3年時(春)
2時間目と3時間目の合間。休み時間に突入し、席を立った。
5組の教室を出て、男子トイレに入る。用を足して手を洗おうと鏡の前に行くと先に侑が鏡の前にいた。
ああ、侑もトイレか。ぐらいの意識で黙って隣に並んで手を洗う。
が、手を洗っている合間も隣の大柄な奴は鏡を見ながらずっと前髪を触っている。
俺が手を洗い終わった後も、まだ鏡と睨めっこしているため横目で見て声をかけた。
「…何してんの?」
一応聞いてはみたが、聞かなくても何をしてるかは大体分かる。
「んー、前髪の分け目がキマらんのや…」
真剣な表情で前髪を指ではらいながら、顔をふってはうーん、と唸りながら鏡の中の自分を見つめるている。
そんな侑に、俺の呆れた横顔が鏡に映った。
うっわ、出たー…。
俺なんて鏡を凝視してるだけで『こいつナルシストか?』と思われるんじゃないかと警戒して鏡を見るのは一瞬なのに、侑は俺が手を洗う前から洗い終わってもずっと鏡を見続けている。
俺は何度見ても平凡な顔に虚しくなるから、鏡は凝視したいとも思わないのに。
自分に相当な自信のあるこいつは、黄金色の髪の分け目を変えては目を細めている。
いっそのこと反対にするか、いやそれはサムと被るし…とブツブツ言う。
「なあ、どっちがええと思う?」
こっちとー、こっち。
と分け目を1cmほど変えたパターンを俺に見せてきた。
「……どっちも変わんねえよ!」このイケメンが!
と心の中で吐き出す。どっちのパターンも顔が良ければ特に問題ないんだよ!くそ!!
「はあ??もっとちゃんと見いや」
「前髪の分け目がちょっとずれたくらいで変わんねえだろっ」
「変わるわ!全然ちゃうし!!」
「はいはい、どっちでも似合ってる似合ってる」
「おい、テキトーに答えんなや!」
「坊主でも何でも似合うぞ、いっその事丸刈りにしたらどうだ?」
「ド突くぞアホ!」
ガルルと唸る獰猛種の如く、怒る侑に揺さぶられ俺は男子トイレから撤退した。
教室に戻り席に着いた後、隣の席の角名と雑談していると侑が教室に戻ってきた。
席に座った侑はカラフルなヘアピンを前髪につけて、おでこを出している。
「ぶっ、何だよそれ」
吹き出す俺と面白そうにスマホを構える角名。
「デコ出し前髪ウケんだけど」
「さっき廊下で女子と前髪の話しよったら、いっその事おでこ出したら可愛ええんちゃう、て。」
ヘアピンでアレンジされた、と自分の前髪を指さして傾げる。
奇抜な前髪なのに、変に見えないのはやっぱり容姿端麗補正が入るからでしょうか、と内心独り言ちる。
「…すごいな、そんなでこ出し前髪も似合うのある意味すごいわ」
「せやろ?やっぱ土台が良ければ何でもキマんねんな〜顔がええって辛いわぁ」
ドヤ顔で頷く侑を見て目を細めた。
「あ、やっぱ腹立つわ。前言撤回」
「無理デース。侑くんがかっこよ過ぎて羨ましい?うんうん、わかっとるで。惚れんのも無理ないよなぁ」
「言ってねえわ、んなこと!」
羨ましいとか思ってない、ことはないが!そりゃ顔面偏差値高いのは羨ましいこと、このうえないが!
「しゃーないなあ。俺のピン1個貸したるわ」
そう言って侑は、自分の前髪につけていた水色のヘアピンを一つ外した。
細くて小さなヘアピンに似つかわしくない大きな手がヘアピンを持って俺の頭に近づいてきた。
「ちょお動かんといて」
前髪に侑の指が触れて思わず目を瞑る。髪を触られる感覚に擽ったく感じる。
「でけたー」と声が降ってきてそろりと目を開ける。俺と目が合った後、侑が吹き出した。
「ぶっはははは!!あかんわ!!これは!あかんやろ!なあっ!角名!見てみい!」
俺を指さして笑う侑に角名が俺を見て肩を震わせた。
「なまえ、っそれはやばい。」
「おい、そんな反応になるのは薄々分かってはいた、分かってはいたが!ひどくね??」
泣くぞ、と侑と角名を睨む。侑は開いた顔をした。
「サムや!!」
いきなり治の名前を読んで侑が俺の腕を掴んだ。席を立ち上がった侑に無理やり引きずられるまま教室を出ていく。
3年3組の教室まで廊下を駆けていく侑のスピードに転けないよう必死で足を前に出す。
「サムっ!! 」
3組の教室を覗き込んで侑が楽しそうに治を呼んだ。治は席にいたのか、侑がズンズンと教室の中に入っていく。
「なぁなぁ!コレ見て〜!やばない?!」
俺は治の前に差し出されて公開処刑をされる。
「ぶっ!!お前ら、何してんねん」
俺と侑の前髪を見て眉を下げ、口を大きく開けて笑う治に侑がニシシ、といたずらっ子のように笑い返す。
「前髪アレンジやねん、可愛ええやろ?」
可愛いのはお前だけだよチクショー。
「俺は超絶不本意でこうなってるだけデス」
両手を頭の前を隠す。
「あっ、外したらあかんで」
完全に楽しそうな侑は外すなよ、と俺の腕を掴んできた。
「なあ治助けてーー」
「ええやん、可愛ええ可愛ええ」
治は笑いながら言うが目は笑ってない。
「治さん、そんなテキトーに返すの、ガチで傷つくから止めてくれません?」
「お前もさっき男子トイレで俺にテキトーに返したやんっ同じや」
「む、俺はいいんだよ。凡人としてテキトーに返す権利があんだわ」
「ないわ。俺の前でなまえに権利はない。」
「やばい、絶対君主みたいなこと言ってるこいつ、、やばいーー」
この大柄な双子のセットと話しているだけで教室では存在感が目立つ。
ただでさえ目立つ片割れ達が揃うと視線が集中するのは必至だ。
早く5組に帰りたい、願わくばこのピンを早く取って視線から逃れたいとそわそわする俺は「もう授業始まるから帰るぞ」と侑の腕を掴んで引っ張る。
「えー、まだギリまでおろうや」
まるで家に帰りたくないという幼稚園児のように渋る侑を無理やり引きずろうとするが重量も違えば力も違う侑はビクともしない。
「5組まで帰りますよ!」
「はよ帰れやツム」
「んー、どうしよっかなあ」
引っ張る俺と面白そうにわざと動かない侑。
こいつ、ほんとにどうにかして?
俺は侑の腕を離した。
「そういう子は置いて帰りますから。もうお母さん知りません。」
「何か始まった」
治が呟く。
「家にも入れませんし鍵もかけますから。お母さんはもう帰ります。さよなら」
「虐待や、子供を家からの締め出すなんて虐待や!」
侑がノリに合わせてきた。
「いえ、もう侑くんはうちの子じゃありません。」
「はぁっ?」
「良い機会だから、侑くんは勘当します。」
「良い機会てなんやねん!」
「あんた一ヶ月の食費何円かかってると思ってんの?!たべっ○どうぶつのビスケット食べ過ぎなのよ!ばくばくばくばく、家の中のもの食べまくって!大きくなるのは良いですけどね!あまりにも食べ過ぎじゃなくって?!」
「たべっ○どうぶつでデカくなんのはウケるわ」
治がニヤニヤしながら俺らのやり取りを眺めている。
教室の時計を見ると本当に授業開始ギリギリまでになっていて、お遊びはここまでにしようと切り替える。
「本当に帰るぞっ!」
「走れー」
侑の腕を引くと今度はすんなりと動いた。
3組の教室を出て5組までパタパタと駆ける俺と侑。
「俺はほんまに可愛ええ思うけどなあ」
後ろで何か言っている侑を見る。
「何が?!」
「んー、そのピン」
「男に可愛いはいらんわ!」
侑を睨むも、デコ出し前髪の侑は愉快そうに笑うだけだった。
教室に駆け込むように入って席に座る。
「ただいまっ」
角名に声をかける。
「おかえり。どうだった治の反応」
ニヤニヤと笑う角名に、言わなくても分かるだろ、公開処刑だったわと伝える。
「やっぱり」
ねえ、倫太郎くんもひどいもんだね。と返す。
「お前、絶対俺と同じようにピンで前髪止めてやるからな。」
「いや、俺も案外似合うかも」
「言ってろ、ばーろー」
始まる授業に集中する。
3時間目のうちにこっそり前髪からピンを外せば、その後の休み時間に侑から怒られた。
そんな日常の合間。