『また、やってら。』

俺の呟きに隣にいた友人は聞き返す。

「なに?あー…いつものことじゃん。あの人、外でも色々と有名じゃん」

『知ってる。実際、見たことあるし。』

俺たちが話しているのは渡り廊下から見かけた羽風先輩のことだ。

転校生に言い寄っているだろう姿が見えて俺はぼそりと呟いていた。

友人の言うように羽風先輩はモテる故に、色々な噂が尽きない。実際に俺もあの先輩のチャラいところをこの校内だけでなく、外でも見かけたことがある。

『おれ、ああいうチャラい人嫌いだわ。男でも女でも遊びまくってる奴は嫌い。』

「言うねえ。俺は羨ましいかぎりだけど。」

俺は嫌いだ。あんな人。

それは俺が夜のライブハウスで過ごしていた時のこと。俺の恋愛対象は同性なわけで、なかなか出会いがないため、そういう出会いがある場所へ足を向けていた時だった。特別顔が良い訳でもない俺はすぐに相手なんて見つかるわけもなく、1人でいることも多かった。

いつものように1人でドリンクを飲みながら流れる曲を聞いていると、女の子に声を掛けている羽風先輩を見かけた。

その時は転校生とのいつもを見ている俺としては、外でもやってんのかよと思っただけだった。

今日はとくに収穫がなかったなあとライブが終わって帰ろうとして外に出た時、少し離れたところで女の子が2人と羽風先輩がいて何やら女の子たちが言い合いしているような雰囲気だった。

羽風先輩は女の子たちを宥めているが全然おさまっていないようだ。

あーあ、あんたが女癖悪いからそうなるんだよ。

そんなこと本人には言えないが、そう思うほどには俺は冷めていた。泣いている女の子を見て、羽風先輩って最低だ。と思った。

あの女の子も羽風先輩が好きだからこそ、泣いたり感情を露わにしてるだろう。

それなのに当の本人は、いつもヘラヘラして女の子に声を掛けてばかり…。

女の子の気持ちが分かる気がするのは、多分俺がふられる辛さを何回も知ってるからだろう。

俺はあの人が嫌いだ。人を簡単に捨てるような、そんな奴は嫌いだ。

それから俺は羽風先輩とは何の接点もないし、一方的ではあるが羽風先輩が嫌いになった。



『はぁ、気分悪いこと思い出したわ。』

「えー…。大丈夫かよ。」

『大丈夫じゃない。今日は早く帰る。予定あるし。』

そう言って友人に別れをつげて俺は学校をあとにした。

予定というのは最近できた恋人と遊ぶ約束をしている。

俺より年上で大人だし、会う時間は遅くなるがそれでも会えるのが嬉しかった。

一旦家に帰って、真剣に服を選んでから家を出る。

今日は大事な日だ。



そのはずだった。


たった今、この時までは。


俺は恋人と2人で映画を見るはずで街中を歩いていた。手を繋ぐなんてことはできないけど、それでも二人で並んで歩くだけで嬉しかったのに。

ふと足を止めた恋人を不思議に思って、俺もその場に止まり振り返った。

恋人はびっくりした顔をして前を見つめている。その視線を追っていくと、そこには想像もしていなかった人がいた。羽風先輩と女の人が2人肩を寄せあって歩いていたのだ。

向こうもこちらに気づいて女の人が あっ、と声を上げたのが聞こえた。

そこからは俺の止まった思考なんて置いてけぼりで男女の口論が始まった。内容からすると俺の恋人はこの女の人と付き合っていたみたいで2人とも浮気をしていたみたいだ。女の人は男が好きなんて理解できない、ありえないとヒステリックに言い、俺の恋人だった人はただの遊びだったと必死に言っている。

俺はそんな言葉を聞きながら、自分はただの遊びで浮気相手だったのかと、遊ばれていたのかと、ショックで悔しいやら怒りやら悲しいやら頭の中がぐるぐるしていた。

その場にいるのも耐えられなくなったところで、羽風先輩がいきなり俺の腕を掴んで歩き出した。

『ちょっ、離せよ…!』

「いや〜、何か修羅場だったからとりあえず抜けようと思ってさ」

『あんたと俺は関係ないだろ…っ!』

「えー?でも君さ、同じ学校でしょ?」

『は…』

何この人。俺のこと知ってんのか?今まで何の接点もないのに知っていることに驚いた。

「んー、いつも俺のことひどい目で見てるからさあ。これでも周りの目にはちゃんと反応してる方だしね。」

羽風先輩の日頃の行いを蔑んでいることは本人にはバレていたらしい。それなら話は早いと俺は開き直って人通りの少ない路地で腕を払った。

『…今日だってあんたもどうせ遊んでたんだろ…!』

「遊ぶって…人聞き悪いなぁ。お互い合意の上だし、問題なくない?ああいうのも慣れてるし。」

『…っ!最低だ!人で遊ぶような人間なんて大嫌いだ!』

「まあまあ、落ち着きなよ。そんな悲観的にならなくてもさー。次の出会いがあるじゃん?男か女か別にしてさぁ。」

羽風先輩は先ほどの修羅場が何でもないようにまるで日常だと言うように話しているが、俺にはたった今大きな傷が心にできたようなものでどうしてもこの人の言っていることが理解できなかった。

何でそんなこと言えるんだ。人の気持ちを考えたことないのかこいつは、と俺の心のダムは決壊寸前で視界がじわりじわりと滲んでいくのがわかった。

「ちょ、泣いてんの?」

『泣いてない!誰が泣くか!』

「だって…、涙こぼれてるよ。」

そう言って伸ばされた手は顔を近くで戸惑うように止まり、それでも動いて俺の目元を擦った。

『っ…!触るな!あんたなんか大嫌いだ!最低な人間だ!』

俺がさっきまで恋人だった奴に言いたかった言葉まで羽風先輩に好き放題浴びせ、最後は涙声で震えていた。

あんたは顔が良いから遊び放題かも知れないけど、限りなく出会いが少ない俺にはこんな出来事は一生のトラウマレベルなんだぞ。そんな思いが爆発してどろどろとしたものと一緒にぶつけてしまっていた。

羽風先輩は何も言う事なくじっと俺の言葉を聞いている。

「ねえ、君の名前なんて言うの。」

腕をそっと掴まれて、びくりと震える。

『誰が教えるかっ…!お前みたいな奴に…!』

先輩相手に、それもかなり有力ユニットの先輩にこんなこと言ったら俺はもう明日無事に学校で過ごせられるかも分からない。

開き直りの早い俺は、ここまで言ってしまったんだ、もう後の祭りだ。と掴まれた腕を振って、踵をかえした。

もう全てが嫌だ、と絶望しながら去る俺の背中に向けて羽風先輩が手を伸ばしていたことなど知らない。

「あの泣き顔はさすがにダメでしょ…。…男はないはずだったんだけどなー…。

やばいなぁ俺。久しぶりにドキドキしてる。」

伸ばしていた手を自分の胸に当て、鼓動を確認する。去っていったあの子が誰なのか、どんな名前でどんな子なのか。知りたいと思った。

それから、羽風先輩に言い寄られる人間が転校生ではなくてある男子生徒になったのはまた別のお話。


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