「ねぇ、1人?」
っ、声かけられた…っ!
いきなり男性に声をかけられて心臓の動きが早くなる。
下心ありで巡るライブハウスで俺は1人でドリンクを飲みながら立っていた。
いつも一人でいても声かけられることなんて少なくて、結局何もしないまま音楽だけ楽しんで帰ってしまうけど今日は違った。
俺の横にきた男性はなかなかにかっこよくて、まさか俺のこと気になってるのかなとドキドキしながら答えた。
「あ…、一人、です。」
「へぇ、ここよく来るの?」
話しやすい人で、滅多に声をかけられることがない俺は浮かれていた。
音楽のこととか、自分のこととか、相手のこと、話しやすい男性と色んな話をしていくうちにもしかしたら、もしかしたら、と同性が恋愛対象の俺は一生懸命答える。
やばい、人生で一番のチャンスかも。
優しそうなその男性に連絡先交換しませんか、と言おうとしたところで後ろから声がかかった。
「なまえクン。お待たせ〜」
「……はっ?」
俺の肩に手を置いてにこりと笑うのは羽風先輩。
何でここにいるんだ、とか誰も待ってないんだけど、と思っていると男性は一人じゃなかったんだ、ごめんね〜と離れて行った。
待って、と手を伸ばすも虚しく一生のチャンスは忌々しい羽風先輩によって潰されてしまった。
「…っ、あんた何でここにいるんだよ…っ!」
「え?偶然外でみょうじクンが入っていくとこ見たからさぁ」
俺の邪魔するなよ…。
他人のふりしてそこらへんの女子にでも話しかけていればいいのに羽風先輩は動こうとしない。
「そうですか、別に学校じゃないんで他人のフリでもしてください。俺は一人でいたいんで。」
「一人ならさぁ、俺とお話しない?なんなら今から出てお茶でもどう?美味しいとこ知ってるよ♪」
ほら出た。その手口は羽風先輩のお得意だろう。そうやって女子ひっかけて…。
「そこらへんの女子でも誘ったらどうですか?」
「えー、俺はみょうじクンと話したいんだけどなー。結局まだ俺の誘いに1回も乗ってくれてないじゃん?」
「誰があんたの誘いに…」
「ねぇ、こうやってライブハウス巡ってるのは彼氏探し?俺とかどう?」
「……寝言は寝てから言ってくれませんか?俺、チャラくて軽い人間は大嫌いなんで。」
「うそ。俺、軽く見える?」
ああ、ほんと付き合ってられない。
いいから、離れてください。俺は音楽を1人で楽しみたいんです。と強めに言うと羽風先輩は肩を竦めて離れていった。
目で追うとすぐに女の子に話しかけていた。
ほらな、軽い人間はああなんだ。
俺に話しかけるのもただの暇つぶしか何かだろう。どうせ、誰にも相手にされない俺をからかいたいだけなんだ。
そう考えると少し心が痛くて払拭するようにドリンクを飲み干した。
「楽しくない…。」
空になったカップを手にぼーっとしていたら、また先程の男性が近づいてきた。
「あれ?お友達は?」
「えっ!あ、あれは違います…っ!全然関係なくて…ほんと一人なんで…っ!」
「そうなの?もう相手いるのかなー、って思って。」
あはは、と笑う男性に、えっ、えっ、相手って、そんな、何て自分の都合のいいように捉えてしまう。
この人もそういう人を探していて、知り合いたいと思っているのかな、って。
「あ、相手とか…いません。全然…」
少し顔が熱い。自分がフリーです、と言ってるようなもんだ。それを聞いた男性は少し黙って俺を見た。
顔良いし、優しいし、物腰柔らかい感じだし俺の好きなタイプだ。絶対逃したくない…。ていうか連絡先知りたい…。
「あ、あの…連絡先とか…聞いてもいいですか…」
「あーごめん、今携帯なくってね 」
「そ、そうですか…」
ええ、残念…。少しショックを受けたけど仕方ないか…と自分を慰めた。
連絡先がダメなら、ご飯とかどうですか…?と聞いてみようと思って顔を上げた。
「それより、一晩、どう?」
「え…?」
一晩…。一晩ってそういう意味だよな…。連絡先よりもご飯よりも、そういうことって…。最初からその目的だったのかと少し悲しくなった。
経験はない。いつもその前にフラれるから。
…一晩過ごせば俺のこと、考えてくれるんだろうか…。頭の中で揺れた。
「なまえクン。何してんのー」
「っ!」
邪魔者が来た。今いい所なんだから邪魔するなよと羽風先輩を睨んでも全然効果がない。
「…関係ないんで話しかけないでくださいっ」
「えー?俺となまえクンの仲じゃん?」
ダメだ、羽風先輩が来たことで目の前の男性が離れようとしていた。
せっかくのチャンス。俺に声かけてくれる人なんて滅多にいないんだ。このチャンスを逃したら…。
咄嗟に離れようとした男性の袖を掴んで、俯いた。
「あ、あの…ホ、ホテルだけとか…でも…」
ホテル。その言葉が言い慣れていなくて声が少し震えた。
連絡先もご飯も、いいからホテルだけでも俺にチャンスがあるなら、そんな思いで伝えた言葉の後は少し沈黙があった。
ライブハウスの音楽だけが耳に聞こえる。
次に聞こえたのは羽風先輩の声だった。
「なまえクン。何言ってんの」
その声の低さに思わず肩が震えた。パッと羽風先輩をみると無表情で俺を見下ろしていた。
冷めたような目が俺を突き刺して思わず目を逸らした。まるで、俺を節操のない奴だと軽蔑しているかのような…。
「…っ、」
羽風先輩の腕が、男性の袖を握っている俺の手を掴んで無理やり話した。
「離せ、よ…っ」
抵抗したのに、羽風先輩は無言で俺の腕を強く引いてライブハウスの出口に向かった。
ひどく冷たい目。感情がないような目に軽蔑されたみたいで俺は心の中がざわついた。
何で、何でそんな目で俺を見るんだよ。
あんただって色んな人と遊んでるじゃないか。
俺は1度だってあんたみたいに遊んだことはないし、むしろ捨てられる側の人間だ。
そんな俺が自分のチャンスのために動いたのに何でそんな目で見るんだよ。
俺が悪い、みたいな目。理不尽だろう?何でだよ、あんただって遊んでるのに!何で俺はダメなんだよ!
心の中にドロドロが溜まって泣きそうになった。
不平等だ、理不尽だ。そんな訴えと尻軽な言葉を発した自分の情けなさが渦巻いて、俺は唇を噛み締めた。
今すぐ逃げ出したかったのに、羽風先輩の手がそれを許してくれなかった。
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