宮家に泊まりに行くことになり、朝起きてから出発するまで俺のワクワクは高まる一方だった。
在寮掲示板の名札を裏返して、しばらく戻らない寮に別れを告げる。
いつもの家に帰るルートではなく、違う路線に乗ると不思議な感覚になる。
双子の後ろをついて歩く俺は見知らぬ土地で見るもの全てが新しく感じる。
「うお、こっち方面くるの初めて…」
「俺らはいつものルートやけど」
「だって俺反対方向だし…」
私服姿の双子はやはり目立つ。人より頭が出ている双子を見つけるのは容易いが、向こうはそうでもないらしく、混雑する駅で侑が俺をちらりと振り向いては「はぐれなよ、」と気にしていた。
夏休み、さらには休日ともなれば人も多い。宮家の最寄り駅に着いてからは駅に迎えに来てくれるそうで、俺は電話する侑の隣で宮侑と治が育った街を眺めていた。
「おとん?もう駅ついたで。わかったあ〜待ってる〜」
携帯から耳を話した侑がキョロキョロと周りを見る俺に笑った。
「何か面白いもんある?」
「いやあ、〇〇駅ってこんな感じなんだな、って」
「サムは?」
「治なら『駅の商店街のコロッケは帰って来たら絶対食べなあかん』てダッシュして行ったぞ」
ほら、荷物はここに。と俺が治の荷物を守っているところを見せる。
「あいつまた買い食いかいな。帰ったら飯あんのに…あ、来たあの車やで」
駅のロータリーに入ってきた大きな車に、さすが長身かつ双子男児の子供がいる家庭は違うな、と自分の家の車と比べて思う。
「待たしたな〜」
「みょうじなまえですっ!お邪魔します!」
「おお、なまえくん、聞いとるで!狭いけど堪忍な!」
運転席でハンドルを握る侑のお父さんに挨拶をする。全然狭いことはない車の後部座席に侑が荷物を放り込んで座る。その隣に俺も座った。
「治は? 」
「商店街にコロッケ買いに…あ、来た来た」
ビニール手袋を片手にコロッケを口に含みながらダッシュしてくる治を見て吹き出す。
前髪が風に煽られて額が全開になりながらコロッケを咀嚼している。
「ぶっは、あいつコロッケ落ちそうになってるし」
「おい、豚サムはよせえ」
「うっさいわクソツム!」
治が助手席に勢いよく乗り込んで、車の重みが増す。
「ほな帰るで〜」
車でさほど時間もかからず住宅街に建つ一軒家にたどり着いた。
友達の家へ遊びに行くというと、三分や茶川の家に行くことはあっても、寮があるから外泊は厳しいし、そもそも寮とは反対方向のため回数も少ない。
今までの転校人生の中で友達の家に泊まるという経験がない俺にとっては充分すぎるほどの高揚感だった。
双子が玄関を開けて中に入る。車の中では気づかなかったが車から降りてきたお父さんも十分、背が高くて俺は遺伝ってすげえなと内心慄いた。
「お邪魔しまーす、」
靴を脱ぎ散らかして入る侑の後で、自分の脱いだ靴と一緒に合わせて揃えた治がドタドタと中に入る。玄関の奥から顔を覗かせた侑のお母さんと目が合った。双子が母の横を通っていく。
「ただいまぁー」
「腹減ったぁー」
「おかえり!腹減ったぁの前にただいま、やろ!誰や!今のは侑やろ!「へいへい、ただいまぁ」へいは1回でええのん!はい、おかえり!なまえくんよう来たなぁ!ゆっくりしていってなぁ!」
さすが勢いある返しに侑と治のお母さんすげえと圧倒される。
そして、やっぱり背が高い。俺より高いんじゃないかと変わらない目線の侑のお母さんに手土産を渡す。
「お邪魔します!あの、これ大したものじゃないんですけど…母がこんなものですみませんって…」
母親から買っていけと言われたものを渡すと侑のお母さんは目を見開いて「ええのに!そんな!ええ子やなぁ、うちの2人と全然ちゃうわ!」と笑った。
ほら、はよ上がってというお母さんの言葉に靴を脱いで中に入る。廊下に飾られた写真立てに幼い頃の双子を見つけた。
リビングに入ると、トロフィーやメダルがたくさん飾られている棚が目に入った。その横で双子が既にテーブルに置いてある料理に手を付けている。
「こら!あんたらまずは手ぇ洗ってき!」
「俺は洗たで!」治が自信満々に言う。
「あんなん洗ったうちに入ってへんやろ3秒もなかったで」
侑の告げ口に治が侑を小突いた。寮でもそうなら、家の中でもそうだよな、といつもの掛け合いに笑いが漏れる。
手を洗って荷物を持った双子が部屋行こ、と俺を案内してくれた。
2階に上がった広い大部屋に学習用の机が二つ並んでいて、2段ベッドが置いてあった。
部屋の真ん中は取り付け次第で2つの部屋にもできるようになっているのか今は一つの部屋になっていた。
ここが侑と治の部屋なのかぁと眺める。
荷物適当に置いとき、という侑に壁側に寄せて置こうとすると視界に壁の修復されたような跡を見つけて「どしたん、これ」と聞いた。
「あぁ、これ?これサムが壊したんや。壁ぶん殴って」
「まじかよ…」
「確か中2ん時やったで。喧嘩して腹立てたサムが壁ぶん殴って穴開けたんや」
「お前他人事みたいに言うけどな、ツムのせいやし、こっちの穴はお前が蹴って開けた穴やろ」
治が差したのは下の方に出来た修復跡。しかも範囲が大きかった。
「荒れてんなぁ」
「おとんに怒られたけどな」
「むっちゃ怒られたわ、でもおかんの方がもっとひどかった」
「わかるぅ、鬼やったぁ」
あんたら、誰が家建てた思てんねん!!!てあん時のおかん、やばかったよなぁーとケロッと言う双子に恐ろしささえ感じる。
「こんなん誰でもあるやろ」
「ええ、ないよ」
「嘘や、ええ子ちゃんぶんなや!」
「ぶん殴りたくなる時あるやろ?!」
信じられないという双子に、言葉の選択!と思いながら自分の過去を思い返す。思い通りに行かなくて反発したかった時がなかったかというとないことは無かったが…。
「俺んち、基本賃貸だったし家傷つけるのは禁止されてたしな…」
「はああ、真面目か?!ほな、くっそ腹立った時どないすんねん。ムシャクシャしてくそがっ!ってなるやん」
「…枕殴ってた」
「「枕〜〜〜っ!!!」」
ポスンポスン殴っとるなまえ!かわええやん!と爆笑する双子に俺は頬を膨らませた。
「馬鹿にしやがって…っ、俺はちゃんと理性的なわけよ!」
「いやあ、ちゃんと発散させなアカンで。ストレス溜めたらえらいこっちゃ」
「…じゃあ今度から溜まったら侑殴るわ」
「何で俺やねん」
「受け止めろよ」
「そういう時こそバレーやろ」
ボール叩くの気持ちええで、という侑に 、おお、確かに授業でやった時もスカッとしたな、納得する。
まあそれが俺は自転車なわけだけど。無心で山を登っていると忘れられるのだ。
「なあ、なんか卒アルとか面白いの見せてよ」
「はぁ?嫌や」
「見たい見たい見たい!」
嫌がる侑を無視して3人で中学の卒アルを開く。
「うお!この時まだ染めてないんだ!あちゅむくん、可愛いじゃん〜」
茶化すように侑の写真を指さすと首に腕が回ってきた。
「こんのっ!」
「いだだだっ!絞めんなよ!」
卒アルを見ながら騒いでいるとすぐに時間は経っていて晩御飯の時間になった。
食卓に並ぶ豪華な料理に「いっつもこんなちゃんとしたのやないし」と言う治にお母さんがべしっ、と叩いた。
「何言うてんの、これがいつもやろ、ほほほ」
「今日は豪勢やなぁ!いやあ、なまえくんありがとう!」
そういうお父さんにお母さんが「何やて?いつも豪勢ですけど?」と真顔で返すとお父さんが咳払いした。
宮家の母は、強い。
美味しいです!と家庭の味に舌鼓を打つ。
お母さんが嬉しそうに笑った。
「なまえくんは出身は関西やないんよねぇ」
「あ、はい。両親の仕事で全国転々としてて、あんまりどこも長く留まってなくて…」
「ほな小さい頃からご両親忙しかったんちゃう?」
「そうですね…鍵っ子だったんでいつも自転車乗って走ってました」
「自転車部もインハイ出たんやってね」
「はい、結果は3位でバレー部に比べたら全然何ですけど」
「結果は結果。一生懸命走ったんは誰が見ても分かるし、頑張った経験は一生モンよ」
「こいつ倒れるほど全力出し切ってん、おかげでずっと湿布臭いんやわ」
「おい、臭い言うな」
じろりと侑を睨む。
ふふん、と笑って俺の皿に入っていた春巻きを取った。
「あっ、何で俺の取んだよ!あるじゃんそこに!」
パクリと食べた後、ハムスターみたいにもぐもぐさせながら、「あ、つい癖でやってもた」と言う。
「こういうとこあるんです!これが寮でも教室でも!」
今の見ました?!というように侑のお母さんを見る。治は食べることに夢中だ。
「なまえ、嘘言うな」
「嘘じゃない!」
「おかん、なまえが今言うたんは嘘や」
「あんたが嘘言うとんのやろ。ほんまに。堪忍なぁなまえくん、」
寮の時みたいにぎゃあぎゃあ騒いでいるとお母さんが笑った。
「ふふふ、楽しそうやなあ、寮入ってどうなるか思たけど、ええなあ。なまえくん、侑と治も騒がしい性格やけど、仲良うしたってな」
「あ、いえ…こちらこそ…」
「ちゃうで、俺が仲良うしたってん」
「あんたはまたそないな、」
呆れたように言うお母さんに「ほんまのことやもーん」と言う侑。
「友達連れてきたい言うたん、侑やろ。なまえくんもいつも振り回されて困っとるやろ」
「ああ、いえ、慣れてますから…ははは」
ジャイアン侑には慣れているというか、慣れざるを得ないんですよ…。
にこりと愛想良く笑う俺に侑は信じられないというような顔をした。
「猫かぶりや!こんなんじゃないで。なまえの方が俺のこと振り回してんで!」
「俺がいつ振り回した?!」
「いつもや!」
「意味不!」
「はいはい、あ、ハンバーグもあるで、食べる?」
「「「!!!」」」
お母さんの言葉に3人とも目がきらめく。
ご飯を食べ終わった後、お風呂に順番に入って部屋でまた話をした。
夜遅くまで駄弁った後、3人とも寝落ちした。
翌朝はお母さん特製のフレンチトーストをご馳走になる。
外に出て侑達の住む街を巡り遊んでいるとすぐに時間が経ち、あっという間に夕方の時間になっていた。
***
「なまえくん、またうちに来てな」
そう言って侑のお母さんが見送ってくれた。
「あんたら、なまえくん駅まで見送ってき」
「俺一人でええ。サムは留守番な」
「何でや、治、あんたも行きや」
「ええんや。俺が行ったら煩いねん。なまえ、またな」
「おう、またな。お邪魔しました!」
宮家を出て、帰りの駅まで荷物を侑が荷物を持って送ってくれる。
駅につく頃には明るくはあるけれども、照りつけるような太陽は下がっていた。
駅の入口で侑と向き合う。
「…すごい楽しかったし、美味かった!誘ってくれてありがとうな」
あっという間だった時間に俺は本当に楽しかったな、と感じた。
「今度は俺の家来る?侑んちよりもっと遠いけど」
にしし、と笑うと侑が頭を掻いた。
「…今日、呼んだんはもっと俺んこと、」
何か言いかけた時「あれ、侑くん?」と声が聞こえた。
駅から出てきた制服姿の女子が侑を見て近づいてきた。
ロングのサラサラした黒髪を耳に掛けている。夏服の白シャツとスカート、清純という言葉が似合うその子は笑って手を上げた。
うわ、可愛い。
「久しぶり!帰ってきとったんやねぇ…友達?」
「ん。稲高の友達」
その子に目を向けられて俺は少し鼓動が早くなる。
「、どうも」
「うち、侑くんと中学一緒だったんよぉ」
ふわりと笑うと風が黒髪を揺すって良い匂いが鼻を掠めた。
うわ、女子…。顔が緩みそうな俺を見て侑が目を細めて小突いてきた。
「おい、」
「な、なんだよ」
顔を引き締め侑を見返す。
「侑くん、インハイ優勝したんやって!もうこっちもビッグニュースで同級生も皆すごい、て言うてたよ!おめでとうっ」
「ん、ありがとう」
「…ライン、送ったんやけど忙しくてなかなか見れんよねっ、」
頬を赤くして目を伏せるその子の表情を見て、また俺は悟った。
ああ、これは…またこのパターンか…、と。こんな可愛い子まで好きになっちゃう宮侑って本当に何なわけ?と同じ男として嫉妬を通り越して純粋に羨ましさしか生まれない。
ラインぐらい返してあげろよ、とも思う。俺だったらこんな可愛い子、即行で返信するけどな。
「ちょおバタバタしててん」
嘘つけ〜〜!お前全然バタバタしてなくね?!なんなら、昼まで寝てたり、暇さえあれば俺の部屋に突入してきたりしてたよな?!
「私夏休み時間空いてるから、もしよかったらまた中学のメンバーで集まろ!皆彼氏とかと遊んでんねんけど、私はそんなん無くてぼっちやねん、あはは」
はぁぁ?!こんな可愛い子に彼氏がいない?!かつ、それを今言うということは、そういうこと…ですよね!?今フリーだから、という匂わせですよね…?!
うわあ、女子の匂わせ恐るべし、そして俺の出る幕は1ミリも無いという可能性ゼロを認識した時点で俺は撤退することにした。
「あー、そろそろ俺帰るわ、お邪魔しましたー…」
侑の手から自分の荷物を取り戻そうと引っ張るも離してくれない。
「また連絡するわ、俺こいつ見送らなあかんし、ほな」
そう言って俺の肩をぐいぐいと押して先に進もうとする侑に少し寂しそうな顔を見せた。
そんな顔も可愛かった。
「ちょ、ちょ、いいのかよ。あの子と一緒に帰れよ」
「ええて」
「え、完全に脈アリじゃないですかアレは」
「脈アリて、何なん。てか中学ん時付き合っとったし」
「ふぁっ?!元カノ?!」
「超短期間やけど」
「なぜ別れた?!」
「告白されてOKしてみたけど、バレーの邪魔やった」
じゃ、邪魔…?うわあ、怖い、怖すぎる。人でなし、この恐ろしい子、と口に手を当ててドン引く俺に侑が目を細めた。
「あんな可愛い子を…」
「お前…さっきから鼻の下伸ばしよって…」
睨んで来る侑に反論は出来なかった。だって可愛かったし。
「まだ全然脈アリアリだったな…羨ましい…」
「…俺が脈アリ期待したいんは…他の奴なんやけど」
侑が俺を見てそんなことを言うから、戸惑う。インハイ前に侑から言われた意味深な言葉に、侑の好きな人ってもしかして…と思った自意識過剰極まりない疑問を思い返す。
でも、そんな疑問も疑問であって、本人から直接言われたわけでもないしやっぱり俺の勘違いかも、と思い直して侑の恋を応援するように返した。
「それは…何と言ったら良いのか…。頑張れ?」
俺の恋の応援に侑の見下ろしてくる目が冷たくなった気がした。
「……お前それほんまに言っとんの」
ギクリ、とする。
怖いんですけど。何て言うのが正解なんだよ。
話を逸らしたくて早く帰りの電車来ないかな、と駅の時計をちらりと見た。そろそろ電車が来る時間だ。
その脈アリの期待をしたい相手が誰であれ、さっきみたいな可愛い子が侑にはお似合いだと思うんだ。だって、俺は目の前で二人の姿を見て思い知った。ああ、美男美女似合ってるな、って。
宮侑に引けを取らない可愛さと可憐さ。
俺と侑は親友で。俺はそんな親友の恋を応援するモブ男Bで。
男友達同士、ふざけ合って、遊んで、喧嘩して、
また仲直りして、友達として付き合う。それが一番楽で、お互いにその関係が一番良いと思うんだ。
何を考えているのか分からない表情をした侑に見下ろされる。俺は駅の点字ブロックに視線を落としたまま口を開いた。
「…親友の恋を応援するのは当たり前だろ。ま、侑はモテるし、応援なんて要らんだろうけどなっ。これからも『親友』として出来ることは何でも任せろ。モブキャラなら得意だぞ」
ほんとモテモテで羨ましいわ、こんちくしょー、と笑い飛ばしてみる。
それは暗に親友のままでいたいという意味なのだが伝わっただろうか。これは拒絶ではなくて、変化を避けているだけだ。
侑の目が俺をじっと見る。
ホームに曲が流れた。電車が来る合図だ。
侑から目を逸らしてその手から荷物を奪う。
駆け足で改札を通った。
「じゃまたな、ありがとう!お母さんとお父さんにもよろしく!!」
手を上げて侑に別れを告げる。
改札口で佇む侑の顔を俺はよく見ることが出来なかった。
ホームに入ってきた電車の中に走り込み、窓から侑達の育った街を眺めた。
さっき、お前が脈アリを期待してるのは誰?って聞けばよかったんだろうか。
…俺にそんな勇気はない。
前から思う疑問が自意識過剰極まりなさすぎて、返ってきた答えが もし俺じゃなかったら?
誰か違う女子の名前だったら?
そう考えた時、少し胸がチクリとしてしまった。
ほんのちょっとの痛みだがそれは確実に存在した。
おかしいのに。胸を痛める必要なんてないのに。この小さな胸の痛みは何なんだ。