76

テスト期間が始まり、学校は午前中で終わる。

SHR後、帰り支度のためリュックに勉強道具を詰めていると、教室を出てどこかに行っていた侑が帰ってきた。

教室を出ていった時と、帰ってきた今で違うのは眼鏡を掛けているということ。

眼鏡姿の侑に女子の視線がチラチラと感じる。
どや顔で俺を見てくる侑に首を傾げる。

「なに?」
「じゃーん、眼鏡や!」
「おう…、侑、目ぇ悪かったっけ?」
「悪ないし」

俺の反応に面白くなさそうに目を細める侑。
俺は隣の角名を見た。角名は面白そうに笑っている。

「賢そうに見えるやろ?」
「え、全然?いだだだっ!!ギブ!ギブ!」

急に俺を羽交い締めにしてくる侑の腕を叩く。
教室内で騒いでいると、治と銀が斜めがけにカバンをかけて入ってきた。

「何してん」
「おっ、侑メガネやん」
「どや、インテリや」
「うーん、その金髪頭にメガネは、」
悩ましげな銀に侑が銀までそないな事言うんかっ、と頬を膨らませている。

「俺なら似合うやろ」と治が侑から眼鏡を取ろうとすると、「俺がダメならお前もダメやろっ」と眼鏡を渡そうとしない。

「そもそも何でメガネかけてるんだよ」

俺の疑問に侑が治ともみ合う手を止める。
俺を見て、黙った。治は面白そうに笑っている。

「なんや気になるヤツの好きなタイプがメガネらしぃ、うぐっ!!」

話途中の治に侑がプロレス技をかけた。
「クソサムがっ!」
「っんのアホ!」

また揉み合っている2人を前に心拍が跳ね上がる。
俺も眼鏡をかけている人に惹かれがちなため、『気になるヤツの好きなタイプ』という言葉に反応してしまった。

「ふうん…」

いけない。勘違いしかけた。俺の惹かれるタイプが眼鏡だからって、そんなの関係ないだろう。

「てか、そのメガネどこから持ってきたんだよ」
「2年の佐藤や。あいつ練習中はコンタクトでテスト期間やからメガネかけとってん。取ってきた」

ケロッと言う侑に、2年の佐藤くんが困っている様子が想像できた。顔も分からないが多分バレー部の後輩なのだろう。

「佐藤くんにすぐに返してきなさい」
と悪いことをしたチロルに注意する時のように腰に手を当て、人差し指で差す。

「小学校の先生やん」

笑う銀の横でぶつくさ言いながら教室を出ていく侑。眼鏡をかけたまま外に出ていく侑に、やっぱり女子がチラチラ見ていた。

「ほんと自由すぎんだろ。佐藤くんが可哀想だわ」
「で、眼鏡姿の侑はどうだった?」

角名がニヤニヤしながら聞いてくる。

「どう、ってメガネ一つじゃあいつのガラ悪い感じは払拭出来ないだろ。どう見ても絡まれたら嫌だな、って思わざるを得ない雰囲気が…ぎゃっ!」

いきなり横腹を掴まれて体がビクつく。

「誰が、ガラ悪いやと?」

背後から聞こえた声にさっきまでの自分の言動を後悔した。ギギギ、とゆっくり振り向くとさっき教室を出ていったはずの侑が帰ってきていた。

「言ってない言ってない!侑くんかっこいいねって言ってたんだって」
「あ?嘘つくなや」

侑の手の力が強くなる。
「ああぁぁー!銀助けてぇぇ!」

銀がグッと親指を立てて「俺に出来ることはなんもないで!」と言い切る。

俺の横腹を掴む侑の腕に両手を添えて、首を振りながら懇願する。

「ごめんごめんごめん、謝るから今すぐ俺の腹から手を離して!」

眉を下げて見上げる俺に侑は面白そうに指をピクリと動かす。俺の体も反応して、冷や汗が出る。

「侑ぅ、お願いぃ」
涙目になりそうになりながら、侑を上目遣いで見ると数秒考えたのち手を離してくれた。

解放された安堵から、はぁ、と息をついて全身の力を抜く。

「隙ありっ」
瞬間、またガシッと脇腹を鷲掴みされた。俺は完全に油断していたため情けない声を出して床に崩れ落ちた。

脇腹を押さえながら床に蹲る俺を侑が高らかに分かって見ている。

「ははっ、なまえ、腹弱すぎやろ」

床から睨むように侑を見て「くそ…侑なんか大嫌い」と呟いた。

「あ?なんやて?」
「バスに乗り遅れろ、バーカ。大大大大っきら「こんのっ」あああっ」

侑の手が伸びてきて俺は咄嗟に避けた。机の上のリュックを持って教室を出る。こうなれば追いかけっこの始まりだ。

一目散に廊下を走りぬけて階段を降りる。

「逃がすかアホ!」後ろから聞こえる侑の声を無視して下駄箱から靴を出して足を突っ込む。

内履きを自分の靴箱に投げ入れて、昇降口から外に出た。侑に追いかけられるスリルに笑いさえ出てくる。

侑も靴に履き替えて外に出てきていた。ダッシュする俺の後ろを追いかける侑に逃げ切れるはずはなく、黒リュックが後ろから引っ張られた。

「ぐえっ!」
「捕まえたっ!」

はぁっ、はぁっ、、と2人とも息を整えながらも侑の手は俺を逃がさないようにリュックを掴んだままだ。

ついに捕まってしまい、逃亡の終了に笑いが漏れる。

「ふへ、へへ、くそお、離せよぉ…っ」

「誰が大っ嫌いやてぇ??」

俺の顔を覗き込むように聞かれて、知らん顔をする。
「いや?そんなこと言ってないけど?」
「次言うたら絞めるで。分かっとんよな?」
「分からん」
「絞められてたいんやな、わかった。よお分かったで、」
「ああああ!うそうそ!」

「まーだ、やっとんのかい」
銀と治、角名が昇降口から出てきた。
男子寮に帰るために茶番は終わりにしよう、と侑に投げかけると事の発端はお前や、と指摘され解放された。
俺が事の発端だと?解せぬ。

追いかけっこで乱れた制服を整えてリュックを持ち直す。バス停まで会話しながら歩いた後、銀と別れてバスを待つ間、テスト期間中でもあるため一応3人に聞いてみた。

「帰ったら、明日の教科やる?」
「いや、俺寝たいわ」
「俺も」
「俺も」
治の返答を筆頭に侑と角名も同意する。
「だよなー。俺も」

俺も同意して、まずは寝て頭をすっきりさせてからだな、と明日のテスト教科の対策を考えた。

***


バスに乗って男子寮に帰ってきた後、それぞれ自室に戻る。
俺も少し寝てから、勉強しようかなと思っていると部屋がノックされた。

誰だろう、とドアを開けると侑が立っていた。すでに部屋着に着替えてTシャツにハーフパンツの格好だ。

「どした?」
「テス勉」
「寝るんじゃなかった?」
「先やるんも後やるんも同じやん」

侑にしてはマトモなこと言うな、と思いながらまあ一人でやるのも2人でやるのも、変わらないかと思い部屋に入るのを許す。

「角名と治も呼ぶ?」
「…あいつらは寝る言うてたし、ええんやない?」
「ふーん。わかった」

じゃあ2人で進めるところまで進めるかあ、と考えたところで、あれ部屋で2人きりって…と少し変な意識をしそうになった。
いや、普通に友達同士テスト勉強をするだけじゃないか、何を考えているんだとすぐに考えを改める。

余計なことは考えまい、と部屋着に着替えるために制服のシャツのボタンに手をかけた。ボタンをプチプチと外していっていると視線を感じた。
侑が俺をじっと見ている。

「なんだよ。見んなエッチ」

ふざけて開けた薄い白シャツの前を閉じて腕を寄せてみる。侑が無言で俺のベッドにあった枕を投げてきた。

「ちょっ!おま!人の枕!」
「なんやイラッときてん、ちょお精神統一するわ」

ふーー、と息を吐きながら目を閉じる侑に俺の着替え姿がそんなにも目に毒だろうか、と思う。

ベルトを外す手元からカチャカチャと音が鳴る。制服の下を脱いでハーフパンツを手に取り履いた。上のシャツを脱いだところでTシャツを探したが見当たらない。
朝、脱いだTシャツ何処にやったんだっけ、と記憶を思い返す。侑が座っているところに投げているTシャツを見つけた。

部屋の中を数歩歩いてTシャツを取りに行く。
俺の気配に気づいたのか侑がその大きな目をゆっくり開けた。
上半身裸の俺と目が合う。俺の手は侑の横にあるTシャツを取りたくて。
手を伸ばした俺を見て侑が目を見開いた。

「なっ、」
「ん、ちょっとその横のTシャツ」

手を伸ばして近づく俺に、侑が仰け反った。勢いのまま侑は床に倒れる。

「え、どしたん。大丈夫か?」
俺が見下ろすと侑は怒ったように「はよ着ろ!」と言ってきた。

へいへいと侑の横にあるTシャツを手に取って頭から被る。すぽり、と襟元から頭を出して侑を見ると少し顔が赤くなっていた。

何だよ。その反応。俺の着替えのどこに意識する要素があるんだよ。

侑を見ると、俺が着替え終わったから気が済んだのか起き上がってノートを開いていた。

そんな反応されると、俺も内心戸惑う。だって、普通男友達の着替えなんて何とも思わないじゃないか。ましてや運動部なんて部室での着替えも普通にあるし、男子寮だと風呂まで入ってるわけだ。

そんな反応されると、俺のこと…意識してんのかな?なんて考えてしまう。

この疑問を持つ俺はやっぱりおかしいんだろうか。まだ答えは出ていないが先日から確証を裏付けする材料ばかりが揃っている。

これ以上考えまい、と首を横に振って勉強に集中することにした。





カリカリとシャーペンの芯が用紙の上を走る。

「ここx入れて、答えこれじゃね」
「はぁ、腹減って考えれんわ」
「んん、ちょい休憩しよ」

ローテーブルから顔を上げて伸びをする。

「腹も減ったけど、ちょっと寝たい気もするー」
ごろんと床に転がっているとあくびが出た。

「今寝たら夜になる自信しかないわ」
「それは分かる。起きたらすでに朝だった、とかもあるよな」
「あかん、恐ろしいこと言うなや」

仰向けのまま、最悪の状態を想像して笑う。侑も床に転がって天井を見上げる。

「はぁ、バレーしたい」
「今は勉強だろー」
「したいもんはしたいねん」
「バレーバカ」
「喧しいわ、愛しとんねや」

目を閉じて会話をしていると、段々眠くなってくる。侑の声が心地よくて、まさか侑の声が子守唄のように睡眠を誘う日が来るなんて、とくすりと笑いが漏れた。

「なん?」
「なんか、侑と話してると眠たくなってきた…落ち着く…」

何だろう、気を遣わず話せる親友といるだけで居心地が良い。自然体の自分でいれることがすごく楽に感じる。

「…ちっとは意識しろやボケ…」

落ちかけている意識の中で侑が口に出した言葉は耳に入ってこず、ぼやけた。

「んぁ…?何か言ったぁ…?まじで数分だけ寝させて…」

「無防備すぎやろ…」

もう侑の言葉は聞こえなかった。
落ちゆく睡魔に身を委ねて、目を閉じる。狭まる視界の端で侑の手が伸びてきたよう気がしたが瞼の重みには逆らえなかった。




意識が落ちるのは一瞬のことで、次に目を開けた時には一体どれだけ時間が経っていたか分からなかった。

始めに天井が映って、自分の部屋にいることを認識する。それから一人ではなく侑と勉強していたことを思い出して頭を横に向ける。

横向きに寝転んでいる侑と目が合った。こちらを見ていた。
眺めの前髪が重力に従いサラサラと下に流れている。侑も寝ていたのか、ずっと起きていたのか分からないが、その両目に投げかけた。

「…何分経った?」
「15分くらい」
「お、そんなに経ってないじゃん。うぁー、スッキリしたあ」

ぐい、と両手を伸ばして体を解す。睡魔と無理に戦うよりも身を委ねた方がすっきりするものだ。

「なあ、寝とる間、なんか感触あった?」
「?ない。完全に深いところまで落ちてた。めちゃくちゃ気持ち良い睡眠だった。やっぱ眠たい時って素直に寝るのが良いわ」

俺が納得したように力説していると侑が吹き出した。
「……ぶはっ」
「…いきなり人の顔見て笑うなよ」

堪えきれられなさそうにニヤニヤと笑う侑に違和感を覚えると同時に嫌な気がした。

「…お前何かしただろ」
「なに?何もしてないけど」

いや、その面白がっている顔はなんか仕出かした顔だ。
床から起き上がって机の上のノートを見る。落書きとか、そんなことをされていないか見るが何もない。

「はぁ、ほんま腹減った!ちょっと出よ」

怪しげな侑を目で追って何か部屋の中が変なことになってないか見渡すが変わったところはない。

キッチンルームにでも行こう、という侑を追いかけて立ち上がる。
部屋を出てキッチンルームに向かう途中、すれ違う寮生から目を向けられた。ただ、その視線がいつもと違う気がして違和感が生まれる。

皆、二度見してくるのだ。
何だ…?

キッチンルームでカップラーメンを作った後それを持ってレクルームに二人で向かった。

レクルームには治と角名がいて勉強道具を広げていた。
「おー、二人ともやってんな〜」

手を上げて腹減ったから間食〜、と同じテーブルに座ろうとしたら角名と治が吹き出した。

「ぶっ!」
「何それ、」
角名はすぐに机の上に置いていた携帯を持って俺にカメラを向けてきた。連写までして来て、俺はハテナを浮かべる。

「は?なんだよ人の顔みて笑うなよ…」
「せやかて、おま…」

治が肩を震わせて机に突っ伏している。
俺は侑に「なに?変なとこある?寝た時とか何か跡がついてる…?」と聞いた。

侑はにんまりと笑って「何もないけど?」と答える。

「さっきから皆ガン見して来て…何なんだよ…」

角名が指さして治と同じように笑ってくるものだから何がそんなにおかしいんだと角名の携帯を覗き込んだ。

画面に映る写真。
俺の頬に「侑」と黒い文字が書かれているのが視界に入ってきた。

「は?!な、な、なんじゃこれぇ!!!」

「今気づいたんかい!ツム、お前何してんねんっ」
「自分の持ち物にな、名前書いとかな、思て」

ふふん、と笑う侑の首を手をかける。

「っ、お〜ま〜え〜!!」
皆がガン見してきた理由が分かった。

「どうやったら落ちるんだよ!!なにこれ!マジック?!」
「マジック〜」
「くそっ!くそつむ!ジャイアン!」

ケラケラ笑う侑は「片側にもツムって書こかな♪」なんて言っている。

「角名!至急マジック落とす方法検索!」
「…、日焼け止めで落ちるっぽい」
「あっ、日焼け止めならあるぞ!!」


「ツムにしては字、綺麗にかけとるやん」
「せやろ。俺も思たわ。キン肉マンみたいにでこに書いてやろうかな、とも考えてん」

ペロリと舌で唇をなめて面白そうに笑う侑とそれもおもろいな、と笑う治。双子をギッ、と睨む。

「おい、お前覚悟しとけ…今後、背後には気をつけとけよ…」

「その顔で言われても何も怖くないわ、ぷぷぷ」
口元を押さえて笑う侑に俺は青筋を立てた。

「面白いからこのまま夜までそれでいいじゃん。どうせ風呂場で落とせばいいし」

ニヨニヨ笑う角名にアホかっ、と突っ込む。

「角名、その写真送ってや。ラインのアイコンにしよ」
「はあああ?!やめろ!絶対やめろよ!」


***


宮侑〘銀〜、テス勉進んだ?〙

銀島結〘なあwwちょお待ってww侑のアイコンなんなんwwみょうじw〙
角名倫太郎〘自分の持ち物には名前を書かなきゃ、という思いに至ったらしい〙

〘 角名倫太郎 が動画を送信しました。〙

銀島結〘みょうじキレ散らかしとるやんw〙

宮治〘完全に所有物で草。〙
みょうじなまえ〘お前ら全員覚悟しとけよ、気ぃ抜いたら顔にみょうじって書いてやるからな。マジック持ち歩くからな。〙
角名倫太郎〘復讐しようとしてて草。〙

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