英智くんが体調を崩して今はお家にずっといるという噂を聞いた。お城みたいなあのお家に。

僕の父親から少し聞いただけだったけど、心配になった僕は英智くんにメールをした。

英智くんはあまり返信をくれない。僕から送っても忙しくて見れていないのかあまり返事もないし英智くんからもない。でもたまに急に家に来たら、と誘ってくれることもあるからそれは嬉しいんだ。

だけど、僕が予定があって行けない時とかがあると英智くんは怒って1ヶ月くらい口を聞いてくれなくなる。その時はすごく寂しい。でも僕はあの英智くんが僕と連絡をとってくれるだけでありがたいし、嬉しいと思ってる。

珍しく英智くんからすぐメールの返信が返ってきてびっくりした。

【なまえに心配されるなんて笑えるよ。別にいつものことさ。】

英智くんからのメールはいつものような調子で弱ってるところなんて1つも見せていない。

【あの、辛かったりしたら言ってね。僕、できることなんなら何でもするから】

僕にできることなら…と英智くんに元気になってほしい思いで返信した。

【僕の声聞きたいほど心配?】

すぐに返ってきた文面を見てどきりとした。
英智くんの声…。…もちろん聞きたい。あの落ち着いた声が僕は好きだ。素直にうん、というのも迷ったけどでも肯定以外に返す言葉が浮かばなかった。

【うん。】

【じゃあ電話してあげてもいいよ。】

「えっ…え、う、うそ…」

これって、僕と電話してくれるってこと?
今から英智くんとお話できるのかな…。これって僕から電話かけたらいいのかな。とか、もしかしたら英智くんの冗談かな、とかぐるぐる考えてしまうほど英智くんの返信に驚いていた。

普段英智くんがこんなこと言ってくれることはないから。ここで電話しなかったらもう英智くんと電話できる機会はないかもしれない、と思い迷った末に英智くんの電話番号を押した。

プルルル…プルルル…

2コール目で呼び出し音は止まった。

「……え、英智くん…、ですか…?」

無言の相手に小さな声で話しかけてみた。

「遅いよ。もう少し遅かったらなまえの電話なんか切ってたところだったね」

電話越しに英智くんがくすりと笑ったのが聞こえて元気そうでほっとした。

「ご、ごめん…。電話…してもいいのか迷って…」

「僕の声聞きたいほど心配じゃなかったのかい?」

「そ、それは…。…うん、心配で…」

「そう。僕は家にいるから、こうしてなまえと電話までしてあげるほど暇なんだよ。」

「そうなんだ…。電話してくれて…あ、ありがとう」

「まあ暇だからね。今なら別に来てもいいけどね?」

「え…?」

「聞こえなかった?なまえは痴呆かな?家に来てもいい、って言ったんだよ。何度も言わせないでほしいな。」

「え、え、ご、ごめん!え…、ほ、ほんと…?」

「電話切ってもいいかな」

英智くんがお家に呼んでくれるなんて思わなくて驚いた。信じられないために確認する僕に英智くんが不快そうに舌打ちをしたのが聞こえた。

「え、あっ、や、ごめんなさい!い、行きたい…っ」

「お茶は出さないけどね。ふふ、それでいいならいいよ。」

「あ、ありがとう…っ。じゃ、じゃあ明日お邪魔しに行ってもいい…?」

「ああ、なまえが来るって伝えとくよ。」

そうしてまだ信じられていないまま僕は英智くんと約束して電話を終えた。
心臓に手を当ててみた。トクトクトクトク…心臓の鼓動が早い。英智くんにお呼ばれした、なんて嬉しくて一人でにやけてしまいそうになった。

でもすぐに切り替えて、お邪魔するわけだし明日せっかく行くなら英智くんに何か持っていこうと思い頭を捻らせた。

英智くん、甘いものとか食べるかな…。
どうせなら、手作りのものの方が喜んでくれるかな…。いや、そんなの重いかな…。体に良いものを使ったやつとか、それなら食べてくれるかな…。

色々迷ったけど、僕は体に良いお菓子を作って英智くんに持っていこうと思った。

でも自分では上手く作れないから数少ない友達の中でお菓子作りをするのが得意だという友達に連絡をした。

すぐに僕の家に来てくれるということになって、僕は英智くんのために友達と2人でお菓子を作った。



約束の朝になって、どんな服を着ていこうかなとクローゼットの前で迷った。この間、英智くんに似合わないと言われてから自信がなくて普通の服になってしまった。少し地味だけどしっくりきた服で僕は家を出た。

英智くんの家に着くと、豪勢な装飾でお城みたいだなと思わされる。白を基調とした綺麗なお家にお出迎えの方に促されて入った。

「お、お邪魔します…」

入ってすぐのところに英智くんがいた。

「やあなまえ。いらっしゃい」

「英智くん…っ、元気そうでよかった…!」

「ふふ、僕の部屋に案内しよう。おいで。」

「あ、ありがとう。」

英智くんの後ろをついていく。後ろから見る英智くんは背が高くて、僕はその英智くんの頭を見上げながらついていく。お家の中だとこういう服なんだ、と私服も似合っている英智くんを眺めているとすぐに部屋についた。

「なまえは相変わらず地味な格好だね」

「え?あ、うん…僕、自信なくて…」

「見た瞬間、笑っちゃいそうだったよ」

ふふと笑う英智くんに僕も眉を下げて笑ってみた。

「どこでも座っていいよ。今、お茶を持ってくるだろうから。」

英智くんが言い終わった時には、お手伝いさんが部屋をノックして入ってきた。
白いティーカップに紅茶なのかハーブティーなのかわからないけど飲み物を入れて持ってきてくれたみたいだ。お手伝いさんが部屋を出て2人になったところで英智くんに紙袋を見せた。

「あ、あの英智くん…これ、」

「ん?それはなんだい?」

「あ、の、体に良いものを使って、お菓子を作ったんだ…。自然のものを使ってるから英智くんも食べれるかな、って…」

机の上に作ってきたお菓子を置いた。友達に作ってもらったおかげで形も味もすごく上手にできたと思うんだ。

「へえ、なまえが僕のために?」

「う、うん…」

「ふうん…。嬉しいな、ありがとう」

ふわりと笑った柔らかく英智くんの笑顔に、僕は心から作ってよかったと思った。喜んでもらえるなんてすごく嬉しくてすぐに頬に熱が集まった。

「あ、あんまり自信ないけど…、僕の友達にお菓子作りが得意な子がいて…。手伝ってくれて一緒に作ったんだ…っ。それで、だから、味とか形は多分大丈夫だと思う…。」

嬉しくて舞い上がりながら説明をして、僕はそのお菓子を出そうと箱に手をかけた時だった。

英智くんの表情がさっきとは変わって、笑っていなくて僕は思わず手を止めた。

「え、英智くん…?」

「………なまえが作ったわけじゃないんだ?」

「え、と、僕も作ったんだけど、その友達と一緒に…」

「その友達と仲良く2人で一緒に作ったものを持ってきたってわけかい?」

「え、いちくん…」

さっきまで優しく笑ってくれていた英智くんはどこにもいなくて、ただただ無表情で僕の目を見る英智くんはどことなく不機嫌そうで、部屋の空気が痛いほど重たい。

「………いらない。」

その一言が英智くんの口から出た瞬間、僕が手にかけていたお菓子を入れた箱は英智くんの手によって机の上から落ちていた。

バコッ、と箱が床に強く当たった音が聞こえた。

「え…な、なんで…」

僕は英智くんの行動の意味が分からなくて落ちた箱を手にとった。きっともう中身はぐしゃぐしゃになっているかもしれない。

「いらないよ、そんなもの。」

すごく冷たい声で英智くんは床にしゃがみこむ僕を見ていた。

「っ…」

箱をそっと拾い上げて腕の中に収めた。
昨日、英智くんが喜ぶ顔を想像して作ったお菓子を思うと胸が痛くて泣きそうになってしまった。
こんな僕を見られたくなくて英智くんに顔は向けられず箱を見つめるように下を向いた。


英智くんはアイドルだ。甘いお菓子とかは食べないかもしれない。それを僕が無理やり作って持ってきてしまったんだから断られるのは当たり前だって僕がちゃんと考えればよかったんだ。

「ご、ごめん…英智くん甘いもの…食べないよね…勝手に持ってきて、ごめんなさい…」

「…ああ、崩れてしまったかな?もうそれは捨てようか。」

「えっ…?や、」

僕が持っている箱を英智くんは取り上げて、それを部屋の外にいるお手伝いさんに渡してしまった。

捨てられるほど僕の勝手な行為が嫌だったのかと思うと胸が張り裂けそうだった。
英智くんを不快にさせたいわけじゃなかったのに、僕のせいで英智くんは嫌な思いをして、せっかく作ったお菓子も崩れてゴミ箱行きになってしまった。

僕はなんでいつもこうなんだろう、と目尻に溜まった涙を英智くんにバレないように拭う。心にまた1つ傷穴ができてしまった。

「……なまえのせいだよ。」

僕を責める英智くんの言葉にまた傷穴を大きく抉られた。

「うん…。」

「あんなのはいらないよ。」

「う、ん…。」

「でもせっかく僕のためを思って作ろうとしてくれたんだ。だから今から作ったらどう?僕の目の前で。」

「…え…?」

「材料ならいくらでもあるよ。今からキッチンへ行こうか」

「え、で、でも僕、お菓子とか…あんまり作れなくて、あれは友達と一緒に」

「それ以上その友達のこと喋らないでくれるかな。不快なんだ。」

目を細めて口角を上げて英智くんは笑っているはずなのに声は拒絶するかのように冷たい。

「ご、ごめん。」

狼狽えて目をさ迷わせていると、英智くんに腕をとられて部屋の外に連れ出された。

「ど、どこに…」

「キッチンに決まってるじゃないか」

「え…」

「僕のために作ってくれるんだろう?」

今度こそ見せてくれた英智くんの笑顔はいつもの柔らかい微笑みで、僕はそんな英智くんにできないと断れなくて、上手くできないけど…と引き受けた。

それから僕は英智くんのお家の完璧な設備が揃っているキッチンでお菓子を作った。

出来たものは形も味も微妙だった。
僕は自分で味見して、これは英智くんに出せないなと思ったから、自分で処分しようとしていたら英智くんはそれを食べて美味しいよ、と微笑んでくれた。

「ふふ、僕のためになまえがこうやって1人で頑張って作ってくれたんだ、美味しくないわけがないじゃないか」

そう言って微妙なお菓子を美味しそうに食べてくれる英智くんに僕の心にあいていた傷穴は塞がれて綺麗になくなった。

英智くんの笑顔があれば僕の心の傷穴はすぐに塞がってしまうんだ。

「う、嬉しいよ…。ありがとう…。」

食べてくれてありがとうとお礼を言った。

照れくさくて下を向く僕は、英智くんが優越感に浸ったような笑顔でいるなんて知らなかった。



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