なまえちゃん、ここ最近元気ないわね、ほんと大丈夫…?

そう言って嵐くんは心配してくれる。

だいじょーぶ、何にもないよ。

と言い続けてはや1週間。目の下は鏡を見るのも嫌なほどひどくなっている。

寝ずに少女漫画を読みづけているから…。

現実は酷なんだ。漫画の中で俺は主人公と王子様が結ばれるのを見るだけで幸せ。

心にぽっかりとあいた大きな空白を埋めるために俺はずっと少女漫画を読み続けていた。

その代わり、授業中や昼休みは眠くて眠くて仕方ない。

「ヨーグルトとサラダで…。」

いつものやつを頼むとしっかり食べなきゃダメよ!と購買の人から言われてへらりと笑って返した。

食べる気になれないんだよな…。と思っているととんと肩を叩かれた。

「…、仁兎先輩」

「みょうじだったよな?この間は光ちんがごめんなっ?あの後ちゃんと言っといたから!」

「あ、大丈夫です…ちゃんと俺のとこにも言いにきたし…」

「みょうじ、それだけしか食べないのか〜?もっと食べないと大きくなれないぞっ!」

「…ふっ、それ仁兎先輩が言えることですか…?」

「あっ!怒るぞー!」

ぷくりと頬を膨らました先輩。くすりと笑いが漏れた。話しやすくていい先輩だな。

仁兎先輩が手を差し出してきた。

「これ、クッキー。ちょっとは食べないと顔色悪いぞ?」

「…、ありがとうございます仁兎先輩」

「お腹減ったらに〜ちゃんに言えよ!お菓子あげるから!」

優しい先輩だ。こんな優しい王子様がいたら…なんて考えてぶんぶんと首を振った。

仁兎先輩にお礼を言って俺は外に出た。


****


ヨーグルトとサラダと仁兎先輩に貰ったクッキーを食べて庭園のベンチで太陽の下うつらうつらしていた。

瞼を閉じればすぐに眠りに入れそうだ。
数分だけ。そう思って座ったまま目を閉じた。

カサッ、

微睡みの中で音が聞こえてふと目を開けた。

寝ぼけ眼で回りを見渡して見たけど誰もいない。猫かな…と思っているとベンチに座っている俺の横にあるはずのないものが置かれていた。


「月刊少女漫画……。」

それとお弁当箱。

あの時置いてけぼりにした俺の持ち物。
誰が置いたんだろう。多分朔間先輩かもしれない。

心がつきりと痛んだ。

月刊少女漫画の表紙は今実写化映画で話題沸騰の人気作だ。女子高生と先輩男子高校生の恋。

返す、ってことなんだろうか…。もういらないのに…。

俺は目を擦って立ち上がった。…捨てよう。

月刊少女漫画を掴んで校舎より離れた焼却処分されるごみ捨て場に向かった。

ちらりと見た月刊少女漫画には俺が貼った花びらの形をしたふせんが貼られたままだった。

ザッ、ザッ、

たどり着いたゴミ捨て場。大きく口を開けたその中に月刊少女漫画を落とそうと手を伸ばした。

「捨てるのかえ。」

「……」

横から声がして顔を向けた。朔間先輩が腕組みをして立っている。

「…関係ない、じゃないですか。」

「あれほどまで運命やら王子様やらと言っておったくせに」

「……あんなのっ…夢物語でしかないんですよ…っ」

「ほう、やっと目が覚めたか」

「…そうしたのは朔間先輩じゃないですか…っ!」

「……チッ、毎日毎日付きまとわれる俺様の身にもなってみろっつーの。」

「そうやって…っ!それなら最初から拾わないで話しかけないでくれればよかったのにっ!」

「…そう出来れば俺だって一番うれしーけどな。」

「…っうぅっ、…いじめて…、乱暴なことするし…っ、愛なんてないのにキスするし…っ!」

ザッ、ザッ
足音が近づいて朔間先輩がすぐ隣まで来ていた。

「ほら、その伸ばした手を離せば漫画は落ちてくんだぜ?離せよ。」

「…〜〜ぅうっ、ぐすっ」

「……捨てられね〜のに来てんじゃねぇよ。」

「…っこんなの…っ、こんなの…っ、」

手に持った月刊少女漫画を離せば捨てられるのに、どうしても手が離せなかった。占いを信じたせいでこんなに酷い目にあったのに、それでも…ずっと昔から大好きだったこの月刊少女漫画を捨てるなんて…っ。

「で、俺とのことはなかったことにしてあの仁兎クンを今度は王子様にでもロックオンしたか?」

腰に手をあてて俺を見下ろす朔間先輩はどこまでも意地悪な人だ。王子様なんかじゃなくて悪魔だっ、魔王だ。


「…っ仁兎先輩は…っ、優しい人です…!朔間先輩なんかと違って…っ!」

「ふ〜ん。あんだけ俺につきまとってたのにすぐに仁兎クンか。で、仁兎クンが運命の王子様か?」

「……っ、この世に王子様なんていませんから…っ!!」

「ハッ、あれだけ王子様王子様騒いでたやつがねぇ。」

俺は伸ばしてた手を引っ込めて月刊少女漫画を抱きしめた。朔間先輩の言葉で俺はズタズタだった。


「…いつか…、いつか王子様が現れるって…信じてたのに…っ!キスも…っ、その先も…っ全部全部はじめてだったのに…!」

「チッ、すぐピーピー泣いてめんどくせ〜な。」

嗚咽が俺の口から漏れた。体力のない体は我慢なんて出来なくて涙が止まらない。

「っ…、ぅっ…あの時も…ビビビッて…この人だって思ったのに…っ仁兎先輩は…そんなのなかった…のにっ…」

ほとんど自分に言い聞かせたその言葉が朔間先輩に聞こえているとは思わなかった。

「……朔間先輩は王子様なんかじゃない…っ、悪魔だ…っ、責任取って…くださいよっ…!」

ほとんど投げやりで言った言葉は俺の負け犬の遠吠えで消えていったかに思えた。

「……なら、責任とってやるよ。」

「……っ、ひっく、……はっ…?」

「てめぇが他の人間に王子様だ運命の相手だほざいてるのが気に食わねぇんだよ。責任、とってほし〜んだろ。とってやるよ。」

「な、なに言って…っ、」

「お前の望む恋人になってやるっつってんだよ。」

「………俺は、王子様がいい…っ、悪魔は嫌だ…っ!」

「…てめ〜、調子飲んなよ?」

朔間先輩が真っ赤な目を細めて、耳元で脅してきた。

「そんなっ、口悪い王子様なんかっ、いないです…っ!ぅうっ」

「お前の持ってるその漫画、最近は強引な王子様とやらが人気だって書いてあったぜ?」

「…っ、な、なんと…っ、ひくっ」

「俺で申し分ね〜だろ。」

「…っ、俺は優しい王子様が…っ、いいんですっ」

「優しいじゃねーか。ヤってる時はお前を気遣って気持ちよくさせてやんよ。」

「っそ、そういう優しさはいりません…っ、お、王子様はっ、抱きしめて、ちゃんと愛の言葉を囁いてくれる…人なんです…っ、朔間先輩に…っ、そんなこと…っできるわけ、な」

言い終わる前に朔間先輩の腕が伸びて俺の体を引っ張った。

「なまえ、好きだ」

耳元で低い声が俺の名前を読んでずっとずっと、ずっと言われたかった言葉が耳に入りこんできた。

「ぁ……」

心臓が止まりそうなほどドキドキして涙が止まった。

「これでも嫌か?あ?」

「……ほ、ほんとに、俺だけの王子様に…っ、なってくれるんですか…っ」

唐突に言われた好きという言葉に同様して目が泳いだ。顔は多分真っ赤になっている。

「ああ、お前がそう望むなら。」

「さ、朔間先輩…お、俺のこと…好きなんですね…。…お、俺もす、好き…ですっ」

「…チョロっ」

ぼそりと朔間先輩が何か言ったような気がして聞き返したらみた。

「…な、なんか言いました…っ?」

「別に。おら、行くぞ。ここにはもう用はねーだろ」

朔間先輩に肩をグッと引かれて俺は1歩踏み出した。



色々あって朔間先輩のせいで運命の王子様なんて…いないと思ったけど……やっぱりあのビビビッときた感覚は間違っていなかった…!

俺のことを好きと言ってくれる、少し強引で俺様な運命の王子様、朔間先輩と俺は晴れて結ばれたのです…!




*****


「っていうね、少女漫画みたいな出会いと別れと、でもやっぱり引かれる運命の赤い糸によって…、俺は運命の王子様と結ばれたんだよ…!!」


「……、それ昨日も一昨日もその前の日も聞いてるっつーの!うがーー!うぜぇ!ほんと元に戻ったと思ったら惚気話ばっかりよぉ!」

「…大神くんの占いも見てあげようか?運命の相手と出会う方法探してあげようか?」

「いい!俺様はそんなの1ミリも興味ねぇ!」

「ええっそうなの?ほら、今月の月刊少女漫画はこの漫画の王子様がかっこいいんだよね…」

「なまえ、ちょいとこちらへおいで。」

「何ですか〜朔間先輩っ」

ついに本当に結ばれた俺の王子様、朔間先輩に呼ばれて月刊少女漫画を持ったままタタッと駆け寄る。

内緒話をするみたいに朔間先輩は俺の耳元に手をあてて囁いた。

「なまえの王子様は我輩じゃろう?それ以外ばかり見てると…足腰立たせなくするぞい?」

「なっ…!!」

顔を赤くして朔間先輩を見るとべ、と舌をちらりと見せてニヤリと笑っていた。

………お、俺は本当に王子様と結ばれたんでしょうか…?悪魔のツノと尻尾が見える気がします…。


Fin

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