(宮 侑)
駅でなまえを見送った後、外に出るとまだ同中の女子が立っていた。
ポケットに手を突っ込んで歩く俺に気付いて近寄ってきた。
「侑くんっ、途中まで一緒に帰らん?」
そう言って見上げてくる子は確かに中学の時よりもさらに可愛くなっていたが、なまえに感じるような胸の高鳴りは生まれなかったし、付き合っている時もあんな高鳴りを感じたことは無かった。
雑談しながら帰る道中で、どこか遊びに行かないかと誘われた。 二人でどう?なんて言われて昔の関係もあるし、ちゃんと言うしかないな、と考える。
「…俺な、今気になっとる奴おんねん」
俺の言葉に隣を歩きながら傷ついたような顔をした。視線を落として辛そうに笑う。
「…可愛ええ子なんやろなぁ」
「可愛くはないで」
「…え」
「パッとせえへんし、湿布臭いし、アホやし」
「…めちゃめちゃ言うなぁ。どんな子ぉなん」
「普通の奴やけど…ただ…なんやろ。隣におって話しとったら、ああ、ええなぁって思うんやわ」
「…侑くん、今のうちにそれ言うんひどいわ」
分かってるけど、ほんまのことやもん。
「ま、脈ナシやけど」
「え、侑くんでもあかんの?」
その言葉に少し対抗心が生まれる。
「…あかんことはない。今は、っちゅうだけや」
「…そんなに想われてるん羨ましいなあ」
「想ってへんし、あくまで気になっとるだけや」
そんな俺の言葉にくすりと笑った。
「それは、好き、言うんやで」
「ちゃうちゃう」
「侑くん、素直にならんと進まへんよ」
そう言われて俺は 素直なぁ、と考える。
ぽつりぽつりと話したあと、分かれ道で「その子との応援はできんけど、バレーしてる侑くんは応援してる。こんな私でごめんな」と言われて別れた。
そうよな。俺もなまえが他の奴のこと好きなんて言うてきたら、応援なんてできんし、そんな恋心なんてぶっ潰して粉々にしたいもん。いや、確実にぶっ壊すし。
これからも『親友』として、と言われた。
『親友』と言う言葉で一線を張られた俺にできることはあるのか。
親友のまま、隣であいつと過ごすのは、生き地獄だ。
家に帰り着いて、部屋に戻る。
「なまえ帰った?」
「…ん」
「…なんや?帰りに水でもかけられたか?」
「雨降ってへんやろが。カンカン照りやアホ。別になんも無いし」
俺のテンションの低さに気づいた治は何も言っては来なかった。
リビングに降りてお茶をコップに注いだ。外の暑さで失われた水分を補給しようとゴクゴクと飲み干す。
勝手口から家の中に入ってきた母親が忙しなく台所で手を動かしながら俺を見て「なまえくん、ちゃんと見送った?」と聞いてきた。
「送ったあ」
「…なまえくん、ええ子やねえ。侑んこと、よう見てるわ」
「…アホやで。俺ら寮とか教室でアホばっかしてんねん」
「何してんのよ」
「ん?なまえの寝とる顔に落書きしたりなぁ。部屋でプロレス勝負したりぃ」
「あんたそれなまえくん絞めとるだけちゃうやろね…?ほんま…授業だけはちゃんと受けなさいよっ」
「受けてるて。テスト前はなまえが教えてくれるからええんや」
「またなまえくんに迷惑かけて…」
「俺に教えることであいつもちゃんと復習できんねんで」
「あんたはほんま…!帰るたんびになまえ、なまえ言うて」
「はあー?俺、そんな言うてへんし」
「言うてるわ。なまえくんお行儀良え、ええ子やないの。母ちゃん、バレーしかしてへん侑がちゃんとバレー部以外で友達出来てて、安心したわ」
「なんやねん、人を友達おらんみたいに」
「侑をちゃんと見てくれる、そういう友達は大事にしいや。誰に似たんか知らんけど、あんた性格キッついやろ!」
「誰に似たて、おかんかおとん、どっちかやろ!」
「母ちゃんはちゃうで!私、優しいもん」
「侑ぅ、お前のその性格はな、母ちゃんやでぇ」
こそっとリビングから言ってくる父親に母親がものすごい顔で睨んだ。
「はい?!何か言うた?!」
「言うてない言うてない!愛してるで!」
アホくさ、と両親のやり取りを横目にテーブルの上に置かれている1枚せんべいの袋を開けて口に入れた。
治が部屋から降りてきた。せんべいを食べる俺を見て、同じように机の上から残り1枚のせんべいを取った。せんべいを取る手が早すぎて猫みたいやな、と思う。
「なんの話し?」
「全ての元凶はおかん、ちゅう話」
「はぁ?」
「おとんも、こんな性格きっついおかんにようアプローチしたなぁ」
「母ちゃんめっさべっぴんさんでな。交際申し込んでもなんべんも断られてなあ。でも諦めずに最後は撃ち落とした父ちゃんの粘り勝ちや」
「粘り勝ち…」
「まあ、今は鬼やけど「何??」何でもない!愛しとるで!」
「あんたは愛が重すぎんの!ほんま、粘り勝ちやなくて、しぶといだけやっちゅーの」
母親が 昔は私も選り取りみどりやったんよ、と鼻高々に言う。
「今も綺麗やで〜」
リビングから父親の声が飛んでくる。
「…当たり前やわ。今日のご飯は肉巻きでええやろ!」
ここで父親の好物を持ってくるあたり、両親の仲の良さにゲンナリして、治と目を合わせた。
「よっしゃ!母ちゃんの料理、昔から美味いし、幸せもんやなあ」
ホクホクしている父親と満更でもない母親に勝手にやってろ、とペットボトルを手にした。部屋に上がろうと階段に向かう。
ふうむ、なるほどな。おとんは粘ったわけか…。
今頃電車の中で揺られているなまえを想う。
粘り勝ちねぇ。
せや、線引かれたからて何やねん。
引いてみろ、そんな線引きちぎったるわ。
リビングを出る前に振り向いて言った。
「やっぱ俺はおとん似かもな」
「…いや、お前は確実に母ちゃんやな…」
「安心せえツム、どっちも入っとるで」
せんべいをバリボリと食べている治に舌を出し「お前もやアホ」と返して部屋に上がった。
***
帰省して一週間が経とうとしていた。明日は練習休みの最終日、北さんちへ遊びに行く。
「ほら、これもこれも持って行って!北くんによろしゅうな!」
母親から北さんちに行く際の手土産をこれでもかと用意されて玄関に降りる。
「ほな、行ってきまーす」
「おいツム、お前も持てや!」
「俺、両手塞がっとるもーん」
宮治〘北さんち集合。土曜日 〇〇駅9:00〙
みょうじなまえ〘了解!〙
宮侑〘遅れんなよ〙
みょうじなまえ〘それはお前らの方な〙
角名倫太郎〘高速バスなう〙
トーク画面を開いて集合時間を見る。
久しぶりになまえと会うことに不安がないかというと嘘になる。
見送った時、暗に親友でいたいと線を引かれた手前、あいつとどう接していくか…。
北さんちの最寄り駅で治と一緒に降りるとすでに到着していた北さんが車の中から手を上げた。
「おっ!!「北さん!!」」
2人で北さんの車に駆けていく。車から降りてきた北さん。
「インハイ優勝、おめでとう」
会って早々に北さんからの祝いの言葉とふわりと笑う笑顔に俺と治は顔を見合わせた。まさか、会って早々に北さんの笑った顔が見れるとは。
「「〜〜!!!あざす!!!」」
「自慢できました?」
「北さんの後輩って言いました?」
2人でそれとなく聞いてみると北さんは「ご近所さんにも声かけられたから、一緒に練習した高校の後輩です、て言うたで」と言った。
それを聞いて俺達は春高の悔しさであいた心の穴が満たされる思いがした。
「ようやったな」
そう言って両手を上げて俺と治の頭をポンと撫でた。触れる手のひらは温かく感じる。
「北さんっ!!!」
突如、横からなまえの声が聞こえた。
「みょうじくん、久しぶりやな」
なまえが俺と治を見て羨ましそうに北さんの前に立った。
「俺も!」
「??」
首を傾げる北さんに、北さんよりも背が低いなまえが頭を前に差し出した。
「俺も!インハイ頑張ったんで!」
撫でて、とでも言うようにはにかみながら頭を下げるなまえに俺はどちらに対しても嫉妬心が生まれる。
「みょうじくんも、お疲れさん」
頭に触れる北さんになまえがへへへ、と嬉しそうに笑う。
「おい!北さんの手は優勝したもんにしか与えられんのや!」
「優勝杯かよっ!俺だって頑張ったんだからいいじゃん!」
「あかん!今のやつはナシや!」
「何でだよ!」
俺の手で十分やっ、と頭を撫でてやると北さんのご利益が消えるぅぅとイヤイヤをしている。
何や、普通やん。
距離を取られるかと思ったけど、なまえは案外普通な態度で、内心ホッとしている自分がいた。
そうこうしていると角名、銀も駅に到着していつもの5人メンバーが揃った。
「ほな、行こか」
北さんが運転するミニバンに乗って自然豊かな農園に出発した。
「アランくんは遠征やし、来れんで残念やなあ」
「まあさすがに忙しいよな。俺は去年来れんかったから、手伝い楽しみやわ!」
銀と話しているとなまえが助手席で北さんに話しかけた。
「北さん、今日夏祭りがあるんですよね」
「そやで。夏祭り、行くやろ?」
「はいっ!川遊び、夏祭り、夏休み最高〜」
楽しそうにするなまえに「その前にひと仕事あんで、」と後ろから口を出すと「もちろんしっかり働きますからっ」と意気込んでいた。
だだっ広い開けた農耕地を前に車から降りる。
北さんのお祖母さんが「皆ようきたねぇ」と出迎えてくれた。
夏の日差しが容赦なく、降りかかる。
早速作業に取り掛かろうと、荷物を置いて準備した後、北さんから「侑とみょうじくんはトマト班や」と割り振られた。
「治と角名、銀はきゅうり班な」
おいトマト〜潰すなよ〜、きゅうりこそ折るなよ〜、治達とお互いをそんな呼び名でからかいながら別れる。
北さんから組分けを言われた瞬間、なまえの顔が笑顔のまま固まったのは多分俺しか気づいていないだろう。
レクチャーを受けて、収穫作業の開始となる。
「侑ぅ、お前カゴに入れる役な」
俺の目を見て話しかけてくるなまえをじっと見返すと、すぐに目を逸らした。
ああ、やっぱちょっと意識しとんなこいつ。
普通に話しかけてきて、普通に目を見て笑って話す辺り、本当に分かりにくい。
ハウスの中は暑いから水分取るんやで、と北さんに言われて返事をする。
真夏の体育館の中にも似たような蒸し風呂並の暑さのハウスの中に入った。
こういう時にスポーツ用の機能性の高いシャツは助かるな、と思う。肩まで袖をまくって露になった腕になまえの視線を感じた。
暑さでクラクラしそうなビニールハウスの中でトマトをもぎ取るなまえから一つ一つ受け取って、傷つかないようにカゴの中に入れていく。
黙々と作業をする無言の空気はお互い何も話さないのにいつも寮の部屋で各自したいことをしている時の空間に似ている。
単純作業でも丁寧さを求められるその工程。トマトを渡される手と受け取る手が触れたところで、なまえの反応はない。
多少は意識してくれたらええのに。
まあそれほど真剣にやってるからなのか、俺をただのオトモダチとしか見てないのか。
「おい、手ぇ止まってんぞ」
なまえに言われて、まだ自分の手の中にトマトがあった。カゴに入れながらなまえの鼻の上に出来た汗の粒を見る。
「暑いやろ、休憩せぇへん?」
「ん、」
首元の汗を拭うなまえを見て、2人でビニールハウスの外に出た。影に座って冷えたペットボトルの水を飲む。
額に張り付いた前髪をタオルに押し付けて火照った顔をしたなまえが陽に照らされた作物に目を向けた。
「こういう黙々とする作業、好きかも」
自然っていいな、と言うなまえの頬にペットボトルを押し付けた。
「ひやっ」
「気持ちええやろ」
「ん…つめてぇ」
保冷剤代わりになるわ、と赤い頬に当てている。あの時、あの駅で別れた時にほんの少しだけ遠のいた距離感。一線を引いて、また見えない壁を作り上げようとしている。
さてと、なまえの張った線、そろそろ引きちぎろうかな。
「なあなまえ、将来何したい?」
「…まだ決まってない」
「俺はなぁ、バレーしたい」
「だろうな」
「でもバレーしていくには努力せなあかんやん?」
「そりゃなあ。誰でもできる訳じゃないし」
「やりたいことやるんやったら頑張らなあかんよな」
「うん」
「自分の手で掴むしかないやんか。無理なもんでもこじ開けて行くしかないやんか」
「…強いよな、侑は」
「諦めたら先はないねん。トライ&エラーを繰り返したらいつか出来るはずなんや」
「…出来るとこまでトライ&エラーを繰り返せるのも才能の一つだけどな」
眩しそうになまえが俺を見た。
「…俺なぁ、何でも諦めは悪い方やねん」
「ははっ、だろうなー。でも侑のそういうとこ、凄いと思うし、だから実力も結果もあるんだと思うけど。素直にそんけーする」
笑うなまえの横顔にトドメを刺してやろうと思った。
「俺の諦めの悪さはな、おとん譲りらしい」
「え、あの大らかそうなお父さんが?」
「どんだけ壁作られても、跳ね返されても、めげんかったんやて」
「すげえな」
「うん。おかんにむっちゃ言い寄ったらしいで」
「…………へぇ…」
お、効いとる効いとる。
視線がふわふわと動き始めたなまえを見て楽しくなる。
何の話しとるか、分かり始めたか?
俺の何がおとん譲りか。
「あー、俺おとんに似とるわぁ、て自分でも思ったんよな」
なまえの視線が固まったあと、ガバッと顔を上げた。
「……っ、そろそろ休憩終わるかぁ」
立ち上がろうとしたなまえの腕を掴んだ。
「親友『兼』 っちゅうのもアリかな、て」
にこりと笑ってみせる。
なまえが俺の目を見たあと、その火照った顔のまま瞬きして目を逸らす。
「何の、話だか…」
「前なぁ、好きになってくれる人なら誰でもいいって言うとったやん。俺は好きになる努力する、て」
いつの話だよ…っ、と呟くなまえに喉の奥で笑った。
「う、ぐ…。そうは言っても俺だってそもそも好きなタイプっていうのがあってだな…誰彼構わず好きになる、とか…そんなの…」
しどろもどろになっているなまえを見下ろす。
は?今更何言うてんねん。拒否するなんて許さんけど。
「ふうん。何?怒らんから言うてみ」
圧をかけながら聞くと、ビクついたなまえは軍手をいじりながら下を見る。
「俺より背が小さくて、か弱くて…」
「…へぇ」
「いい匂いがして…声が優しくて…柔らかい雰囲気で…」
「…ふうん…」
聞いていると段々イライラしてきて、拳を握った。指の関節からぽきりと音がなり、なまえがその音に反応する。
「俺より背、高いのはあんまり…」
「……」
「あと熊みたいに大きいやつはちょっと…」
あ、そろそろ無理かも。
「自分勝手で…横暴で…力尽くですぐ絞めてくるやつとかも絶対にむ、りで、いだだだっ!!」
この場合、手が出てしまったのはしゃーないよな?な?
「なあ?どうにもならん事をあげてくんのやめてくれん??」
「痛いぃぃ…絞めんなぁっ」
「小さいとか、か弱いとかそんなん生まれた時からちゃうやん?腹立つわぁ」
「好きなタイプ言えって言ったのお前じゃん!やだもん!俺の隣で歩くのは、可憐でっ、あっ、うぐっ、苦しいぃぃっ!ギブ!」
「せやから、最初からどうにもならん事を上げてくんな、て。な?」
にこりと笑ってなまえを絞めあげると涙目で俺を見た。
そういうのは却下、とばっさり切る。
「じゃあ、…頭いい人っ!」
「…やればできる子やねん。頭の回転は早いし、頭悪いわけとちゃうわ」
「…穏やかな人っ」
「穏やかやけど?なに?文句ある?」
「〜〜っ静かな人!」
「別に煩くないけど?ちゅうかある程度賑やかな方がええで?明るさって大事やん?人生に笑いって必要やん?」
「守ってあげたくなるような人っ!」
「んー、別に守ってもらわんでもええしなあ。逆に守られとけばええんちゃう?」
「えっと、あと、あとっ」
「はい、受付しゅうりょーー。 」
「おいっ、まだいっぱいあるわ!」
どないしよー、全クリやん俺。
と呟くと隣で全然クリアしてない!かすってもない!と隣で喚いている。
「あああ、あと!料理できる人!これはマスト!無理だろ!」
「…それはなまえが出来ればええやん♪適材適所って知っとる?」
にこりと笑って首を傾けると、なまえは理解不能と言いたげな顔をして同じように首を傾けた。
ウケるわ。グルグルと頭を悩ませているなまえが愉快で堪らない。
「さてと、もうひと仕事、やるでー」
「はぁぁ…」
震えるように大きく吐いた息が熱っぽくて、俺は口元が緩んでしまう。
軍手をはめて、後ろからとぼとぼと歩いてくるなまえを横目で見た。
『お前とは友達でいたい』と言われて、はいそうですかわかりました、なんてすんなり引き下がると思ったか?
俺との間に線引いたって意味ないねん。そんな線でも壁でも何でも、いつでも跨ぐし、ぶち壊すし、引きちぎってなくしたる。
覚悟しときや、て言うたのに。覚悟が足りんなぁ、とほくそ笑む。
ああ、早く崖っぷちのなまえを奈落の底に突き落としたくて堪らんなあ。