「みょうじくん、大丈夫かえ?」

「あ…、」

中庭の隅に配置されているベンチに一人で腰をかけてぼうっとしていると目の前に朔間さんがいた。

「だいじょーぶです…。俺こそ変なところ見せてすみませんでした」

あれからイベントも終わって何事もない日常が学院に戻ってきた。俺も日常に戻った。薫がいないという日常に。

薫にしか目がいかなくて、薫といつも一緒にいた俺は必然的に一人になった。

毎日することもなく、家に帰るのだって早くなった。遊ぶ人もいない俺はただの暇人だった。

学院で過ごすのは教室か人の少ない中庭くらい。
もう…屋上や学院近くの海には行ってない。薫と会うのを避けるために。

そうか、ここは朔間さんもよく来るところだったのか。

「…ひどい顔じゃ。」

俺の顔を見て朔間さんは寂しそうな顔をした。

「あはは、気のせいです。」

大丈夫なんだと笑って返したのに朔間さんは首を横に振って俺の隣に座った。

「あれから薫くんとは話してないのかえ?」

朔間さんの口から薫の名前が出てドキリとした。
それは考えないようにしてたのに四六時中考えてしまうことを否定できていなかった。

「…話しませんよ。もう…終わったことなんで…だって、ほら薫もいつも通りでしょう?だから、俺がいてもいなくても変わりないんですよ」

「何もなかったかのように過ごしてはおるが、みょうじくんの話を持ち出した途端、そっぽ向いて話してくれないんじゃよ…」

「……はは、話に出すのが嫌なほど嫌われてるんですね」

自分の撒いた種なのに、また深く胸にナイフで切り刻まれたかのように痛んだ。

「っ、自業自得ですね。すみません。」

「嫌いなわけじゃなくて、多分薫くんも混乱しているんじゃろう。もう一度薫くんとちゃんと話し合ったほうが良いと我輩は…」

「や、いいんです…。すごくいい機会だったと思うんです。いずれ夢から目を覚めないといけないと分かってたんで…」

「だから、嫌われたままでいたいんです。」


違う…。本音は薫ともう一度話すのが怖いだけだ。

話したところでまた拒絶の言葉を突きつけられると思うともうこれ以上傷つかない今のままでいいんだと身勝手な自分の甘えだ。

「……今日の放課後、屋上に来ておくれ。」

「…?何かあるんですか?」

「傷心中のみょうじくんに我輩が慰めのプレゼントを持って行ってあげよう」

「はは、何ですかそれ。」

「お楽しみじゃよ。じゃあまた放課後に。」

朔間さんは手をふらりと振って歩いて行った。

ああ、気を遣わせるなんていけないなあと思ったけど思った以上に傷ついていたみたいで自分の顔がひどいのは想像できた。


***

ぼんやりと過ごしているといつの間にか一日は終わっていて放課後になっていた。

朔間さんから言われた通り屋上へ行こうかなと席を立った。

屋上へ行くのはいつぶりだろうか。薫と合わなければいいなと思い屋上へ向かった。

外へ通じる扉をあければ暖かい風が吹いていた。

海が見える方へ向かって歩いた。

久しぶりに見る海。薫と行ってたなあ。
もう近づくこともないだろうその海を眺めながら、また薫のことばかり考えていた。

座って待とうと思い、近くのベンチを見るとベンチに横たわって寝ている人がいた。

まあこの気候なら眠たくなるのも分からなくないと興味本意で少し近づいた。

顔を腕で隠していたから一瞬分からなかったけど、ハニーミルクのような明るい髪色にベンチに垂れる長い襟足の髪、首元に見えるネックレスは薫のものだった。


静かに近づいて薫を見下ろした。腕の隙間から見えた顔は目を閉じていて穏やかに寝ていた。

久しぶりに見る薫に胸が締め付けられて、嬉しいのか辛いのかわからなかった。

「か、おる……」

小さな声で薫の名を呼んだ。

「ごめん……」

俺には謝ることしかできない。好きになってごめん、隣にいてごめん、気持ち悪くてごめん。

ごめん、本当にごめん。
こんな思いするなら好きにならなきゃよかったなんて何回も思ったのに、薫の顔を見たらやっぱり好きでたまらなかった。

寝ている薫の横に突っ立って、俺は泣きそうになっていた。滲む視界で薫の顔がぼやけた。

「っ…、」

小学校の時も、中学校の時も人を好きになったけど、こんなに辛いのは初めてだった。それほどに薫のことが好きだった。

涙を必死で拭って両手が涙で濡れた。早くこの場から逃げようと足の向きを変えたとき、俺の腕が下から引っ張られた。

「っ!!」

びっくりして引っ張られた方を見ると、薫が眩しそうに俺を見て、俺の腕を掴んでいた。

「か、おる…。ご、ごめん。」

パッと顔を逸らして掴まれた手を離そうとしたのに薫は離してくれない。

「ごめんってなに。」

「……気持ち悪くてごめん。嫌われるのは…当たり前だと思ってるから…。ごめん。不快な気持ちにさせて…ごめん」

「さっきからごめんばっかり。それ以外言うことないの。」

「……ごめん。」

気持ち悪いなら早く手を離してくれたらいいのに、薫の手はまだ俺を掴んだままで握られたところに全神経が集中しているようだった。

「…朔間さんが好きなの…?」

「え…ちが」

「抱き寄せられてたじゃん。」

「あれは…相談に乗ってもらってて…」

「相談であんな感じになるんだ。」

「違う!違う…。本当は…」

ここで本当のことを言ったらますます気持ち悪がられて嫌われてしまうかもしれない。もう拒絶の言葉は聞きたくない。

だけど、本音を奥底に飲み込んでそのまま終わっていいのか?と思う自分がいた。
どうせ嫌われるなら本当のことを言って嫌われたらもう諦めがつくかもしれない。もう人を好きになるのはやめよう。

これで最後。

「本当は…薫が、好きだった。」

薫は目を大きくして俺を見た。薫の力が緩んだ瞬間、俺は自分の手を抜き去って走った。屋上の扉まで行こうとしたのに、数m進んだところでぐいっと後ろへ引っ張られた。

「待ってよ!」

薫の方へ無理やり向かされて、顔も見れず俯くしかなかった。

「…ごめん。薫のそばにいたくてずっと嘘ついてた。別に…女の子好きじゃないし…っ、でも薫の隣にいれるなら…っ、て…」

「気持ち悪くてごめん…っ、もう、離れるから…っ」

「っ、気持ち悪いなんて言ってないじゃん!」

「っ…だって前、男同士は気持ち悪いって…」

「〜〜っ!言ったけど…っ、それとはこれとは別っていうか…っ!」

薫は何か考え込むような素振りをしてはぁ、と息を吐いた。

「俺の方がごめん。あの時はそう思ってたけど…なまえくんが朔間さんといて、男が好きだって言ったのを聞いた時、なまえくんが朔間さんが好きなんだと思ったら何か嫌な気持ちになって…」

「それは男同士だから、とかじゃなくてなまえくんが好意を持っていて、それを俺じゃなくて朔間さんとか他人がそれを受けてるんだと思ったら…嫌で俺自身もよくわかんなくて色々考えてた。」

「それが…なまえくんの好きが、俺に向けられたらいいのになって思ったのは、俺に嘘ついてまでそばにいようとしたのが可愛いと思ったのは、これは気持ち悪いこと…?」

「か、おる……」

まるで自問自答するかのように薫は俺にも、自分に対しても、問いかけているように言った。

「…なまえくんごめん。気持ち悪いって言ったのも、全部気にしてたんだよね。ごめんね。もうそんなこと思ってない。不快にも、気持ち悪いとも思ってない。」

俺の腕をきゅっと握って薫は俺を真正面から見た。

「女の子よりもなまえくんにドキドキしてる。なまえくんの好きが朔間さんじゃなくて他の誰かじゃなくて、俺に欲しい。」

薫の口から出た言葉は全て俺の幻聴なんじゃないかと疑ったのに、薫は固まったままの俺を抱きしめて耳元で囁いた。

「好きだよ。なまえくんは俺のこと好き?」

「……好き…好き」

息をするのも忘れるくらい信じられなくて嘘じゃないかと何回も手のひらを抓った。

薫は 今までごめんね、とおでこにキスをした。

女の子みたいに可愛くないし、胸もないし、高い声も出ないし、それでも本当にいいのかと聞いたら、薫はきょとんとして、それからいらないよそんなもの。なまえくんがなまえくんならそれでいい。とよく分からない答えが帰ってきた。

よく分からなかったけど、薫の柔らかい笑顔だったから俺も納得して笑った。

もう俺の首を締めていた茨はなくなっていて、胸に刺さっていた棘も全て綺麗に消えた。

あたたかいものが流れ込んできて棘で出来た傷跡はみるみるうちに癒えた。

薫の手が俺の手を引いて、屋上をでた。


***


「あ、朔間さんとの約束」

「あーー、屋上に来いってやつでしょ?俺も朔間さんに呼び出されてあそこにいたの。」

「え、そうだったのか」

「ほんと、あの人は…。ま、でも今回はお礼言わないとなあ。なまえくんとちゃんと話させてくれたからさ。」

「、うん。そうだな」

「…朔間さんのことは何とも思ってないんだよねえ…?」

「あ、たり前だろ…!…薫だけ…」

「ふふふ、うん、そうして。俺にだけね。」

薫以外なんて有り得ないのに、嬉しそうに笑う薫がかっこよくて俺は幸せを噛み締めた。

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