俺にはみょうじなまえという恋人がいる。
何の因果かは知らないけどその恋人は同性で、自分の同い年で同じクラスの男の子だった。
女の子にしか興味がなかったし男なんてありえないげろげろ。って思ってたのにその子だけなぜか、あ、好きだなって思ったから付き合ってたんだ。
告白も全部向こうからだった。
お試しでいいから、なんて顔を赤くして泣きそうになりながら言う姿に、付き合ってみようかなと思ったのが最初だった。
「ねーねー薫。明日さ、俺の家に来ない?」
「なまえの家?」
「うん、どうかな…」
「んーまあ、家帰りたくないし…いいよ。」
「ほんとっ?!やった!」
喜んで顔を綻ばせるなまえは誰が見ても俺が好きだと分かるようだった。そんなところも可愛いなと思った。
でも付き合っているのは2人だけの秘密。
アイドルだし、2人だけでひっそりと付き合っていた。
それと…俺も恋人がいたとしても女の子から好かれたいという気持ちは消えてはいなくて、やっぱり周りに言いたくはなかった。
それをなまえは、薫は女子にモテモテだからな、バレないようにしなきゃな〜ってはにかんでいた。その時、なまえがどんな気持ちだったのかなんて、俺は解っていなかった。
友達以上恋人未満、じゃなくて恋人以上恋人未満。そんな変な感覚。付き合ってるけど、本当の恋人というにはまだ至っていないような…。俺も同性と付き合うなんて初めてで女の子とは違う感覚にどう接していいか分からない時があった。だからお互いにまだまだ手探り。そんな関係だった。
それは肌寒い日、学校帰りに街で遊んでコンビニで温かい肉まんでも買って帰っていた時だった。
「どーしよ!ダメ元で言ったから薫が来てくれるなんて思わなくてまじ嬉しい!」
「はしゃぎすぎだって」
浮き足立つなまえを横目にSNSで通知が来ていないかとか確認していた。周りは真っ暗で俺となまえしか歩いていない。
「…俺、男なのにこうやって家に送ってくれたりするところとか…ほんと薫は優しいよね」
街頭の明かりがぼんやりとなまえの横顔を照らしていた。
「恋人なら当たり前じゃない?」
女の子なら喜びそうな言葉を言ってみる。
「…っ、ふふ…」
「何突然笑って。気持ち悪いな〜」
「あー、ダメだ。にやけが止まらない。」
「それなら一生ニヤけてなよ。」
なまえのニヤけ顔につられてくすりと笑いが漏れた。なまえの変なニヤけ顔をもう一度見てやろうと顔を向けるとさっきまで緩めていた頬はなくて真面目な顔をしていた。
「…薫はさ、女の子と一緒になった方が幸せだよね。」
「……何、急に?」
「ううん、…勿体ないなって」
「…ふーん、そりゃそうだよね〜。女の子にモテモテの俺をなまえは独り占めしてるわけだし〜?勿体ないよね〜」
「うわっ!自惚れじゃん!」
「ふふん、何、なまえは俺に女の子のところに行って欲しいわけ?」
「…やだっ!」
自分からそんな話題を振ったくせに、頬を膨らまして首を降るなまえに今度こそ声を上げて笑った。
こんな平凡なクラスメイトに気を惹かれるなんて昔は思いもしなかったなあと考えた。
「じゃあ、俺をずっと魅了させてよね」
「…むずかし〜!でも頑張る…。」
その後、聞こえるか聞こえないかくらいで薫が好きだから、って言っていたのが耳に入った。
愛されてるなあと思って頬が緩んだ。相手は同性でいかに女の子を喜ばすか、みたいに変な気を使わなくていいし愛想笑いもしなくていいし一緒にいて楽な存在だ。
まだ、完全な恋人、とまでは言えないけどなまえとならそんな未来もあるのかもしれないと思っていた。
「さむっ、早く帰ってこたつで肉まん食いたいな〜」
横断歩道を待っている間、俺はまだ携帯でSNSを見ていた。青になったんだろう。なまえが歩き出したことに気づいて携帯から顔を上げた時だった。
視界には青になった横断歩道を渡るなまえの背中。横から車のライトが迫っていた。
「なまえっ、あぶな」
一瞬だった。急ブレーキの甲高い音に俺の声は消されて、伸ばした手は空を掴んだ。
ドン、と鈍い音がしてなまえの体は人形みたいに飛ばされた。
「っ!!なまえ!!なまえ!!」
目の前で起こった出来事にただただ信じられなくて倒れたまま動かないなまえの元に駆け寄って体を揺すった。
ぐったりしたまま動かないなまえに血の気が引いた。
車から降りてきた人も同じように血の気が引いていた。
「早く救急車呼べよ!!」
俺の口から怒号が飛んで慌てて運転手は携帯を取り出した。
なまえ、なまえ、と読んでも垂れた手は動かない。
近くにはなまえのカバンとコンビニの袋が落ちていた。
救急車に乗ってなまえが病院に運ばれるまでずっとその手を握っていた。
救急隊員の人に名前となまえの関係を聞かれた。同じクラスメイトで帰宅する途中だったということを話した。
病院に着くとなまえはすぐに緊急手術室に連れていかれた。
待っている間になまえの両親が来て、詳しい話をした。その時がなまえの両親と初めて顔を合わせた時だった。
ありがとう、羽風くんはもう帰って大丈夫だからと言われて俺は後ろ髪引かれる思いで帰らされた。
それから毎日、なまえの病室に通った。命に別状はないけど目を覚まさないなまえに家族も俺も不安を覚えた。
目の前で見てしまった生々しい出来事がさらに不安を煽った。
俺があの時、携帯なんか見てなければ近づいてくる車に気づけたかもしれないのに。悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。
なまえがいない日常は隣の存在が大きく抜けたような喪失感があった。初めてなまえにいてほしい、寂しい、と思った。それほどまでに自分の日常の中になまえがいたんだと思うと、ものすごくなまえを大切にしたかった。
なまえが起きたら謝ろう、それで好きだって言おう。本当に本当になまえのことが好きなんだって…。
「なまえ、今日も来たよ〜まだ寝てるかな…」
薬の匂いがする病室に入ってなまえのベッドの横に座った。いつになったら起きるんだろう、早く起きてよ。
いつものように少しだけなまえの手と自分の手を繋いだ。
俺はただのクラスメイトだから、恋人同士なんて誰にも言っていないから俺となまえが2人きりの時だけ。少しだけ、手を繋ぐ。
なまえは以前から手を繋ぐのが好きだった。普段は繋がないけど、ちょっとした時にほんの少しだけ握って満足したようにパッと離す。
遠慮がちなその手繋ぎはなまえなりの精一杯の甘えだったのかもしれない。
ずっと握ってあげるのに…、と優しく手を包んでいた時だった。
ぴくりとなまえの指が動いた。
「…っ!!なまえ…?!」
立ち上がって目を閉じているなまえの顔を覗き込む。瞼がぴくりと動いて、ゆっくりと上にあがった。
「なまえっ!」
なまえの意識が戻った。それがすごく嬉しくてすぐにナースコールを押した。
「なまえっ、大丈夫?痛くない?」
矢継ぎ早に質問する俺に、なまえはゆっくりと目の焦点を俺に合わせた。
手は握ったまま。
シューシュー、と酸素マスクの音が2人の間で音を立てた。
「……。」
微かに口が開いて、俺は耳をすませるようになまえの目をみた。
「……ここ、ど、こ……」
「病院だよ!ごめん、本当にごめん、俺がちゃんと見てなくてなまえ、車に跳ねられて…っ!ほんとに…っ」
「……だ、れですか…」
言葉を失った。
え……、という掠れた声になまえはぼんやりと周りを見渡していた。
目を覚ました恋人は、記憶を失っていた。
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