「奴隷三号、はっけーん!」
ドスッという音とともに体に走る衝撃。
『いっ、てぇ…』

痛みの正体は脇腹に腕を回して抱きついてきているピンク頭。
やっと自由な昼休みの時間になったというのに俺はこのちっちゃい一年、姫宮桃李に拘束された。

『はぁ、なに…?』

「こらぁ!ボクが自ら足を運んできてやったんだぞ!ありがたいと思いなよね!」

『おーい、弓弦。なんかお呼びだぞ〜』

「違う!弓弦じゃない!」

「お呼びですか…?ああ坊ちゃま。なまえさんが痛そうですよ?」

そう言って教室から出てきた弓弦は俺と俺にくっついている姫宮を見た。

弓弦と同じクラスの俺は気が合うこともあって、弓弦と仲良くしているといつのまにかこのちっこい奴から奴隷扱いされるようになっていた。

先輩なのに、先輩と思われてない悲しさはとうの昔に薄れている。坊っちゃまの考えることは庶民には理解できんからな。

『おいー、昼休みがもったいないから離せよなー。』

「ボ、ボクが一緒に食べてやってあげなくもないけど…!」

『いやいやお前と食べてたら金がいくらあっても足りねーし。』

金持ち坊っちゃまに付き合ってたら俺の財布は空っぽになってしまうだろうが!高級品ばっかり食べてる姫宮には付き合えないので早く離せと脇腹に回っている手をぐいぐい離そうとしたが動かない。

なにこいつ力、無駄に強くね?

「ボクのお願いでも聞けないの?」

急に甘えるような口調になってきらきら、うるうるの瞳で俺を上目遣いで見てきた。

ああ、ファンやそこらへんの奴らならイチコロだろうけど俺はそうはいかない。

『はい、あざといー。そんなの俺には効きませーん。』

分かったら離せともがいていると、今度は俺を突き飛ばしてきた。

「奴隷のくせに!ボクの可愛さが分からないなんてありえない!」

抱きついたり、突き飛ばしたり、本当の天邪鬼な坊っちゃまだこと…。弓弦の日頃の苦労が思いやられるな。

突き飛ばされて後ろによろめいた時、後ろからふわりと抱きとめられた。

『…?』

顔を後ろに向けてみると、仮面をつけた日々樹先輩がいた。

「おっと危ない♪八つ当たりはよくありませんねぇ姫くん!」

『日々樹先輩…』

「みょうじくん♪大丈夫ですか?」

グイッと覗き込まれるように、日々樹先輩の顔が近づいた。奇抜で性格は難ありだが、顔がよくて背が高い、まさに羨ましい限りの美貌にのぞき込まれれば誰だってドキドキするはずだろう。

急な近距離に戸惑いが隠せず、顔を背けることしかできない。

「おやおやぁ!顔が真っ赤ですねみょうじくん!」

「こらぁ!ちょっと!なまえから離れてよ!!」

お願いだから誰か助けてくれと思っていると姫宮が俺から日々樹先輩を離してくれた。
それをチャンスとばかりに俺は地面を蹴って、その場から逃げた。

「あっ!!なまえ!」

後ろから姫宮の声が聞こえたが止まってられない。俺の自由で平和な昼休みが減ってしまったんだから。


***

今日は災難だった、と購買で買ったパンを袋から取り出しながら芝生に座り込んだ。

こんな日は早く昼飯食って寝るに限る。
俺の日課は昼休みに昼寝することだからな。

なんと行っても日当たりのいいこの場所は最高なのだ。人もいないし快適、快適。

パンなんてぺろりと食べ終わって芝生の上に寝っ転がった。

『気持ちいー…』

柔らかい陽射しを受けて早々に睡魔がやってきた。やべぇ、気持ちよすぎて起きれないかも…。

たまに寝すぎて午後からの授業に遅刻しかけることもあるけどこんなに気持ちいいんだからしょうがない。重たい瞼にすんなりと従って目を閉じた。

意識はすぐに落ちかけて…


…いたはずなのに何だか腹の上が重たい。睡眠妨害、 絶対反対。嫌々目を開けると見たくないものが腹の上に跨っていた。

「何で逃げるの?!ボクが直々に来てやったんだぞっ!あのロン毛に顔まで赤くして…!奴隷のくせに!ちょっと!聞いてるのっ?!」

よし、現実逃避しよう。
すぐさま目を閉じて夢の世界に入ろうとした。

「もうっ!こうなったら…」

ふにり、と唇に柔らかい感触がして反射的に目が開いた。そこには姫宮の顔が目の前にあって。

現状を説明するならばマウスtoマウスの状態だ。

『…!!ちょ、!』

驚きすぎて体を起こせば姫宮はあっけなく俺の腹の上から転がり落ちた。

『お、おま!何してんの?!』

「なまえがボクを無視するからだよっ!」

『だからって、意味わかんねぇよ!』

「ふふ、なぁに?なまえさっきより顔が赤いよ?」

いやいやドヤ顔でそう言ってるお前も頬が赤くなって目元も潤んでるからな?!まずこんなとこ弓弦にでも見られたら俺が殺されそうなんだけど!

『うるさい!ほんとにお前は何がしたいんだよ!俺の睡眠を妨害すん、な、』

いい終える前に姫宮はまた俺の口を塞いだ。もちろん唇で、マウスtoマウスで。

『んん、っ、は、』

ろくに息継ぎができないほどに啄まれ酸欠のせいで顔に熱が溜まるのが分かった。

「弓弦に聞いたの。強引な方がなまえは好きだろうって。」

唇が離れても顔は近づいたまま、俺に跨り目を細めて色づいた唇を姫宮は舐めた。

「押してだめなら、押せばいい…。ボクに不可能なことなんてないんだから…。ねぇ、なまえももうボクにメロメロでしょ?」

俺が否定することなんて一切考えてなさそうに、当然の如く首を傾げて聞いてくる。
本当に…坊っちゃまの考えることは分からん。

『はぁ…?んなわけな、「今なら奴隷からボクの恋人に昇級してやってもいいぞ!」』

『…いや、遠慮しとく』

「これは命令だ!」

『いやいやいや、命令で恋人になってたまるかよ!え、なにお前俺のこと好きなの??』

プライドの高い姫宮は絶対、そんなわけないでしょ!庶民のくせに勘違いするな!とかなんとか言ってくるだろう。

そう思っていたのに、なぜか姫宮は固まったまま動かない。

「…だめ?」

『え?なに?』

「なまえのこと好きでいちゃだめ?」

眉尻を下げて、まるで震えているウサギのように見上げてくる。効果音をつけるならまさに、きゅるん?って感じだ。
そんな自分の武器を最大限に活かしました状態で見られるとさすがの俺も少しばかり狼狽える。

『う…だめ…じゃないけど…』
「じゃあなまえもボクのこと好き?」
『えぇ…き、嫌いじゃない…』
「そう…、そっか…。」
『…姫宮…?』

俯いた姫宮に悪いことしたかと心配したが、ガバッと急に顔を上げられて仰け反る。

「じゃあ、好きってことだね!!庶民のくせに僕のことが愛しくてたまらないってことでしょう!仕方ないからボクが毎日なまえのそばにいてあげるよ!」

『え?いや、いやいや、え?』

「朝起きてから、夜ベッドに入って寝るまで全部そばにいてあげる!ボクのペットにしてあげる!うんと可愛がってあげる!」

『へ…?』

「よかったねぇなまえ。ずっとボクのそばに居られるんだよ?喜ばなくちゃ。」

嬉しそうに俺の頭を撫でて覗き込んでくる姫宮に俺は言葉も返せない。どういう思考でそういう答えになるんだ!!

「もう今からなまえはボクの恋人兼ペットだよっ!ボクの言うことは全部聞いてね!あとほかの人に触れるのもダメ!」

『な、に言って…』

「だって、もうなまえはボクのものなんだから…♪」

ニコリと笑って近距離で俺を見下ろす姫宮の顔は、まさに天使というより、小悪魔そのものだった。

視界の端にいつのまにか立っている弓弦を見つけて、どいうことかと見つめたが、弓弦はニコニコ微笑んでいる。俺に助け舟を出すつもりはなさそうだ。

そんなことから、俺は毎日この小さな天使、いや、小悪魔に拘束されている。

「ボクの可愛いなまえ〜、ほぅら、ボクお手製お菓子だよっ?転校生と作ったの!」

『う、お菓子?』

「はい、あーーん!」

『えー今お菓子って気分じゃ、ぐへっ!』

口の中に無理やり突っ込まれて少しこぼれた。

「もう、なまえはお行儀が悪いなぁ!」

口の端についたシロップをぺろりと舐められる。

「ふふふっ!たんとお食べ!ボクの愛の形だからね!」

俺が飲み込むのを嬉しそうに見ている姫宮は本当に幸せそうだ。周りから天使天使と言われているが俺には小悪魔にしか見えない。

だが、その小悪魔も最近可愛く見えてくるのはなぜなのか…。

うん、絆されるのも時間の問題だ。

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