思い出せるかどうかなんて誰にも分からない。
消えた記憶はある日いつかふと思い出されるかもしれないし、このまま一生思い出すことはないかもしれない。
記憶が戻る可能性なんて誰にも分からないらしい。
なまえが思い出さなかったら、俺となまえの関係ってなかったことになってしまうんだろうか…。
そんなことをつい考えてしまう。
「…おーい、薫ちん?」
「…ああ、ごめん。行こっか。」
なずなくんに呼ばれて我に返った。放課後、なずなくんを連れてなまえのいる病院に行こうと待ち合わせていた。
3-Aの教室に来たなずなくんと一緒に廊下に出る。
「…薫ちん。大丈夫?元気ないぞ…?」
「あはは、そう?俺はいつも通りだよ?」
「……ごめん、いつも薫ちんと一緒にいたなまえにいきなり誰ですかって言われたら、いつも通りなんかじゃいられないよな。」
「…今はまだ脳みそがびっくりして忘れてるだけだよ、きっと。」
「なまえ…おれのことも分からないんだよな…」
「…今はそうだけど…。会ってなずなくんのこと見たら思い出してくれるかもじゃん。」
「…うん、そうだな!早くなまえに会いたいなぁ。」
俺よりずっと小さいなずなくんを見下ろして病室にいるなまえを想像してまた目を伏せた。
「あ、転校生だ。」
昇降口で靴に履き替える時に、ちょうどなずなくんが転校生ちゃんを見つけた。
「あ、ほんとだ。やっほ〜」
いつもみたいに笑顔を作って手を降ると転校生ちゃんが寄ってきた。
「転校生は今からレッスンか?え?おれたち?薫ちんといっしょになまえのお見舞いに行くんらよ!」
噛みながら話すなずなくんに転校生ちゃんが私も行っていいですか、と言った。
なまえとよく話しているし思い出すきっかけになるかもしれない。
「もちろん!転校生ちゃんなら俺も大歓迎!」
笑って言えば転校生ちゃんはなずなくんの影に隠れた。
「え〜そんなに拒絶されると傷つくなぁ。まぁとりあえず行こうよ。」
呆れるなずなくんと俺と距離を取って歩く転校生ちゃん。
このやり取りも、ちゃんといつも通り。
大丈夫、俺はいつも通りだ…。
***
「やっほ〜」
病室のドアを開けて中に入るとなまえがこちらを見て少し目を見開いた。
「羽風くん…と…」
「昨日言ってたなずなくんと、あと転校生ちゃんも連れてきたよ」
「なまえ!元気そうでよかった…!…おれのこと…わかる…?」
なまえに駆け寄ったなずなくんになまえは眉を下げた。
「……ごめんなさい。」
その言葉を聞いてなずなくんの顔が悲しそうな顔を浮かべていた。
「いや…おれは仁兎なずな、なまえの後ろの席で皆からはに〜ちゃんって呼ばれてるんだ。今はRa*bitsっていうユニットのリーダーをしてて、1年が三人いるんだけど皆なまえと仲良いんらよ。友ちんと創ちんと光ちん。」
「…ごめんなさい、思い出せなくて…」
「……ううん。…無事で本当によかった。早く思い出せるように…何か手伝えることあったらおれなんでもするからな!」
「…あ、ありがとう。」
初対面のような話し方をされるなずなくんに、自分の姿が重なって少し寂しくなった。
転校生ちゃんもなまえと話をしたけど、やっぱりおもいだせなくて自己紹介からだった。
「…仁兎くん…転校生さん…ごめんなさい…」
眉を下げて謝るなまえにつきんと胸が痛んだ。
「何で謝るんだよ!なまえは何も悪くない。」
しんみりとした空気にどうしようかと思っていると転校生ちゃんがいきなりカバンからお菓子を取り出した。
みょうじ先輩が好きなお菓子作ってきました、なんていつ準備したんだってくらい用意周到に出してきて一気に空気が和んだ。
「あ、ほんとだ。これ俺好きなやつ。」
「すご…転校生おまえ何者らよ…」
ジュース買ってきます!と転校生ちゃんが言い出したから俺は引き止めた。
「あ、俺行くよ〜。女の子をそんなパシリになんて出来ないでしょ♪それに転校生ちゃんの手に重いもの持たせたくないしね♪」
だから、待っててねと人差し指を口に近づけてウインクするとなずなくんの「薫ちん、なまえがびっくりしてるぞ…」という言葉にハッとしてなまえを見た。
なまえはぽかんと俺を見ていた。
「…あ、これは…」
しまった、いつもの癖で転校生ちゃんに話してしまった。恋人なのに目の前で女の子にこんなこと言ったらさすがにヤバかったかな、と弁解する言葉を咄嗟に考えた。
するとなまえは開いていた口を横に引いた。
「…ふふっ、羽風くんて女たらし?びっくりしたー!でも見た目からいくと裏切らないかも…っあはは」
俺と転校生ちゃんを見て笑うなまえ。
ああ…そっか…。
俺のことを恋人なんて思ってないなまえはこんな俺を見ても嫉妬なんてするわけがない…。
「あ、もしかして2人って付き合ってるの?だから羽風くんそんななんだ!」
合点が言ったように手を合わせたなまえに俺は今どんな顔をしてるだろう。
なまえの言葉に頭を殴られたみたいに衝撃を受けて言葉が出なかった。
転校生ちゃんが慌てて否定する声が遠く聞こえた気がする。
「なまえ〜。薫ちんはいつもこんなだからなっ。女子にはみーんな、こうっ。まぁだから女性ファンもすごく多いけどほんと女の子最優先って感じらから!薫ちんも男はむさくるしい、女の子がいいっていつも言ってるし。」
「おお…そうなんだ…!」
確かに羽風くんかっこいいしモテモテなんだろうね〜なんてにこやかに笑うなまえに言いようのない感情に包まれた。
なずなくんの言ったことは否定できない。紛れもない真実だ。
そうだ、俺は女の子最優先で来たし、こうやって転校生ちゃんにもいつも優しくしてる。
でも、それでもなまえはこんな俺でも好きだって…。
そう言ったんだ。
それなのに、俺と転校生ちゃんを見ても、俺の話を聞いてもあっけらかんと笑うなまえに俺は愛想笑いさえ出来なった。
「……っ、俺ジュース買ってくるね〜…」
その場から逃げるように静かに病室の扉を閉めて、廊下で一人俯いた。
痛いなあ…。なんでだろう。
心がすごく痛くて、苦しいよ。
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