「英智、今日の仕事はそこまでにしたらどうだ?」

皺を寄せて僕を見る敬人に、書類から視線を移さず答えた。

「もう少し片付けて置きたいんだ」

「はぁ…、程々にしておけよ。」

いつもなら学院でやる仕事を今日は僕の家でやっている。学院でないとできない仕事もあるけど、家でやろうと提案したのは僕だ。

敬人も僕の家に足を運んで仕事を手伝ってくれるあたり、本当に僕はいい友達を持っていると思う。

そして、なぜ僕が家で生徒会の仕事をしているかと言うと…

「っは、ぁ、え、英智くん…お、遅れてごめんなさい…」

バタンと大きな音を立て僕の部屋のドアを開けて入ってきたのは、か細く謝るぼくのおもちゃ。

「やぁ、なまえ遅かったね。」

「ご、ごめん…あの、準備とか…してて…」

焦ったように謝るなまえの額は汗ばんでいて髪の毛が張り付いていた。

赤く上気した頬に色気なんて感じることはなくて、ただただ暑苦しいだけ。

本当、いつもなまえの滑稽な姿には笑いそうになってしまう。

目の前に現れたなまえにじわりと体の奥の沈まったものが熱くなりそうになった。

いつもそうだ。眉を八の字にさせて僕を伺うように見るなまえを視界に入れるたびに僕は小さな高揚感を覚える。

やっぱりなまえの姿に笑いが堪えられなくてくすりと笑ってから、敬人を盗み見た。

敬人はというと、いきなり部屋に入ってきたなまえに少し驚いているようだった。だって僕はなまえが来るなんて言ってないからね。僕の方をちらりと見た敬人の目がなぜなまえがいるんだと言っている。


「敬人、なまえは僕が呼んだんだ」

「ああ…そうなのか。」

「ご、ごめん。僕、邪魔だったかな…。あ、あの帰ったほうが「いいよ。帰らなくて」 う、うん…」

変な方向に考えるなまえにイラッときて少し冷たく言っちゃった。まあいいやなまえだから。

「あ、あの…敬人くん…ひ、久しぶりだね。」

なまえが敬人と会うのは僕と居る時ぐらいだろう。それも前に会ったのは数年前くらいか。

「久しぶりだな。ほら、汗をふけ。そのままじゃ冷えるぞ。」

汗だくのなまえを気遣って敬人がハンカチを渡してあげている。そんな優しくしなくてもいいのに。

「なまえ、それで僕が言ったやつ持ってきたのかい?」

「あ、う、うん。持ってきたよ…、これ…」

なまえが急いでカバンの中から出して僕に手渡す。中身を見てなまえに目を向ける。

「これ、違うよ。僕が言ったのは3巻を持ってきて欲しいって言ったじゃないか。」

「えっ、で、でも2巻って」

「僕、3巻って言ったよ。」

ああ、困ってる困ってる。僕がなまえに頼んだのはなまえが持っているマンガを読みたいから持ってきてと頼んでいた。僕はなまえの持ってきた通り、2巻を持ってきてと言ったけど、わざと3巻だと言った。

だってなまえの困って狼狽えている顔がすごく面白い。こんな些細なことに本気で困ってるなんて本当に笑える。

マンガなんていくらでも揃うのに。わざとなまえに言って持ってこさせるのはこの顔を見るためでもある。

楽しそうにしている僕に気づいた敬人が何か言いたそうだったけど無視した。

「なまえ、早く家帰って持ってきてよ」

「え…?」

「読みたいんだ」

「あ、え、と…」

せっかく汗だくで来たのにまた戻らないといけないということになまえはYESとは返せないみたいだ。本当に、なまえは面白い。

「ふふ、冗談だよ。」

僕がそう言うとなまえはほっとしたようにへにゃりと笑った。ああ、何で笑うんだよ。なまえになると僕の中に加虐的な何かが出てきそうになる。

それを自覚していながらもっと、もっとと求める僕は危ないかもしれない。そっと立ち上がって部屋の出口に向かった。

「飲み物を用意するよう言ってくるよ」

部屋を出てパタンと閉じた扉に寄りかかった。
部屋に残した2人がどんな会話をするのか気になったから、その場から動かず耳をすませた。

「…なまえ。今もああなのか?」

「…え?」

「今も英智のわがままを聞いて駆けずり回っているのか、ということだ。」

「そ、そんな…」

「…なまえ、あまり英智を甘やかすな。」

「え、英智くんを…?ぼ、僕は何も…」

「はぁ…あれはわざとだ。前から思っていたが…。なまえは優しすぎる。自分が嫌なことは嫌と言うべきだと俺は思うが。」

「…嫌なんて1度もっ」

「ならせめて断るとか…。普通…友達ならあんな…」

「ぼ、僕は英智くんが求めてくれるなら…それで…」

「なまえ、あまり甘やかすな。英智にとってもそれは良くない。」

「…それは英智くんにとって…僕が必要、な、ないって、こと…?」

敬人に言われてなまえの声はか細く小さなものになっていく。きっと、顔はどんどん暗くなって縮こまっているんだろう。想像に容易くて今すぐ部屋の中に入りたくなった自分を留めた。

ばかななまえ。そうじゃないよ。いつも言い聞かせて上げてるのに。僕にお前は必要だよって。何で分からないかな。

「…そうじゃないが、俺は英智に縛られているお前が」

そこまで耳に入って、部屋のドアを開けた。

僕が入れば二人ともこちらを見て黙った。
なまえに至っては僕を見てすぐに目を逸らした。少しムカついた。

「飲み物はあとで来るよ。」

にこりと笑って自分の椅子に座った。
なまえはまだ俺の方を見ようとしない。

そればかりか、少し距離を取るように立っていて、それがさらにイラつかせた。

「ねえ、なまえこっちに来て。」

「っ…え、」

びくりとして僕をやっと見たなまえは僕が呼べばいつも喜んでくるのに今は来ない。そればかりか動こうともしない。

「来てよ。」

少し強く言ったらやっとのろりと動いた。

「本当なまえは動きが遅いよね。イラつくなあ」

近くに来たなまえの目を見て話しかけたのに、一切僕の方を見ようとしない。

僕の青い目を嬉しそうに見るお前はどこにいったんだ。何で見ないんだ。僕が目の前にいるのに。僕がなまえを必要ないと思っているのかい?だから僕と距離を取ろうとしてるのかな?


目を逸らして床ばっかりみて…ああ本当にイライラする。痛めつけたい。分からせないと。僕に泣いて縋って懇願するように…

「敬人。」

敬人は静かに僕を見た。

「あんまりぼくのおもちゃで遊ばないでくれるかな」

これだけはいくら敬人でも譲れない。

敬人は悟ったのか、ため息は吐いた。

「おもちゃは大切に、だろう。幼い時に教わらなかったのか?」

「わかってるよ。だから大切にしてるじゃないか。」

「遊びすぎて壊さないことだな。俺はそれが心配だ」

「大丈夫。」

なまえの手を握ると、なまえはぴくりと跳ねた。

敬人はすでに帰る支度を始めていて察しがいいなと関心した。

「じゃあ、また明日学校で」

「ああ…。なまえ、またな。」

「け、敬人くん…か、帰るの」

まるで置いていかれた子犬のような目で敬人を見つめているけどそうはさせないよね。

「なまえ、2人で楽しいことしようよ。」

敬人が部屋を出て二人きり。

なまえの顔に手を添えて無理やりこちらへ向けた。

なまえの黒い目。その目の中に僕が写ったことで、さっきまでの苛立ちが収まって安堵したような気持ちになった。

こんな平凡な同い年の男の子に何で僕はこうも執着してしまうんだろうか。理由はわからないけど、なまえが僕を見ていないと苛つくし、なまえが僕を見ていれば落ち着くんだ。

「どうしたの?さっきからわざと目を逸らしてない?」

「そ、そんなことは…」

「敬人から何か言われたのかな?」

「い、いや…」

嘘つき。敬人から言われて僕と距離を取っているくせに。

「…僕から離れたいんだ?いいよ。もう今度から呼ばないし、連絡も取らないし、なまえとは喋らない。」

「そんな…っ」

「だってなまえがそうしたいんだろう?」

「ち、違うっ…」

「じゃあ何?なんで離れようとするんだい?」

「…英智くんにとって…僕は必要ないんじゃないかって…思って…」

「…ふうん。いつも言ってるじゃないか。僕はなまえが必要だ、って。」

優しい声でそう囁けば、なまえは固くなっていた表情を和らげて頷いた。

「う、うん…」

「だから誰が何と言おうとなまえは僕の…」

大切なおもちゃだからね。誰にもあげない。
僕だけの。

なまえにふわりと微笑んであげれば、なまえは顔を赤くして目を潤ませた。

そんな顔しても可愛くないのに、なぜか僕の心は満たされて今日も僕は愛玩するのだ。


▼ back ▼