川遊びから帰ってきて休憩しているとあっという間に夕方になり、俺達は夏祭りの会場まで歩いて向かっていた。
太陽は傾いているとはいえ真夏の夕方はまだ暑い。
双子、北さん、銀は先を歩いている。
角名と話しながら並んで歩く。
車の通りも少ない田舎道は街中とは違い並んで歩いていても誰の邪魔もすることはない。
「はぁ…。俺は贅沢言わないから女子と夏祭りデートとかしてみたいと思うんだよなぁ…」
「……無理じゃない?」
茹だる暑さに鬱陶しそうに汗を垂らしながらチューペットを噛む角名を見上げた。
「…無理とか言うなよ。浴衣姿の女子と、手繋いだりとかさぁ」
「妄想、乙〜」
「泣く。全俺が泣く」
ふふんと笑う角名。
浴衣とうなじの良さを田んぼカエルの鳴き声をBGMに語る。
夏祭りは都会ほどの規模ではなくとも、賑やかさは負けておらず、人がたくさん集まっていた。
浴衣姿の老若男女に夏を感じる。駆け回る子供を避けつつ、同世代と思われる女子達のかたまりに目を奪われながら、はぐれないように侑達の後を歩いた。
和楽器の音が夏祭りの雰囲気を深めている。屋台から香る香ばしい匂いに誘われては治が足を止める。
「イカ焼き食いたいわぁ」
「射的やろうやー」
「あ、ヨーヨーつりもしたいわ!」
治、侑、銀の会話に北さんと俺は目を見合わせる。角名はというと素知らぬ顔で欠伸している。
「順番にな」
北さんがまるで保護者のように思えて、この主将を前にすると皆、子供みたいだなと内心笑ってしまった。
屋台巡りを楽しみつつ、夏祭りを過ごしていると空は既に真っ暗になっており、屋台の灯しが夏の夜に浮かび上がる。
角名と北さんがたこ焼きをつついているところを見て「あっ、アメリカンドッグも食いたい!」なんて要望ばかり言う双子。
おかげで俺の両手はすでにヨーヨーや射的で獲得したお面やら、かき氷の食べかけやらで塞がっていた。
「角名ぁ、ちょっと持ってくれ…ってどこ行ったあいつ」
キョロキョロするも人混みの中で角名の姿は見当たらない。
皆どこ行ったんだよ、全く。好き勝手動いて…と考えたところで、あれ、これはもしや俺『が』はぐれたパターンか?と思い当たる。
「俺かっ?!俺なのかっ?!」
口の中で驚きの言葉を呟いて飲み込む。
まぁこの人混みだ、仕方ないか…と離れた場所にでも外れて携帯を見ようかと考えた時。
「ねぇチョコバナナのところにいた2人、カッコよかったよねっ」
「双子かな?髪の色違ったけどめちゃくちゃ似てたよね」
「背も高かったぁ、ここらへんの人かなあ」
浴衣姿の女子達の会話を耳にしてすぐにアイツらのことだと分かった。こんなとこでもおモテになって…、と羨ましさでため息を吐きそうになる。
俺だって奇跡が起きて何か出会いがあるかもしれない。
例えば人混みの中、かき氷を持った浴衣女子が俺にぶつかってしまい『あっ、ごめんなさいっ』『いや、大丈夫ですよ』なんてところから発展して……、と妄想したところで誰かから「妄想、乙」と言われそうでやめた。
そんな出会いがあったっていいじゃないか。高3最後の夏祭り、ドキドキする出会いが欲しい…と行き交う人を眺める。
あ、あの薄桃色の浴衣、可愛い、とかアップされた黒髪の女子に目を惹かれ、いいなとか考えていた。
「浴衣、女子、うなじ…」
ぼそりと呟く俺の背中にどん、と何かが当たった。ヒヤリとした感触がTシャツの布越しに伝わる。
これは…もしや…さっきの妄想が現実に…っ。
『大丈夫ですよ』と朗らかに笑う準備は出来た。
口角を上げて両手が塞がったまま、後ろを振り向いた。
「あ、ちょお零れた」
「………何でお前なんだよっ」
俺の後ろにはフルーツが盛られた炭酸ジュースのカップを手にした侑がいた。
押されて零れたという侑がストローを口に含んでチューチューと冷たそうなジュースを飲んでいる。
俺の朗らかな笑みは即消え去った。口元はヒクヒクと動く。
「お前なぁ、俺に持たせて自分はジュースぅ?!」
「いる?俺が買ったんやけどなぁ。まぁしゃあないわ」
渋々ほい、と両手が塞がっている俺にストローを差し出してくる。
くっそ、お前は身軽そうで良いなぁ?!
俺に飲ませるのは当然だろ、とストローに齧り付く。
ごくごくと飲むと、炭酸が喉を通っていく。フルーツの甘さが染み渡った。
「飲みすぎや!」
唇を尖らせる侑に俺は知らん顔でぷは、と口を離す。
「治は?」
「北さんらとおるやろ。今なまえ見つけた、て送っといた」
「ねぇ、そろそろ打ち上げ花火始まるって〜」
そんな声を聞いて客は花火を眺めるために広場へ向かっていく。
「北さん達と合流するか」
携帯を打つ侑の顔を見る。
「……。反対方向におるらしいで。行くん時間かかるし、俺らはこっちで見ればええやん」
「どこでもいいから、俺、両手解放したい」
「ほな、外れたとこ行く?」
「うん」
侑と二人で祭りの会場から少し離れた高台に座る。暗闇の中屋台や外灯の明るさが届く範囲の高台は穴場なようで、人は多くはない。
空も見上げやすい場所で荷物を置いて両手を解放した俺は伸びをした。
「はぁーっ、やっと解放された!」
「はぐれるとか小学生やん」
「はぁ?お前らが好き勝手にすっ飛んで行くからだろ」
「どうせ可愛い子おらんかな、とか思ってボーッとしとったんちゃう」
侑が鼻で笑う。図星をつかれて、うっ、と黙る俺に侑は笑っていた顔を無にした。
「…は?図星か?」
「いやぁ、そんなことは…」
「おい、どんだけ願ったって女子から声かかる可能性ゼロなの自覚しとるか?」
無表情で言う侑が怖い。
「してるわっ!なんだよ!浴衣女子と何かが始まるのを期待するくらいは許されるだろっ」
「あ?許すわけないやん」
なんなんこいつ、全然分かってへんやんとキレ気味の侑が俺の首根っこを片手で掴んだ。
「目が合って始まるもんとか、ぶつかって始まるラブとかっ、」
自分に言い聞かせるように熱く呟いていると侑の手の力が強くなった。
「お前な、目移り激しすぎるん、どうにかしろや」
「はぁっ?!俺がいつ!」
「いつもあっいいな、あの人もいいな、この人もいいなて、すぅぐその気になんの何なん?軽すぎん?」
「軽いだと!?チャラいお前に言われたくねえーっ」
「誰がチャラいねん、俺のどこがっ」
「いや、もうその人を見下ろすような視線!頭!顔!」
「見下ろすんは身長あんのやからしゃーないやんっ、後は意味不明やし!」
ぎゃあぎゃあ言い合っていると空に登る細切れの音が聞こえてきて、大きな破裂音が響いた。閃光が周囲を明るくする。
パラパラと夜空で散る火花。
打ち上げ花火だ。
どこかからたまやー、という声が聞こえた。
上から頬を照らす黄金色の花火に2人は目を奪われた。
「おお…でけぇ」
「花火やぁ」
大人しく夜空の花火を見上げる。侑が手にしていたチョコバナナを「一口だけちょーだい、」と取った。
食べかけのそのチョコバナナを齧る。チョコと周りにかけられたチョコスプレーが口の中で溶けていく。
空に響く破裂音と大輪の花に夏を感じて目を細めた。
バナナの甘さを感じながらもう一口、と口元にチョコバナナを持ってきた時だった。
横から侑の手が俺の手を掴んだ。俺の唇に触れたチョコバナナ、空の花火が桃色や青色の光を放つ中、スローモーションのように侑の顔が近づいてくるのが見えた。
な、に…。
目だけが動いて、侑の動きを追う。
唇に触れたチョコが溶けた時、俺よりも大きい侑が首を下げて俺の口元にあるチョコバナナに横から齧り付いた。
「…っ、」
チョコバナナを介して間接的に繋がった一瞬。まつ毛が触れそうなほどの近さに息を飲んだ。
伏せていた侑の目がちろりと俺を見た後、離れていく。
打ち上げ花火の音が聞こえなくなるくらいには、動揺してしまい体が固まった。
「一口だけ、て言うたやん」
唇についたチョコを舐める侑はひどく扇情的で、花火の明かりに照らされる顔は普段見る表情とは、また違っていた。
いやいや、距離近くね?食べるなら俺の手から取って食べればいいのに、わざわざ顔近づけてくるなよ、なんて、ぐるぐる考える。
そして昼間の脅迫にも近い詰め寄りを思い出した。
侑は本当に本当に本気なのか…?俺のこと…。
心臓の動きが大きくなっている。
侑の行動に顔が熱くなり、夜で良かったと心底思った。
「……」
「ん〜、花火ええなぁ♪」
空を見あげて楽しそうに笑う侑をちらりとみた後、俺も同じように見上げた。
それでも花火の音はおろか、目の前をカラフルな光で染める大輪もただの風景にしか見えない。頭の中はさっきの光景でいっぱいいっぱいなのだ。
「せっかくの…花火が……」
カラカラになった喉にかき氷の残りをストローですすった。シロップ味の水が喉を潤す。
どれだけ空を見ても先程の光景が目の前から消えなくてドキドキと心臓がうるさい。
侑のせいだ。あんなことするから。
侑の腕が伸びて、俺の頬を触った。
ビクリ、と震えて俺は勢いよく仰け反る。
「な、なに…」
挙動不審な俺の反応に侑がケラケラと楽しそうに笑っている。
「何でそんな熱持ってんねん」
頬の熱さを指摘されて手の甲で頬を抑えた。バレた。俺が戸惑っていることが。
「なんやドキドキする事でもあった?」
「…別に」
「ふうん?」
その顔は分かっている顔だ。花火を見上げながら考える。
お、落ち着け俺。相手は侑だぞ。そしてあろう事か俺よりも一回り以上大きくてガタイの良い男だぞ?
なぜドキドキする必要がある?
チラリと横目で侑を見た。侑は楽しそうに俺を見ていてガチッと目が合った。
自分の顔の良さを最大限に活かしたその余裕そうな表情。柔らかそうな目元なのに、時折喉奥がひゅっ、とさせられるような強い眼差し。
俺の人生の中でここまで『好き』を突きつけられることがあったか?いや、皆無に等しい。
逃がす気ない、とか、諦め悪いから、とかとんでもない事を言われたことを思い出す。
本気の本気でこいつは俺のこと…。
俺の思考回路がショートしそうになった時、侑がこてんと頭を傾けて口角を上げた。
「なぁ、まだ足りん?」
余裕そうな表情で俺の反応を楽しむように言ったその言葉。 その顔はお前をもっと追い詰めてやろうかとも言っているようにも見える。
あっ、なんかこれはやばいかも…と語彙力の欠片もない心の声が俺の頭に響いた。
「じ、充分足りてますぅ…」
小さく呟いた言葉は花火の音をかき消された。
助けて、誰か、誰でもいいから、この場から俺を引きずり出してくれ。さもないと、俺は未知の世界に落っこちてしまいそうな気がする。
こんなにドキドキして落ち着かないのはこいつの顔面偏差値が高すぎるからだけであって、俺は決して男にドキドキなんてしてないしっ…。
きっと誰でもこんな顔の良い奴に近寄られたらドキッとしてしまうものだろうしっ…。
その後は花火はおろか、かき氷の味も、チョコバナナ味も何も入ってこなかった。
打ち上げ花火が終わった後、北さん達と合流した俺は安堵した。
「どこ行っとったん侑」
「高台で見てましたぁ」
「ツム、どこにおるんて送っても既読無視やし」
治と侑の会話に少し気を持ってかれながら、角名と銀の隣で心臓に手をやり、息を吐く。
「やばい、ちょっと俺、頭おかしくなりそう」
「何があったんやみょうじ」
銀が俺を見て首を傾げた。
「本当にやばい。ちょっと頭ん中リセットするわ。浴衣!女子!うなじ!浴衣!女子!うなじ!」
呪文を言い聞かせるように連呼する俺に銀が引いたように見てきた。角名は笑いながらかき氷を食べている。
「あかん、みょうじが壊れた」
「まじウケる」
「ふう…ちょっとマシになった気がする。いつもの俺が戻ってきた」
「どういうことや」
「精神統一の仕方が単細胞〜」
「角名、うるさい!」
***
夏祭りが終わった後、駅まで送ってくれた北さんにお礼を言って別れる。
「北さんっ、今年もありがとうございました!」
「また来たらええよ。みょうじくん、柴も秋田も元気しとるやろか」
「あっ、はい!柴さんもたまにやり取りしますし、秋田部長は今度一緒に走ります」
「ふっ、秋田は今でも部長なんやな」
「俺の中で秋田部長は秋田部長ですね…。でもあいつらにとっても北さんはいつまでも主将ですよ」
あー明日から練習や〜体重いわ、やば。なんて話しているバレー部メンツを示す。
「今の主将に比べたら、実力不足やけどな」
「実力不足?!とんでもない!俺は宮主将より、北主将推しっす!」
「ふふ、ありがとう。インハイ決勝、現地で見たんやってな」
「はい、あいつら前回のインハイの悔しさ、春高の悔しさバネに頑張ってました」
「バケモンらの大集合やったやろ」
「…ふふっ、はい。コートの中で苦しそうにもがいて、楽しそうに活き活きとバレーしてましたよ」
「キツイのが好きな奴らやもんな」
北さんの目には後輩達がどんな風に映ってるだろうか。
「…皆、カッコよかったです」
「言うたら喜んだやろ」
くすりと笑う北さんに俺も笑う。
「半年ぶりなのに、変わるもんやなぁ。一日一日成長しとるのが分かるわ」
北さんの後輩を見る眼差しは優しさに溢れているように思えた。
「電車の時間、そろそろやろ」
「あっ!北さんまた!」
「気ぃつけてな」
手を上げる北さんに頭を下げて俺たちは改札口を通った。電車の中で眠たそうな双子を前につり革に掴まる。
「なまえ、いつ寮に帰ってくるん」
「夏休み終わる直前かなぁ」
「ずっと家やん」
「うん、まぁ今後のこともあるし」
「…ふうん。ほな次会うの2週間後?」
「それぐらいだな」
「……」
侑が面白くなさそうに俺を見る。
「返信すぐ返って
「はぁ?意味不明」
「束縛彼女かよ」
隣で角名が吹き出した。
「『親友』の連絡にはマメに答えるのが当たり前やろっ」
ここでそれを言うか、と座っている侑を見下ろす。
「んー、気づけばな」
「は?既読無視したら寮に帰ってきた時、どうなるか分かっとるやろな?」
ネチネチ言われるか、拗ねられるか、どっちかだろうなとご立腹の侑が想像出来る。
「へいへい」
「こいつ…」
夜の電車は人も少なく、足を大きく開いて大きそうな態度で座る侑が上目遣いで見上げてくる。隣の治は眠たそうにウトウトとかばんを抱えて横にいる銀に倒れそうになっていた。
相変わらずの侑の柄の悪さに怖すぎるわ、とも思う。
こんなヤツなのに。柄悪くて横暴で人でなしなのに。
花火の下でドキドキしてしまった自分が信じられなかった。