一目惚れした人がいる。

1つ年上の人。

「あ、あ、あの…っ、日和さん…!」

勇気を出して声をかけ、相手を呼び止めた。

特待生の彼を学校内で見かけることは少ない。
数少ないチャンスに勇気を出して声をかけてみたものの、振り返った日和さんは僕を見た瞬間げんなりしたような顔をした。

「ああ〜〜、また君?どんよりした気分だね」

「あ、の…っ、き、今日のレッスン室の掃除…っ、お、終わりましたので…っ、」

「…わざわざ報告しなくてもいいことだよね」

息を飲んで上から来る視線に耐えた。

日和さんに話しかける口実でいつも些細なことで日和さんを呼び止めたりしている。
それを日和さんにはバレているんだと思う。それでも僕を邪険にあしらわない日和さんは優しい。

「す、すみません…ほ、他にお手伝いできることとか…」

「ないね。ジュンくんが全部やってるから必要ないね」

ズバッと即答されてしまい気分がどん底まで落ちた。もっと日和さんと接点が欲しい僕は拒絶されるのは分かっていたけど悲しかった。

「あ〜〜、そうやってぼくが悪いように見せるのは良くないよね!」

「…っ、す、すみません…。少しでもお役に立てたらって…さ、漣くんも特待生ですし…っ僕できる限りお二人のサポートを…したいなって…っ」

「はいはい、ジュンくんまで本当に気にかけてるのかどうなのかわからないけどね。ていうかぼく忙しいしもう行くからね」

「あっ…」

ひらりと身を翻してそのスタイルのいい体を伸ばしコツコツと靴音を立てながら日和さんは行ってしまった。

今日は、あんまり話せなかったな…。
次話せるのはいつだろう…。

はじめは日和さんと話したくて、僕という人間を少しでも日和さんの頭の片隅に入れてもらいたくて話しかけていた。

最初は特待生上がりを狙ってるのかと日和さんから白い目で見られたけど、そんな目的は一切なくてただただ日和さんと話したかっただけの僕は否定をした。

それから見かける度に必ず声をかけていると日和さんは大した用はないのに話しかける僕に対し、またかというようなあからさまな態度をとった。

それでもよかった。僕は日和さんが無視せず話してくれるだけで幸せだ。

欲を言うならもっと日和さんの笑顔をみたい、声を聞きたいけど…。
同い年の漣くんがすごく羨ましかった。いつも日和さんの隣で過ごしてお世話して…。

漣くんみたいに努力しても才も能もない僕はただの凡人だから、彼みたいにはなれない。
いつも親指をくわえてEveの2人を見つめることしかできなかった。



****




日和さんと話すことが出来た数日後、今日は休憩室の掃除をしていた。

日和さんが使うんだと思えば綺麗にしたくて、いつもより時間がかかった。

ドアが開いた音に気づかず集中して掃除をしていたら、ふと後ろに人の気配がして振り返る。

「…っっ!ひ、日和さん…っ!」

「……ご苦労さま」

特待生じゃない生徒が掃除をするなんて当たり前のことだから労いの言葉をかける必要なんてないのに日和さんの口から聞くと嬉しくて涙が出そうになった。

「あ、あ、もう休憩ですか…っ?すみません…掃除、遅くて…っ」

「……ねぇ、何でそんなに好き好んでやるのかな?」

「えっ…?」

何で、って言われてしまうと日和さんが好きだからです。という回答になってしまう。

「…日和さんが…かっこよくて、あ、憧れで…、尊敬してるので…、ぼ、僕に少しでも力になれることがあればな、って…」

「かっこいい、憧れ、ねぇ。まあぼくの才能に惚れるのは当たり前だね!」

キラキラした髪をふわりと揺らし、日和さんはふふんと笑った。

「ぼくが不思議なのは自分の身を粉にしてまで、何の目的でそこまでやってるかってことだよね。もしかして見返りに何か求めてるか、とかね?」

「……見返り…」

ごくりと喉がなった。見返りなんてそんな……いや、ないと言えば嘘になる。

「やっぱり。何かあるんだね?ここで言った方がいいよね。内容によってはここにいられなくなるだろうけどね」

「………し、してもらいたい…ことが…」

「してもらいたいこと…?誰に?」

「………もし、もし、僕が見返りをもらえるなら…、…、ひ、日和さんから…」

「ぼく?」

「ひ、日和さんがひざまずいて…、き、君が好きだよ、ぼくのお姫様…って…い、言ってもらいた…ぃ…」

言葉尻がだんだん小さくなって言ってる自分も恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
でも、でも、ステージで見る王子様みたいな日和さんにファンが夢見るそんな言葉をかけられたら…僕はもう死んでもいいかなって思えるぐらい至福だと思う。

「…は?」

日和さんはというと、僕のその回答を聞いて口を開けたまま目を見開いている。そんな表情でさえ綺麗なんだから神様は不公平だ。

「…貴族とも言えるぼくが…跪いて…『僕のお姫様』……?」

僕の言葉を繰り返す日和さんにますます顔が熱くなる。日和さんに言われるところを勝手に想像して少しうっとりした。

「ないね。絶対ない。聞かない方がよかったね」

断固拒否する日和さんにまたもやしょんぼりとした。本人に否定されるとダメージが大きい 。
肩を落として俯いた。

「あ〜またそうやって、ぼくを悪者にするよね!」

「ち、ちがっ、わ、分かっていたことですから……」

ダメ元で玉砕する覚悟で言ってみただけ…。どうせ断られるのは分かってた。
ライブで日和さんがそのセリフを言った時、僕も他の女の子たちみたいに射抜かれて倒れそうだった。

「はぁ…」

日和さんにバレないよう小さく落胆のため息を吐いた。部屋を出るために掃除道具を持つ。日和さんにますます嫌われてしまったかもしれない。
せめて、これ以上嫌われないように、と口を開いた。

「あ、あの…すみませんでした…もう…話しかけません…」

「は?」

「で、でも、僕、本当に日和さんを応援してるので…、遠くから…応援してます…。で、では…失礼しました…」

へこりと頭をさげて出ていこうとしたのに、日和さんの言葉が動きを遮る。

「ちょっと待ってよね。それってもうぼくに話しかけないってこと?」

「…はい…これ以上日和さんに迷惑かけちゃ…」

「…別に誰も迷惑なんて言ってないんだけどね」

「…もう…僕が辛いだけなので…」

「…あ〜〜、そうやって泣きそうな顔していつもぼくに罪悪感の塊をつくらせるよね!君は!」

「す、すみませっ…」

日和さんと話せて嬉しいのに、もう日和さんと話せないと思うと悲しくて悲しくて仕方なかった。

「…あああ、このぼくがひざまずいて…、最悪だよね。絶対ないよね、ほんと」

僕より頭一つ上で話す日和さんはぶつぶつと言いながら僕の目の前にスっとしゃがんだ。というよりは片膝を床についている。

「泣かないで、ぼくのお姫様。」

幻聴まで聞こえるようになったのか、日和さんの素敵な声が耳に入ってきた。
それから、日和さんは僕の手を取った。それは確かに触れられているという感触。

「えっ…へ、…?な、な」

僕は軽くパニック寸前になっていた。まさか日和さんが僕の願いを叶えてくれるなんて…。

涙なんて引っ込んで日和さんの素敵なお顔を見ようとゴシゴシと目を擦った。
幻覚じゃないかとしっかりと目を開こうとした瞬間、ドアが開く音がした。

「…おひいさん何してんですか」

「ジュ、ジュンくん!!」

日和さんは跪いていたのに、すぐに立ち上がった。また日和さんは僕より頭一つ上になってしまう。

「違うからね!ぼくは跪いたりしないからね!」

「ばっちり見ましたよ〜さっき思いっきり跪いてたじゃないですか」

「あ、あれは…」

「まあいいんじゃないですか。やっぱり好きな人に対して男は紳士じゃないと」

「なっ、ジュンくん!!ぼくがいつ、誰を好きって言ったかな?!言ってないよね?!」

「言ってないけど、この間ブラッディ・メアリに独り言でみょうじのこと言ってたじゃないですか。可愛いとか、いじわるしたいとか、泣き顔唆るとか…」

「え…」

ブラッディ・メアリが何かわからないけど日和さんがそんなことを言っていたなんて初めて聞いた。

「い、言ってない!言ってない!!そんなこと言った覚えないね!!」

「いや、俺ちゃんと聞きましたから」

「ひ、日和さん……、僕のこと………」

赤くなる顔が止められない、もしかして、もしかして僕と日和さんは両想い…

「勘違いしないでよね!!違うね!」

「えっ…」

持ち上げられて空から突き落とされたように一気にショックが体中を走る。

「ああ〜〜またそうやって…!きみがぼくのことが好きすぎて付き合わないと死ぬっていうなら、まあ人助けとして付き合ってあげてもいいけどね?!」

「おひいさん素直じゃないっすねー。正直に言ったらどうっすか。好「ジュンくん!うるさいね!」」

「ぼ、僕、日和さんのこと好きですよ?!誰よりも好きですよ?!少し高慢なところとか!高飛車なところも大好きですっ…!」

「みょうじ、一部嫌味入ってる…」

「じゃあ君はぼくと付き合いたいわけだね?」

「は、はい…っ」

「そう、なら付き合ってあげるね。ぼくは優しいから人助けとしてなまえと恋人になってあげるよね」

「いや、ほんと素直じゃねえっすね」

呆れたように肩をすくめる漣くんはまあよかったっすねとぱちぱち拍手している。

僕はというとまさか日和さんと付き合えるなんて思っていなくて天にも登る気持ちだ。
さっきまで泣きそうになっていたのに嬉しすぎて頬が緩みそうになる。

「ふふん、ひどい顔で笑うよね。泣くのか笑うのかどっちかにしてよね。まあ…笑ってたほうがいいよね。別に、その笑顔…嫌いなわけじゃないからね」

少し日和さんの頬が赤みを帯びたのは気のせいかもしれない。それでも嬉しくて僕は思い切り笑顔になった。



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