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休日。
今日も弟は無気力である。

男子寮の自室(俺と二人部屋)で携帯を片手にベッドに寝転んでいる倫太郎。

先程、侑と治から『角名ぁ、買い出しに行くでー』と誘われたのに今は気分じゃない、と言って断ったのだ。

『ほな、なまえくん一緒に行く?』と俺が双子から誘われたので、断る理由もなく行こうかと思えば倫太郎に「なまえも行く気分じゃないから無理 」と勝手に断られた。

俺の気分は俺にしか分からないはずなのに。

「はぁ〜〜ブラコンしんどっ」
「付き合い悪いで角名、このブラコンがっ!」

そんな捨て台詞を双子から吐かれても動じず携帯をポチポチしている倫太郎はマイペース過ぎる一面がある。

「何で勝手に断るんだよ。俺、買いに行きたいものあったのに」
「なら後で行こ」
「侑達と今行っても変わんないじゃん。後で行く意味な?」
「あいつらと一緒だとうるさいもん」
「賑やかでいいじゃん」
「…………」
「こら無視するな」

寝返りを打ち、俺に背を向けてまた携帯をいじっている。
自分の言い分が通らないとすぐに無視して黙り込むのは昔から。

ため息を倫太郎の背中に投げかけた。

マイペースで自由。積極的に動かずサボりがち。昔からそうだ。

そんな倫太郎を見ているとふと幼少期の記憶が蘇ってきた。

そう、あれは長袖スモックに身を包み、保育園で母さんの迎えを待っていた時の記憶。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「なまえくん、倫太郎くん、お母さんのお迎えが来るまで何して遊ぼうか!お絵描き?」

「せんせい、おそとであそびたい!すなあそび!」

先生に外で遊びたいと主張する俺。
対して倫太郎は俺の袖をしっかりと掴んだ状態で口を閉じていた。

「倫太郎くんもお兄ちゃんと一緒にお外で遊びたい?」

先生が首を傾げると倫太郎はふい、と顔を背けた。

「……えほん…みう」
「えー、やだやだ、おそとですなあそびしたいっ」

俺は首を振り、袖口を掴む倫太郎の手を振りほどこうとしたのに、更に強く握られてしまった。
ぶんぶんと振っても降っても倫太郎の腕は引っ付いてくる。

「りんたろう、はなしてっ」
「…やら」
「はーなーしーてっ!」
「…やら」
「せんせぇっ、りんたろーがはなさないっ」
「倫太郎くん、お兄ちゃんはお外で遊びたいんだって。倫太郎くんはお部屋の中で遊ぶ?」
「…やら」

「やだしかいわないっ!りんたろーのばかっ」
「………っ」

俺はスコップで砂遊びをしたいのに、腕を離さない倫太郎に感情をぶつけるとさっきまで喜怒哀楽の感情さえなかった顔が一気に歪んだ。

眉を下げ、目をうるうるとさせ始めた倫太郎に俺はうっ、と喉を詰まらせる。

「あっ、倫太郎くん泣いちゃうから!なまえくん、ごめんね、は?」
「……ごめんえ…」

舌っ足らずな言葉で謝ると、への字口をしていた倫太郎は瞬時にスンとした表情に戻った。

圧倒的早業による顔の切り替え。
俺は口を開けたまま、無言で弟の顔を凝視した。

「………」

瞬間的な表情の変わりように周りは気づかなかったが、俺だけは気づいていた。
この時、俺は人生で初めて倫太郎の嘘泣きに気づいたのだ。

「はい、仲直りっ。今日は倫太郎くんがしたいことしようか」
「……えほん、みう」
「………」

嘘泣きで潰された俺の砂遊び。
騙された先生。
スンとした顔で当たり前のように俺のスモックを掴んで離さない倫太郎。

そんなことがあっていいのか。
弟に出し抜かれ、砂遊びが出来ないなんて兄の威厳が…
いや、でも先生は完全に倫太郎の味方になってるし…

全てを諦めかけたその時、救世主が現れた。同じきりん組の○○ちゃん。

「なまえくん、おそといこっ!○○もおかあさんまってるのー」
「!いいよっ、いっしょにおそとであそ「…だめ。りんたろおの。だめ」」

俺のスモックを引っ張ったまま、透き通った眼で○○ちゃんをじっと見る倫太郎に、彼女は「えー、じゃあいいやっ」と俺と遊ぶのを諦めて他所へ行ってしまった。

せっかく誘ってくれたのにと頬を膨らませて倫太郎を見ると「にいちゃ、りんたろの」と一言だけ呟いた。

かなり不服だったがまた泣き出されても困るので仕方なく倫太郎の隣にぺたりと座った。

俺が離れないと分かれば満足したのか、倫太郎は自分のしたいことを自由にし始める。そこに俺が参加していなくても問題はない。

ただ隣にいれば満足らしい。

思えばこの時から倫太郎のよく分からない所有欲というか、独占欲に振り回されていた。

この時の俺はこれから弟に振り回される未来が待っているとも露知らず、呑気に倫太郎の横で絵本を開いて弟に見せてやっていたのだ。

倫太郎が見たいと持ってきた恐竜の絵本。星空の下で仲良く遊ぶ恐竜の絵を2人で指差す。

「きらきら…きょおりう…」
「うん、きょうりゅう」
「…これ、りんたろ」
「ちーがーう、これはぁ、きょうりゅうっ」
「りんたろ…」
「ちーがーうっ」

「…これ、にいちゃ」
「ちーがーうっ、これはぁ、きょうりゅうのたべものっ」
「にいちゃ」
「ちーがーうっ」

俺が否定を続けるとムッとした雰囲気で俺の腕を掴んできた。でも黙ったまま。
あの時から目で語るのも始まっていたんだな…

「にいちゃ、たべう…」
「たべないっ、たべれないんだよっ」
「りんたろ、にいちゃ…たべう…」
「たーべーなーいっ」

た、べ、う。
ぽよぽよの頬っぺたを揺らしながら見上げてくる弟に首を降って否定していたあの日…。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

まだお兄ちゃんと言えなかった時の倫太郎の口癖は「にいちゃ」。それがいつしか「お兄」になり、果てには名前を呼び捨てで呼ぶようになった。

「お兄」と呼んでくるのは大体お願い事をする時が多い。喉乾いたとか、洗濯だるいとか。

昔の記憶を思い出した後、ベッドから足を投げ出してむくりと起き上がった倫太郎を見る。

足の長さも身長も体格も違う倫太郎に、もう一度ため息を吐いた。

「はぁ、タケノコみたいに伸びやがって…」

同じ少年バレーに入って練習していたのに、元からあった体格差はバレーを始めたことでさらに開いた。

ニョキニョキと伸びる弟に見下ろされ小6の時点で逆に弟?と間違えられていたほどだ。

3兄妹の中で何で俺だけ平均で止まったんだと密かに嘆いていると倫太郎が「練習疲れたから寝る」と携帯を頭の横に置いた。

そう言えば、今も昔もよく寝てるもんなぁ。たくさん寝てるからタケノコみたいに背が伸びるのか…。

「おやすみ」
「買い出し行く前に起こして」
「んー、分かったー」

そのうちスゥスゥと寝始めた倫太郎を放置して、北の部屋に遊びに行き一緒に勉強した。

終わった後は買い物に行って、皆で晩御飯を食べて風呂入って洗濯して寝る。


そんな日常を終えた翌日。
学校で衝撃的な出来事が起きた。それは昼休みのこと。
倫太郎に用があり、2年1組の教室に向かった。

教室の中を覗いても弟の姿は見えず、近くにいた治達に声をかける。

「治、倫太郎は?」
「あ〜、今な呼び出し中や」
「え、あいつ何したの」
「ちゃうでなまえくん、女子からの呼び出しや」

ニヤニヤと笑う侑に、まさか…と察する。
確かに倫太郎は高校に入ってから双子ほどでは無いにしろ、何度か女子に告白されたり、ということがあった。

「ふ、ふうん…」

な、なるほどね?
いや、別に兄として悔しいとか羨ましいとか思ってないけどさ。

身長高ければ俺だって、とか思ったりしないことも…。

「戻ったらなまえくん、来た、て言うとこうか?」
「いや、いいや……ちなみに…」

誰?とこそりと治に耳打ちする。

「3年の○○先輩、知っとる?」

名前を聞き、またショックを受けた。
まさかの俺の隣のクラスの女子じゃん!

り、倫太郎のやつめ…。

深く心に傷を追ったまま、2年の教室を後にした。くそぅ…何で倫太郎は告白されるのに、俺はそんな話が一切ないんだ…。

人付き合いだって、愛想だって倫太郎より遙かにいいはずなのに…。

そういえば最近妹から『お兄って損するタイプだよね。人が良い、で終わりそう』なんて直球でえぐられたばかりだ。

果たして倫太郎は何て返事したんだろうか。
あいつは傍から見て、好き嫌いが分かりにくい奴だからなぁ…。

少し悔しいが、まぁ倫太郎の好きなようにすればいい話だけど…と用事を諦めて自分の教室へ戻った。



▽


夜、男子寮の部屋で黙々と課題をしているとベッドで携帯をいじる倫太郎が「今日さ」と俺の背中に声をかけてきた。

机に向かったまま、言葉を返す。

「うん」
「昼休み、来た?」
「うん」
「俺、外にいた」
「うん」
「何でだと思う?」

……何で、って女子に呼び出されてたんだろ?

カリカリと書き込むシャーペンの手を止めて、顔を上げた。倫太郎には背中を向けたまま。

「治から、呼び出しされてる、とは聞いたけど…」
「うん、女子から呼ばれた」
「…ふうん」

え、何。マウントか?
俺への自慢か??自慢の匂わせか…?

「どう思う?」
「…いや、どう思うって」

悔しいとか羨ましいなんて言えない。俺はお兄ちゃんなんだぞ。

「別に…特に何にも思わないけど…」
「………」

続く無言に、何で沈黙しているんだとここで初めて振り返ってベッドに座る倫太郎を見た。

一見何を考えているのか分からない表情でも、目は語っている。面白くなさそうな、不満そうに細められた目。

「気にならないんだ。俺が何て答えたか」

「…だって倫太郎の自由だし」

何て答えようが個人の自由だろう。そこに兄である俺がとやかく言うことでもないし。

でも告白OKして倫太郎に彼女が出来たらちょっと悔しいかも。明日からの兄弟の付き合い考えようかな、もう倫太郎の甘えたも拒否してやろうかな、なんて平凡な俺の嫉妬が滲み出てきた。

「自由ね…うん、確かに俺が何て答えてもいいよね」
「お、おう…」

倫太郎は携帯の画面を見下ろしながら「断ったよ」とサラリと言った。

その言葉に心のどこかで安堵する自分がいた。OKしたよ、なんて言われたら多分眠れなかったと思う。悔しさと悲しさで。

「ふ、ふーん…。まぁバレー忙しいし、相手も理解してくれただろ」

バレー理由で断るのは皆同じだもんな。双子達もバレー一筋で断ってるし…

そんな俺の言葉に倫太郎は首を降った。

「ううん、お兄が厳しいから付き合えないって言った」
「……はい?」

え、どゆこと?

「お兄から恋愛禁止って言われてるからごめん、って」
「いやいやいや、俺そんなアイドル事務所みたいなこと言ってないよな」
「うちのお兄、監視してくるから辛いと思う、ごめんねって」

何だよ、その誰も悪くない俺一人だけ悪いみたいな理由!

「俺が完全に悪者じゃん」
「でもさっきどう答えても俺の自由って言った」
「それとこれとは訳が違うだろ…バレーを理由にしとけよ…、何で俺なんだ!」
「お兄ちゃんひどいね。って言ってた」
「そりゃそうなるわっ」

女子からしたら、モテる弟に対する僻みだと思われるだろっ。

「まさか、今まで全部その回答で断ってきたんじゃないよな?」
「え、今のところ全員そう言って断ってきたけど?」

おーいっ、やめてくれますかぁっ!風評被害!

「はぁー、ほんと…今度から俺理由で断るのやめろよ」

ただでさえ平凡な俺に良いイメージがつかないとなると、壊滅的なことになる。

「じゃあ何て断ればいい」

「そりゃ、バレー頑張りたいからって理由でもいいし、倫太郎がこの子と付き合いたいなって思ったらOKすればいいじゃん」

「……は?何OKて、バカじゃないの」

「いやいやいや、何でそこでキレんだよ」

俺は兄として純粋に彼女が欲しいなら、断らずに次に進むのもアリだと思って悔しいけど大人の心で言ったわけなんだけど。
なぜかキレられた。

「俺がOKしてもいいんだ?」
「まぁ、倫太郎の自由だしな」
「…………」

その後、翌朝まで弟は俺と口を聞いてくれませんでした。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

後日(宮ツインズとなまえ)

「あっ、なまえくん。この間なぁ、女子から角名くんのお兄ちゃんって彼女おるんやろかって聞かれてん。優しいよなあって」

「え゙ぁ、まじ?」

「驚きすぎて、変な声出とるやん」

「いや、そんな話今まで一切なくて…、え、ちょ、…俺のことそんな目で見てくれる子いるんだ…感動した…」

「でもなぁ、角名がなぁ『なまえはやめといた方がいいよ。ブラコンだし、俺のこと好きすぎて周り見えてないから、残念な奴なんだよね』て言うとった」

「……はぁっ?!?!えっ、はぁっ?!?!」

「角名、前からずっとそれ言うとるよなぁー」

「『なまえの中の一番って常に俺だから、他の人をおすすめする。ブラコンはキツいよ』て」

「えええっ?!いや、それ俺のセリフな…っ?!」

「最初はおもろいし放置しとったんやけど、なまえくんが一番の被害者やし、可哀想やなぁ思て」
「なー」
「もっと早く言ってくれっ!俺に浮ついた話がないのって絶対それが原因じゃん…」

「あ、でもこれ俺らが言ったって言わんといてな、内緒やで」
「バレたら角名に呪われるもん」「粘着質な念で呪われるもん」

「はぁ…帰ったら問い詰めるわ…」
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