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9月に入ったとはいえ、日中の最高気温は30℃を超える毎日が続いている。

今日も暑かったなぁ、と学校から帰ってきて涼しい男子寮の部屋で机に向かっていた。

部活もなくなり、帰る時間も早まったため、外はまだ明るい。

ノートと問題集を開き耳にイヤホンを付けて音楽を聴きながら課題を進めていく。

音楽を聴きながらなんて頭に入らないんじゃないかと思いつつも、付け焼き刃方式で終わらせた。

太陽が傾きかけてきた頃、少し眠たくなってベッドに寝転んだ。

食堂が開くまであと少し時間がある。

侑達よりも先に食べていても良いが多分侑が怒るだろうな、と考えた。
そして、俺もまた一人で食べるよりは侑達と食べる方が楽しいと感じているのも事実。侑達の帰りを待っておこうかな、と目を閉じて軽く寝ることにした。



***



頭の横で鳴り響く無料通話アプリの木琴の着信音。
覚醒していない意識の中で携帯が鳴っているということだけは理解した。

ゆっくりと開いた目で画面を見ると侑の名前とアイコンが表示されていた。

「ん…、どした…」
『なまえ?今、寮おる?』
「…うん、もう帰ってる」

携帯を耳に当てて通話しながらベッドから起き上がる。カーテンを閉めていない窓の外はすっかり暗くなっていた。

部屋の照明をつけてカーテンを閉めようと窓まで近づくと大粒の雨が窓ガラスを伝っている。

雨か。この時期の天候は変わりやすいもんな、と外を自転車で走リ回る人間としては急な天候の荒れには特別驚かなかった。

『俺ら、今学校のバス停おってん。』
「うん」

学校のバス停で待つ侑と治、角名の3人が容易に想像できる。部活が終わって今から帰るのだろう。

『ほんでな、バス待っとったらむっちゃ雨降ってきた!!』
「あー、急に降ってきた感じだな」

夕立と言うには遅い時間だ。
カーテンを閉める前に部屋の窓の外から聞こえる雨音を背景に真っ暗な空を見る。

すぐ止むかな、どうだろう。

『ちゅうわけで、バス停まで傘3本な!』
「…はぁ?」
『あ、2本でもええで。角名とサムのだけ。俺はなまえので帰るわ』

「えー、濡れたくないし却下」
「はああああ????可愛え3人をこの土砂降りに放置か?!」

電話口の後ろから『なまえの人でなしー』と言う治の声が聞こえる。

『俺の傘、緑のやつ。傘の柄が木みたいになってるから』と傘の説明し始めた角名の声も聞こえてきた。

『風邪引いたらなまえのせいや!!』

3人が一斉に喋り電話の向こうが騒がしい。

「馬鹿は風邪ひかないって知ってるか?」
『おい、なまえ帰ったら覚えとけよ』

あっ、やばい、つい目の前に居ないから言っちゃった、と部屋で一人やってしまったという顔をする。尚更、迎えに行きたくなくなった。

『もおちょいでバス来んで。20分後な!』

あたかも俺が傘を持って迎えに行くのが当然とでも言うような口調で電話を切ろうとする。

「おい、お前ら、俺に貢物買ってくる用意は出来てんだろうな?」

『え?何?なんか言うてる。よう聞こえんわぁ』
とぼけたように言う侑。

後ろでしゃーないなあ厚焼き玉子の三分の一ならあげてもええわ、とか、からしとわさび注入したロシアンルーレットのチーかま食べさせよ、なんて声が聞こえてきた。
お前ら…。

『あっ、バス来たわぁ!ほな、頼むで〜』

通話終了した画面を見て呟く。

「となりのト○ロかよ…さすがにサツキとメイも傘3本は持ってかんわ…」

仕方なく部屋を出て男子寮の玄関に向かった。手持ちは鍵と携帯のみ。
在寮掲示板の名札を裏返すと管理人のおじさんから声を掛けられた。

「みょうじくん、外、雨やで?」
「あ、宮兄弟と角名が帰ってくるんで傘を」
「おお、気をつけや〜」

サンダルに履き替えて傘立てから双子と角名を傘を探す。治と角名の傘は見つかったが、侑の傘は見つからない。

「あいつ〜っ…どうせ学校に置いたまんまだろ…っ」

仕方なく治と角名の2本と自分の傘を持ち、雨が降りしきる暗闇に向かって歩きだした。



***


「来た来た〜」
夜のバス停でかたまるDK(男子高校生)三人衆に近づく。

「ありがとうなまえさま、くらい言えよ」
「助かったでなまえ、おーきに」
「さんきゅ〜今度レベルアップのアイテム送ってあげる」
「え、俺が濡れんようにお迎えすんのは当然やん?」

治と角名、各々に傘を渡して侑は無視した。

「よし、じゃ帰ろっか」
傘を差してバス停を出ようとすると放置された侑が俺の肩を掴んだ。

「あっ?!何で俺のないん?!わかった、俺と相合傘したいんやろ?!」
「違うわっ、心の底から否定する」

ジャイアン侑を目を細めて見上げる。

「お前、傘学校に置いてるだろ」
「あっ…せやったっけ?そう言われたらそうやったかもしれん」

自分の傘の所在さえうろ覚えの侑にため息を吐く。
「ま、ええわ。傘あるし♪」

そう言って俺の手から傘を取った侑は街灯が連なる夜道に踏み出す。

「あっ、待てよっ」
今度は俺が濡れてしまう、と取り残されないように傘の中に入り込んだ。

「治の方に行けよ!治!兄弟だろ!」
「知らん。ちゅうかツムと俺じゃどう考えてもはみ出るやん」
「せや、サイズ的に一番なまえがええんやで」

頷きあっている双子に頬を膨らませて睨みを効かせるもケロリとしている。
人が怒っても何にも効いていません、というこの感じ。

「くっそ、お前ら絶対小中学校時代、担任の先生とか困らせてただろっ」

侑が持つ傘の中で雨の音に負けないように叫ぶ。
隣で歩く角名が同意して笑った。

「想像できる。怒ってもコレだし」

角名が目で示す双子は「偏見や、俺らちゃんとしとったし、真面目やったよなぁ」なんて言っている。

「嘘つけ。自由すぎるしお前は最低一人は泣かせてただろ!」

そのジャイアン気質で泣かせてないわけがない、と侑を見ると「なまえは泣かされたことある?」と聞いてきた。

「ないわっ、ジャイアンみたいな奴はお前が初めてだわ」
「へぇ、俺が初めてなんやぁ」

嬉しそうに目を細める侑に、そこは喜ぶところじゃないと小突く。こっちは勘弁してほしいくらいなんだ。

「で、なまえはどやったん、小学ん時」

傘の中で侑が俺を見下ろして聞いてきた。
雨の中、アスファルトから漂ってくる独特の匂いを吸い込む。

「俺?俺は…普通に大人しかったけど。つか転校ばっかでそもそも友達とか出来なかったし」

転校ばかりで教室内で馴染めなかった過去の記憶を思い出す。寂しかったこと、悲しかったこと、辛かったことがなかったわけではない。

転校を繰り返す度に段々、周りを観察するようになって自分の立ち振る舞いを考え始めたのは高学年になってからだ。

それまでは仲が良さそうなグループや二人組を見ると、自分の隣には誰もいない、と虚しくなっていたが取り繕うことを知れば後は楽だった。

もし、小学生の時にこいつらと会っていたらもしかしたらものすごく楽しかったんだろうか、と想像して拳をギュッと握った。

一緒に放課後集まってゲームをしたり、鬼ごっこしたり、流行りのアニメ見たりコロ○ロコミックス貸しあったり…。双子に挟まれたらどんな小学校生活を送っていただろうかと想像してしまう。

「俺は、空気を読める行儀良い小学生だったからなっ、あとは自転車ばっか乗ってた。で、角名は?」

ふふんと笑ってさらりと流した。侑のじっと見てくる視線をわざと見ないようにして角名に話を振る。

「俺?バレーしてた」
「ざっくりだな、おい。角名はあれだろ、粘着系で好きな子とかの背後を死守してそう「は?」あっ、ちょっ、やめ!」

笑いながら言うと角名の手が伸びてきて、俺の首根っこを掴もうととするから咄嗟に逃げる。
思わず傘の下から雨の中に出てしまい、頬やまつげに雨粒が触れた。

「うあっ!角名のせいで濡れたっ」
「自業自得じゃん。好きな子の背後に立つのはなまえっしょ」
「あ、俺は相手の視界に入れるだけで満足なタイプっす」
即答する俺に角名が「話しかけられるまでずっと動かないタイプか」とニヤつく。

「どんだけ奥手やねん」

侑が呆れたふうに見てきた。雨音が強くなって角名や治の声が聞き取りにくくなってくる。

「あのなぁ、何にもしなくても告白されるお前らとはスタートが違うんですよ。慎重にいかないと痛い目見んの。知ってる?」
「ただのヘタレじゃん」
「うるせー」

そもそも確実に好きになってもらえてるか分かんないのに動けねえだろ、あ、この子も俺のこと好きかなって脈アリ確信してから初めてスタートできんだよっ、と小さく呟く。

大きな雨音の中で俺の声が聞こえたのは同じ傘の下にいる侑だけだったらしい。

ヘタレじゃない。俺は慎重派だ、なんて独り言ちていた時。

「ほな、もうスタートしとんなぁ」

息が止まるかと思った。

侑が前を向いたまま、なんてこと無く発したその言葉に息は止まらなかったが、歩幅を合わせて歩いていた足は止まった。

少しだけ雨に濡れるが、先程存分に濡れてしまったため然程変わりない。半歩遅れた俺に侑が気づいて足を止める。

今、なんて言った?スタートしてる?

侑が口元に弧を作って楽しそうに笑う。コート上でネットを挟んで相手の反応を楽しそうに見る時みたいな、そんな目。

侑と試合する奴らは対面するコートで常にこの目で見られているのか?ヤバくないか?と別のことまで思考が及ぶ。
考えるな、考えるな俺。その言葉の意味を考え始めたら侑の思うツボだ。

何事もなかったように俺は足を進めた。雨が跳ねる地面にサンダルでよかったと足元を見た。
平静を装って話題を変える。

「…あ〜、お前ら迎えに来なかったら濡れなかったのに」
「あとちょっとやし、かえったら即風呂入ったらええやん」

治が向かいから言う。雨音は弱くなり始めていた。
「俺は腹減ったし、先食うけどな」
「俺も」
治に角名が賛成する。

「んー、じゃ俺先風呂行こ」
「風呂から上がったら言うて。俺は片付けとくわ」

先程の表情とは変わっていつもの侑に戻っていた。治達と一緒には食べないらしく、いつも通りの返答をする。

「ん、わかった」

それから俺たちは雨の中を歩きながら他愛もない話をした。今日の授業がどうだったとか、眠過ぎてノートがすごいことになったとか、侑の頭が何度もこくりこくりと船を漕いでいたとか。
何でいきなり雨降るんだよっていう話から角名がググッて、気象学とは、という言葉を読み上げる。それを聞いては「意味分かんねえ〜」と言い合い、とりあえず作物にとっては恵の雨だな、とか幼稚なことを言っては笑う。

そんな帰路も悪くはなかった。


***


男子寮に帰って風呂に入った後、俺は侑と一緒に食堂で晩御飯を食べた。

その後、侑は風呂に入り、風呂上がりのまま俺の部屋に来た。
最近は特に俺の部屋に来る、いや入り浸るというのが自然な流れになっている。

追い返さないのは気を遣わずに過ごせるし、居心地が悪いわけではないからだ。話したい時に話せる。共有できる友達がいるのは非常に居心地が良かった。
ゲームしたり、漫画読んだり、雑誌みたり。自分のしたいことをする。

たまには俺も興味本位で月バリを読んではみるが、正直あんまりよく分かってはいない。

今度は稲荷崎がインハイ優勝者としてこの雑誌にのるのか、と思うと改めて凄いなと感じる。

ベッドに寝転んで侑の持ってきた月バリを素人ながらペラりとめくっていると、侑が俺の机に座って何やら書いている様子が視界に入った。

「何書いてんの」

侑の背後から覗き込むと、手元には俺の机に置いていたカレンダーがあった。

母親から年末年始の休暇で無理やり渡された使っていない卓上カレンダー。7月を最後に最新月に差し替えてはいない。

「7月で止まっとるカレンダーを有効活用してあげとんねん」

ペロリと唇を舐めて9月以降のカレンダーのところどころに丸やら時間やらを書いている。
綺麗に整えられた指先をカレンダーに添えて、軽快にペンを走らせる。

「カレンダーとかあんま見ないしな」
「案外テキトーなとこあるよななまえ」
「お前に言われたくない。で、それは何を書いてんだよ」

その丸とか時間は何の意味を示している?
侑は書くことに集中しているのか俺には目もくれず携帯と睨めっこしている。

「んー?俺のオフの日や」
「なんだよそれ、いらねえー」

何で俺のカレンダーに書くんだよ、とツッコミを入れると不思議そうな顔で見上げてくる。

「予定入れたらシメるで?」
「はぁぁ?」
「直近は今週水曜な。帰りにバーガーか、たこ焼き食いたいなぁー」

俺の話を聞かずして、すでに未来の話をしている侑に呆れて、そのままベッドに戻った。

「この日はなぁ、シューズ見に行きたいし」
「あ、この日は服も見に行きたいわぁ」

何か言ってらあ。とベッドに寝転びながら侑の広い背中を見る。

まあ、男バレ部の貴重な数少ないオフの日だ。お互い練習があって合わない時もあったし、引退した俺が合わせてやらんこともないな、と考えた。

「あ、あと練習試合も書いとかな。あっ、遠征と合宿もや」


侑が部屋に戻ったあと、寝る前に卓上カレンダーを眺めた。本来持ち主の予定が書き込まれるはずだった俺の卓上カレンダーは見事に侑の予定で埋まっている。

すっ、と跳ねるような侑の筆跡で丁寧に『練習試合○○高14:00』とか『オフ』、『1日練』なんて書かれていてカレンダーらしくなっていた。

10月5日は特に目立って色付けされていて『侑の誕生日!!!』と書いてある。

あからさますぎて一人でくすりと笑う。

去年はコンビニの唐揚げ奢ってあげたし、今年は何を奢ってやろうかな、と考えながらベッドに横になり、目を閉じた。

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