(※3年IH結果捏造あり 注意)
『1着、〇〇高校!!』
耳に入ってきた高校は開催地元の高校名だった。
横になった視界のまま、もう脚は動かなくて、俺は筋肉の痙攣がおさまるのを待った。
その間に後ろから来た選手達がゴールしていく。
「みょうじ先輩!立てますか!あと少し!」
コース外で叫んでいる補欠の後輩の声にゴール先を見る。
残り100m程なのに、遠く感じる。立とうとするも、上手く力が入らずぺたりと落ちた。
もう一度力を入れて地面を踏みしめる。よろける体でロードバイクに跨ってゆるゆるとペダルを踏み込んだ。
ゆっくり進む俺に観客の応援が横からかかる。
「頑張った!稲荷崎!」
「ようやった!!」
「あと少しよ!頑張れ!」
ゆっくりとゴールの白線を通過した俺は後輩に支えられて稲荷崎のテントブースに戻った。
ヘルメットを外して、ジャージのファスナーを下ろす。締め付けを減らすと、息がしやすくなって酷使された肺に空気を吸い込んだ。
保冷剤や冷たいドリンクが用意されて、首元を冷やす。先に横たわっていた茶川の隣に、俺も一緒になって横になった。
仰向けになったまま、腕で顔を隠している茶川を横目で見る。
俺は正直、体を動かすのも辛い。
「…何で泣いてんだよ茶川ぁ…」
「…………っ、」
「……茶川、ようやった…3年間、ありがとう…」
隣から嗚咽が漏れた。
「みょうじっ!茶川っ!!」
テントに入ってきた三分が横になっている俺達を見下ろす。
体を動かせない俺と腕で顔を隠して嗚咽を漏らしている茶川を見て三分が目を見開いた。
「よう…三分…」
「みょうじ…!お前また、ゴール前で倒れたんやて?!」
「へへ…」
「踏めんほど出し切る奴がどこにおんねん…っ」
「だって、俺、アシストだもん…」
力無く笑う俺の横で嗚咽が大きくなる。
「なあ、茶川いつまで泣いてんだよ」
「……っ、泣いてへんっ」
「泣きやめ?表彰式始まんぞ」
「……みょうじが、…最後まで引いてくれたんに……っ勝てんかったっ!」
悔しそうな茶川の声に、俺は茶川の涙する姿なんて初めて見たし、いつもお兄さんのような冷静な茶川がこんなにも悔しそうにしているのは初めてで茶川の人間味を感じて、少し嬉しくも思った。
「…俺な今、体動かせないんだけどさぁ、こんなになるまでもがき倒せて、悔いはないよ。その結果が優勝じゃなくても俺は全部出せることは出来たな、って思ってる…」
だから、どんな結果でも後悔してないし、最後のゴールまでエースの背中を見届けさせてくれてありがとう、
と言うと今度は三分が目元を拭った。
「何だよお前ら、2人して…男泣きすんなよなぁ…」
「みょうじ先輩…っうぅっ、」
「奈良木まで泣くなよ〜。それに俺らあんだけ弱腰だったのに3位だぞ?挑戦者にしてはなかなか良いんじゃないか」
笑う度に体が軋んで痛む。俺は3年間、こいつらと一緒に自転車競技というスポーツに打ち込めて良かったなと、心の底から思った。
***
栄養ドリンクを飲みまくって、湿布を脚に貼った後、体のケアをしていると表彰式の選手召集がかかった。
3位の茶川がテントを出ていく。
結果は俺が10位、三分は15位だった。スプリント賞がある三分もテントを出ていき、16位だった奈良木と残る。
「まじで脚動かねえ」
「僕が肩貸します…!」
奈良木と一緒にステージに行き、表彰台に上がる茶川へ拍手を送る。そんな俺を奈良木はじっと見てきた。
「ん?」
「いえ、みょうじ先輩すごいなって。本当に、動かなくなるまで出し切って全部託すから…」
「いやあ、俺はこれが最後のレースだから出し切れただけだよ」
「…僕、尊敬してます…」
そんな尊敬されるような人間じゃないけどな、と照れくさくて鼻を掻く。
表彰式が終わり、奈良木の肩を借りてテントに戻ろうとしていると目の前に藤色ジャージが現れた。手には銀メダルを持っている。
「お…2位、おめでとう」
同じ三年生だ。因縁の相手だが、全てを出し切ってむしろすっきりしている俺は素直に称賛の言葉を言えた。
目を細めてボロボロの俺を見る。
「…そんなになるまで走るとか、リミッターおかしいんじゃないか」
「え、それは褒め言葉?」
ヘラりと笑うと、稲荷崎って皆こんな狐みたいな感じなのか?と顔をしかめた。
「インカレでも走んの?」
「いやぁ俺はこれが最後の予定。あとは適当に草レース楽しむかなあ。俺、他の人みたいに特別強いわけじゃないし」
「強くない…?よく言うよ」
「いや、ほんと。才能とかそういうのないし。そっちは?インカレで競技続けんの?」
「…まあ」
「じゃあうちの茶川とまた走るだろうね」
茶川がひょろりと近づいてきた。藤色ジャージくんを悔しそうに見ている。
「なんやみょうじに喧嘩売らんといてくれる?」
「いや、売られてないない。インカレ走るんだって」
「……次は負けへんで。もっと強なってちぎりまくるわ」
「…ここにもまた感化された人間が一人…。真留古さんの言ったとおりだ…」
突如、藤色ジャージくんから右手が差し出された。
「アシストとして良い走りだった」
「何やねん、その上から目線は、」
面白くなさそうな茶川を横目に俺は自分の右手を重ねた。
ぐっ、と握った後「じゃあ、また」と去っていく姿に色んな人がいるなあとくすりと笑った。
***
宿に帰った後、せっかく遠方に来たため、翌日は自由行動ということになった。
顧問の先生の計らいに自転車部の全員でテンションを上げて喜んだ。
浮かれすぎて迷惑かけるなよ、と先生に注意されたが多分耳に入っているのは数人だけだろう。
俺は動くのもやっとのため、ナマケモノみたいにゆっくり歩くことしか出来ない。が、俺だって自由行動はしたい。
三分や茶川と観光地をゆっくり食べ歩きをしながら一日を過ごした。
夜、携帯に侑から連絡が入ってきた。男子バレー部が決勝戦に進み、明日試合があるということだった。
翌日、帰る前に先生にある提案をしてみる。
「先生!男子バレー部、インハイの決勝に進んでるんですけと応援行きたいです!帰り道ですよね?!寄りませんか?!」
「男子バレー部?…そうは言うても、皆はよ帰りたいやろ」
俺は茶川と三分を見て、話を合わせるようアイコンタクトした。
「えーまだおりたいです」
「俺も賛成です〜稲荷崎の生徒として応援したらんとな!」
「1,2年も見たいよなあ?」
「「はいっ!」」
「先生も株上がるんとちゃいます?わざわざ他の部活の応援に加勢した、いうて。吹部の先生もおるやろ〜、男バレ顧問の先生もおるやろ〜、」
「ま、まぁせやな…」
茶川の口添えに顎に手を当てて考えていた先生が帰り道だから、ということで寄ることを許可してくれた。
三分と茶川に親指を立てる。
「男子寮組、仲ええしな。どうせなら応援してあげたいわな」
「俺、バレーの試合初めて見るわぁ」
「あ、大丈夫。俺も去年までバレーのルールすら知らなかったから、」
と3人で話しながらロードバイクを車の中に積み込む。
ロードレース開催地とは違う市の体育館施設で行われている男子バレーの決勝戦。
着いた頃には試合が始まっていて第1セットの中盤だった。
相手高校もインハイ常連校らしく、苦戦している様子の稲荷崎。
吹部とチア部の応援、さらに父母会も含めて男子バレーの応援規模ってすごいな、と迫力ある応援にインハイ常連校の強さを目の当たりにする。
「男バレ部すげえなあ。俺ら自転車部とは大違いだな」
「いや、三分の父ちゃんの応援すごかったやろ」
「確かに」
「スプリント賞取った時、先生と手ぇ取り合った言うとったわ」
「ウケる」
応援席からコート内で動き回る選手達を見つめた。
こんな大きな試合会場で侑達を見るのは初めてだ。春高をネット配信で見た時とは違い、生で直に真剣な表情を見ると緊迫した雰囲気が伝わってきた。
侑達には応援に来ることも伝えてはいないが、少しでも声援に加担できたらと思う。
侑のサーブになり、手を挙げた瞬間。ピタリと演奏が止む。
息を飲んだ瞬間、繰り出される剛球サーブ。
「うわ、宮、怖ぁ…」
茶川がひくりと顔を強ばらせた。わかる、あの射抜くような目であのボール来たら、怖いよなあ。
相手の選手も取れずにボールを落として稲荷崎に1点入る。
「ナイッサー!」
「いいぞー!稲高ー!」
「っしゃー!」
『いっけー!いっけー!稲高ー!』
応援団と合わせて俺達も声を張り上げる。
続く侑のサーブを辛うじて上げた相手側。強いスパイクに稲荷崎コートは2年生が対応して上げた。
侑が1歩、大きく踏み出す。ボールの下に入る綺麗なその動きでボールがふわりと浮いた。
瞬間、そのボールを打ち込む治。
早すぎて俺たちは目を見合わせた。
「「すげぇー」」
完全に素人の感想だ。
「いいぞー!稲高!」
「治ー!ナイスキー!」
声を張り上げる俺に三分と茶川が見てくる。
「なんや、みょうじ、それらしい応援やん」
「まああいつにバレーのルール叩き込まれたからな」
『いけいけ稲高!打ち込め稲高!』
侑のセットアップに角名が独特な動きで相手コートに撃ち落としていく。
「っし!」
手をタッチし合うコート内。
点を順調に重ね、1セット目を勝ち取ったのは稲荷崎だ。
「よしよし…!」
コートチェンジする間の応援演奏も吹部のレベルが高いため、贅沢に感じる。
「1セット25点であんなにキツそうやのに何セットやるん」
「決勝戦って5セットマッチって聞いた」
「まじでかぁ。キツイなぁ」
俺たちも死ぬほどキツいレースを経験したし、アイツらは今その真っ只中だろう。
すでに汗だくの親友たちを見て俺はどうか、どうか勝ってくれと両手を合わせた。
「なあ、もうちょっと近くで見たい。下行かん?」
「みょうじ立っとるんキツないか?まだ回復してへんやろ」
「いやキツイけどそれどころじゃねーべ。応援しなきゃ!」
「友達想いやなぁ」
3人で応援席の下側に移動してコートに近づく。
「すげえ、跳ぶな。高すぎ。てか授業のバレーと次元違うくね?」
「全てが高いな。ちゅうかボール速すぎて見えへんわ」
「どこにどう入ったら点が入るんや。アウトかセーフか、わからんで。みょうじ分かるやろ」
「いや、詳しいとこまではまだ覚えられてなくってな…」
「いや叩き込まれたんちゃうんかい」
「そうなんだけどな。俺の物覚えが悪くてだな。侑がいつもキレてる」
相変わらず素人の感想しか言ってない俺達ではあるが、稲荷崎が押されているのは分かった。
「ああ、相手も強いな…めっちゃレシーブ取るし、点取らせてくれないのがなかなか…」
2セット目は相手校が勝利した。
「うわあ、どうなんだよ」
監督の周りに集まっている選手たちを上から見る。タオルで汗を拭いながら真剣に聞く姿にはいつもの教室の中の侑とは違って見える。
あれがバレーをしている宮侑。
侑が銀に話しかけて、治が呆れたように角名に話した。侑がケラケラ笑っている。面白いことでも言ったのだろうか
2セット目を取られはしたものの、侑の表情を見て大丈夫そうだと感じる。
3セット目に入る時、侑が治とコート内に立つ時に顔を見合わせて口を動かした。
ニヤリと笑う侑に治は前髪をかき上げて息を吐いた。あの顔は何か企んでいるな、と感じる。
2年の理石くんのサーブが決まって稲荷崎の応援が湧く。
相手も順応してラリーを返す。
「チャンボ!!」
侑がセットするかと思いきや、跳んだ治がボールをふわりと上げた。誰が打つのかと目を凝らす。跳び終わる治の後ろから侑が出てきて完全に虚をつかれた相手コートにボールが落ちる。まさか、侑が打ち込むとは思わなかった。
「「うぇいっ!」」
「何あの双子すご…」
「宮ツインズでしょ、高校バレー最強の双子…」
「あの金髪の子、セッターとしてもすごいらしいね」
周りの会話に親友たちがすごいことを改めて知る。こんなに大勢の人から注目されているんだ。
大きな体育館の中心にあるコートで大勢の視線を集める双子達、角名、銀に俺は誇らしくもあった。
双子の勢いにつられるように角名のブロックもキレがよく、相手のボールをどんどん落としていく。
相手の調子を狂わせるその読めないブロックもゾクゾクとさせられる。
いつも隣の席で寝てる角名がネット向かいの敵を翻弄して何食わぬ顔で叩き落とすその様子に鳥肌が立った。
「ドシャット!」
「倫太郎ええぞー!」
応援の声も大きい。そして、侑が上げるトスから銀の打つスパイクも威力があって、相手の腕を弾いた。
腕を振り上げ床を蹴るスパイカー達。
治と角名、銀が何度も何度も跳んでいる。
床を蹴る鈍い音が体育館に響いて、振動を感じる。
そこに侑が渾身のセットを一球一球、ブレず乱れず上げていく。
「よしっ!よしっ!」
3セット目は稲荷崎が奪取した。
「はぁぁぁっ!」
手に汗握る思いで応援する。
「何やバレーて、すごいなあ」
「これが全国レベルか…」
「点の取り合いとラリーがすごない?もうボールこっち来んな、って思わへんのかな」
「でもボール落とせないもんな」
「ラリー地獄やな」
4セット目で勝負がつけば……!と声を張り上げて応援するも4セット目は相手校が取った。
何度も助走して、跳んで、剛球のボールをレシーブして、コート内を動き回る選手たちはキツそうだ。あれだけ跳んでいて、まだなおジャンプする余力はあるのだろうか、と喉を鳴らす。体が重く、跳力は根こそぎ取られているんじゃないか。
「やっばフルセット?!」
「キツそうやな…」
皆、苦悶な表情で肩を上下させている。
それは相手も同じだ。
キツイ時こそ、ギアを上げるんだ。相手のペースじゃなくて、自分のペースで。
5セット目、コートの中に選手が入る。
応援の声が方々から飛ぶ。
「侑ー!打ち込め!勝つぞー!!!」
フルセットまで来て、吹奏楽も応援団も熱がはいっている声援の中で俺の声なんて聞こえるわけはないだろうが腹から声を出して喝を飛ばす。
コート内で侑が顔を上げて俺が居る方を見た。
離れているため、俺に気づいたか分からないが
手すりを掴んで俺は頷いた。
「頑張れっ」
侑と目が合った気がして、呟いた応援は声援にかき消された。
極限の状態の5セット目。一球一球が真剣勝負だ。その空気は応援側にも伝わってくる。
稲荷崎も相手校も体力を振り絞ってコートに立っている。
侑がペロリと赤い舌で唇を舐めた。黒色のユニフォームをぐいと引っぱって首筋の汗を拭う。
お願い、勝ってくれ…!
侑の上げたボールを角名が叩いた、それを相手のブロックが叩き落とす。
「しゃぁぁっ!!!」
相手コートが拳を握って雄叫びを上げる。
1点1点の競り合いだ。
ぎゅう、とジャージの裾を握った。負けて欲しくない。勝って欲しい。
去年、インハイの後、寮に帰ってきた侑の悔しそうな顔が浮かんだ。悔しいと唇を噛む表情。夜遅くまで練習して帰ってきた侑達とキッチンルームで食べたラーメン。俺は侑達の朝練姿や寮で休みの日もボールを触っている姿を知っている。勝つために、努力を惜しまない侑を知っている。二人で早朝に体育館に行って、侑の朝練に付き合った日を思い返す。
「勝て!!勝つためにここに来たんや!!」
相手側が点を取って、喜びに湧く会場の中で侑に向かって声を張り上げた。
隣の茶川と三分が驚いたように俺を見るが関係ない。
聞こえたかは分からないがコート内にいる角名と目が合った気がした。
侑は黙って手を見た後、握りしめた。
「唐突な関西弁…!どないしたんやみょうじ…」
「…だって、だって…勝ってほしいし…!」
「まあ、みょうじだけやなくて皆、応援がすごいなあ」
三分が応援席を見渡して声を張り上げる観客たちを眺める。
俺も他の応援に負けじと声を張る。
「侑ー!治ー!倫太郎ー!結ー!もがけ!お前らは強いっ」
『あと1点!あと1点!』
相手の応援が大きくなる。
負けんな!負けんなよ!!茶川の腕を掴む。
「痛い痛い痛いっ!みょうじ痛い!」
「お、おう、すまん。勝て〜、勝てよ〜っ!」
念を送るように目を凝らしてボールを見る。
侑のサーブだ。失点は許されない。
ピリピリとした空気が会場を包む。
侑の本気の顔が相手を射抜く。
なあ、侑。終わらせたくないだろ?本気の闘い、まだやりたいだろ?
サーブ位置に立ち、ボールを見つめる。審判の笛がなり、ゆっくりと左手を上げた。開いた手をぎゅっ、と閉じた瞬間。無音に包まれる。
ボールを上げる。キュ、キュ、と助走し、床を蹴った。渾身の一撃が相手コート内、白線ギリギリのラインで入り込んだ。
瞬間、稲荷崎の応援が沸き立つ。
「うおおおっ!すげえ、決めてきた!」
同点になり、あと2点を追いかける。
もう一度侑のサーブが決まれば…、と両手を合わせて祈るように見る。
侑の強力なサーブが繰り出されて相手コートに向かう、相手校もタダでは返さない。侑のサーブをリベロが取った。
相手校の高い位置から振り落とされるスパイク。
理石くんが上げた。
ほっと、胸を撫で下ろして食い入るように見る。
相手の動きを見ながらコート内を動く侑に俺は顔の前で手を合わせる。
角名も治も銀も助走している。皆がこの1点を欲しがって、本気で飛んでいる。
誰を使うのか、使わないのか。どう出るのか。
会場中が侑の動きに注目している。
予想できない侑のトスは角名に向かった。振り下ろされる腕にボールが凄まじい速さでラインギリギリを攻めて床に打ち付けられた。
「ブレイクポイントーーーッ!!!」
『あと1点!あと1点!』
無意識に肩に力が入っていて、息を吐くと同時に脱力した。
「あと1点…頼む!」
もう一度侑のサーブが上がる。今度はジャンプフローターサーブで、相手の体勢を崩した。
それでもしっかりと打ってくる相手校に銀がレシーブを返した。
侑に向かうボール。
角名、治、銀、理石くんが助走して跳んだ。
1点をもぎ取るために。全力で飛ぶその姿に震えた。
侑が相手のネット先に立つブロッカー達を見た。その視線にブロックが動く。侑の裏をかこうとしたのだろう。
横移動したブロックを見て侑が笑った。
それはわざと視線を投げてブロックを意図的に動かしたのだと知る。
ブロックが空いた方向へ侑がボールを上げた。間髪入れず、先には治。
それは綺麗な速攻だった。
あっ、と思った時にはボールが相手コートに落ちる寸前で。
相手の選手がボールと床の間に手を伸ばしたが、ボールはその目の前で床に着いた。
一瞬の静寂の後、鳴り響くホイッスルの音。
試合終了。
コート内の選手達が雄叫びを上げた。
力強く体を寄せ合う侑達。あの角名が拳を握って叫んだ。銀も侑と治の背中を叩いて雄叫びを上げている。
応援席の盛り上がりは最高潮に達していた。
「うおおおおっ!!!」
俺も茶川と三分に抱きついてバンバンと背中を叩く。
「みょうじ!わかった!わかったから!落ち着け!」
「落ち着けるか!優勝だぞ?!勝ったんだぞ?!」
応援席も総立ちで涙している人もいる。侑も治も銀も角名も笑顔だ。小作も理石くんも、他の選手も肩を寄せあって喜んでいる。
勝利を噛み締めている表情に俺はじん、と胸の当たりが温かくなった。
かっこいい…!お前らカッコよすぎんだろ!
コート内で礼をして、相手校と握手している侑。
応援席に頭を下げた選手達に拍手喝采が沸き起こる。
「すげえ、インハイ優勝しちゃったよ…」
目の前のことが夢みたいで手の感覚が薄れる。
表彰式の準備をするために選手は退場となる。ちょっと出てくる、と伝えて俺はまだ痛む体を動かしてよちよちと歩きながら2階席の会場外に出た。
喜びが身体中に行き渡って、アドレナリンがバンバン脳内に分泌されていた。今なら棒のようなこの脚でもダッシュできるかも、と階段を降りて1階に行く。選手達が体育館から出ていった場所を探して歩く。
進むと、1階のロビーより奥の広間で荷物を固めて人が座り込んでいるのが見えた。点々と固まっている様子に各校で場所取りしているのだろうと推測できた。
稲荷崎はどこだ。
左右を見渡しながら歩いていると思いっきり人にぶつかってしまった。
「す、すみません」
顔を上げると、頭一つ分高い位置から見下ろす感情のない真っ黒な瞳があった。ポケットに手を入れて猫背気味、白いマスクにウェーブがかった前髪から見えるその目に俺は、ひぇっと息を飲んだ。眉の上には2つ縦に並んだほくろ。
「不注意、」
低い声で言われた言葉にもう一度喉をヒクつかせた。
「す、すんませっ!」
ぺこぺこと頭を下げると今度は眉を顰めて「湿布くさ…」と言われた。
そうなのだ、俺は自分でもスースーとした湿布臭い匂いを纏っているのを自覚するほど、脚が湿布だらけなのだ。少しでも動くとその分、湿布の匂いを撒き散らしていると思われる。
自分の脚を見下ろして、ハーフパンツから覗く湿布だらけの太ももを見た。
「聖臣なにしてんの」
そんな声と共に黄色と黄緑ジャージの人がもう一人背後から出てきた。
ひょこりと出てきたまろ眉の明るい髪色に、背が高ぇ…!と見上げる。目の前にいる聖臣と呼ばれたホクロの人よりも低いものの俺よりは確実に高い。見下ろされる視線に俺はバレー部って身体的に圧がすごいなと考える。
「稲荷崎ぃ?」
俺の着ているジャージを見てこんなちっちゃい選手いたんだ、と呟いた。1年、2年?と聞かれる。
いや、そもそも俺はバレー部じゃないんですが…!ここから早く脱せねば、と仰け反る俺の視界の端に黒色のユニフォーム姿が見えた。
金髪頭の長身を見かけて見知った顔に初めて安堵する。
「侑っ、」
遠くから呼ぶと俺の声に反応してキョロキョロした侑が俺に気づいた。
「なまえっ、」
「ほんとぶつかってごめんなさい!」
目の前の2人に謝り逃げるように横を通り抜けて、稲荷崎メンバーの元に駆け寄る。
「お前ら〜〜っ!!!」
勝利した親友たちの姿を見かけると喜びが湧き上がってきて綻ぶ顔をそのままに両手を広げた。
侑が嬉しそうな顔で両手を広げた。
その胸元にド突く勢いで飛び込む。
「うおおおおっ!!やったな!!勝ったな!!」
侑の背中をこれでもかと叩いた。
「どや、勝ったで!!!」
ガシッと背中に回された腕はいつも感情表現が力技な侑だけに力強い。苦しいが今だけはそれも許せる。
「なにその暑苦しい抱擁」
ボトルを手に涼しい顔で言う角名にも俺は抱きついた。
「うおおおっ!倫太郎ううぅ!よくやった!!」
「暑苦しいんですけど」
そんなことを言いながらも、やり切った表情で笑う角名に俺はにか、と笑って軽くグーパンした。
治と銀にも俺はガシッと腕を回して「おめでとうぅっ!!やったな!」と称える。
嬉しい気持ち、誇らしさは言葉だけでは言い表せない。力強いこの抱擁で伝わるだろうか。
「最高すぎる!優勝だぞ?!勝ったんだぞ?! 」
興奮冷めやらぬ俺は侑ともう一度「よっしゃああ!」と強く背中を叩き合う。
「カッコよすぎだわお前らぁぁっ!」
治、角名、銀も一緒に肩を組んで5人で円になって喜びを分かち合う。
「惚れたか?!」
侑が歯を見せて笑うものだから、ここで返さずして何になる、と満面の笑みで答える。
「惚れたぁぁぁ〜!!お前らカッコよすぎなんだよ!!」
俺の反応に4人が吹き出して笑う。この笑顔を見たかったんだ。
勝利して笑顔するその姿が何よりも俺は友達として誇らしかった。
「しゃああっ!っ、ぁ、う、痛っ、」
飛び跳ねすぎて脚がつりそうになり、動きを一時停止する。
ちょっと、待て!つりそうだから、と手で制して痙攣の収まりを待った後、恐る恐る足を動かした。
「ちゅうか、なまえ湿布臭すぎやろっ」
半パンから覗く俺の脚を見て何やねんこれ、と侑が触ってきた。
「ぎぇっ!痛ぇっ!触んな!」
「レースで転けたんか?自転車部はどうやったん」
侑の質問に俺は笑って答える。
「…俺らは3位。勝てなかったけど、脚動かなくなるまで…全て捧げたから」
だから、後悔はしてない、もがき切ったんだ。
自分の湿布だらけの脚を見て、やれることはやり切った、と言えるだけで走った価値はあったと思う。
「俺はアイツらと最後の最後までもがけたから、後悔はしてない」
言い切る俺に侑が俺の頭に手を置いた。
「…お疲れさん」
目を見開いて侑を見る。さっきまで戦っていたこの手のひらが俺の頭をポンと撫でるから、本当は悔しいとかもっと茶川をフォローしたかった、まだ3人でずっと走っていたいとか、3年間楽しかったとか苦しかった、とか今まで頑張ってきた記憶がぶわりと出てきて涙が出そうになった。
瞬きをして俺はニッ、と笑った後、お返しに手を伸ばして侑の頭をわしゃわしゃと撫でた。
チロルによく出来ました、と褒めるみたいに。
「この〜〜っ!!」
「ちょおっ、やめえっ!汗かいてんねんっ!」
「侑くん、やってくれるじゃんか〜!」
ぶはっ、と吹き出す侑に汗なんてどうでも良いと思った。俺らだって汗だくでビショビショで走ってきたんだ。喜びを分かち合うのに汗臭いも汚いも何もない。
5人で固まって騒いでいると後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「こらぁ!みょうじ、離れるな、て!」
「あっやべっ!」
自転車部の顧問の先生がプンスカと怒りながら来ていた。後ろに茶川と三分もいた。
プンプンと近づいてきた先生にバレー部の先生が声をかけた。
「自転車部も応援来てくれはったんですか、ありがとうございます」
「あ、いえいえ近くやったんで。応援の加勢を、と思いまして…」
「さすがですねえ、自転車部もお疲れ様でした」
「ありがとうございます、バレー部もおめでとうございます」
ぺこぺこと頭を下げる先生達を他所に「勝手に動いたの怒られた」と悪びれもなく言うと銀が「全然反省してへんやん」と笑った。
三分と茶川も寄ってきた。
「バレー部おめでとう!」
「初めてみたけどすごかったで〜。俺ら素人やからずっとボール速すぎて見えへんってなっとったけど」
茶川と三分の感想に侑達がありがとう、と笑った。
「かっこよかったぞ!」
侑をばしっと叩く。
「当たり前やん」
ドヤ顔の侑の頭をもう一度、わしゃわしゃと撫でる。嬉しそうにはにかむ侑に胸の内がなぜだかキュンとなった。
「自転車部もお疲れさん」
治の言葉に茶川が笑う。
「おう、ありがとう。ほな、行こか」
「帰るで、みょうじ」
「おうっ、」
三分と茶川の隣に移動して、手を上げた。
「じゃあまた寮でな〜お疲れ!」
手を上げるバレー部を背に顧問の先生の後をついて3人で歩く。
フロアから帰る途中、ぶつかってしまった背の高い人と目が合って、もう一度謝罪の意を込めてぺこりと頭を下げた。
8月、3年間をかけた俺たちの夏の戦いは終わりを告げた。