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あれはまるで喉元にナイフを添えられたような、はたまた首に手を添えられてすぐにでも絞めてやるぞという脅しに近い笑顔だった。

整った顔を綺麗に動かして笑うあいつは自分の良いところなんて百も承知なよう。
逃げられない、と悟るには十分な脅迫だった。


「何かええ事あったん?何であいつあんなに機嫌ええん?」

作業を終えて片付けをする俺に治が聞いてきた。
治が示すのは鼻歌を歌いながら誰よりも働いている侑。
銀と楽しそうにきゅうりの収穫ボックスを運んでいる。

「良い事ぉ?ぜんっぜんないけど?!」

むしろ、俺には絶体絶命と言えるくらいピンチな事しかなかった。
トマト収穫作業の合間に侑に詰め寄られたことを思い出して、ため息が出そうになる。


「本当に自由すぎる片割れどうにかならんか…シロって言ってもクロっていうし、Aって言ってもBって言うんだよ。で、『俺がBて言うたらBなんや』って完全なるジャイアンなんだけど、そこんとこどう思う?」

「…どしたんやなまえ。いつも以上に饒舌やな」
「饒舌にもなるわ!まじであいつ話噛み合わないんだよ!」

「そのうち『CよりDの方がええと思うし、Dでええよな。うん、ええな』て言うてくるで」
「想像に容易い…勝手に話進めてくし…」
「コツ教えたろか?言い返すんや」

どうって事もなく言う治に、そうだったこいつも片割れである以上、侑と同様に負けん気が強いし、すんなり折れない奴だったと思い出す。

侑と対等に張り合う治だからこそ、直球で来たものを跳ね返す力がある。
俺は、というと直球できたものにぶち当たって毎度生き倒れているのに。

「言い返してるよ、俺はAしか無理!Bは嫌だ!って言っても『え、無理が無理。Bを飲み込め』って…!あいつ折れるということを知らないよな?!」
「んー…ほな、もう諦めるしかないなぁ」
「なっ!他人事だと思って…!」

ははっ、まだまだやなあ。うちのおかんみたいに強うなるしかないで、と笑いながら背を向けて古民家の北さんちに入っていく治の背中を恨めしく見る。

言い返したら二倍になって返って来るんですけどね、と悲しくなって力無い足取りのまま、軒下で靴を脱いだ。
先に家の中に上がった治が上がろうとしている俺を見下ろして言う。

「ツムのしぶとさはおとん譲りやで」
「…それさっき聞いたぁ」
「ほう…、ほなこれも聞いた?」
眉を上げた治がしゃがみ込んだ。
「??」
ヤンキー座りをする治に、はるか高い位置にあった顔が近くなる。

「うちのおとん、執拗すぎてな『あかん、これ逃げられへんわ』て、おかん諦めの境地やったらしい」

縁側から部屋の中に上がろうとしていた俺は、治の言葉に思わず転けそうになった。デジャヴ。お母さんの気持ちが少し分かったような気がした。


「『最終的にこの人の愛、受け止めきれんの私だけやなって思った』て聞かされた時の俺ら、どう思う?」

その場を思い出したようにげんなりとした顔をしている。

「どうって…お母さん漢気溢れてんなぁ…強ぇ…」

「…なまえにも受け止める素質あるで」

「何を受け止めんだよ。ないない」

「…あいつな、昔からいっつも直球やねん。大体の奴はそれで怪我するから近づかんかったり、避けていくんやけど」

「いや、俺だって怪我してるからな。直球どころかいつも剛球が飛んできて顔面直撃レベルだわ 」

「せやけど…なまえは怪我しても、そのボール拾いに行くやん」

治のたれ目がちな目が侑を見た。二人とも似た顔なのに、侑とは全然違う雰囲気の治はやっぱりどこをどう見ても別人で、不思議だなと思う。

「打ち込んでも必ず返してくんのって悔しいけど、もっと打ち込みたなるし、結局ラリー続くのも楽しいんよなあ。限界に挑戦する感じで」

独り言のようにボヤく治。
ラリーが続くのは互いが本気で投げとるからや、と途中からバレーのような話になってきて俺はふーん、と適当に相槌を打った。

「正直、兄弟やなかったら俺やってツムんこと『何なんこいつ』って絶対思うもん。思う自信しかない」
「言うねぇ」

めちゃくちゃに言う治は吹き出す俺を見て、兄弟でも何やこいつって怒る時あんのに他人やったら尚更やろ、と言う。

「…でも真正面から受け止めて拾って返してくれる奴見つけてから、ちいと変わったわ…」

人類進化と同じやな、とまたボヤく。
人になろうとしてる、と言う治に俺は吹き出した。

俺は畳に手をつく。俺の日焼けした腕と治の白い腕は太さが違う。

「治ってさ、ほんと周りのことよく見てるよな」
「…たまに自由すぎるあいつが羨ましいとさえ思うわ。周りのこと全然気にせず突き進むし…。何で、もっと周り見んのや?って思う時ある」

「治は自分ばっか周り気にしてなんだかなあ、って思うんだ?」
「…うん」
「…確かにあんだけ自由なら幸せだよなぁ。傍から見てても自由すぎてある意味強いし、ぶっ飛んでるるし…。まぁ、そこが侑の持ち味でもあるんだろうけど」

縁側の下で治と俺は侑達を眺めた。

「持ち味なぁ。おかしい奴の方が目立つし、皆そっちばっか見るんやろな」

その言いようはまるで侑の方が目立って自分は侑よりも普通の人間なんだと、俺には持ち味なんかないんだと、自嘲しているような印象を受けた。

双子故に比較して見られることが多かった2人は『俺はあいつより…』という思いを幾度となくしてきたんじゃないだろうか。

「治の持ち味はまた別じゃん」
「……」
「俺さ、入寮の時から正直、侑も治もあんまり近づきたくないなあって思ってたんだけど。治と同じ組になって、あれ?宮治って割と話しやすいんだって思ったわけよ」

「割と、って何やねん」
「いや、まじで入寮時の第一印象が強すぎて結構警戒してたんだよ。でも教室の中の治は話しかけやすいし、面白いし、何だろう、人の話を引き出してくれる雰囲気があるんだよな」

「………」
「じゃあ侑も同じか、って言われると違うんだよな。やっぱり侑は何か圧強いし、陽キャの壁があって、自ら話しかけようとは思わなかったし…」

「陽キャ…」
「治はゆっくり話聞いてくれるし、人のことよく見てるし、話しやすいなって。2年になって治が声掛けてくれてから、さらにそう思った。治もな、人を寄せ付けるもんを持ってんだよ」

「なんやそれ」

「それが治の持ち味。だから治が隣にいたら侑が張り合うのわかる気するんだよなぁ」

「??」

「皆から話しかけられて、愛想良く対応できて何でも要領よくこなす、そんな奴隣にいたら悔しいじゃん」

「……」
「あいつ、治みたいに周りに配慮するとか出来ないし、口と手が先に出るやつじゃん。だから上手いことやってる治見て何も思わないわけはないだろうし、侑は侑のやり方で治に負けたくない、って頑張ってんのかな、と」

日常生活の中で悔しそうに治を見る侑の図は至る所にある。勉強でも、ゲームでも、ちょっとしたことでも悔しそうにしている侑もやっぱりまた『俺はあいつより…』という気持ちを感じているんだと思う。

「結果的にそれが目立ってるだけで…。俺から見たら治も十分目立ってるし、お前ら二人とも眩しすぎて目がやられるわ」

しゃがんだままの治と縁側に腰掛けた俺は目を合わせる。

ちなみにこんな事話すのも治が話しやすいからだぞ、と付け加えた。

治の透明感ある色素の薄い髪が夏の風を受けて揺れる。俺を見て、笑うように息を吐いた。

「…ふっ、なるほどなぁ。欲しがるのが分からんでもないわ」
「欲しがる?」

「いや、こっちの話や。なまえもめんどい奴に捕まってもうたな」

こんなにツムに絡まれる奴、初めてやでとまた他人事のように笑う治に俺はムッとした。

「…言っとくけど最初に話しかけてきたの治だからな。あそこにいるジャイアンに絡まれるようになった全ての元凶はお、ま、え」

「…嫌やった?」

こてんと首を傾けて聞いてくる治。
俺は無言で見返した。
分かっててそういう聞き方するの、似てるなあと思う。

「…嫌、ではないけど。まぁ、治達と仲良くなれてよかったな、とは思ってる」

地面を見たままの俺に治は歯を見せて笑うと「はーっ、腹減ったわぁ」と立ち上がった。畳を踏みしめて中に入っていく治の後ろ姿を見送る。

「飯食べるで。中、入りや」

北さんの声に侑達も軒下に向かってくる。

カンカン照りの下を歩く友達を見て、皆眩しいなと俺は目を細めた。

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