?宮城代表じゃないん?」
「インハイ予選で落ちとるわ」
「まじか。あのセッターとすごい跳ぶ子強かったのにな」
俺の言葉に侑がぎっ、と睨んできた。

「インハイ来たら潰したるんに…」
「どこが来んの?」
「宮城は伊達工業や」
「へえ、烏野と戦えないのは残念だけど、あの烏野に勝って来るってことはそこも強いんだろうな」
「ブロックが強いらしいで。動画見たけど、俺らと同じ3年のブロック高かったわ」
「決勝で当たったらどないする?角名、負けんなよ」

自分達はさもトーナメントを勝ち上がり、決勝戦に出るのが当たり前のように話す双子にさすが高校バレー界最強ツインズだなと思わせられる。

「…あのブロック破るの面倒くさそう。ま、抜いて通すけど」

独り言のように呟く角名に、実力を伴う自信家は何も双子だけじゃない。ここにもいたなと角名を見る。

「さすが男バレ…」
「自転車部はどうなん。今年もなまえの役目はアシストなん?」
治がごくりと飲み込んだ後、聞いてきた。

「うん」
「エースは誰なん」
「茶川と三分。ダブルエース。レースの動き次第でどっちで勝負に行くか決める感じ。レースコースが独特で展開が読めないんだよなあ。とにかく俺は脚使ってうちのエースを先頭に位置させることだけを考えてる」

「もちろん狙うは優勝やろ」
「そうだな、100人以上が一斉スタートで勝者は一人。3年間の全てを出し切りたいし、後悔だけはしたくない。あの時もっともがけばよかった、って」

箸を持つ手をとめてカキフライを見つめた。3人とも黙っている。

「ちぎれるほど脚回して、心臓止まるくらい追い込んで、それでどこまで行けるか分からないけど、俺はエースが勝つのを信じて走る」

カキフライを一つ取った。

「俺はエースのために全てを捧げるから」
それしか出来ないもん、と笑って食べる俺に侑が俺をじっと見てくる。

「…そういうとこやで、ほんま」
「は?何が?」
「なまえのくせにかっこええこと言うなや」
「え、漢らしすぎて、惚れた?」
「誰が惚れるか、アホ」

ジト目で見る侑の横で角名が「惚れた」と言ってきた。

「俺も惚れた」
治も言い始める。
侑は治と角名を信じられないという目で見た後、「お前ら…」と言いたくなさそうな顔をした。

「〜〜っ、惚れた…!」

間はあったものの、そこはちゃんとノリに合わせる関西人。
言わされたんだ、と不服そうな侑に俺はにやりと笑う。隣で角名も笑っている。

「だろ〜!?」
「調子乗んなや、このっ!」
「ばっ、おいっ!俺のカキフライ!」

侑に食べられたカキフライに俺は頬を膨らます。

明日からテスト。避けられない学生の苦悩を忘れられたほんのひと時だった。

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