外に出ても羽風先輩の手は離されなかった。
どこに連れて行かれるのかも知らないまま、人通りが少ない路地に来ていた。
「…離せよっ!」
「……何あれ。」
俺が無理やり手を振り払うと、羽風先輩は俺に向き直った。
「…何が?あんたには関係ないだろ。」
「もっと自分のこと大事にしなきゃ。」
「っは、あんたがそれを言うのか?」
遊んでばかりの女たらしで、何度も女の子を泣かせてきたくせに。そんなあんたが俺に言えたようなことかよ。
「遊んでばっかのあんたに言われても説得力ない。あの人は俺に声かけてくれたんだ…。別に俺が何しようと関係ないだろ」
「…あんなのただの体目当てだよ?」
「っ…だから何だって言うんだよ。俺の勝手だろ。」
「愛がないやり取りなんて意味ないよ。」
はぁ?と思って羽風先輩を睨んだ。
愛がない?それは自分がやってることじゃないのかよ。
羽風先輩は俺を真っ直ぐ見ていて、その視線で居心地が悪い。
「愛がない?それはあんたの話だろ。」
「俺はちゃんと愛を持って接してるよ?愛がないなら、最初から声なんてかけないし。」
「…ははっ、何だよそれ。今まで声掛けた女子にも愛があったっていうのかよ、泣かせたりしてたくせに!そんな安っぽい愛で愛を囁かれる女子も気の毒だな!最低だよあんた。」
「………。」
自分が言いすぎたのは分かっていたけど止まらなかった。
羽風先輩が黙ったままで、殊更に気分が優れない。
「…なまえクンは今まで愛されたことないんだね。」
「っ…!」
羽風先輩の静かな落ち着いた声が心臓を抉った。
愛されたことがない。
今まで付き合ってきた人達が頭を過ぎった。愛されることなく捨てられて、いつもその繰り返し。
「寂しいよね。愛がないのに一緒にいるって。」
相手にされない俺のことを分かったような口を聞く羽風先輩にカッとなった。
「うるさい!あんたに何がわかる。相手になんか困らないくせに俺のこと分かったような口聞くなよ…っ!こんなことでもしてないと相手すら見つからない俺の気持ちなんて分かるわけないだろ!」
自分で言っていて惨めになってきた。
体目当てで声かけられて、邪魔されて、挙句の果てに自分のフラレざまを思い出すはめになるなんて。
唇を噛み締めても震える喉は止まらない。
目が潤うのがわかった。じわりじわりと涙の膜が出来て、落とさないように瞬きをした。
羽風先輩がゆっくりと歩み寄ってきて、後ずさりした。
「涙、今まで拭ってくれる人いた?」
後ろに下がったのに間に合わなくて羽風先輩の手が伸びてきて頬に触れた。それから、目尻を優しく拭った。
涙なんて、フラれたあとに流れるんだから拭う奴なんかいるわけないだろ…。
「やめろよ…っ」
手を払い除けようとしたら、その手をガシリと掴まれて羽風先輩へ引き寄せられた。
「っ…」
一気に近くなった距離、羽風先輩の顔が近づいて唇に柔らかな感触。
羽風先輩とキスしていた。
柔らかく、啄むような動きが初めてで体が固まった。
何が起きているんだと頭で理解するのに時間がかかってされるがままだった俺はハッとして羽風先輩の体を押した。
「な、にして」
「こういうキス、したことある?」
キスなんて、数えるくらいしかしたことがない。
カァァ、と顔が熱くなった。溜めていた涙は落ちて、頬を濡らした。
「バカに、すんな…っ」
そうやって、自分の経験見せつけて何がしたいんだ。
経験が少ないくせに男を探す俺を嘲笑ってるのかよ。
「からかうのも、いい加減に…っ」
「安っぽい愛に見えるかな。俺、なまえクンのこと好きだよ。」
「きらいだ…っあんたなんか」
初めてあんなキスをした。俺はどんな努力したって愛してもらえなくて、そんな愛情表現の経験もないのに、当たり前のようにする羽風先輩が憎い。何故か無性に泣けてきて涙が止まらなかった。
「じゃあ好きになってみない?なまえクン涙脆いから泣かせたら俺がその涙拭ってあげる。」
泣かせる前提なのかよ、ほんとバカだ。
あんたなんかお断りだ。軽くてチャラい人間が俺は一番嫌いなんだ!
「あんたなんか…っ、」
目元を拭いながら俯いていると羽風先輩が俺を抱きしめてきた。匂いが、甘ったるいあの香水の匂いがする。
「いいよ、なまえクンのガードが固くても俺それをぶっ壊しちゃう自信あるし♪ほら、落ちてきてよ。」
「はなせよ、っ」
「愛してあげる。もう嫌だってくらい。今までの男なんか忘れちゃうくらいにね」
羽風先輩は楽しそうに笑って俺の耳元で囁いた。
その声に震えて俺はまた涙を落とした。
「なまえクンの言う安っぽい愛で押し潰して息が出来ないようにしてあげるから覚悟してて♪」
チャラ男なんて嫌いなのに…。
俺はそんな男の抱擁に抵抗する気はなくなっていた。
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