「「「いただきます!!!」」」
「うんまぁぁ〜っ!」
治が生きてて良かったというようなテレビタレント顔負けの表情でご飯を口に含んだ。
農作業を終えた俺たちは北さんのお祖母さんが用意してくれたご馳走を囲んで舌鼓を打った。
「おいひい…」
何をどうしたらこんな味になるんだ、北さんのお祖母さんはゴッドハンドなのかと疑う。
「北さん毎日こんな美味しい料理食べられるの羨ましいです…」
「丹精込めて作ったもんやと、凝った料理やなくても美味しく感じるで。さっき取ったトマトときゅうりも、ほら」
言われてトマトを1切れ、口に入れると野菜の甘さが口に広がって生を感じる。
「美味い…!!」
生産者の人がいるから、食べられる野菜、食べ物。いただくって有難いなという思いが自然と生まれる。
北さんのお祖母さんがにこにこと微笑みながら俺たちの食べっぷりを見ている。
「俺、このご飯が食べられるなら来年も再来年も手伝いに来たいです…」
「俺も」治がキリッとした顔で北さんを見ている。
「いつでも来たらええやん。な、ばあちゃん」
北さんの言葉にお祖母さんが頷く。
「俺、北さんちの座敷わらしになりたい」
「ウケる、座敷わらしは飯食えないだろ」
俺の願望に角名が鼻で笑ってきた。
「この野菜炒め美味すぎや…!!箸が!止まらん!」
「分かるわ侑っ!美味い!」
ガツガツと食べまくっている侑と銀を横目に俺と角名は漬物をポリポリと食べる。
「極めつけにこの米…!!」
「「「うまぁぁ〜〜」」」
堪能する俺達に北さんがふっ、と笑ったのが見えた。卒業した頃より焼けた肌に外で自然相手と戦っているのが見て取れた。
***
「「「ご馳走様でしたぁ!!」」」
北家のご馳走を平らげた後は、去年と同じように川に涼みに行くことになった。
微睡む昼下がり、腹いっぱいの俺は日陰で川の上流特有の大きな岩場に背中を預けて座り込んだ。
北さんも隣で座って川辺ではしゃぐ双子と銀、角名を眺めていた。
「北さん、焼けましたね」
「せやな。作業着着てても出とるとこは焼けるな。みょうじくんほどやないけど」
「俺の日焼けはただの部活ですから!北さんの日焼けと比べ物には…」
「ただの部活、されど部活。その肌は毎日外走って汗水垂らして頑張った証やろ」
「…はい」
「自信持ちや。毎日積み上げたもん、簡単には崩れへんよ」
「…ありがとうございます」
「もう自転車部はインハイで引退よな」
俺は頷いて笑う。
「やっとキツい練習から解放される!っていう解放感と、終わってしまった寂しさで何かごちゃ混ぜです」
「俺らはギリギリまで残っとったけど大半は夏で引退やからな。…でも、その顔は後悔はしてなさそうやな。やり切った顔しとる」
北さんの目が俺を見る。北さんの真っ直ぐな目に見られると背筋がしゃんとするのは何故だろう。
「はい、出せるものは全部出し切れたと思います。結果は最高のものではなかったですけど、仲間と最後まで走りきれてよかったなって」
「…ええ顔やな」
北さんが自分の引退を思い浮かべるかのように懐かしそうな顔をしていた。
「ただ…終わってしまえば、進路とか色々決めなきゃいけないのに…まだ何にも考えられてなくて…遅すぎるのは分かってるんですけど、正直行き詰まってるんですよね」
出来うることならば、この場にずっといて、遊び騒ぐ友達を眺めていたい。将来のことなんて考えずにぼーっと過ごしていたい、という非現実的なことを思う。
「何の話しとん」
治が川から上がってきて、濡れた足のまま俺と北さんのところまで来た。
「将来のことー」
「ふうん」
「みょうじくんは何かやりたい、何かなりたいもんとかあるんか?」
「…うう…あんまり想像つかなくて…食っていくためにはお金を稼がないといけないじゃないですか…。だから働くしかないにしても、親みたいに普通に生きて、普通にサラリーマンになるのかな、って漠然と想像してます」
毎日スーツを着て通勤している会社員の人たちを想像する。俺もいつかあの一人になるのだろう、と。
「はぁ…石油王の子供に生まれたかった…」
一生ゲームして遊んで暮らしていけるかな、と身も蓋もない妄想を吐く。
「今日みたいな作業も割と好きだなって感じたし、何がしたいのか…親とも話さないとなあって」
「飽きるほど考えたらええよ」
「ですよねえ…。治は飯関係に進みたいんだもんなあ。すごいよな、夢があって…」
北さんが家から持ってきたお茶をごくりと飲んだ治は空を見あげた。
「決めた時は約一名、喧しいのがおったけどな」
その言葉が誰のことを差しているかなんて、一人しかいない。
「あん時はひどかったよなあ」
「なまえブチ切れ事件やな」
「ブチ切れ事件?」
北さんが首を傾げた。
「俺が高校でバレーやめるてまだ正式決定する前、将来の話した時ツムと喧嘩したんですわ。寮帰ってからも冷戦状態で、あいつなまえの部屋に逃げよったんですけど」
2年の時に寮の部屋で課題をしていると突然部屋にやってきた侑の姿を思い出す。すこぶる機嫌が悪くて、まぁた治と喧嘩したんだろうな、くらいに思っていたのに、喧嘩の発端を聞くと治の将来の意向が納得できない、という内容だった。
俺も最初は今まで2人でやってきたバレーで名コンビなのに片割れが違う道を行くことになってすぐに飲み込めない気持ちも分からないことはなかった。
そして全日本ユースに選ばれたり、隣で伸びていく侑を見て色々考えている治の気持ちも分からないでもなかった。
でも余りにも侑が延々と納得いかん、許さん、意味不明、と折れないし、俺が「でも…治が決めたことだし…」と言えば、キレる。
そんな状況に課題も終わりそうにない俺も限界に達していた。
「なまえに『治が決めたことだろ!侑の気持ちも分からんでもないけど、治はお前じゃないんだから!治は治!侑は侑!治の分まで死ぬほどバレーすればいいじゃん!俺に当たんなよバカ!!』って言うとんのが部屋の外まで聞こえたっていう話です」
「え、待て待て。あの時、外まで聞こえてたんかい、恥ずかしっ!!」
「角名が言いよったで。ほんでツムは『あいつにバカて言われた…!!アホやなくてバカ、て!!有り得ん!!』て部屋に帰ってきよって、俺の話よりなまえにバカ呼ばわりされたことの方が納得いかんかったらしくて」
「なるほどなあ」
「めんどくせー奴〜」
ケラケラ笑う俺と納得したように相槌を打つ北さん。
結局、その後も紆余曲折あったが侑は「上等や、バレー突き詰めて、俺の方が幸せやったぞって言ったんねん」と意気込んでいた。
本当にこいつら双子は何話すにしても体当たりもいいとこだよなあと思った日が懐かしい。
「皆、そうやってしたいこと、やりたいことあるのに俺は停滞してるし…。北さんは迷わなかったんですか?進路」
「…そうやな。特に迷いはなかったな。何をしたいかは前から考えて決めとったし」
「…聞いた俺が馬鹿でした…すみません、何も言うことはありやせん…」
そりゃ北さんならちゃんと計画的に考えてるはずだ。
「何になりたいのか、何をしたいのか浮かんでこないし、俺は何者にもなれないのかな…」
俺は何をしたいんだろう。
「あー…先のことなんか心配せず美味しいもの食べて生きていけたらな…今日のご飯も最高に美味しかったし…北さんちの子になりてぇ…。
あの、北さん、俺のこと養う気はないですか??」
「いや、要らんやろ笑」
即ツッコミをする治に おい、要らんとか言うなと返す。
「専業主夫か。それもまたええんちゃう?」
北さんは色んな選択肢があるからな、と頷く。
「なまえ養ってくれる奴なんておるんか」
「石油王とか?」
「石油王から離れろや。あ、せや一人おったわ、あそこに」
治が指差したのは川辺で遊ぶ侑達。
北さんが首を傾げる。
「誰なん?」
「ツムっす」
「はぁっ?何でだよ!治ならまだしもあいつに養われるのだけは絶対に無理!」
「何で俺はええんや」
「だって治は靴ちゃんと揃えるし、使った食器も元に戻すし、洗濯物もちゃんと畳むじゃん?人のもん勝手に使わないし、使いっぱなしにしてないし、強いては人のベッド占領して寝落ちしたりもないし」
これは寮生活で見てきたからこそ言える。
「ぶふっ、あかん、それツムが全部まともなこと出来ひん言うとるみたいや」
「間違ってるか?」
「いや、おうとるで」
「だろ?俺がもし女子だったとして、侑と同棲しますってなったら多分、3日目くらいでキレると思う。いや、3日もつかな…」
真面目に考える俺に治が、想像できるわぁと笑う。
「治ならルームシェアあり。食費諸々出すから治の手料理、食べたい。北さん、治がキッチンルームで作る料理、レベル上がってますよ!美味いんです!」
「そうなんや。俺も食べたいな」
北さんが眩しそうに治を見上げる。
「!!いつでも作りますよ」
北さんの好きなものなら、何でも。
「ほな、半日煮込んだ豚の角煮」
「ぶっ!ハイクオリティっ」
そこで手間のかかる料理を持ってくる北さんに俺は吹き出した。治が うっ、と唸る。
あの北さんがそんな返しをしてくるとは思わなかったのだろう。
北さんが「アランにな、もっと笑いのクオリティを上げろ言われたんや」と楽しそうに笑った。
「やったりますよ…!豚の角煮!」
意気込む治に北さんが楽しみにしとるよ、と微笑む。
笑いながら将来のことを頭の片隅に追いやった俺は、問題を先延ばしにする悪い癖だなと自覚した。
それでも、今だけは夏休みを楽しませてほしい。
自分の甘さを自覚しながら、俺は銀達が遊ぶ川に向かって走り出した。