80

8月の茹だるような暑さの中、インハイから帰ってきた俺は男子寮の部屋でダラダラと過ごしていた。

朝ご飯を食べに食堂に行くとがら空きと行って良いほど人が少ない。夏休みは帰省している人もいれば朝早くから部活に行っている人もいる。そして…いつもいるバレー部はインハイ後で爆睡中なんだと思われる。

静かに一人で飯を食べようとしていると食堂に寝癖をつけた角名が入ってきた。

味噌汁とおかずに、ご飯は少なめでトレーに載せて隣に来る。

「はよー」
「はよ…」
「起きれたんだな。爆睡で今日は降りて来ないかと思った」
「まあバスの中でずっと寝てたし」
「あーね」
皆疲れきって、爆睡なうえ静かな車内が容易に想像できる。

「昨日何時に帰ってきたんだよ」
「夜10時。焼肉食べ放題であんまり腹減ってない」
「食べっぷりすごかったな笑」
「コーチと監督がまだあるから焦んなって言ってんのにアイツらが取り合うから…」
「カオス笑」
角名が昨晩、俺に送ってきたバレー部の焼肉動画を思い出して笑う。

「インハイ優勝したなぁ、すげぇわ、ほんと。倫太郎かっこよかったぞ」

俺を横目で見下ろしてふふんと笑う。

「なんか変な関西弁聞こえたなあて思ったらなまえいたから笑ったよね」
「え、聞こえてた?てか角名も人の事言えねえからな。変に関西弁訛りなん、何なん。おかしいやろ」
「無理すんなって」
「うん、今のはちょっと無理したわ」

くすくすと笑う角名を横目にコート内で汗を流しながら本気で戦う角名達を思い返した。

「俺は最後、角名が叫んだの見て震えたね」
「叫んでないし」
「いや、あの雄叫びは俺の心に響いたわ」

うるさい、と俺のたくあんを取る角名といつものように雑談しながら朝ごはんを食べ終えた。



***


部屋に帰ってゆっくりしていると、あっという間に昼の時間になっていた。ドアがノックされた。開けると侑が入ってくる。

「今起きたのか」
「腹減って目ぇ覚めたんや」
「昨日焼肉あんだけ食ってたのに?」
「生きとったら腹は減るやろ、ちゅうかこの部屋、湿布臭いのどうにかならへんのか」
「窓開けても換気が追いつかねえんだよ」

最初は棒のようになっていた俺の脚も数日経てばまともに動くようになり、分断された筋繊維は徐々に修復されていた。

「なあ、いつから帰るん」

侑の言っていることは寮を出て帰省する日程のことだろう。

自転車部の3年はインハイレースを機に引退で、練習もない。後日追い出しライドがあるくらいだ。正直時間は余っている俺はいつでも帰って夏休みの最終日まで家にいることも出来る。
親からはいつでも帰ってきて良いと言われている。

「まだ決めてない。侑は?」
「お盆は練習休みやねん。インハイ終わったから1週間は休みあるし、北さんが来週遊びにきいや、て」
「えっ、去年みたいな? !俺もいいの?」
「うん、」
「まじか、行きたいっ」

夏休み、色んな予定を詰め込みたい。地方のじいちゃんちへ自転車で行く小旅行みたいなものもしてみたいな、とも思っている。

夏休みの予定を組む中で色々と楽しそうだと計画していると侑が「俺らは明日から家に帰るんやけど…」と言い始めた。

「うん」

明日なら今日には帰省届を出さないとやばくね?と言うとそれはそやねん、と返ってきた。

「遊びに来おへん?」
「ん?どこに?」
「うちに」
「…侑んち?」
「うん」

「え、遠くね?」
「泊まりで」

……と、友達の家に、泊まる…?!
俺の人生で今まで友達の家に泊まりに行ったことなんて無い。そんな親密になった友達の存在なんて皆無な俺は、急に出てきた話に興味が唆られる。

「え、いいん?」
「うん、うちのおかんはええて言うとる」
「ま、まじで!」
「なまえは?泊まりとか家、ええん?」
「あ、それは全然大丈夫だと思う…」

すぐに携帯を操作して母親に〘家帰る前に、兵庫の友達の家に泊まりで遊びに行くけどいい?その後帰る〙とメッセージを送る。

すぐに既読になった。
〘うちはいいけど茶川くん?三分くん?向こうのお家は良いって言ってるの?〙
〘違う。バレー部の友達。宮侑って、冬休みの時に俺が見てた春高バレーに出てた友達〙
〘良いけど迷惑かけないようにね。ちゃんと手土産持っていきなさいよ〙
〘手土産って何持ってけばいい〙
〘後でリスト送っとくから買っていって〙
〘りょ。〙

「おっけー、もらった!」
「ほんま?ほな、おかんに帰る時友達連れてく言うとくわ」
「う、わぁ!楽しみ!」

行ったことがない土地に行くのも楽しみだが、何より友達の家にお泊まりという事が初めてで、内心憧れていたのもありテンションが上がった。
「…喜びすぎやろ」
「だって!俺そんなん今までないし!」
「ふうん」
「寮とはまた違うじゃん」

どんなとこなん、駅からどれくらい?なんて話しながら部屋を出て昼飯を作るためにキッチンルームに向かう。

途中、荷物を持った角名と出会った。

「お、角名は今日から帰るんだっけ?」
「暑い中帰るのダルいんだけど早く帰ってこいってうるさいから」
「ははっ、まあ数少ない貴重な休みだしなあ、気をつけてな〜。あ、愛知のお土産よろしく!」
「…じゃあそっちも地元の土産よろしく。甘いやつとご飯系のやつな」
「条件多いっつの笑。任せとけ〜」

角名を玄関まで見送って目的のキッチンルームに向かった。

休日の食堂は朝と夜だけで昼飯は各自で調達する必要がある。侑はキッチンルームで簡単に作るようだ。

俺は適当に常備しているインスタント食品にする。

キッチンルームに入ると治が包丁を握っていた。

「なに作ってんの、サム'sキッチンか?」
「らっしゃいー」

眠たそうな目を擦って、トントンと包丁をまな板の上で鳴らす治に調理台の前に侑と二人で座る。

「今日のメニューはなんすか治さん」
「炒飯。この間テレビでパラパラに作る方法て見たんや!試してみる」

これから実験を始める科学者のようにワクワクした顔の治。

「侑、お前手伝わないのかよ」
「俺食べる方、専門やねん」
「ちゅうかツムが切ったら野菜が大変なことになるわ」
「うわー侑、お前料理くらい出来ないとやばいぞ」
「なまえは出来るんか?」
「まあ可もなく不可もなく?凝ったのは無理。切る、焼く、煮る、くらいならできるぞ」
「嘘やわ」
「嘘じゃないし」
「ちゅうか料理とか出来んでも生きていけるし」
「いやいや、一緒に暮らす人が料理できるならまだしもだなあ、料理はできるに越したことはないぞ。今は男も料理できるのが当たり前の時代だしさあ」
「ほな俺の代わりに料理出来るようになっとってな。俺無理やわ」
「…はぁ?」
何で俺が、と言っていると治がドン、と包丁を強く叩いた。
「治?」
「…いや、なんでもあらへん」

侑が頬杖をついて俺になあ、と声をかけてきた。

「決勝ん後、井闥山の臣くんと話しとったやん」
「?おみくん、?」
「あれや、黄色と黄緑のジャージのデカイやつ」
治の補足に、ああとホクロが2つの、と思い出す。

「何、絡まれとったん?あの古森クンまでおったし」
「いや、侑達探してた俺がぶつかってしまって、謝ってた」

多分俺はかなり悪印象だったんじゃないかと思う。不注意、って言われたし。

「ふうん。あの2人、ユースでも一緒やったし、井闥山もインハイ、春高の常連やねん。去年はIHで負けたし…。東北も関東もどっこもバケモンコンビばっかや」

「ま、東京勢、倒して勝ったんは俺らやけどな」

ニヤリと笑い合う双子にお前らも十分バケモンコンビだけどな、と思う。

「確かに雰囲気が只者じゃなかったな…場慣れ感があるというか…強そうだった。あと、湿布臭いって言われた」

「ぶっは!!湿布臭いはウケるわ!」
「確かに!今も湿布臭いねん!」

吹き出す双子に俺は頬を膨らます。

「おい、臭い臭い連呼すんなよ!これは頑張った証だぞ!」
「しばらく湿布野郎って呼ぼか?」
「ただの悪口だろ!お前の口に、この湿布貼り付けんぞ?!」

太ももから1枚湿布を剥がして侑の顔に近づける。
逃げ出す侑を追いかけて走る。そんな俺たちを見て治が目を細めた。

「包丁使っとんねん、危ないやろが。走り回んなっ」
「「はぁい」」

治に怒られて俺達は渋々元の位置に座る。

「湿布臭いは笑うわぁ」
「もう、ええてっ」
「なんや急に関西弁。あ、それで思い出した。コートん中おる時、何や変な関西弁聞こえてなまえおるの気づいたんや」
「それ角名も言ってた。そんな変だった?恥ずかしいな…」
「…いや、喝入ったで。勝ちに来たんや、ここで負けて帰るわけにはいかん、て」

前髪を垂らして右手を見つめる侑の横顔に俺は届いていた事を知って嬉しく感じた。
静かに笑って俺も手元を見る。それで勝ったんだから、お前らはすごいよ、と心の中で呟いた。

「応援届いてたようで嬉しいデス」
「腹の底からの頑張れ、て力になるよな」

治にそう言われて、俺もレース中にどこの誰かは分からないけど、沿道から応援される声を聞くと頑張ろう、と必死になれるんだよなと共感する。

「うん、応援に応えようと、しんどくて足が止まりそうでも、どっかから力が出てくるんだよな。あれ、何でだろうな」
「…それが応援の力なんやろな」

穏やかな空気の中で落ち着いて料理する治を見ながら話を振る。

「…そういえばこの間さ、ここで吹部の〇〇くんが凝ったお菓子作ってた。めっちゃ美味しかった」

「え、まじで。吹部の誰?」
治が興味を示した。

「あの2階の部屋の〇〇くん。吹奏楽の練習が休みの時に趣味で作ってるんだーって言ってて、食べさせてくれてさ。お店の味みたいだった」
「ええなあ。遭遇したら俺ももらお」
「お母さんがお菓子教室とかやってるらしいぞ」

そんな他愛のない話をしながら過ごした昼下がり。

***

「うん、治の炒飯、美味い!」
「む、サムが出来るなら俺も出来るわ。やらんだけで」
「アホ言うな。治の器用さとはレベチだろ。俺、治と暮らしたいなあ」
「はぁっ?!」
「なぁ治、俺頑張って働いて食費稼ぐからさ。シェアハウスとか、」
「おい、待てや。それは許さん」
「んー、じゃあ3人にするか?」
「何でやねん!2人でええし!」
「そうか、やっぱそこは双子だなー。なら俺は諦めるわ」
「あかん、コントや。お前らコントかいな」

「でも俺、侑とシェアハウスは無理だな」
「何でや!」
「…何か生活を侵略されそう。冷蔵庫の中身とか名前書いてても食べられてそうだし…最悪寝床も奪われてそうな…」
「大体合うとるでなまえ」
「だよなー」
「解せん!」

頬を膨らませて、俺の肩を掴みグラグラと揺らしてくる侑。俺と治は目を見合わせて笑い合った。

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